遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』 松岡圭祐  角川文庫 

2014-08-23 14:57:29 | レビュー
 万能鑑定士Qの事件簿シリーズはこの第12巻で終了ということのようだ。とはいえ、この後「推理劇」シリーズが継続されている。
 さて、この事件簿では、現在の大坂・万博記念公園に残された岡本太郎作「太陽の塔」が舞台となっている。この作品の文庫本出版は諸般が平成23年(2011)10月25日である。「太陽の塔」内部公開へと一歩踏み出す新聞報道が出たのが、2013年11月13日、そして、今年(2014)の7月31日の報道では、紛失状態となっている地下の「第4の顔」を復元し、「塔内部に続く約150平方メートルの地下展示室を新設」する計画も発表されているようだ。1970年の大阪万博において、太陽の塔南側にあった地下展示室は、本作品にも記載の通り、埋め立てられてしまっている。報道によれば、2016年度末の公開を目指すという。
 著者は、現実の太陽の塔をめぐる公開計画の動きより一足先に、太陽の塔の一般公開を前提とした特別公開の機会という状況を設定して、一つの事件を構想していたのだ。太陽の塔内部で発生する「密室失踪事件」である。
 著者の想定したこの作品での内部公開の状況と、今計画されている塔内部の一般公開との間に、どんな相違点が出てくるか・・・・本作品とは別に、新たな関心・興味が出てきた。
 さて、この作品に戻ろう。
 例によって、冒頭にシャネルの商品についての真贋鑑定というエピソードが出てくる。万能鑑定士Qの経営者・凜田莉子は即座にその鑑定判断を下す。蓄積された知識・情報を背景に、実に鋭い観察と論理的思考の結果である。
 そこにこの作品の登場人物が汗びっしょり、息を切らせて店に飛び込んでくる。お店には例によって、「週刊角川」の記者・小笠原悠斗が居合わせたという次第。
 依頼人は蓬莱浩志という大坂在住のサラリーマン。依頼内容は「太陽の塔」の鑑定だというとてつもない案件。なぜか? 蓬莱浩志の妻・瑞希が太陽の塔内部で、彼の目の前で消えてしまったというのだ。彼自身が警備員の協力を得て徹底的に太陽の塔の内部を探したが、発見できなかった。まさに太陽の塔内部での一種の密室失踪事件だという。そのため、太陽の塔自体に秘密の抜け穴があるのではないか。その鑑定を希望するということなのだ。

 蓬莱浩志は、妻とともに万博公園から歩いて5分、3LDKの一戸建てに住んでいるという。「太陽の塔」内部の公開についてのNHKニュースを見聞した翌朝に遭遇した事件なのだ。出勤のため北千里駅に向かうにはまだ時間があるので、大坂モノレールの万博記念公園駅前に出向いた。開園前でまだ入れない時間なので、出来るだけ近くの正面から太陽の塔を遠望しようとしたのである。そのとき、「放してよ、どこへ連れて行く気?」と怒鳴り叫ぶ妻の声を聞くことなったのだ。警官に似た制服を着た大柄で屈強そうな体格で年齢は判然としない男に引きずられるようにして瑞希が連れ去られていく光景だった。
 浩志は関係者通用門に辿り着き、胸ポケットに日本統合警備という刺繍のある制服を着た初老の男に訳を言い、園内に入り追いかける。その初老の男と同じ制服をきた男に連行されて行ったのだと。
 太陽の塔の側面に、「一般公開 11月上旬より」という横断幕を目にしながら、太陽の塔の内部への正規の入口を入ると、内部が隅々まで見渡せる思いのほか開けた空間だったという。頭上から悲鳴が聞こえ、見上げると、下から数えて4段目の踊り場にいる妻・瑞希が手すりから身を乗り出しながら見下ろしていたのだ。
 浩志はエスカレータを駆け上って至る所を探してみた。しかし、妻の姿はどこにも発見できない。忽然と消えてしまったという。塔内部にいた初老の痩せた警備員が親切に浩志に協力してくれたのだが、見つけられない。その時、日本統合警備の取締役だという門井眞という50歳ぐらいの温和そうな人物も協力を惜しまなかったというのだ。

 人探しは専門ではないと応対する凜田莉子に対して、蓬莱浩志は「太陽の塔」自体の鑑定をして、構造的に何か見落としているところがあるに違いないので、塔自体の鑑定でその見落としを浮彫にしてほしいと言う。
 その場に牛込署の葉山警部補が所轄の応援依頼を受けた結果だと言い、大坂から上京した柳瀬警部補と現れる。その日、浩志は柳瀬警部補の任意の取り調べを受ける約束をしていたようなのだ。それを反故にして浩志は莉子のところに必死の依頼に来ていたのだ。
 結果的に莉子はサイズでいえば過去最大の鑑定依頼品の鑑定を引き受けることになる。勿論、例によって小笠原悠斗は太陽の塔内部での謎の失踪事件の取材として莉子に同行する。

 太陽の塔は一般公開の予定を前にして、特別公開の予定が組まれている期間だった。生命の樹のリニューアル、1970年代当時の米ソ宇宙開発や航空技術競争で生み出されたデバイス類の展示だけでなく、最新のテクノロジーの展示も行われることになっている。水平多関節ロボット・アームを活用した医療機器事業の設計と開発で有名な永友エンジニアリングが、PD1なるマシンを公開展示するのだ。形が自動販売機然としたマシンは、布地の損傷箇所をセンサーで検知し、本来の材質に近い糸を自動選択し、布目に沿って自動縫合して、布地を原状回復させ、美しい仕上がりにするマシンなのだという。さらに、永友エンジ二アリングは一般公開までに、さらに画期的な展示用マシンをいくつか追加する方針だという。
 長年NASAの技術顧問を務めたオーガスティン・ハリス工学教授も、アメリカ大使館を通じ、外交官グループに混じり特別公開の見学に来ているほどなのだ。
 こんな最中での一種の密室失踪事件である。大坂府の警察もこの失踪事件に関しては大勢の警官を動員し、くまなく塔内部を捜査していたのである。しかし、何も発見できていない。失踪事件そのものが狂言行為ではないかとすら疑い始めているのだった。警備を担当する日本統合警備も協力的なのだ。

 莉子は現地に向かい、太陽の塔内部を隅から隅まで実見するが、秘密の抜け穴など発見できない。浩志の狂言とも思えない。そこで、蓬莱浩志の自宅に瑞希の失踪理由の手がかりがあるかもしれないと考え、浩志の家を訪れる。
 浩志の家で莉子が手がかり探しをしているとき、郵便受けに何かが投げ込まれた音を耳にする。それは「凜田莉子様」宛となている1枚の封筒だった。切手なし、差出人の住所氏名は無記名。莉子が今現在ここに居ることを知っての投函だったのだ。
 だれが仕掛けて来ているのか、何が目的なのか不明だが、それは莉子の鑑定能力を試そうとするテストの始まりだったのだ。
 太陽の塔内部での密室失踪事件に取り組み始めた莉子に対する鑑定能力テストという独自の流れ。戸惑いながらも、莉子はそのテストに対処していくのだ。そこから、意外な発見が積み重なっていく。そして、事件解決の糸口にもなっていく・・・・。

 この作品のおもしろいところは3つある。
 第1は、太陽の塔の内部がどんな構造であるのか、その内容が失踪人の捜査というプロセスの中で、具体的に克明に描写されていくことである。臨場感があってまずおもしろい。その描写は、読者にとってはまさに密室状況を納得させられる羽目となり、事件解決に興味を一層深めることになる点だ。
 第2は、莉子の鑑定能力をテストするという行為の連続である。誰が、何のために・・・ということもさることながら、どのような鑑定能力テストの課題がだされるのか? それを莉子がどういう風にクリアしていくかという、その対決プロセスそのものののおもしろさである。該博な知識の裏づけのもとでの観察と論理思考による推論を追いかけるという楽しさ、おもしろさである。このプロセス自体が蘊蓄話として、この作品の読み応えになっている。一種のトレビア的要素。
 第3は、大阪府の担当者が予算がないからと、インターネットオークションを通じて収集した1階の宇宙航空関連部品とおぼしき玉石混交のパーツ類についてである。府行政の予算ということに対するアイロニカルかつ漫画的な設定のおもしろさと同時に、ネットオークションがどんなものかということもわかる。そして、この展示品が盗難に遭うという事件がトリガーとなって、密室失踪事件の解決にはずみがついていくことになる。盗難に遭ったパーツ類の中の一つに、莉子は目を付ける。インターネット検索による調査から情報を累積し、1枚の写真から例の雨森華蓮の協力で外観レプリカの作製を行い、そのレプリカを使ってのさらなる映像検索をインターネットで行うというネット駆使のおもしろさ。インターネットで映像自体の検索ができるのか? 今の私には知識がないが、特定のアプリケーションの利用でかのなのかも知れない。この作品、SFレベルには踏み込んでいないだろうから。莉子と華蓮が連携すれば、まさに最強となるおもしろさである。
 
 手品は種を知れば、なんだそういうことかとあっけなく思う。
 この最終巻も事件解決の種は、ちょっと漫画チックなあっけないもの。馬鹿げているともいえるが、まあけっこうおもしろい落とし所でもある。
 後は読んでお楽しみいただきたい。十分に楽しめる最終巻である。

 文庫本のカバーは凜田莉子のウィーディングドレス姿。莉子が結婚してハッピーエンドなのか・・・ともちょっと想像したのだけれど・・・・・これにも落ちがあった。おもしろい。


 ご一読ありがとうございます。


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本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

太陽の塔  :ウィキペディア
太陽の塔 :「万博記念公園」
太陽の塔
「太陽の塔」内部を公開へ 大阪府、改修費用に見通し
  2013.11.13  :「朝日新聞 DIGITAL」
太陽の塔内部、生命の樹復活 常時公開へ200体再現案
  2014年5月23日 :「朝日新聞 DIGITAL」
太陽の塔「第4の顔」復元へ 16年度末の公開目指す
  2014.7.31  :「朝日新聞 DIGITAL」


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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
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『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』


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