遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『臨界 潜入捜査』 今野 敏  実業之日本社文庫

2013-01-06 00:16:55 | レビュー
 以前に一度読んでいるが、文庫本で発刊されているので再読した。その理由は作品の設定にある。元マル暴刑事佐伯涼は、現役刑事の時に暴力団と徹底的に対峙し、社会から暴力団を根絶することを信条として行動していた。その佐伯に白羽の矢がたち、環境庁の外郭団体『環境犯罪研究所』に移籍させられる。そこで環境犯罪に関連する事案に潜入捜査し、犯罪を暴き出す仕事をしている。ありていに言えば、移籍先での仕事もヤクザ狩りである。佐伯の信条が変わることはない。だが、警察という権力の直接背景なしに、現役刑事時代より孤独な戦いになる。

 本作品のテーマにおいて、原発施設での請負労働の一局面に存在する犯罪性を暴くという背景のもとに、著者特有の武闘活劇を組み込んでいる。三重県内にある原発の作業に労働者を派遣する仕事に暴力団が関わっている。それも外国人労働者を送り込み、労働者から死者が出ているという話(「死亡したのは不法残留していたバングラディッシュ人だった」p50)があるという。その実態と犯罪性(「不法就労者の多くは・・・同様の不法残留外国人だという」p50)を潜入捜査するというのが佐伯涼の与えられた使命である。
 佐伯は緻密なシナリオのもとに、愛知県下の暴力団侠徳会に潜り込む。この?徳会が仕切っている外国人労働者派遣の犯罪性の証拠をつかむためである。侠徳会は名古屋の栄で戸板組との間で縄張り争いをしている。この争いをうまく利用するのだ。戸板組は勢力拡張手段として、刑務所から出所したばかりの殺し屋・中国拳法の使い手、素手斬りの張と呼ばれる男を雇っている。『佐伯流活法』の佐伯と中国武術の張との闘いが、エンターテインメント次元でのおもしろさ。それに戸板組、侠徳会双方の武闘派ヤクザと佐伯の格闘が加わる。
 潜入捜査の側面では、現地の原発反対派の運動家たちとの関わりが深まっていき、侠徳会の派遣した外国人労働者の死及びその搾取の情報を得ていくための協力者が生まれていく。反原発運動の中にも、地元の運動家の見方・意識と中央から現地入りしている運動家の見方や運動方針に微妙なズレがあることに気づき、その中に佐伯が深くかかわっていくことになる。
 手配師ヤクザに接近し、現地で反原発運動家たちと接触し、その接点の狭間で、佐伯が犯罪の証拠を獲得していく。このあたり、こんなことが現実にあるんじゃないかというリアル感があるのは、かなり実態情報を収集し、著者流にフィクション化しているのだろう。ある意味でこの作品の展開自体はシンプルである。

 武闘活劇エンターテインメントという分野の作品だが、その背景にきっちりと原発産業拡大時期の原発労働における社会構造の側面が裏打ちされていると思う。武闘対決のストーリー描写を再読過程であらためて楽しむ一方、この社会構造面での描写に今回は強い関心を持って読んだ。
 福島第一原発事故以降、爆発後の原発施設での作業に、数多くの原発労働者が従事されており、その労働環境が過酷になっているのは歴然としている。そして、そこに何重にもなった労働者派遣の下請構造が実態としてあるのも歴然としている。昨年は、鈴木智彦著『ヤクザと原発 福島第一潜入記』というドキュメンタリーすら出版されている(未読なのが残念)。つまり、原発産業にヤクザの関わりが影の部分であるのは事実なのだ。

 本文庫本は1994年8月に発刊された本の改題による新書版刊行(2009年9月)を文庫本化したもの。作品の時代背景・社会情勢は1994年当時のものである(文庫本奥書より)。つまり、著者は原発とヤクザの関わりを1994年時点以前に問題意識として持っていたのだ。 2012年12月8日の朝日新聞朝刊の[耕論]オピンミオン「乱流総選挙 改めて、原発」に、インタビューを受けたときの回答(聞き手・角津栄一)として、著者・今野敏氏の意見が掲載されていた。「推進に逆戻りでいいのか」という題が付された意見内容記事である。その冒頭に、「今から23年前、1989年参院選で『原発いらない人びと』というミニ政党から比例区に立候補しました。東京都内の街頭で反原発を訴えましたが、まったく反応はありませんでした」と聞き手の記者が記している。これで、本書発刊前に著者が持っていた視点・立場が明確にわかる。著者は既にその時点で自ら深い問題意識を抱いていて、この作品を書き込んでいるのだ。エンターテインメント小説の背景に、原子力産業に潜む社会問題の一側面について、その告発的視点が貫かれているといえよう。

 武闘活劇ストーリー部分は本書をお読みいただくとして、このフィクションの中で原発への労働者派遣について、著者が書き込んだ内容の一端をご紹介しよう。(事実とフィクションが混在していると判断するが、著者の視点がわかる。)

*福島第一原子力発電所内で1979年11月から約11カ月間、原子炉内の配管腐食防止などの工事に従事した作業員がいました。3年後、慢性骨髄性白血病と診断され、88年に死亡しました。31歳でした。1991年12月、労災が認められました。  p31
*静岡県の浜岡原子力発電所でも、保守・点検を行う関連会社の作業員が、同じく、慢性骨髄性白血病で91年に死亡しました。この件が労災認定申請されています。これまで、兵庫県で2名、同様の労災認定申請が出されています。 p31
*たいてい、日常の保守・点検は、下請けの関連会社がやっています。その関連会社は、放射能の危険を承知で作業員を送り込まねばならないのです。しかし、そうした労働力がたやすく見つかるはずはない・・・・。そこで、ある人々が活躍し始めるわけです。 p32
*あくまでも噂のレベルなのですが、原子力発電所が商業運転を開始して以来、職にあぶれた季節労働者や住所不定のアウトローたちが使い捨ての労働力として送り込まれてきたと言われています。 p33
*電力会社は、電気を売らねばならない。毎年、需要を増やさなければならないのです。その結果、電力が不足するという机上の試算が出てくるのです。役人は、そうした試算だけでものごとを判断し、政治家は、役人のいうことを鵜呑みにする。そして、商社、ゼネコン、地域政治家そろっての原子力発電推進の政策が出来上がる・・・・  p34
*電力会社は、下請けの会社を作って雑用をやらせている。俺たちは、その下請けの会社のまた下請けで、作業員を斡旋するというわけだ。  p56
*安全なら、原発を田舎町に建てる必要はねえさ。漁師がな、泣きながら言うんだぜ。原発ができてから、気味の悪い奇形の魚が獲れるようになったって。農家のやつらは、作物の花の色がおかしくなったっておびえている。放射能のせいだ。  p57
*事故があってな・・・。そのときに蒸気をかぶってバングラディシュ人がひとり死んだ。被曝で病気になって死ぬのは目立たないからどうにでもできるが、事故で死ぬのは、隠しようがない。発電所内部の作業員がそれを漏らした。なんとか揉み消したが、反原発運動の連中を勢いづかせてしまったんだ。  p88
*国と地方公共団体とゼネコンが手を組んでいる。その三者がたっぷり儲かるような仕組みができてるわけだ。反原発派の市民がいくら頑張ったって太刀打ちできるわけがない。  p89
*入札の際に巨額の金が動き、その金の一部は、政治家のポケットに入る。さらに、日本は、貿易黒字解消の逃げ道として、アメリカからウランを買うことを約束させられている。買ったウランは使わなければならない。政府は、原発を推進するしかないんだ。住民や労働者のことは無視してね。  p126
*町が原発誘致を決めてから、学校のなかもひどいありさまだった。町は推進派と反対派でまっぷたつに分かれてしまった。推進派の子供は裕福な家庭の子供であり、単なる対立ではなく、差別的な対立となっていた。原発ができるまで仲のよかった子供たちが本気で憎み合っていた。一般の教師たちは、その問題に当たらず触らずの方針だった。 p142
*電力会社や推進派は、安全基準はしっかりしていると主張します。でも、本当に安全で、環境に対する影響も少ないのなら、どうして東京湾に原発が作られないのです? 原発が作られるのは常に過疎の問題を抱えているような土地なのです。  p164
*利権の構造でしかありません。政府が作るといったものは、国民を殺してでも、国土を破壊してでも作るものです。成田空港がいい例です。だから、原子力発電所が必要でないという事実と、原発推進というのは別の次元のものです。  p282

 最後に、本書を離れるが、上記新聞のインタビュー回答で、今野氏が語る意見として、重要な論点が記されている。熟考すべき見方ではないだろうか。
*多くの人は目の前にあることしか考えない。今回の反原発も目の前のことなんです。放射能が降ってくる。線量を測ってみたら意外と高い。その恐怖感から始まっている。子供のことが心配だとか。半面、恐怖感が薄れると、反原発の声は収まってくると思います。
*官僚は基本的に原発継続で動いています。
*日本人の国民性の最大の特徴は、いい国を作ろうという気持ちよりも、名君に治められたいという気持ちが強いこと。自分たちの代表を、政界に送りだそうという気持ちが薄い。上の方で変わってくれるだろうと。どこか人任せなんです。

 約20年前に書かれたフィクションの中に、今やっとドキュメンタリーとして表に出てき始めている報道や事実がある。フィクションに記された背景に潜む真実と、ぞろぞろと、実は・・・・と言う形で出てきた事実。長年の原発推進プロセスと福島第一原発事故のプロセスに存在したありは存在する事実。「推進に逆戻りでいいのか」という記事のタイトルは、今まさに突き付けられた課題のように思う。

ご一読ありがとうございます。

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ネット検索から知り得た事実情報の一端をリストにまとめておきたい。
これらは本書が取りあげた局面とは直接に関連はしていない局面での報道内容なのだろう。
しかし、その構造に潜む隙間が、暴力団とのかかわりを作り出すのではないかと思う。

20120804 福島第一原発で働く人の思いに耳を傾けました [動画]

20120417 収束作業中倒れ...ある原発労働者の死 "最前線"で命は守られているか[動画]

20120306 [2/2]たね蒔き「引き続き 原発事故、その後を支えた作業員」  [録音]

20120306 [1/2]たね蒔き「引き続き 原発事故、その後を支えた作業員」  [録音]

20120409 TVでは報道しない原発事故末端作業員の驚きの証言・完全   [録音]

2012年3月5日 TVでは報道しない原発事故末端作業員の驚きの証言    [録音]

原発作業員が語る“過酷”  日テレ 2011.6.11  [動画]

福島第一原発労働者が被曝の杜撰な管理を告白  JNN 2011.6.16  [動画]

福島原発をオランダメディアが取材、住民と働く人の本音を伝える. 2012.2.4 [動画]

【被曝かくし】被曝労働者にも被曝を隠さなければいけない動機がある 小出裕章(取材 今西憲之) 2012.11.15

2012年12月14日
福島労働局からの「東京電力福島第一原子力発電所における放射線業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保について(要請)」への回答(PDF 16.2KB)

2012年11月30日
東京電力福島第一原子力発電所における線量管理改善の実施について(PDF 679KB)

→  <内部被ばく問題についての第三者報道から>
 被ばく労働を考えるネットワーク のHP
 
 2012/10/22 4.22 どう取り組むか 被ばく労働問題 交流討論集会

  2012-08-21 12:16:27
 福島原発事故収束作業で労災認定基準超の被曝すでに1万人弱-内部被曝消し健康被害の責任回避する東電

 内部被曝の検査結果知らされず~原発作業員の被曝問題交渉  :「OurPlanet-TV」
   投稿者: ourplanet 投稿日時: 土, 06/18/2011 - 22:00

北海道電力の元社員が話す、原発をやめられない意外な理由 - その1(1/2)
2012年7月23日 北海道機関紙印刷所
3・11支援プロジェクト委員会主催 社員セミナー

北海道電力の元社員が話す、原発をやめられない意外な理由 - その2(2/2)


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このブログを書き始めた以降に読んだ今野敏氏の作品で、読後印象記を載せたものを一覧にします。ご一読願えれば、うれしいです。

『陽炎 東京湾臨海暑安積班』

『初陣 隠蔽捜査3.5』

『ST警視庁科学特捜班 沖ノ島伝説殺人ファイル』

『凍土の密約』

『奏者水滸伝 北の最終決戦』

『警視庁FC Film Commission』

『聖拳伝説1 覇王降臨』

『聖拳伝説2 叛徒襲来』『聖拳伝説3 荒神激突』

『防波堤 横浜みなとみらい署暴対係』

『秘拳水滸伝』(4部作)

『隠蔽捜査4 転迷』 

『デッドエンド ボディーガード工藤兵悟』 

『確証』 今野 敏 


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