塵埃日記

つれづれなるままに、日々のよしなしごとなど。

東日本大震災:統一地方選への影響

2011年04月09日 | 東日本大震災
   
 明後日月曜日で震災から1か月となります。そのちょうど前日、10日日曜日には全国統一地方選の前半戦が行われます。私の住むところでも知事選だ市議選だとあるようです。

 しかしながら、私のところに限らず全国的に選挙ムードが盛り上がっていないように見受けられます。知名度だけなら一流揃いの東京都知事選でさえ、ほとんど報じられたり話題に上ったりしていません。その要因はもちろん震災にあるわけですが、影響の仕方には2つのベクトルがあるように思われます。

 1つは、候補者自身の対応にあります。候補者サイドから見れば、今回の震災は最悪のタイミングであったといえます。公約や事務所、運動員など体制を整え、いざ出陣というところに震災が発生し、有権者の目もマスコミの目もすべてそちらに向いてしまいました。もちろん、被災地では選挙どころではありません。ですが、被災していない地域では日程通り選挙が行われるのですから、有権者も候補者も選挙そっちのけで震災のニュースに噛り付いていて良いかというと、難しいところです。

 候補者自身も、当然想定外かつマニュアルにもない事態ですから、どう反応して良いか実際のところかなり悩んだことでしょう。その結果として、ごくごくたまに見かける統一地方選関連の報道では、どの候補者も「災害に強い安心して暮らせる町(あるいは地方)づくり」を鸚鵡のように繰り返しています。

 候補者としては、街頭で訴えるにはこれ以外にないといったところなのでしょうが、私としてはむしろこのモノトーンこそが選挙を盛り下げている一主要因ではないかと考えています。今回の震災を受けて、誰もが災害についてもっと真剣に考えなければと思ったことでしょう。それは候補者についても然りで、災害に強い町づくりについて考えていない候補者がいるなどとは、誰も思ってはいないでしょう。わざわざ「災害対策を頑張ります」などとは言われなくてもわかっていることです。

 しかも、震災から選挙まで1か月という短期間で長期的かつ具体的な対策がまとまるはずはありません。自然と「頑張ります。目指します。」を繰り返すのみにならざるを得ず、まったく意味のない演説になることになります。これをどの候補者を杓子定規にやるわけですから、盛り上がるはずもありません。災害対策はこの際「争点」にはならないのですから、当初予定していた通りの演説および選挙戦を展開していただかないと、有権者も選びようがありません。

 さて、2点目としてメディア側の問題があります。震災以来、どのマスコミも被災地や原発の話題一辺倒です。震災直後ならいざ知らず、ひと月たった今になっても震災関連以外の報道はほとんど見られません。それでも何か新しい情報を提供してくれるのなら価値もあるのですが、最近では既知の情報の繰り返しになりつつあります。

 マスコミとしては、ひとつのネタを追い続けるだけで番組はできるし視聴率は確保できるしで、おいしいところなのでしょう。ですが、本当に情報の面で社会を牽引しようという気持ちがあるのなら、統一選挙や中東情勢について時間を割く必要があることを認識するはずです。それをしないのは、報道の怠慢といわれても仕方ないでしょう。

 今回の震災で、テレビがますます役に立っていない現状が改めて浮かび上がったように思われます。そして、即時性という面ではネットが、多様性という面ではやはり新聞が一歩優れているように感じました。結局、ほぼ新聞とネットの情報のみで明日の選挙に臨むわけですが、誰を選んでよいかいまだに決めかねています。


おまけ:東京都でもっとも高いところ
にある選挙ポスター掲示板?
御岳山ビジターセンター脇(標高900m弱)