遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『聖拳伝説1 覇王降臨』 今野 敏  朝日文庫

2012-02-26 21:57:29 | レビュー
 著者が各種の賞を受賞し、その作品が最近テレビドラマ化されている。本書は1985年5月刊行本『聖拳伝説』の復刊であり、改題されたようだ。三部作の第一作である。
 数年前に「安積班」ものを最初に読んで以来、著者作品を読み継いでいる。

 本書は私立探偵ものだが、格闘技小説の色彩が濃い。格闘技の来歴、技についての著者の蘊蓄を主人公に語らせながら、大胆な構想のストーリーが展開されていく。気楽に事の成り行きを愉しみながら一気読みできる、肩の凝らない作品である。三部作がどう展開されるのかが愉しみだが、この一冊でも一つのストーリーとして独立で読めると思う。リラックスして一時をエンジョイした。

 本書には主人公が二人居ると私は思った。表の主人公は元新聞記者の私立探偵・松永丈太郎だ。ある事件の追跡を行っていたが、それが原因で新聞記者を止めた男である。空手三段の猛者なのだ。彼が報酬500万円ということで引き受けた仕事が、片瀬直人という大学二年生の身辺調査だった。この片瀬直人が本書の半ばから第二の主人公になり始める。調査対象者である片瀬と調査する松永が連携する形になっていく過程、つまり松永の意識の変化が起こっていくところにおもしろさを感じる。

 松永による片瀬の身辺調査は、実は現首相の再選か交替かという政治の動きと関係する構図の中の一ピースになっていくのだ。松永への依頼主は服部義貞だが、その背後には大先生と呼ばれる義貞の父・宗十郎が居る。服部家は天皇家とも繋がりのある千年以上の家系なのだ。はるか昔から天皇家が服部家を手厚く庇護し、特別な権力を与えてきたという。そしてこの服部家は、常に政治の裏側にいて政治に対して強力な影響力を与えてきた存在なのだ。
 服部家は、今、現首相に対して、総裁選の対立候補を支持し、首相を交替させる立場で動いている。その一方で、服部家自体がその存続・継承について重大な問題を抱えているのだ。大先生と呼ばれる服部宗十郎は己の命の尽きることを予期し始め、服部家の盤石な継承を図らんとしてしている。そのためには、一つの重大な弱みを解消しなければならない。実はそれが片瀬直人に関係してくるのである。
 何を目的とした依頼なのか知らぬままに調査を引き受けた松永は、その目的そのものに関心を抱いて、依頼された調査の範囲よりもさらに深みに踏み込んでいく。そこから様々な事実と背景が明らかに成っていくという形でストーリーが展開する。

 服部家は笠置山中に神社仏閣と呼べそうな屋敷を本拠としている。屋敷には『角』と呼ばれる体術の鍛練に励む若者達が21名もいる。この服部家の一族は天才武道家の血筋であるという。松永はこの屋敷を訪れ、宗十郎と対面する。このとき、義貞の腹ちがいの弟・忠明と武道家としての手合わせを強いられる。そして、忠明の強さに愕然とする。
 身辺調査の一環として、服部家に協力している高田常造教授を訪ねるように指示される。松永は教授に面会し、その対話の内容から徐々に依頼調査目的への手がかりを得ていくことになる。
 片瀬直人は高田教授の研究室に出入りしインドに関する研究をしているという。その直人は、大学構内で水原静香と親しげに一緒にいることが多い。水原静香は、有力政治家水島太一の娘であり、彼女の母親が実は服部宗十郎の末娘なのだ。靜香は服部家の一族に繋がっている。また、松永は片瀬を尾行していて、彼がある種の武術を身につけているのではないかと判断する場面を目撃する。それで、松永は片瀬という人間に一層関心を深めて行く。

 また松永は、内閣調査室長・下条泰彦に接触される。下条は現首相の意を体して動いている人物である。服部家の依頼を受けて動いている松永から、服部家の動きについての情報を入手しようとして働きかけてくる。政治の表舞台は、首相再選に絡んだ真の権力闘争が進行しており、それに服部家が深く関わっているというのだ。下条の目的は、服部家の排除である。この闘争のただ中に、松永が巻き込まれていくことになる。
 服部家が片瀬直人をターゲットにしている真の目的は何なのか。錯綜する状況のなかで、直人との直接接触を重ね、松永は徐々に服部家の依頼の真のねらいを理解していく。その一方で片瀬直人に魅了されていくのだ。松永は、服部家、内閣調査室という二つの陣営から、片瀬直人に味方するという道を選びとっていく。
 本書のクライマックスでは、自衛隊の部隊と三重県警察隊が登場する。そのストーリー展開へ持ち込み方のシナリオ設定がおもしろい。
 
 本書は、政治舞台での権力闘争、服部一族内における血統及び権力継承での確執、直人と静香の恋愛が絡み合い錯綜していく。その争いのプロセスで格闘技が絡んでくる。

 本書を読んで、えっと思ったことがいくつかあった。
 一つは、釈迦が武術の達人だったという事実が仏典に残されているらしいということ。初めて目にした視点だが、ネット検索してみて、同種の記述を発見した。仏教というアプローチでは目にしたことがない視点だ。この根拠をリサーチしてみたくなった。
 もう一つは、少林拳と少林寺拳法が別物だということ。何となく一緒だと思っていたがそれは門外漢の誤解だった。これもネット検索で、認識を改めることができた。
 そして、内閣調査室について。著者は、本書に内閣調査室を登場させている。フィクションとしての脚色があるのだろうが、実際に「1957年(昭和32年)8月1日 - 内閣法(法律)の一部改正、内閣官房組織令(政令)の施行及び総理府本府組織令(政令)の一部改正により、内閣総理大臣官房調査室が廃されるとともに、内閣官房の組織として内閣調査室が設置され」ているという。ウィキペディアで検索したら、「内閣情報調査室」という項目があった。その沿革にこのことが記されている。正式名称は「内閣官房内閣情報調査室」だとか。「事実は小説よりも奇なり」という。この実在する組織、ほんとのところどんなことまで実務として手がけているのだろうか・・・・興味が深まる。

 最後に、本書には熱き思いにさせる一節がある(p215)。ご紹介して読後印象記を終えたい。

 片瀬は信じるものを持ち、そのために戦っている男だった。今、彼は水島静香を信じ、彼女を助けるために戦っているのだ。
 松永は、心の奥底にひた隠しにしていたものを片瀬によって暴かれたような気がしていた。
 それは、信ずること、愛することへの熱い勇気だった。


ご一読ありがとうございます。

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本書に出てくる語句の背景を更に知りたくて、ネット検索してみた。

中国武術 :ウィキペディア
少林拳 :ウィキペディア
少林拳で実戦。 すげええwwww :YouTube
太極拳 :ウィキペディア
楊家太極拳 → 楊式太極拳 :ウィキペディア
楊家秘伝太極拳のページ

少林寺拳法 :ウィキペディア

点穴学 :「楊家秘伝太極拳のページ」内のサイト
点穴 ← 頭蓋骨の構造と頭部点穴名称 :「西郷派 大東流合気武術」HP

武術の来た道 :「COMBAT SPOTRTS」
阿羅漢   :ウィキペディア

内閣情報調査室 :ウィキペディア

笠置山 :ウィキペデイア
 日本地図とこの項目を見る限り、著者は「笠置山」をフィクションの地名として設定したようだ。京都に住む人間としては、小説といえど、実在の山を思い浮かべてしまった。三重の警察隊が行動する設定になっているが、県警なら三重県内が所管範囲だと思うので。


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