試行錯誤の民主党政権がいよいよ動き出しました。その最大の焦点の一つが、大風呂敷を広げたマニフェストの実現可能性にあることは疑いないでしょう。連日の討論や報道で少しずつ構想の筋立てが明らかになる中、選挙の公約でもあった群馬県八ツ場(やんば)ダムの建設中止がほぼ確定となりました。
実はこの八ツ場ダム、二年ほど前にこのブログで簡単に取り上げたことがあります。というのも、このダムの完成とともに沈む予定であった川原湯温泉は、私が最も好きな温泉の一つだからです。
東京から近いこともあって、近年定宿として度々訪れ、つい先月の選挙前にもいったばかりでした。訪れるたびに、旅館の数も減り、残った旅館も移転の準備が着々と進んでいました。現在、周辺の地ならし工事はほとんど終わっていて、後はちゃっちゃと作って完了という状況です。
そのようななかでの今回の建設中止は、はっきり言って温泉関係者にとっては「今更中止といわれても困る」というのが実情です。八ツ場ダムは、昭和二十四年に計画され、以来五十年以上にわたって激しい抵抗が繰り広げられた、ダム反対運動の象徴的存在でした。しかし、反対運動の担い手の高齢化や代替地建設計画の調整と説得、また反対派町長の引退と推進派町長の当選といった要因によって、近年ついに建設計画が動き足しました。そのようなあきらめムードの中、ある人は廃業し、ある人は移転の算段に衷心するようになりました。さていよいよ移転が間近に迫ったというこの時点での建設中止というのは、はっきりいって考えうる最悪のタイミングといか言いようが無いのです。民主党は、代替案を用意するとはいっていますが、本当に人口百人いくかいかないかの温泉小集落のことを考えてくれるのかどうか、甚だ心配なのです。
建設予定地@2007
同地点@2009
分かりにくいですが、真ん中にダムの基体ができてます。
ところで、八ツ場ダムを巡る報道で一つ注意していただきたいのが、「地元」と呼ばれる人々をメディアが一緒くたに扱っている点です。ここで私が取り上げている川原湯温泉とその周辺と、八ツ場ダムが属する自治体である長野原町ではダムに対する考え方が異なるのです。先に挙げた建設反対派の元町長は川原湯の出身で、このグループは町の重要な観光資源である温泉や国の名勝吾妻峡が失われることを危惧していました。これに対して建設派の町長はダムより上流の地域の出身で、ダムができようができまいが特段の不利益を蒙らない人々でした。テレビで大反対を唱える現町長も含めて、これらの人々が危惧するのは、「ここまで作っておいて、中止されては地元の建設業界が困る」というお決まりの利権問題の話に過ぎません。メディアの報道では、川原湯の関係者も町長も同じトーンで建設中止に異議を唱えているように言われていますが、その理由には根本的に大きな違いがあるのです。
ですから、町長らの推進派には補償費を握らせてあげれば済むことですが、生活の行く末がかかっている川原湯の人たちにとっては、目先のお金ではすまない話なのです。今度現地を視察するという前原国交大臣がどこまでこの違いを理解し、川原湯温泉に配慮した計画を打ち出せるかが、私にとってこの問題の本当の焦点です。
全体の話として、私はこのダム建設中止が単なるパフォーマンスで、八ツ場は運悪くその象徴に選ばれてしまったのではないかと思っています。というのも、今回の選挙で長野原町を含むダム周辺の選挙区には民主党の議員が立候補していなかったからです。ですから地元の人たちは、もしダムの建設中止を求めていたとしても、その票を投じる受け皿が最初からなかったのです。これでは地元の意見など最初から聞く気はありませんでしたと自ら言っているようなものです。
ではなぜ民主党は候補者を立てなかったのか。おそらくですが、ダムのある吾妻地方が小渕優子議員の選挙区だったからでしょう。小渕議員には勝てないと踏んで立てなかったのであれば、尻尾を巻いて逃げた選挙区の建設問題に口を出す権利があるのかという疑問も湧きます。
もう一つ気になるのが、八ツ場・川辺川以外のダムについて検討する声が聞かれないことです。先日岩手県の三陸へ旅行に行きましたが、その際簗川ダムの建設計画地を通りました。この簗川ダムは、北上川に注ぐ小さな支流に計画された治水ではなく利水用のダムです。利水の効用や、道路の付け替えなどの大規模な工事などを巡って、この簗川ダムも建設反対運動が盛んなダムの一つです。私は宮城の出身ですが、北上水系にこれ以上新規のダムが必要と考える人が(もちろん利権関係者は除いて)どれだけいるのか甚だ疑問です。
簗川ダムについては、一応県が事業主体ということですが、八ツ場ダムを吊るし上げておきながら、裁判まで持ち込まれているこのダムに全くお声がかからないのはなぜでしょうか。答えは簡単で、小沢王国岩手県の事業だからです。岩手を走っていると、至るところで小沢一郎の笑顔まぶしいポスターに出くわします。
民主王国の公共事業はいそいそと進め、自民王国の事業は吊るし上げる。八ツ場ダムがそうした民主党のメディアアピール戦略の人身御供とされないことを願うばかりです。