塵埃日記

つれづれなるままに、日々のよしなしごとなど。

ドイツの車窓から~貴方の旅行に一振りスパイス~ : ウィーンが誇る建築家フンデルトヴァッサー

2012年11月30日 | カテゴリ無し

 このカテゴリの話題は久しぶりなうえに、ドイツの話でなくてすみません。まぁ、同じドイツ語圏ということで勘弁してください^^;今夏以来ずっと書きたいと思っていたテーマなのですが、なんやかんやでとうとう年の瀬目前になってしまいました。

 ウィーンは古くからさまざまな分野でヨーロッパの一大中心地を張ってきましたが、芸術の都としてみると、まず第一に思い浮かぶのは音楽だと思います。ですが、今回はちょっと目を近代建築に移して、ウィーンっ子が誇る建築家フンデルトヴァッサー(フンダートヴァッサーとも)をご紹介します。

 フンデルトヴァッサー(1928~2000)は、ウィーン生まれのウィーン育ちで、当初は画家としてデビューしました。彼の理念は自然への回帰であり、戦後復興の建築ラッシュのなかで無機質なビルディングが乱立するようすに違和感を覚えた彼は、建築デザインを手掛けるようになります。

 そんな彼の作品は、どれも幾何的な直線を嫌った自由奔放なものばかり。当初は「ウィーンの大きな名所はほとんど回ったから、ガイドブックにも載ってるし金もかからないし行ってみるか~」程度だったのですが、一目見てすっかり魅入ってしまいました。自由闊達なフォルムでありながら実用性はしっかり担保されてあり、どれもしっかり現役。たとえば、

 

 こちらのその名もフンデルトヴァッサーハウスは、現役の市営住宅!かつての同潤会アパートのように今も人が住んでいるので中を歩き回ることはできません。

 

別角度から見ても、周囲と見事に調和しているうえに機能も損なっていません。

 お次はなんとごみ焼却施設!

 

 

こんなメルヘンな焼却炉なら、地元の抵抗もだいぶ和らぎそうですね。

 最後にウィーン芸術会館(Kunst Haus Wien)

 

 館内のカフェはこんな有様です。

 

 ちなみに床も波打っていて平らではないのですが、これも「自然への回帰」を唱えるフンデルトヴァッサーのこだわりだそうです。

 館内には、彼が手がけた建築物の資料と並んで、画家としての彼の作品も多く展示されています。ところが、私はどうも彼の「絵画」についてはさっぱり興味が湧きませんでした…。有象無象のよくある前衛芸術の類にしか見えなくて…。どうやら、デザインと実用の絶妙な噛み合いという点が、私には重要だったようです。

 他にも、このような調子で学校や温浴施設、教会などさまざまな用途の公共施設を手掛けているようです。機会があれば行けるだけ行ってみたいと思っています。

 で、今少し彼について調べてみると、実は日本にも彼のデザインした建築物がいくつかあることが分かりました。フンデルトヴァッサーを直訳した「百水」という和号も使用していたということで、日本とのかかわりも薄くはないようです。ところが、残念(?)なことに日本での作品の多くはなぜか大阪にあるということで、首都圏住まいの私としてはひょいひょいとは訪ねることはできないようです。ですが、近いうちにぜひ…とは思ってます。

フンデルトヴァッサーの作品を見ていると、乃木坂の国立新美術館とか、表参道ヒルズとか、京都三条木屋町のタイムズとか、日本の同時代の高名な建築家たちは日本の有機的な建築風景をすっかり殺して、ずいぶんと無機質なものを作ってきたものだと思わされます。

 というわけで、ウィーンというと古いものにばかり目が行きがちですが、新しいものを受け入れ育てることもできるすばらしい都市であるというところを再確認した次第です。ちなみに、フンデルトヴァッサーハウスは路面電車で、ごみ焼却施設は地下鉄でそれぞれ旧市街中心からすぐに行くことができます。

  



異文化と常識:くわばたりえさんのブログ記事を奇貨に

2012年11月28日 | 社会考
  
 お笑い芸人のくわばたりえさんのブログ記事が話題になっているというので覗かせていただいた。レストランで走り回ったり泣いたりする児童や乳幼児に対し親はどうすべきか、という内容で、「走り回る子供を注意し、泣き止まない赤ん坊を外に連れ出してあやす親A」と「そのまま放置してお喋りを楽しみ続ける親B」のどちらが「正解」かと問いかけている。先日問題となった漫画家さかもと未明さんの「事件」と類似したテーマだが、最近このテの話がトレンドなのだろうか?

 普通に考えれば、「当然Aだろ!」で終わってしまう話だろう。だが、くわばたさんの記事が面白いのは、とある外国人に同じ質問をしたところ「当然Bだろ!」と返ってきたということと、くわばたさん本人は日本もBの親を受け入れることができる社会になればよいのにと考えているということだ。

 「Aが当然だろ」というのは、言わずもがな他者への思いやりを美徳とする日本の道徳観に基づくものだ。他者に迷惑をかけているにもかかわらず自分たちだけが楽しんでいるというような人間を嫌悪するが、あくまで日本の文化的土壌に立っているから不快に感じるのであって、他の文化的視点からみれば必ずしも「当然」ではない。

 くわばたさんが質問した外国人がどこの国の出身かはわからないが、おそらく西洋ではないかなと推測する。私もヨーロッパのレストランなどで似たような経験をしている。こちらも周知のことと思うが、欧州人の多くはビッグなボディにビッグな声でお喋りしながら食事を楽しむ。日本人同士の会話など容易にかき消されてしまう。なのでこちらも日本では滅多に出さないような大声を張らなければ話などとてもできない。自然、自分たちの会話で精一杯となり、周囲の喧騒などそもそも気にならなくなる(笑)。つまり、Bの考え方の人というのは周囲を不快にさせてまで楽しみたいというのではなく、みんながみんな自分たちのことに夢中になればそれで無問題ということなのだ。これはこれで、とても理に適っていると思う(日本人が実行するにはちと疲れますが)。

 では、静かなムードのなかでゆっくり食事と会話を楽しむことはできないのかというと、もちろんそんなことはない。静かに食べたければそういう店に行けばよいのだ。そういう店というのは、だいたい高級なところが多いので私はあまり行ったことはないが、行けば日本と同じくみな静かに食事や会話をしている。そして、そういう店には、(おそらく)客は分別のつかない子供など連れてこない。周囲を慮ってというよりは、自分たちが喧騒に煩わされたくない目的でその店を選んでいるから。いつでもどこでも騒いでOKというわけではなく、誰もがワイワイやる店と誰もが静かにやる店を峻別しているのだと感じる。

 結局、どちらかが絶対的に「正しい」とか「間違っている」ということはなくて、それぞれの文化的文脈のなかで相対的に「より相応しい」態度というのが決定されているのだろう。そして、ある文化的合意の下にある空間では、その文化のルールに従うのがその状況下での「正しい」選択なんじゃないかな、と思う。たとえば、私が欧州のワイワイやってるレストランで「もう少し静かに喋ってくれ!日本じゃ相手に迷惑かけないのがモラルなんだよ!」とはとても言えないし、くわばたさんが質問した外国人も日本に来て日本の文化について学んでいれば、やはり周囲の音量に合わせて話しをするようになると思う。AもBも「正しい」とする合理的理由がある以上は、「郷に入っては郷に従う」というルールの下に言動を選ぶのが「正しい」判断なのかな、と個人的には考える。何より、周囲の人間は「郷」の常識で動いているわけだから、その「郷」のルールに外れれば無用のトラブルの種となりうる。くわばたさんの例でいえば、最悪の場合、当の子供が危険にさらされることだってありうる。

 ただ、グローバル化が進んで異なる文化と接することが容易になった今日では、くわばたさんのように異文化の異なる合理性の考え方に触れて自国の文化を見直す可能性というのは、大いにあってしかるべきじゃないかと思う。

 たとえば、先に挙げた「子供はそもそも静かに食べる店には連れて行かない」という考え方は、ぜひ日本人も見習ってほしいと思う。以前、コース料理がメインの落ち着いた雰囲気のレストランに行ったとき、後ろの席に赤ん坊連れの親子がいて不快に感じたことがある。その赤ん坊は泣くことはなかったが、いつ騒いでしまうか分からない「場違いな客人がいる」というだけで気分が削がれてしまう。赤ん坊と食いたければそれ相応の店に行けと言いたかったが、同種の親というのは少なくないはずだ。

 翻って、ファミリーレストランというのはそもそも「ファミリー」を対象にしているのだから、店内がうるさくなるのは仕方のないことだと思う。ファミリー向け100円回転寿司などに行くと、分別のつかない子供をレーン側に座らせている親が多く、子供がネタや皿に触らないかいつもヒヤヒヤする。昔は「子供をレーン側に座らせるなよ」と青スジをだてていたものだが、最近では「ファミリー向けの店なんだから仕方がない」と思うようになってきた。子供のおいたが気になるようなら、そもそも回ってない寿司屋に行けばよいのだ。

 思えば、さかもと未明さんの騒動の時には、ネット市民の多くが「赤ちゃんは泣くのが仕事」と飛行機内での赤ん坊の泣き声を仕方のないことと許容していた。ならば、その論理の適用範囲をもう一声、ファミレスくらいまでは広げてもいいんじゃないかと感じる。

 くわばたさんのブログでは「外国の素敵な考え方を 文化の違いと否定せず 少し真似させてもらったらアカンのやろか?」と締められているが、私は大いに共感する。ただ、文化を変えるのは相当に難しいことだろうと思う。グローバル化の副産物として、自分のアイデンティティの殻を厚く厚くして閉じこもってしまっている人も多い(とくにネット市民に多くなっているように感じる)。こういう人たちは、異文化的な異物に接すると反射的に拒絶してしまう傾向がある。したがって、「Aは当然だけど、Bもアリ」というところまではそう簡単に行きつくことはできないだろう。一度受け入れてみて、咀嚼してみて、それでやはりダメだというのならまだしも、おそらく日本は(日本に限らないだろうが)そこまでもまだ行きついていない。まずは、「Aは当然だけど、Bも分からないでもない。」という態度まで懐を深くするところから始めるべきなんじゃないかな、と思う。「郷に入っては郷に従う」べきではあるが、「郷」にいる者は「郷」の懐を深くする努力をすべきだろう。

  



PSYの『江南スタイル』 ほんの雑感

2012年11月25日 | 徒然
 
 韓国人歌手PSYの『江南スタイル』のYou Tube 再生回数が通算世界一になったそうですね。「江南」を「カンナム」と読んでいるメディアもありますが、英語では "gangnam"となっているので「ガンナム」とする方が正しいようですね。

 小生も、遅ればせながら2~3週間ほど前に初めて聴いてみたのですが、結構面白いと思ったり。韓国語は分からないので曲と語感だけですが、ノリの良い曲ですし乗馬ダンスとやらも自分は嫌いではないです。You Tube は当然タダですから、それからもちょいちょい聞いてました。

 ただ、世界一になるほど面白いかというと…そこまでではないかな、とも個人的には感じました。だからといって、F5スタイルだのと証拠の無い中傷をする気もありませんが、You Tubeを通じて有名になったというあたりに不確かさというか、素直に喉を通らない感触がありますね。PVをネットにアップするなんて余計な方法を使わずに普通に売り出していれば、下手に疑いをかけられずに済んだんじゃないですかねぇ。

 そういえばちょっとした余談ですが、PVに出てくる韓国の地下鉄が日本の営団のものにそっくりだな~と思ったり。ヨーロッパや台湾の比較的新しい地下鉄に乗ったことがありますが、それらのどれよりも日本の地下鉄の車両内風景によく似ているんですよね。やっぱり日本の技術で造ったのかな?

  



姫路城「平成の大修理」

2012年11月18日 | 旅行
   
 前々回から続く上洛編は今回で終わりです。とはいっても、舞台は京都ではありません。ひと晩、神戸の友人と飲む約束をしたので、日中姫路まで足を延ばしました。京都からは遠いようで、JR東海道線の新快速に乗れば1時間30分ほどで着いてしまいます。新快速は、関東の感覚からするとちょっとびっくりするくらいスムーズに東海道線沿いの主要都市間を結んでいて、この区間に限っては本当に新幹線要らずです。うっかり寝入ってしまうと、列車によっては西は赤穂から東は敦賀まで行きついてしまいます。

 姫路といえば、見どころは言わずもがなの世界遺産・白鷺城ですね。みなさんご存じと思いますが、現在姫路城大天守は「平成の大修理」と呼ばれる大規模解体・修理工事の真っ最中です。工事中は、マサルさんの家のごとく大天守がすっぽり覆われているため、おなじみの白亜の天守群を仰ぎ見たい人には残念な状態となっています。と、そこは私ヘンクツ者ですから、逆に修理中の姫路城を見られるのは今しかないと思い、足を延ばした次第です。一応、20年ほど前に家族旅行で来たことがあるのでかつての姿も見知ってはいますが、まだデジカメの無い時代でしたので当時の写真は残っていません^^;

 ちなみに、前回の「昭和の大修理」からほぼ50年が経過しており、次回の修理もおそらく最低50年後ということになろうかと思います。残念ながら、自分は50年後まで生きている予定はございません(笑)。

 
こんな感じでした。


 覆屋にはエレベーターが設置されており、別料金で上2層分の修理風景を見学することができます。ただ、私は建築方面に関しては素人に毛が生えた程度しか知りませんので、説明書きを頼りにわかったようなわからないような顔をしながら葺き直し・塗り直し途中の天守を眺めてきました。

 
瓦葺き直し途中の屋根


 
塗り直し途中の壁も


 エレベーターは2基あって、混雑の具合は時と場合によりけりのようです。私の時は上りはほとんどノー待ち時間で乗れましたが、下りは15分ほど列に並ばされました。さすがに私のような酔狂な訪問客は多くないのでしょう、埋め合わせのためか普段は非公開の渡り櫓などが無料公開されていました。

 
史上一般初公開らしい渡り櫓


 外国人の姿もちらほら見かけましたが、世界遺産がこの有様では相当ショックなんじゃないかなぁ~と思ったり。たとえばヨーロッパの教会などの巨大建造物は、私の経験とイメージではまったく見られないということはない代わりに、常に必ずどこかを部分的に修復しています。あっちが終われば今度はこっちという感じに、部分的にどこかに足場が組まれている感じです。数年まったく見られないが、修理が終わればパーフェクトな姿というのと、見えない期間はないが、いつも必ずどこかが修理中。保存の必要上どちらかを選ばねばならないのでしょうが、なかなか難しい選択ですね。

 そのようなわけで、どうひいき目にみても観光の目玉を欠いてしまっていることには変わりない姫路城ですが、再来年の大河ドラマの主人公が黒田官兵衛に決まったことで、さっそく町は官兵衛ブームで興そうと活気づいているようです。姫路城は官兵衛が生まれ守った城でもあります(もちろん、白亜の巨城になる前のことですが)。さっそく大手広場や駅前に官兵衛コーナーが設けられていました。そうでなくても、この日は何かイベントがあったらしく、屋台村やパレードがありました。その中の1つに自衛隊と思しき一団がいて、移動式高射砲(?)みたいなのがありましたので、せっかくなので城と戦車のツーショットを。。。

 

さらにさらに〆のオマケで、白鷺城だからか堀端にいたサギの写真を^^
 
 

  



京町屋ゲストハウスに泊まろう

2012年11月15日 | 旅行
  
 前回に引き続き京都ネタですが、今回の上洛の大きな楽しみの1つが町屋ゲストハウスの初体験でした。京都の路地奥などにある古い町屋建築を借り上げて宿泊施設に改装したものですが、近年京町屋ゲストハウスは静かなブームとなってきています。部屋はたいていの場合ドミトリー、つまり相部屋になっていて、シャワーやトイレももちろん共同です。

 相部屋形式というと、日本では山小屋などを除いてほとんど馴染みがありませんが、海外ではそう珍しいものでもないようです。なので、京町屋ゲストハウスは安くジャパンテイストを味わえる宿として、日本人よりも海外からの旅行客にもてはやされているようです。

 私が泊まった時も、偶然なのかどうかは分かりませんが、おそらく宿泊客のなかで日本人は私だけでした。おかげで館内は公用語が英語になっていましたが、外国人とはいってもほとんどがアジア系でした。中国・香港・台湾はもちろんのこと、東南アジアからの旅行客もいました。東南アジアといっても華僑系だったので、その気になれば館内公用語を中国語に塗り替えることもできたのでしょうが、談話室でしゃべっている間はずっと英語を使っていました。

 世間では日中摩擦だ何だと問題になっていますが、こうしてしゃべっていると旅行客とお金持ちには愛国だの反日だのはどうでもよいことなのだろうな~と感じます。買い物が目的の金持ちは高級ホテルに泊まるでしょうが、少なくともこんな安い木賃宿に泊まりに来るような旅行者は、「日本」を識ろうと来ているわけですから。

 日付が変わるころにはマレーシア人とサシで飲みながら話していたのですが、彼は下手な日本人よりも京都の観光スポットをよく押さえていて、ひとまず中学の修学旅行のときの私よりはずっと調べ上げていました。こちらも、一日の長がありますからいろいろとアドバイスするのですが、おかげで下手な日本人よりよほど教え甲斐がありました。

 彼についてもう1つ面白かったのは、やはり日本といえばマンガなんだな~と感じさせられたことです。ある程度酒が回ったころ、「ところで、君はこのマンガを知っているか?」といくつかe-bookのマンガを見せられたのですが、3分の1くらいは知らないんですよ。私も、オタクには遠く及ばないけど、平均よりはかなり知っている方だと自負しているのですが、そんな私が知らないようなコアなマンガを「これはイイ、これもイイ」と紹介されて、私の方が日本文化を教わっている気分でした(笑)。

 で、話を町屋に戻すと、要は一般木造家屋をちょっと改築しただけの木賃宿ですから、設備に関してはお世辞にも整っているとはいえません。ですが、私にいわせればそれは当然だし、それこそが町屋の醍醐味のひとつだと思うのですよ。今回じゃらんで申し込みましたが、口コミをみると軋みがうるさいとか水回りがどうとか、果ては隣の人のいびきがうるさいとか(どうしろと…)、言いたい放題の王様みたいなことが書いてあるのですが、そんな人はそもそもドミトリーなんかに泊まろうなんてするもんじゃないと思うんですよね。

 その点、私は貧乏人のハシクレですから、いつまでたってもお湯にならないシャワーとか、隣室の寝返りまで聞こえる壁とか、どこからともなく聞こえてくる奇声とか、その程度なら慣れっこです(笑)。みなさんも、もし相部屋に共同バストイレくらいなら気にならいということであれば、ぜひ京都の町屋ゲストハウスを試してみてはいかがでしょうか。何より日本は雑魚寝宿まで安全です。私は外国人率の高い相部屋宿ということで、所持品管理については結構身構えて行ったのですが、いざ泊まってみると雰囲気からして外国のドミトリーに比べて格段に安全なので拍子抜けしてしまいました。