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ネパール旅行 9月27日 カトマンドゥ滞在 スワヤンブナート、ダボナートへ

2012年11月06日 | ネパール旅行2012/09/24~
今日は、朝からスワヤンブナート(仏教寺院)へ行く。

5時、起床。
日本と-3時間15分の時差があり、まだ日本時間で行動している様だ。
日が昇った6時過ぎにスワヤンブナートに向った。
歩いて30分ほどで麓に着くだろう。
ホテル近くのチェトラパティ・チョークを西に歩いた。舗装していない地道で歩き辛い。
広い道路に出て、橋を渡る。
道なりに歩く、急な坂道だ。地図でヘアピンカーブがあったがこれか!
スワヤンブナートが丘の上に見えて来た、音楽も丘の上から聞こえて来る。
どこかで聞いた事のあるメロデーの様だ。海外で聞いた事が無い。日本の歌か??
 丘の上のスワヤンブナート
 
参道入口までタメル地区から30分ほどであった。
 参道入口
 
 山麓の参道風景 
  
参道の石段を上る、中ごろから徐々に勾配がきつくなってきた。
休憩をしながら上っていると、後から迷彩服を着た兵隊さん集団が上って来た。その集団が指揮官の合図で一斉に走り出した。
 

まだ、6時45分ごろで朝の散歩で上っている人が多い。
最後の急な石段を見上げていると横から声を掛けられた。チケット売場の人で外国人を見付けて入場料Rs.200を徴収していたのだ。
すぐ後にも外国人がいる様だ。中国人男性に声を掛けていた、続いてその奥さんが来た、旦那さんが奥さんに「入場料を払わなければならない」と言ったのだろう、奥さんは恐い顔で大きな声で「○△×*・・・・! ○△×*・・・・!」。多分「そんなの払わなくていい」と言っている様だ。旦那さんは呆れた表情をしていた。
この奥さんを見ていて、入場料を拒否するという発想に私はショックを受けた。

最後の急な石段を上がり切ったところにドルジェ、日本では金剛杵(こんごうしょ)が置かれていた。
金剛杵とは、密教やチベット仏教における法具だそうだ。日本では護摩など密教の儀式において用いられ、祭壇に置かれているそうです。護摩とは、護摩焚きの護摩である。
 最後の参道石段        ドルジェ(金剛杵)
  

東南アジアのストゥーパ(仏塔)は、いろいろ見て来たが、ここの仏塔はちょっと違う。
特徴は4面にブッダの目と?の様な鼻が描かれているのと万国旗の様な祈祷旗、そしてマニ車がある。
仏塔を右回りにマニ車を回して歩く。私も健康で有ります様にと願って廻った。
いつも手を合われて願うが神社と間違えているのか???
  

絶えず聞こえて来る、どこかで聞いた事のあるメロデー??
これは参道を上がって来て、右手にある建物でアコーデオンの様な楽器を置き、皆で歌っている。歌詞を配り皆で歌っていた。
側で聞いていて沖縄民謡を思い出した、それと同じ音楽だ?
確か沖縄音階は2音階が少ない5音階である。普通はドレミファソラシドの7音階である。
アジアには5音階の音楽があると聞いていたがそれを体現できるとは思わなかった。
私は、音痴なので・・・ それでも間違いないと思う。

展望台からのカトマンドゥの見晴らしを期待していたが霞んでよく見えなかった。
展望台にはエクササイズで上がって来る人が多い、グループが出来ている様だ。
ボクサーがトレーナートと共に来ていた。シャドーボクシングをしていて迫力があった。

1時間ほど頂上にいて、来た参道を下った。
9時前にホテルに着いた。
腹が減っていたのですぐに朝食に行った。
西欧人男性と中国人カップルの2組が食事をしていた。
昨日と同じオムレツ、トースト、マンゴジュース&コーヒーにした。

午前中は小説を読んでゆっくりした。
昼からどこへ行こうか?
ネパール最大のヒンドゥー教寺院 パシュパティナートかネパール最大の仏塔がそびえる聖地 ダボナートか、どちらにしようか。
ヒンドゥー教の火葬の炎の上がるガートを見てもしゃあないので、朝に続いて仏塔を見にダボナートに行く事にした。

12時にホテルを出て昼食に行き、その後、ボダナートに向かう事にした。
日本食レストランに行った。
カトマンドゥには6軒の日本食レストランがガイドブックに載っていて、ホテルに近い「おふくろの味」に行った。
2階にあり、日本食堂と言った感じの店である。
野菜炒めRs.120とエベレストビール大瓶Rs.290を注文した。サ10%込みでRs.450(\440)
野菜炒めの味は、十分に日本食でした。

ボダナート行きマイクロバス乗場に向った。
乗場は、昨日見た中に寺院のある池(ラーニ・ポカニ)の北側の通りにあった。タメル地区から徒歩20分ほどであった。
次々マイクロバスが来て車掌が連呼している。多分地名だろう、聞き取れない。
車掌にボウダ(ボダナートを地元ではボウダというそうだ)と言って尋ねたが違う、数台に尋ねたが違う様だ。
10分ほど経ってボウダと尋ねると乗れと言われた。 
車掌が料金徴収に来た、運賃が分からないのでRs.20札を渡した。
渋滞しているが荒い運転で前へ前へと走り、客を拾っていく。
ぎゅうぎゅう詰めで定員オーバーの20人以上は乗っているだろう。マイクロバスとは、トヨタのハイエースである。
車掌に降りろとボディランゲージ言われた。30分ほどで着いた。
降りて見ると道路の両側に3階以上の建物が並んでいる都会であった。こんな所にバダナートがあるのか??? ここがボウダ???
警官がいたので尋ねると案内してくれた。10mほど行くとゲートがあった。
5mほどの間口の通路の先にストゥーパ(仏塔)が見えた。ストゥーパを見ていると声が掛かった、チケット売場であった。入場料Rs.150(\145)を払った。
 ゲート前からのストゥーパ(仏塔)
 
ストゥーパの周りを歩いた、周囲にはチベットの土産物屋や線香や仏具を売る店がぐるりと囲んでいる。
ゲートの反対側にアジマ寺院があり大きなマニ車があった。
このアジマ寺院の前からストゥーパに入れ、4段の基壇に上がれ、1週した。
 アジマ寺院
  
 ボダナート風景
  
 
古くからチベット仏教徒の主要な巡礼地であり、中国によるチベットの武力併合後は世界でも有数のチベット文化の中心地だそうだ。
私は14時ごろに見物したのだが、まったくの観光地の賑わいであった。
しかし、観光地の賑わいだけで、この廻りの開発は無い様に思う。亡命チベット人が多く住みつくているからだろう。

帰りもマイクロバスを待ったがカトマンドゥorタメル行きが来ない、15分ほどしてバスが来たので車掌に「タメル」と言って尋ねて乗った。
このバスはカトマンドゥのどこ行きなのか?と思いながら乗っていた。
40分ほど経ってカトマンドゥに入った様だ。
乗客に「シティ・バスパーク?」と尋ねると「どこへ行くのか?」と聞かれ「タメル」と答えると、ここで降りろという雰囲気だったので降り様と思ったが降り方が分からない!!ブザーが有るわけでもない。
間もなく、バスターミナル前を通過した所で乗客が降りたので私も降りた。ここがシティ・バスパークであった。

バスパークの前が公園で、そこでバザールをしていたので通って行く事にした。
帽子とフルーツ・ナイフを捜した。帽子は気に入ったものが無く、フルーツ・ナイフRs.50(\50)で買った。
カンボジアでUS$1であったので、こんなものかと即買った。
ホテルまで歩いた、歩き疲れて16時ごろホテルに着いた。
明日は、休息の日にしよう。

18時ごろ、薄暗くなってから夕食に出た。
タメル・チョークの北でホテルから少し離れているが日本食レストラン「ふる里」に向った。
どうも「ふる里」を通り越してしまった様だ。見付らなかった。
そのまま北に進み「桃太郎」に向った。
看板を見付け路地の奥に行くと店があった。実は通りに面したところに店があったが、それを見逃していた。
焼きうどんRs.250(\243)+ビール大瓶Rs.290(\282)サ込みRs.600(\577)を注文した。
奥の座敷に日本人4人がいた。大きな声で話している。カトマンドゥ在住の様だ。
1人が大きな声で話をして他はそれを聞き、時々相槌を打つ。旅行日記で何度か書いたが、韓国人の会話の典型で、それと同じだ。
日本人がこんなにうるさいのは初めてだ。それが中国人カップルとビジネスマン風中国人2人が入って来るとぴたりと静かになった。
このカトマンドゥ在住の大声男は、ほんとに日本人か??
焼きうどんは味は良いが、うどんが手打ちうどんの様に硬くごわごわして違和感があった。再度食べ様とは思わなかった。

20時、就寝。

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