遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』 松岡 圭祐  角川文庫

2014-09-27 09:24:22 | レビュー
 この作品は、凜田莉子の郷里・波照間島に絡んだ事件である。東京に出て、万能鑑定士Qという店を経営する莉子は、波照間島渇水対策への募金を継続的に行ってきていた。その莉子の許に、沖縄県の竹富町議会事務局からの手紙が届く。それは竹富町議会波照間島渇水対策課からの連絡だった。波照間島渇水対策、生活用水供給の問題解決にめどがたったので渇水対策募金を終了するという案内である。先日、過去の募金総額が海水淡水化プラント建設に必要な額の0.1%未満と発表していた矢先なのだ。科学者で早稲田大学先進理工学部准教授の氷室拓真が、「問題をたちどころに解決する、新しいテクノロジーでも開発されたのかな・・・科学者としちゃ見逃せないニュースだよ」と半信半疑な感想を莉子に語るくらいだった。莉子は胸騒ぎを感じ、事実を確かめたくて、実家に帰省する。
  
 石垣島にある竹富町役場の渇水対策課を莉子は訪ね、受け取った手紙を見せて事情を尋ねるが、議会の公示がまだなので詳細がわからないという。議会と業者との間で調整中であり、詳細発表は来週あたりと曖昧である。ただ、その費用は募金で集まった金ではなく、来年度の一般会計予算から支出するという。議会で議決されるにあたり、その提案をしたのは波照間島の議員、嘉陽賀煌だという。嘉陽賀煌は莉子の同級生、嘉陽賀葵の父親だったのだ。
 嘉陽賀煌は、ある淡水化のための画期的な技術に関する電子メールを受信した。その淡水化技術の販売をしているという。それは従来の海水淡水化プラント建設の投資額と比較にならないほどに安価なのだ。そこで嘉陽賀煌はその電子メールの発信者の許を訪れることにしたのだ。その淡水化技術の真偽を確かめる目的であり、自費で調査に赴くことにした。同行者は女性秘書の鳥堀彩花と石垣島出身で東大大学院工学系研究科教授となっている添石慶人である。添石は39歳で、若くして水質調査の権威者と目されている人物である。彼らの向かう目的地は旅行本にも載っていないような小さな駅の近くなのだ。
 電子メールを許に、花蓮空港の案内所で台湾人の職員に書いてもらった旅程は「高鐵-台中站下車」「汽車-終點、碼頭站下車」である。台中駅から西南西に40kmの地である。嘉陽賀煌たちは夜に現地に着く。黄春雲という人物に会う。彼は佐賀大学に留学していたという。日本語が流暢だったのだ。添石は「佐賀大学?すると海洋エネルギー研究センター?この分野の研究で最先端をいく施設ですよ」と即座に嘉陽賀煌に説明したのだ。黄春雲は嘉陽賀煌の要望で、雑然とした光景の実験室風の場所を見せた後、雑多な物が積み上がった山の中からサンプル品を取りだし、即座に夜の海へ実験に出かけようと提案する。そして、波止場からヨットで夜の海上に出た一行は、サンプル品と称するものを使った黄春雲の実験を目のあたりにし、海水と淡水化された水を飲んでみること、及び淡水化された水を添石がその場で水質調査することとなる。嘉陽賀煌はその技術に魅了されてしまう。その実験の様子を鳥堀彩花はビデオに録画する役割を担う。
 黄春雲は淡水化フィルターの製造法と使用の権利を売却したいという。世界各地で渇水問題の担当者になっている政治家とか、民間企業の役員にメールを一斉送信しており、一方、その技術について、特許を取るとフィルターの素材や特殊な多段膜構造を公表しなければならないので、現時点では門外不出の秘密にしているという。この場で契約を決めてくれるなら、独占使用できるようにすべての技術を売ると、黄春雲は嘉陽賀煌に話を進めたのだ。対価は12億円だという。その結果、嘉陽賀煌がこの技術の採用を議会に提案し、それに議会が賛成するという形で進展したのである。

 嘉陽賀煌を訪ねた莉子は、竹富町議会の議場に出向き意見を述べる機会を与えられる。莉子は疑問を提起するが、議会はその意見を取り上げず、莉子のそれまでの寄付金全額50万円ほどを返金する決議をしてしまう。
 そこで、莉子は台湾に自らでかけ黄春雲に会い、その技術の真偽を確かめるという行動を取るに至る。黄春雲への連絡方法は嘉陽賀煌がひとり握っているだけである。現地に行き、直接会うしか方法がないのだ。台湾に行くにあたり、同級生の嘉陽賀葵と祝嶺結愛が同行する。葵にとっては父が正しいことを裏付ける旅になるはずなのだ。

 さて、こんな発端から凜田莉子の台湾への謎解きの旅が始まっていく。議会の議決のもとに、12億円が黄春雲の指定口座に振り込まれるまでにはタイムリミットがある。それまでに。莉子は黄春雲の手口を解明しなければならないのだ。そうでなければ、波照間島の人々の血税が無駄となり、今後の町運営の予算が大きく影響を受けるという状況になる。莉子は決然と行動を開始する。嘉陽賀葵の立場は微妙である。

 この作品、同じ漢字文化圏の台湾と日本の文化の差異により錯覚に陥るという視点がうまくトリックに組み込まれている点が読ませどころである。
 それとコミュニケーションがうまくかみ合わないで勝手な解釈が生み出す右往左往がおもしろみを加えていく。
 莉子の正体を探ろうと仕組まれた罠が結果的に莉子に謎解きのヒントを与えて行く事になる点もおもしろい。
 さらにもう一つだけ加えておこう。日本と台湾とで、ある犯罪行為に対する量刑の重みの違いが事件解決に一役買っていて、うまくその点を利用している点である。
 このような観点を組み合わせたことが、事件簿シリーズの中でこの作品をユニークなものにしている。これ以上具体的に書けば、ネタバレとなり、本書を読むおもしろみが半減する。
 台湾の地理案内、ちょっとマイナーな観光的側面も兼ねられていておもしろい。
 後は本書を手にとってお楽しみいただくとよい。

 ご一読ありがとうございます。


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本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

繁体字 :ウィキペディア
高鐵  ← 台灣高鐵 TAIWAN HIGH SPEED RAIL ホームページ
 台湾高鉄周遊券  日本語ページ
海洋エネルギー研究センター  ホームページ
海水淡水化   :ウィキペディア
海水淡水化技術の普及状況と課題  :「Science Portal China」
海水淡水化施設 :「沖縄県企業局」

新光三越  :「旅々台北.com」
台北喜來登大飯店 :「旅々台北.com」
  ホームページはこちら 中国語表記サイト
國立海洋科技博物館  ホームページ
迪化街  :「TAIPEInavi」
祝儀敷 ← 畳敷様  :「すまいのビジュアル辞典」
士林夜市 :ウィキペディア
士林観光夜市  :「台北旅遊網」
美食廣場  :「維基百科」
龍虎塔  :「Taiwan」
北極玄天上帝像  :「JTB」
PHOTO:北極玄天上帝  :「tripadvisor」
日月譚  :「AllAbout」



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こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』





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