遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『内調特命班 徒手捜査』 今野 敏  徳間文庫

2014-01-24 09:48:13 | レビュー
 この作品は1992年に犬神族シリーズとして発刊されたもの。原題は『謀殺の拳士 犬神族の拳2』だったようである。文庫本化にあたり改題され、『邀撃捜査』に続くタイトルになったようだ。
 前作で奇しくも運命的な出会いをし、互いの武道の武技が同源であることを確認し合った三人は、内閣情報調査室次長・陣内平吉の下に、チームとして事件を解決する。『外交研究委員会』がこのチームのコード名となった。事件の解決後に、三人はそれぞれの日常に立ち戻り、ちりぢりになる。その三人が、「『外交研究委員会』のメンバーへ、連絡を乞う。総理府・陣内」という新聞広告を見て、集結することになる。それは再び事件を解決するために、三人の武技が必要だという情報発信なのだ。

 三人とは、歴史民族研究所に籍を置く民族学の学者・秋山隆幸。空手と琉球古武術に一生を捧げる武道家で武者修行の旅を続ける屋部長篤。学生ビザで入国しそのまま日本に居ついている不法就労外国人の陳果永。そこに、秋山の担当教授である石坂陽一教授の研究室に出入りする熱田澪という美人大学院生が関わってくる。『外交研究委員会』の事務局的役割を担うのだ。実は、熱田澪の家に伝わる伝説が関わっている。熱田家の先祖に熱田宗覚という武芸者が高貴な人間が飼っている犬から奇妙な拳法を教わり、無敵になった。彼の技が強力すぎたため、その技を3つに分け、それぞれを特に人格のすぐれた3人に別々に伝えたという。その流れが、秋山、屋部、陳だった。

 『邀撃捜査』では、アメリカの不明な組織から送り込まれたチームが、東京でテロを引き起こし日本の経済社会を崩壊させようという計画を、陣内に協力する3人が未然に阻止して、問題を解決した。
 その不明な組織のベールが本作品の冒頭で明らかになる。それは、ボストンの『シティー・クラブハウス』に集まるメンバーで構成された秘密結社『アメリカの良心』だった。この組織が、再び日本に違った形で、ある人間たちを送り込んでくるという話である。
 どこにお送り込もうというのか。
 そこには2つのプランがあった。1つはフルコンタクト系の源空会国際大会。もう1つは長門勝丸率いるANMSの異種格闘技戦の興行である。

 源空会国際大会には、195cm、90kgの筋肉のかたまりのような巨体の海兵隊員、ジャック・ローガンを送り込もうとする。大会の決勝戦の試合で相手を殺して優勝せよという指示だ。その参加の前に、ニューヨークで芹沢猛の特訓を受けさせるという準備をさせた上での参戦なのだ。
 芹沢猛は源空会を破門された武道家で今は独自の道場をニューヨークで開いている。彼はかつて、源空会の大会で優勝し、師範の資格を持つ。かつては源空会ニューヨーク支部の責任者だった。源空会のテクニックを知り尽くしている人物。ある理由から今は源空会への遺恨を抱いており、『アメリカの良心』に協力し、このジャック・ローガンを殺人マシーンにさらにチューンナップさせる役割を担うことになる。
 ANMSの興行の方には、アメリカのプロ空手の団体AAAKがリック・クラッシャーを送り込むという手はずをとる。彼はアマチュアの空手で全米タイトルを取り、プロ空手に転向。異種格闘技戦の強者であり、身長2m、体重120kg超という男。熊と戦って完璧に勝利した最初の人物でもある。

 陣内が新聞広告を出した時、秋山と陳は別々に都内から陣内にコンタクトを取る。一方、屋部はその時、仙台のフルコンタクト系のある会派を訪れていた。かつて少林流系の空手をみっちり叩き込まれたあと、ボクシングのテクニックを取り入れて独自に工夫を重ねたという九門高英の道場である。屋部は九門と試合をし、しばらくこの道場で稽古を続けようと思っていた矢先に、新聞広告を目にしたのだ。勿論陣内にコンタクトを取り、東京に戻ることになる。
 ところが、この九門高英自身が源空会国際大会に参加する予定をしていたのである。

 コードネーム『外交研究委員会』の3人は、試合参加に来日してくるジャック・ローガンとリック・クラッシャーに如何に対処していくのか。筋はシンプルであるが、その展開はなかなかおもしろい。
 冒頭はアメリカ本土で相次ぐ日本人をターゲットにした事件が発生するところから始まる。そして、秘密結社の対日本攻撃計画の会議。屋部と九門の出会いと武道談義。ジャック・ローガンの秘密特訓。源空会国際大会の準備進行。ANMS興行の計画の進行。遂にまず、源空会国際大会が開催され、試合が進んで行くという武術試合の展開。・・・・めぼしい選手が勝ち進んでいく。その中に九門も含まれているのだ。
 主人公3人は、国際大会そのものには出場しない。自らの素性を表に出せる立場ではない。それなら、どうなるのか・・・・。
 それが今回のストーリー展開のおもしろいところでもある。

 陣内は3人に告げる。「今回の危機管理方針は決まりました。『外交研究委員会』の出番はもうないのです。ご苦労さまでした。今日までのギャラは指定の銀行口座に振り込まれます」
 だが、3人の行動はここから始まるのだ。

 まさに3人の「徒手」による行動が最終的に問題解決を行っていく。
 本書もやはり陣内平吉は、3人を引き出す黒子を演じるだけである。ストーリーの本流は武闘の展開にある。本書でもまた、著者は武術の歴史と技の蘊蓄をあちらこちらにちりばめてくれている。ジャック・ローガンに対する芹沢の特訓の描写は興味深い。著者の実践経験の裏打ちがあるのだろうか。空手と無縁の私には判断できないが、読んでいてなるほどと感じる描写である。基礎訓練の重要性を暗示しているともいえる。
 前作にも出ていたが、やはり『槃瓠伝説』には興味をそそられる。
 本書もまた、古さをあまり感じさせないストーリーといえる。ひととき楽しむにはもってこいの作品だ。


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糸州安恒先生遺訓 :「沖縄空手道の真実」
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槃瓠伝説 世界大百科事典内の槃瓠伝説の言及 :「コトバンク」
『後漢書』槃瓠伝説  :「民族学伝承ひろいあげ辞典」
 
 
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