遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』  松岡 圭祐   角川文庫

2014-09-20 10:17:53 | レビュー
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』  松岡 圭祐   角川文庫

 歌舞伎に「どんでん返し」という言葉がある。この作品はこの一語が冴えるという第一印象である。どんなどんでん返しか? それは読んでのお楽しみ・・・。

 万能鑑定士Qシリーズを途中から順不同で読み始めてしまったために、今回主な登場人物の一人として登場する嵯峨敏也という臨床心理士が凜田莉子の求めに応じて部分的に協力して登場するという作品を読んでしまっている。
 だが、このシリーズを出版順に読んでくれば、この第4作がどうも初めて嵯峨敏也が登場するようだ。というのは、作品の冒頭に嵯峨敏也が著者の処女作『催眠』の主人公だということわりがわざわざ記された1ページがあるからである。私は著者の作品はこの万能鑑定士Qシリーズしかまだ読んでいないので、嵯峨敏也についての3冊の作品があるようだが、その活躍についての先入観はない。「事前にこれらの小説をお読みいただかなくとも、本書をお楽しみいただくには支障はない」と冒頭ページの末尾文にある。読後印象としてはその通りだ。この作品内で独立した臨床心理士として、十分に楽しめる。逆に、この第4作を読み、嵯峨敏也が主人公で登場する本筋の作品を読んでみようかという気になった。

 さて、本作品は超オタクなポスター類のコレクター、ディープな愛好家たちが次々に被害に遭うという連続火災事件がストーリーの軸になり、なぜ狙われるのか? という謎解きとその犯人追跡・逮捕劇というのがテーマになっている。
 
 その連続火災事件は非常に特異な性格を持った事件なのだ。犯人がピンポイントで狙うのは邦画のポスター。それも1974年、東宝製作、配給の『ノストラダムスの大予言』で日比谷映劇という劇場名のスタンプ入りのポスターなのだ。この映画は全国規模で公開されたのだが、上映が自粛されて闇に葬られた映画だという。当初は当時の文部省が公に推薦する作品だったようだが、表現に問題があったという。後ほどDVD、レーザーディスクやビデオソフトにもされることなく存在を抹消された映画なのだ。それ故、そのポスターも限定されている。特に劇場名スタンプ入りは、ディープな愛好家にとっては垂涎の品という訳である。
 最初は新宿区の住宅密集地、ただしプロパンガスを用いる界隈に住む茅野涼太の自宅が火災に遭う。築45年、老朽化した木造家屋。世界に4人しか所有者がいないという『プリティ・ウーマン』の超レア・ポスターを含む3万点のレアな映画グッズが放火により灰燼に帰したのだ。茅野の外出中であり、コレクションと家屋の全焼以外に、人身事故はない。そして、立て続けに、飯田橋近辺にある「ムービーアレイ」という全国通販も手がける映画グッズ専門店の老舗で放火が発生する。そして、ここも明確な意図をもって放火されたようなのだ。店主は菊井大悟。この二人が被害者として登場するところから、ストーリーが展開していく。

 万能鑑定士Qの凜田莉子は馴染みになった牛込署から被害物品についての鑑定依頼を受けてこれらの事件に関わっていく。当然ながら、莉子はこの2件の特異な放火について、どんな共通点があるかを探ろうとする。茅野・菊井は莉子を鑑定家と紹介されても、最初は鼻であしらう態度だった。茅野は言う。「一部の人間しか真価ををみいだせない物だぞ。それを世間並みの物差しで測られたんじゃいい迷惑だ」と。
 当初は警察の依頼で火災に遭った物品のリスト作成を依頼されながら、落ち込み、いじけたようになりその気にならなかった二人だが、莉子が具体的な鑑定を始めるとその的確な評価に驚き、それならばと真剣にリスト作りを始めるのだ。冒頭からレアものポスターや映画情報が次々に出てきて、莉子の鑑定プロセスにつながっていく。このあたり、のっけからオタク的興味心を呼び起こされる。その描写がまずおもしろい。

 この作品でも『週刊角川』の記者・小笠原が関わりを深めていく。『週刊角川』編集部の建物から、消防車のサイレンがひっきりなしに鳴るので、立ち上がって窓辺から新宿方面の住宅地に火柱がたちのぼっているのを眺めた荻野が、小笠原に火事の取材に行けと命じたのだ。記事の取材行動が、牛込署からの依頼で鑑定業務として関わった莉子との協働が起こってくる。今回興味深いのは、小笠原が独自に取材行動を継続していくプロセスで、レア・ポスターの所有者を取材活動していて、そのポスターの盗難並びに焼却の犯人目撃という展開になっていくところである。莉子の後追いや少々の情報収集ばかりでなく、小笠原も重要な貢献をしていくというところが新鮮かつおもしろい。

 そこで今回の嵯峨敏也登場のしかたである。特異な2件の連続放火が起こったのだが、牛込署では刑事課で暫定的な指示がだされただけで、捜査本部が設けられていなかった。莉子は「真実の究明は早いほうがいいと思うの。次の犯行を食い止めるためにもね」という姿勢を持つのだが、警察はそうではない。まずは異常者の犯行かどうか、臨床心理士の意見を仰ぐのが慣例になっているという。事務局を通じ、都内の臨床心理士の方々に一斉に協力要請をし、一番早く返事をもらった人に協力を依頼する手順を踏むという。もし異常者の可能性ありとなれば、精神科医の意見を伺う段階になるという。なんとも悠長な手順なのだ。
 葉山警部補から応じてきた臨床心理士の名前と勤務先を聞き出した莉子は、葉山の考えと手順に飽き足らず、自ら会いに行き意見をきくという行動にでる。その臨床心理士の名前が嵯峨敏也だった。勿論、莉子はこの嵯峨敏也に面識はなかった。病院名と臨床心理士の名前を手がかりに、病院まで直行するのである。
病院の受付カウンターで嵯峨のことを尋ねようとした丁度その時、受付の女性看護師が嵯峨を受付に呼び出すアナウンスをした。嵯峨と助手の池川健人が受付にやってくる。嵯峨と池川が言葉を交わした後、池川が臨床研究室Dに戻って行く。一人になった嵯峨に莉子が話しかけていく。ここから莉子と嵯峨の火事の件についての関わりができていく。それは、病院から少し離れたビルの地階にある和食店での昼食をとりながらの火事の件についての意見交換から始まっていく。冒頭からかなり突っ込んだ意見交換が始まる。これ以降、莉子と嵯峨はかなり情報交換を密にしながら、事件の究明に協力していくこととなる。その途中で、近くの歯科医院に勤める歯科医・村谷美羽が現れる。彼女の用件は子供の歯のX線写真に児童虐待の可能性を示唆する徴候が見られるというもので、臨床心理士の意見と対応を尋ねるというものだった。嵯峨はこの件にも関わっていくことになる。

 その最中に、東京駅に近い東京国際フォーラムの地階にあるホール状の空間での火事だった。ここではポスター1枚だけに放火されたのだった。そして、さらに小笠原が取材先で犯人の姿を目撃し、追跡するという第4の事件が続いていく。そして第5の事件現場には、葉山、莉子、嵯峨も火災を防止させようとして、現場に詰めるという行動に出るのだった。それでも放火が発生するという事態に・・・・。

 この作品の興味深いと思うところがいくつかある。思いつくままに列挙してみよう。
1. ディープな愛好家のオタク視点で、レアなポスターおよび映画、映画グッズについての蘊蓄が次々に話題としてでてくること。
2. 小笠原悠斗がまっとうな取材活動を行い、連続放火事件の解決に一歩近づく一つの契機となる犯人目撃という機会を得、活躍すること。
3. かなりテクニカルな用語が出てくるが、臨床心理士の雰囲気と思考がかなりイメージとして身近なものになること。
4. 「どんでん返し」という第一印象のキーワードを冒頭に述べているが、そのための伏線が実に巧妙に仕掛けられていること。その仕掛けにはちょっと気づかなかった!
5. 莉子までが参加した第5の事件発生防止が成果を得られず、一種の密室放火発生事件となったこと。そのこと自体の謎解きのおもしろさ。
  だがその状況の発生自体が、莉子の論理的思考のための情報ピースをジグソウ・パズルの如くに在るべき位置に当てはめていき、犯人像をクリアにすることになるというのが興味深い展開だ。種証しされるまで推理が及ばなかった・・・残念!
6. なぜレアなポスターだけが狙われるのか? その所有者情報をどのように入手したのか? その謎解きのおもしろさである。

 

 ご一読ありがとうございます。


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この作品に出てくる用語や事項で関心を抱いたものを少しネット検索してみた。
一覧にしておきたい。

臨床心理士 :ウィキペディア
公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会  ホームページ
一般社団法人 日本臨床心理士会 ホームページ

衝動制御傷害  :ウィキペディア
衝動制御障害とは  :「健康・医療館」
う蝕 :ウィキペディア
ソブリナス菌 → ソブリヌス菌 :「健康用語辞典」

プリティ・ウーマン  :ウィキペディア
Pretty Woman From Wikipedia, the free encyclopedia
19 Things You Probably Didn’t Know About “Pretty Woman” :「BuzzFeed」
アマルフィ 女神の報酬のチラシ・ポスター画像集 :「NAVERまとめ」
「トリビアの泉 映画「アマルフィ 女神の報酬」で久しぶりに「へぇ」SP」で紹介されたすべての情報  :「価格.com」
映画アマルフィのポスターは、アマルフィで撮影してなかった。 :「zakuroザクロ」
『ノストラダムスの大予言』(映画)  :ウィキペディア
「ノストラダムスの大予言」 概論とバージョン解説
    :「-素晴らしきバージョン違いの世界-」 
鼠小僧 :ウィキペディア
日比谷映画  :ウィキペディア

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こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』

『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』