遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『原発ホワイトアウト』 若杉 洌  講談社

2014-04-19 01:02:00 | レビュー
 インターネットの「英辞郎 on the WEB」で whiteout の単語の意味を調べると、「〔猛吹雪や猛風などのせいで〕見えない[視界のきかない]こと」と説明されている。
 原発がホワイトアウトするとは、どういうことか? それだけ知りたい人は、本作品のプロローグと最終章「爆弾低気圧」を読んでいただければ良い。プロローグの冒頭は1998年2月21日朝刊の記事「70メートル送電塔 突然倒れる 香川・坂出」の記載から始まっている。

 内表紙の次のページにカール・マルクスの言が引用されている。

 「歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」

この引用が、この作品のアイロニカルな表象であると強く感じている。フィクションでしか書き表せない現状ということだ。原発爆発事故の悲劇は再び起こり得る。その蓋然性を総合的視点から描出しようとした作品といえる。表裏の著者紹介は簡潔である。「東京大学法学部卒業。国家公務員I種試験合格。現在、霞が関の省庁に勤務」と。つまり霞が関の中央省庁内部で仕事をする日常体験の情報と実態がフィクションに仮託されている。多分、内部情報漏洩には抵触しない形で、内部告発に準じた変形された創作だと判断する。だが、そこには現実の姿が色濃く投影され、問題事象は読めばわかるという形で提示しているように受け止めた。
 福島第一原発爆発事故の発生は、さかんに、地震による津波と「想定外」が強調された。そして、たとえば、『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』(一般財団法人・日本再建イニシアチブ、Discover刊)を読むと、「事故の直接原因は、津波に対する備えがまったく不十分で、電源喪失による多数の機器の故障が発生したことに尽きる」(p41)と結論を記載している。地震そのものが原発設備にもたらした原因の側面についての論議を棚上げしたとしても、電源喪失がメルトダウンの決定的要因になっていたのは間違いないだろう。そして、水素爆発事故が発生し、悲劇が招来された。原子力安全神話の崩壊である。
 被曝・避難・死が3年を経過して終わった訳ではない。それは東北地方復興の遅れも含めて、未だ進行形である。何も終わってはいない。原発のメルトダウン、爆発事故はもう二度と起こらないのか? 著者はNOと言う。「歴史は繰り返す」。地震・津波による原発事故だけじゃないでしょう、その蓋然性は・・・・。ホワイトアウトという気象条件とある要素が絡めば、原発事故は起こりうるでしょう、という警鐘がここにある。
 これはフィクションでしか今提示できないことだ。
 その部分は、冒頭に記したように、プロローグと終章で尽きる。

 それでは、歴史を繰り返させる要素はどこにあるのか。それが第1章~第18章だと私は読み取った。原子力ムラの利益追求動因。電力会社の揺り戻しと巻き返し。一度目のフクシマの悲劇で悩み、苦しみの中に投げ込まれた状況のままである人を時折みつめながらも、日本社会全体の大衆レベルでみれば、フクシマの心理の風化現象の高まり。追求し続けるという姿勢や定見のないマスコミ。あいも変わらず縦割り行政、問題事象の限定化による自己保身、自己利益追求。総合的視点での対応策のなさ。政治家の自己利益追求と縄張り意識及び問題の先送り。正論が正論として徹底的に論議され対策の検討もされず、青臭い議論としてなし崩しにされるプロセス。批判があっても十分に討議を尽くさず多数決の論理で押し切る法制化。三権分立の欠落と癒着。などなど・・・・
 さまざまな観点が焦点を合わせる方向にではなく、分散させられ解体させられる方向に誘導されがちな体質と風土。
 それらを幾筋もの流れを織り交ぜながら、ストーリーが組み立てられていく。この流れこそ、フクシマ以前の路線方針を前提に、現在起こっている事象のフィクション化した提示である。
 そして、それがだれも本気で対策を検討すらしていない現実の提示となる。それは歴史が繰り返される蓋然性の一事例の提示となっている。絵空事とは一笑にふすことのできないエンディングである。それは、フクシマの原因の徹底分析と対策の追求欠如から発生する二度目であるからこそ、「喜劇」になるのだ。

 この作品にはこんな流れが織り込まれていき、相互に交わり展開していくことになる。・日本電力連盟常務理事・小島巌が原発再稼働の方針を掲げ、仕組みづくり・根回し・裏工作・仕掛けなどの手段を労していくそのやり口とプロセス。
 その一つは新崎県知事伊豆田清彦を贈収賄事件の中心人物に仕立て上げていく工作プロセスとして現出する。
・経産省資源エネルギー疔次長が、自らの立身出世と欲望の満足を内に秘めながら、国民の要望・要求を組む姿勢をみせる中で、エネルギー関連法案を骨抜きで成立させていくプロセス。保守党族議員のドン・赤沢浩一に根回し、保守党幹部岩崎道夫や木原英治をうまく立てながら巧妙に行動するプロセス。
・ある事情からアナウンサー・記者を辞職し、財団主任研究員という立場で、原発阻止のためにその重要な証拠をつかもうとする行動。ハニートラップをも利用して、証拠を得ようとするプロセス。
 他にも中小の支流が様々に本流に流れ込んでいく。
 このプロセス、まさに現実にありそうな気になってくる。いや、あるのだろう・・・・。

 フクシマ以降の日本社会の対応状況を総合してみれば、原子力問題について大きな陥穽があるという問題提起ではないだろうか。
 隠された事実、言及されない事実、知らされない事実が無数にあると感じる。一面の事実しか伝えないやり方。その対極に事実を知ろうとしない一般庶民、惑わされやすい一般庶民が居る。
 言い古された格言の真実性が垣間見える空恐ろしさ。
 ・喉元過ぎれば熱さ忘れる     ・水に流す
 ・寄らば大樹の陰         ・       
 ・知らしむべからず、寄らしむべし ・知らぬがほとけ
 ・羊頭狗肉
 
 そういうことを考えさせる警世のフィクションだと思う。
 読んでいると、現実に存在する、存在した人物、事件、状況などが連想されてくる。
ついでに、著者が実名で登場させている人名を挙げておこう。
  松永安左ヱ門、木曽義仲、青木昌彦
  古賀茂明、佐藤優、村木厚子、平野貞夫、小沢一郎、加納駿亮、三井環、宮野明
  小泉純一郎、福田康夫、森山眞弓、村上正邦、鈴木宗男、田中眞紀子、村岡兼造
まあ、これらの人名は公知事実の引用という局面での実名記載であるという意味合いだけなのだが。

 フィクションの形だからこそ、実態を表象化して明確に記述できる局面があるのだと感じる箇所が数多くある。それらを抽出してみる。この読後印象としての抽出箇所をどう解釈されるだろうか? やはりそれは絵空事だよ・・・とあなたは読み進められるだろうか。

*この電力システム改革のゲームには、電力会社や政治家が参戦する。しかし、制度の細部の決定権を最後の最後まで放さないことが官僚のパワーの源泉なのだ。  p30
*デモに参加している多くの若い人々は、「官邸前デモが政治を変える、社会を変える」と脳天気で信じているようだ。SNSの申し子ともいえる彼ら彼女らは、ネットでつながる仲間からの『いいね!』という即効的な反応を求める。じっくりと物事を考えて論壇に見解を表明し、ジワジワと社会の価値観が変わっていくことを待つという旧世代の忍耐力はない。  p35
*電力会社が、総括原価方式によってもたらされる超過利潤(レント)によって、政治家を献金やパーティ券で買収し、安全性に疑義のある原発が稼働し、・・・・ p43
*日本の社会は、組織のなかで個人が飼い殺しにされる構図である。  p44
*車上の私服警官が、無表情のまま、なにやら小型のビデオカメラのようなもので、デモ最前列のメンバーの撮影を始めた。デモ参加者が携帯端末を使ってデモの様子をネット配信するのは日常的なことなので、私服警官が撮影する姿をパッと見るだけでは違和感がない。  p45
*所詮は国家権力を獲得するところまでが目的の集団で、獲得した国家権力の使い方の要諦については何の定見もなかったということだ。  p50
*「・・・よろしく。できる範囲でいいですから・・・・」・・・封筒を預けられる。なかには通し番号付きのパーティ券の束と振り込み用紙が・・・・振り込みの際にその番号を振り込み名義人の頭に入力することが求められており、国会議員側からすれば誰が何枚パーティ券を買ったか一目瞭然なのである。   p59-60
*電力会社は地域独占が認められている代わりに政府の料金規制を受けているが、その料金規制の内容は、総括原価方式といって、事業にかかる経費に一定の報酬率を乗じた額を消費者から自動的に回収できる仕組みとなっている。ただ、事業にかかる経費自体、電力ビジネスの実態を知らない政府によって非常に甘く査定されているし、経費を浪費したら浪費しただけ報酬が増えるため、電力会社としても、より多くの経費を使うインセンティブが内在している。そのため、結果として、電力会社から発注される・・・等は、世間の相場と比較して、二割程度割高になっているのだ。  p62
*驚くべきことに、日本電力連盟自体も、法人格を取得していない任意団体であった。  理由は何か? それは、・・・外部の介入を過度に警戒しているからである。 p65
  →ノンフィクションの世界を眺めると:
   電気事業連合会 
   一般社団法人日本電気協会 
   一般社団法人日本鉄鋼連盟 
   一般社団法人日本自動車連盟 
*原子力規制疔では・・・原子力規制行政の中立性・公平性を確保するため「被規制者等との面談」は公開される、というルールだ。ところが日村は、被規制者でもないし、電話は面談でもない。したがって、日村が原子力規制疔の審議官と何を話そうとも、その会話の内容が公開されることはない。ルールというのは、いくらでも穴があるものなのだ。 p73-74
*大衆は常に「自分よろいもうまくやる奴」を妬み憎む。・・・・と大衆は思っているのだから、とにもかくにも、電力業界での競争原理の導入を謳った電力システム改革の実施を政府で決めて、これからは競争が起きると大衆に信じさせればよい。・・・・
 目的と手段を混同してはならない、ということだ。電力システム改革は、最終目的ではない。・・・本当は、原発再稼働の手段に過ぎない。・・・競争が起きると誤認させれば、大衆の溜飲が下がり、原発再稼働へのハードルをクリアすることになるだろう。 p81-82
*「電力システム改革はやりました」と保守党政権が胸を張りつつ、細かい穴がいくつもあって、実際には競争は進展しない状態、というのが現実の落とし所だろう。 p83
*そうなんですよ。規制当局の意識は急速にフクシマ以前に戻ってますよ・・・ p101
*実は、霞が関のキャリア官僚の結婚相手の実家は、有力な新興オーナー企業、特にIT企業創業者、というのが多いのである。新興オーナー企業に足りないのは名誉、霞が関のキャリア官僚に足りないのはカネだ。   p117
*三つ目のルートは、関東電力が飼っている自称「フリージャーナリスト」の活用だ。 p121
*同じ国会議員でも、野党の国会議員が法案の内容説明を受けるのは、法案が閣議決定され、国会に提出されたあとである。与党の下っ端議員に対してはどうか? 野党議員より少しは早いが、法案の国会提出の数日前に過ぎない。いずれも、法案の基本的方向性の策定段階で口を出すことはできない。つまり、所管省庁に重鎮と認められた大物の族議員だけが、省庁からの事前の相談を与ることができる。  p126-127
*報告書は法的分離を採るとしています。・・・発電部門と送電部門が法的分離をしたとしても、所詮、民間企業の同じグループ会社です。会社の建物も同じであれば、株主も共通で、持ち株会社によって支配されます。・・・・マスコミの監視があったとしても、発電部門や小売り部門と送電部門が意を通じて実質的な競争を進展しないような工夫は、いくらでも施せると思います。  p132-133
 →英国や北欧では発送電分離は所有権分離で人的資本関係の断絶であることとの対比
*法務大臣は、国家公安員会委員長や環境大臣と並んで軽量級の政治家が座るポストであり、引退直前の議員や、参院の初入閣者、あるいは女性の初入閣者が就くのが通例だった。 p183  検察の最高幹部(=検事総長)は法務大臣と給料も同額 p182
*原発の電気は発電時には安いと称しているが、実は白地小切手の振り出しのようなもので、後の放射性廃棄物の処分でいくらかかるかわからない、というような不都合な真実を・・・・   p185
*フクシマの事故から、状況は一変した。原発文化人は、自分が原発に好意的であった過去をできるだけ隠したがった。   p207
*まったく根拠のない出鱈目のデマであるが、同時に複数のルートから話が駆け巡ると、その瞬間はもっともらしく聞こえる。内部告発では告発者の保護が必要なので、デマを流された場合にタイムリーに反論して打ち消すことは難しい。  p210
*原子力業界を継続的にウォッチしていれば、業界が、常に明るい見通しを、素人相手に示すことが習い性であることに気がつく。  p225
*ただ、アメリカでは原発立地1ヵ所当たり原子炉の数は3基以下であり・・・・
 たとえば、欧州加圧水型炉では、万一のメルトダウンの際にも、原子炉格納容器の底部にはコアキャッチャーがあり、過酷事故時には、炉心の溶融から出たデブリが冷却設備に導かれる。格納容器自体の大きさも日本の原発と比べるとかなり大型化されている。そして、格納容器の壁は二重構造となっており、外側壁は鉄筋コンクリート製で、外部からの航空機衝突の予防壁となっている。
 このような最新式の安全性を確保した原発が、ヨーロッパのみならず中国でも導入されているのに、日本の規制基準には採用されなかった。日本の重電メーカーの製造する原発はこうした安全基準を満たしていないからだ。   p259
*特筆すべきは、公表された新しい規制基準は、すべて原発の敷地内のことに限られていたことである。・・・・チョンボがあったのは原発なのだから、原発以外の権限までをみすみす取り上げられる理由は経産省にはない。その結果、原子力発電所に直結する送電施設の安全性については、原子力規制委員会が規制基準を見直すことにはならなかった。p261

 ぜひ一読されることをお薦めしたい。フィクションの中に、原発問題と社会構造・体制の現状を真剣に考える材料となる書である。

 ご一読ありがとうございます。


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本書関連で、関心のある事項をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

原子力規制のための新しい体制について :「首相官邸」

2014.04.10 19:26 記者 : 時事通信社
132人が他省庁転出=発足1年半で―原子力規制庁:「ガジェット通信」
  [付記:この見出しの記事があった。はやアクセス不能。
    見出しを敢えて残しておきたい ]
 同じ記事をこちらで採録できた!「時事ドットコム」にて。
   これもそのうち消えるかも・・・・。
  132人が他省庁転出=発足1年半で―原子力規制庁

原子力規制庁、安全基盤機構と統合へ 転入民間人厚遇にぼやきも 2014.2.4
 :「msn産経ニュース」
 
実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則
  最終改正:平成二六年二月二八日原子力規制委員会規則第一号
 
原子力規制委員のノーリターンルールと財界の原発利権について @大竹まこと ゴールデンラジオ
 
発送電分離問題の再考②-1 英国事例に見るフェアの追求とその帰結  奈良長寿氏
 
英国に学ぶ ~世界に先駆けた発送電分離の実態~ :「電気事業連合会」
 発送電分離と電力自由化についてかなり具体的に説明しているが、本書に出てくる「所有権分離」の側面はなぜか触れていない。
 
実用発電用原子炉に係る新規制基準について -概要-
  平成26年2月  原子力規制委員会
欧州加圧水型炉(EPR) (02-08-03-05) :「原子力百科事典 ATOMICA」
日欧の原子炉の違い・・・・日本はコアキャッチャーの設置義務の無い国しか輸出できない。  :「夢老い人の呟き」
 
中国における原子力発電の安全性と経済性の両立への模索  李志東氏
AP1000 :ウィキペディア
第3世代原子炉 :ウィキペディア
 


 インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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