遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『密闘 渋谷署強行犯係』 今野 敏  徳間文庫

2014-01-11 10:43:28 | レビュー
 本書の文庫化はおもしろい経緯をたどっている。
 私が文庫本でこのシリーズを読み始めたからそう感じるだけなのかもしれないが。既にこのシリーズの読後印象をここに載せている。この渋谷署強行犯係を『羲闘』、『宿闘』と読み継いだ。文庫本で『最後の戦慄』を読んだとき、その巻末に2009年12月現在の「今野敏著作リスト」が載っていた。そこでこれを使って今まで読んできた本をチェックしてみた。『羲闘』、『宿闘』という改題文庫タイトルはこのリストに出ている。つまり『賊狩り 拳鬼伝2』『鬼神島 拳鬼伝3』が改題されたものとしてリストに明記されている。このリストにいては旧題・副題の『拳鬼伝』はトクマ・ノベルズとして1992.6に出版されたものが1999.1に文庫本化して出ていた。
 シリーズの2作目から文庫本化の際に改題し、渋谷署強行犯シリーズにしていたのである。改題された『密闘』が文庫本で出版されているのを知り、一気に読み通した。読後に奥書をみると2011.5に文庫本化されている。シリーズ前2作より後の文庫本化だから、単純に『密闘』が改題シリーズの後続だと思っていた。この文庫本だけにある「あとがき」を読んで、上記リストとの関係が氷解した次第である。
 著者が申し訳めいた一文を書いている理由がそこにあった。実は『密闘』は『拳鬼伝』がそのままのタイトルで先に出版化されていたために、本来の連作第2作から上記シリーズ副題「渋谷署強行犯係」で改題出版された。そして、一旦文庫本で出版されていた『拳鬼伝』を2011.5に再度改題して『密闘』とすることですっきりとシリーズがそろったという裏話になる。
 改題『羲闘』は2008.11に文庫本化されている。つまり、2000年代に入ってから警察小説ものがブームとなってきて、そのジャンルが一つ確立してきたということを意味するようだ。そこで、武闘ジャンルだけで創作されたものでなく、武闘プラス警察という組み合わせの筋である拳鬼伝が2作目から、警察小説畑の名称に衣替えされたという次第。そこで文庫本『拳鬼伝』として出版後、絶版状態になっていた第1作が、2作目からの改題本を手にして、おもしろく読んだ読者から再刊要望が出てくるという経緯になる。まあ、私は旧題との関連を全く意識せずに、第3作が『密闘』と思っていた次第なのだ。

 これからわかることは、小説というものにその時代動向やブームが大いに反映しているということだろう。いわゆる古典の部類に入り長年定番として存続する作品を除き、大半の小説はその時代の好みを反映することが読者に受け入れられる条件になる。それは当然として、作品のタイトルづけもその時代の関心を惹きつける大きな要因になることがこれでうなづける。エンターテインメント作品は特にそういう面で影響が大きいかもしれない。

 裏話が長くなった。本題に戻ろう。
 この作品、読み始めると上記の経緯がなるほどとわかる。毎回読後感想に書いていることだが、渋谷署強行犯係の刑事として辰巳吾郎が登場する。この辰巳刑事は本シリーズでは竜門整体院の院長・竜門光一の武術家としての側面を引き出すための黒子的役割を担う。事件解決のために常心流武術の免許皆伝者・竜門の武術を役立てさせようという狙いで、竜門の関心を事件に引きつけ、本人を動機づけ、乗り出させる。辰巳自身は竜門の行動を側面援助する形となり、彼を事件解決への実質的な相棒にしてしまうという筋書きである。そこには、武術を使わなければならないという事件の場面設定と、なぜそういうことになったのかという事件発生原因の究明、犯人追跡プロセスとがうまく結びついていくという仕立てになっている。タイトルでいえば、「密闘」という形での秘かな武闘がメインであり、「渋谷署強行犯係」という刑事事の件解決は添えであり、興味を引きつけるトリガーといえる。
 
 事件は何か? 渋谷のセンター街にたむろするチームと呼ばれる少年グループがちょっとしたいざこざを起こす。支配的な勢力を持つ『渋谷自警団』とマイナーな『メデューサ』の乱闘である。『メデューサ』が袋叩きになるところに、黒いスウェット・スーツの上下に黒い目出し帽をかぶった黒ずめの男が突然に現れて、一瞬の間に『渋谷自警団』の少年4人をそれぞれ一撃で倒してしまう。その後、目出し帽を外した男をビルの陰にいた少年が目撃したのだ。黒づくめの男は髪に白髪が混じる50歳過ぎに見える中年だった。目撃した少年は『渋谷自警団』のリーダーであるリョウと名乗る少年だ。男に気づかれたと感じた少年は夢中で逃げる。その後彼はグループを動員し、その黒づくめの男を『渋谷自警団』として見つけて復讐しようとする。
 病院につれて行かれた4人の少年を診た外科医は面食らうだけだった。たった1か所の打撲傷のためにひどいダメージを受けているのはわかるが、打ち身であること以外に何もわからないのだ。胸骨の上、胸の中央に打撲傷があるだけで、胸骨に異常がないことはレントゲンの結果でわかっているからである。

 辰巳刑事は、竜門整体院にでかけ、施術を受けている際に、竜門光一に「新聞、読んだかい、先生?」と話しかけて、この傷害事件を話題にする。竜門の好奇心に火をつける。そして、竜門を少年たちが入院している病院に引っ張り出すことに成功する。
 少年たちの打撲症状を見た竜門は、その場で整体施術をして少年たちの苦しむ状態を和らげてやるのだ。その打撲傷を見ることで、その打撲傷がどういう状態で加えられたのか、その武術の推測をしてしまう。だが、それは結果を見て、竜門の知識と経験を踏まえた仮説を持ったに過ぎない。その技が高度なものであり、かなりの武術レベルであるとわかるが、的を射ているかはわからない。それほどの武技を持つ人がなぜ少年に危害をくわえる行動に出たのか・・・・・。竜門はそこに悲しさを見る。
 少年たちの状態を見た竜門の武術家としての関心が一挙に高まっていく。武術家としての竜門の血が騒ぐのだ。その謎の人物を見つけて、その技を知りたい探求心がついにトリガーとなる。辰巳刑事はまんまと封印された武術家としての竜門を事件解決のプロセスに引き出すことができたことになる。

 竜門はどうするか? 昼間は整体院の仕事に従事し、予約の人々に対する施術を行い、その仕事の終了後、夜は遂に武術家に変身して謎の男を見つけ出そうとする。そのためには、その男を見つけて復讐しようと意図する『渋谷自警団』の少年たちの行動を追えばいい。一方で、ジャズ・バー『トレイン』を訪れ、マスター、岡田英助に謎の武術家について情報を集めてもらう依頼をする。自警団の行動を見張り、岡田から情報を得ること、そして渋谷自警団のリーダー、リョウに会って話を聞くことで、竜門は謎の人物に一歩ずつアプローチしていくことになる。
 八極拳をつかう相当に武技を修練した人物と推測した竜門は、その事実を具体的につかんでいくことになる。そして、その謎の人物との一戦が必然化する。謎の人物の悲しみ、怒りが見えてくるのだ。

 辰巳刑事は、竜門の行動を監視しつつ、竜門をサポートする形で、より深みへと竜門が歩むようにしむける役割になる。それがこの事件を解決する近道だと彼は考えている。そして、あくまでも傷害事件は事件として裁かれねばならないと。

 けんかと武闘というダイナミックな戦いのシーンを積み重ねながらストーリーが展開していく。そのプロセスで、著者の武技に対する蘊蓄がこの作品でも書き込まれていく。一方において、東洋医学と西洋医学の違いが描かれ、またツボという東洋医学が要所要所で登場してきて、興味が尽きない。このあたり、著者の得意な領域なのだろう。著者の作品を読み継ぐにつれ、副産物として東洋医学に関心を引かれつつある。

 この作品で、辰巳刑事が、竜門光一と整体病院で事務に従事する葦沢真理の間でキューピッド的役割を取ろうとするところが、けっこうほほえましくてよい。ちょっとした作品の味付けになっている。

 ストーリーは単純だが、読ませどころのツボを押さえた武闘ものエンタテインメント作品に仕上がっている。ひとときの時間を楽しむのにはちょうどいい。


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本書に関連する語句への関心からネット検索した結果を一覧にしておきたい。

ワンシュウ wanshu 2012 :Youtube
八極拳 :ウィキペディア
神槍・李書文の八極拳の真実とは?
八極拳動作示範 :Youtube
「棒」を用いた八極拳の研究  森田 真 氏 :「八極拳研究会」
陳発科 :ウィキペディア
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カポエラ ← カポエイラ :ウィキペディア
カポエラの達人 :Youtube
犬拳  :Youtube
発勁 ← ハ極拳的「発勁」
 
経絡 :ウィキペディア
任脈 :ウィキペディア
督脈 :ウィキペディア
奇経八脈  デジタル大辞泉 :「コトバンク」
奇経八脈 :「太極拳から学ぶ会」
ツボ →「第二次日本経穴委員会」ホームページ
  資料として「経穴図版」が掲載されています。
丹田 :ウィキペディア
臍下丹田呼吸法 :「自然から学ぶ生命の浄化」
膻中(だんちゅう) :「ツボマスター」
天窓のツボ → 天窓 :「南大阪鍼灸所」
気功 :ウィキペディア
気功入門 :「気功のひろば」
気の導引術 :「日本道観」
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大周天法 ← 気功・矢山式 - 矢山気功教室 東京(大周天気功法02) :Youtube
 

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
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『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

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