見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2014年11月@関西:おおい・高浜の秘仏めぐりバスツアー

2014-11-16 01:14:23 | 行ったもの(美術館・見仏)
○おおい・高浜の秘仏めぐり:長楽寺~おおい町立郷土資料館~(昼食)~馬居寺~中山寺

 今年が3年目となる「みほとけの里 若狭の秘仏 特別公開」。秘仏めぐりバスツアーの時期も伸び、コースも多彩になった。そこで「若狭おばまの秘仏めぐり」と「おおい・高浜の秘仏めぐり」それぞれ1回ずつ参加を計画していたのだが、先月の小浜コースは台風で断念せざるを得なかった。さて、おおい・高浜コースである。

 ツアーの起点である「うみんぴあ大飯」で前泊。ここで、一足先に若狭入りしていた友人と合流した。国内旅行では、めったに泊まることのない素敵なリゾートホテルだったが、土地柄、レストランも大浴場も21:00には営業終了という「早じまい」で、少しせわしなかった。

 翌朝、天気はあいにくの小雨だったが、大きく崩れなければいいことにしよう。ホテルに隣接する道の駅から、見覚えのあるミフクツーリストさんのバスに乗車する。その後、小浜線の若狭本郷駅で、さらにお客さんを拾って、総員31名満席だった。ほかに2名、自家用車で着いてきて、拝観場所で合流する男性客がいることに、あとで友人が気づいた。確か、以前にもあった参加形態だと思う。



 この日、このコースを選んだのは、若狭歴史民俗資料館あらため、若狭歴史博物館の芝田館長のガイドがつくためである。「昨日まで声が出なかった」とおっしゃっていたが、体調が万全でないためか、または小浜市内ほど知悉したエリアでないためか、車内での説明は控えめだった。ほかにミフクツーリストの男性添乗員さんも同乗していた。

 バスは若狭本郷駅を出ると、青戸の大橋を渡って、大島半島に渡る。この半島の先端部に大飯発電所(大飯原発)がある。昨日、すでに別コースのバスツアーに参加した友人の話では、この橋は原発建設のためにつくられたものだそうだ。

 海岸沿いをしばらく走ったバスは、少し内陸に入ったところで停車。寺院らしい建物は見えない。長楽寺まで細い道を少し歩くというのだが、先に立った添乗員さんが道を間違えてしまう。後ろから館長に呼び戻されて「すみません。小浜に40年以上住んでいるんですが、このお寺に来たのは初めてで」と恐縮していた。



 長楽寺さんの収蔵庫は狭いので、二組に分かれ、入れ替わりで参観。本尊の阿弥陀如来坐像は、宇治の平等院の阿弥陀如来坐像を作った仏師定朝の作と伝える。それは伝説としても、かなり洗練された都ぶり。平等院の阿弥陀様ほど貴族的で眠たげでなく、きりっと清新な感じがして、私は好きだ。全体を覆っていたであろう金箔がかなり残っており、金が剥げ落ちた木目はかなり赤い。ヒノキの色だという。収蔵庫を開けてくれたおばさんは「あまり近づくより、階段の下から見上げるくらいがいいんですよ」とおっしゃっていたが、私もそう思った。

 収蔵庫の中はかなり広くて、ほかにもいくつか地方色のある仏像が置かれていた。館長の話では、ここに近隣の仏像を全て集めて収める計画があったのだが、うまく行かなかった、とのこと。おばさんが、このあたりは、原電さんのおかげで、ずいぶん手厚くしてもらってます、と語っていたのも印象的だった。

 大島半島の付け根を通って、対岸の町中心部へ戻る。おおい町立郷土資料館へ。「プレーパーク大飯」という総合運動公園の中にあり、新しくて大きくて、立派な郷土資料館だった。少なくとも以前の若狭歴史民俗資料館より、ずっと「新しい」感じがした。「町立」と聞いて、もっとしょぼい施設を想像していた自分を反省。でも、これも「原電さんのおかげ」だとしたら複雑な気持ちである。郷土資料館の中心部には、さっきの長楽寺の阿弥陀如来坐像の模像(レプリカ)があったが、顔立ちは本物のほうがいいと思った。ただ、飛天光背の再現は、こちらのほうがよくできている。『涅槃図II~おおいの仏教美術~』(2014年10月25日~12月7日)という特別展もやっていて、面白かった。

 道の駅「うみんぴあ大飯」に戻り、海鮮丼の昼食。午後は高浜町の馬居寺(まごじ)へ。創建は聖徳太子と伝えられるが詳細は不明。高野山真言宗の寺院で、中世には東寺の末寺であった(Wiki)。アクセスは「JR若狭和田駅から徒歩15分」だというから、車がなくても来られなくはないのだな。若狭観音霊場の札所でもあり、手前に観音堂が立つが、本尊の秘仏・馬頭観音は、裏手の収蔵庫に収められている。



 収蔵庫内は狭いように見えたが、31名全員一度に入れてもらって、中で説明を聞く。ちょうど霊場めぐりのツアーとかち合って、彼らは我々の背後で熱心にお経を唱えていた。馬居寺の馬頭観音像は三面八臂。胸前で馬口印という馬頭観音独特の印を結ぶ。右膝を垂直に立て、直角に寝かせた左足は足裏を見せる。次に行く中山寺の馬頭観音に比べると、肉体の表現は、やや生硬で稚拙な感じがする。だが、その稚拙さが、かえって自然界に根を下ろした、強い霊力を感じさせて、とても好きな仏像である。一目見て、初めてなのに懐かしいと感じたのは、若狭歴史博物館で、複製の馬居寺・馬頭観音像を何度か見ていたためだろう。

 馬居寺から丹後街道(国道27号)をさらに西へ進む。正面に、どこか見覚えのある三角形の山が見えてきた。館長が「若狭富士と言われる青葉山です」と解説する。東方向から見るときれいな三角形だが、視点が南北にずれると、実は山頂が三つあることが明らかになる。舞鶴市側の西中腹には、西国三十三所の札所・松尾寺があり、東中腹には、これから行く中山寺がある。どちらも馬頭観音を本尊とし、山号を「青葉山」としている。馬頭観音を祀る古い寺院は多くなく(関東には皆無)、この青葉山周辺に集中しているのは興味深い。なお、中山寺は、白山信仰を広めた泰澄大師が開いたと伝えているが、青葉山の山頂からは加賀の白山が見えるそうだ。

 館長が「馬頭観音の形態は、8世紀頃に中国で完成されてます」と解説していたので、「中国のどこに残っているんですか?西安?」と聞いたら「ええ、そう」とおっしゃっていた。いま調べたら、2004年の『中国国宝展』(東京国立博物館)に西安碑林博物館から『馬頭観音菩薩坐像』(陝西省西安市安国寺址出土、唐時代・8世紀中頃)が出陳されているではないか! ううむ、私は図録を持っているはずなのだが、段ボール箱を掘り返さないと引っ張り出せない…。


  
 中山寺では、収蔵庫でなく本堂で、本尊・馬頭観音坐像を拝観した。基本的な姿は、馬居寺と同じだが、左右の膝の高さにあまり差がない(こころもち右膝のほうが高い程度)。左右の足の裏を合わせるように崩しており、足の親指が外側に反っているなど、肉体のとらえかたが動的、人間的である。さすが鎌倉彫刻。

 三門の仁王像を見て、書院で寺宝を拝観し、茶席でお菓子とお抹茶もいただいて、心あたたまる見仏旅だった。ひとり旅の参加者も多かったはずだが、帰りの車内では、ずいぶん会話が弾んでいた。他人のことは言えないが、みんな物好きだなあ…。



 これで3年間の「若狭おばまの秘仏めぐりバスツアー」の実証運行は終了したわけだが、その評価はぜひ公開してほしい。そして、この企画、続いてくれるといいなあ。館長は、舞鶴コースも構想しているとおっしゃっていた。

 そして、私はこの3年間、福井県に通って、若狭湾沿岸に多くの原発が存在することを初めて認識した。原電の補助金が、地域の文化財保護に恩恵をもたらしていることはありがたい、のかもしれない。しかし、もし何かの事故があって、この地域が汚染され、半永久的に立ち入れないようなことになったら、人の命や生活、自然の山河だけでなく、歴史も文化財も全て失われてしまう。このまま、リスクを冒し続けていていいのだろうか。今、すごく片付かない気持ちでいる。
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2014年11月@関西:京へのいざない:後期(京都国立博物館)

2014-11-15 20:03:04 | 行ったもの(美術館・見仏)
京都国立博物館 平成知新館オープン記念展『京へのいざない』(2014年9月13日~11月16日/第2期10月15日~11月16日)

 11/8(土)奈良博の正倉院展の後にまわってみた。特別展『国宝 鳥獣戯画と高山寺』は120分待ち。ハナから入れるとは期待していなかったので、まっすぐ常設館(平成知新館)のほうに向かう。京博のホームページを見ると、9月にはスカスカだった常設展示の情報がだいぶ整えられてきたようだ。それでも主な展示室については、しっかり記録を取っておくことにしよう。

■特別展示室(桃山 秀吉とその周辺)

(1)ポルトガル国印度副王信書 妙法院
(2)豊臣秀吉像 西教寺
(3)豊臣秀吉仮名消息 高台寺
(4)桐矢襖辻ヶ花道服 京博
(5)後陽成天皇宸翰御消息 京博
(6)鳥獣文様陣羽織 豊臣秀吉所用 高台寺
(7)吉野花見図屏風 細見美術館
(8)豊臣棄丸坐像 隣華院
(9)豊臣棄丸所用小形武具 妙心寺
(10)倶利伽羅龍守刀 妙心寺
(11)金銅五三桐紋釘隠 京博?

 室中央の平たいケースに(1)。むかし妙法院で見たことがある。大きな房つきの紐が付属している。紙本?と思ったが「羊皮紙」と書いているサイトを見つけた。行頭の「C」に豊臣家の桐紋がデザインされている。(2)~右手前から時計の逆まわりに。『桐矢襖辻ヶ花道服』と『鳥獣文様陣羽織』がどちらも素晴らしい。前の週にNHKで井浦新さんが京博を紹介する特集番組をやっていて、ゲストの帯問屋の社長が「こういう派手な陣羽織を着ざるを得なかった秀吉の心中」を思いやって、しみじみしていたのが印象的だった。

■2F-2室(仏画)「密教信仰の名品」

(1)星曼荼羅図 久米田寺
(2)宝楼閣曼荼羅図 (東寺旧蔵)
(3)聖観音像 島根・峯寺
(4)如意輪観音像 
(5)孔雀明王像 安楽寿院
(6)烏枢沙摩明王像 京博
(7)閻魔天像(東寺伝来)
(8)十二天像のうち帝釈天 西大寺
(9)十二天像のうち水天・羅刹天 京博

(1)~時計の逆まわり。『如意輪観音像』は最近、発見されたもので、院政期の作と見られている。安楽寿院の『孔雀明王像』は、光背の外側が孔雀の羽根で覆われていてゴージャス。『烏枢沙摩明王像』はトイレの神様だと思っていたが、台密では五大明王の一、手足に絡みつく蛇が怖い。東寺伝来の『閻魔天像』は人頭杖を持って白牛に座る。太りじしの、ほんのりピンク色に上気した肉体が、力士みたいに美しい。西大寺の『帝釈天像』は足の短い白象(コーギーみたい)の、マンガのような三日月目がかわいい。

■2F-3室(中世絵画)「美を尽くす-着色花鳥画-」

(1)四季花鳥図屏風 芸愛筆 京博
(2)梅樹小禽図 遮莫筆 京博 
(3)山茶小禽図 瑞溪周鳳賛 京博
(4)花鳥図 祥啓筆 京博
(5)花鳥図 喚舟印
(6)牡丹・芙蓉図座屏 宗誉筆 真珠庵
(7)四季花鳥図屏風 雪舟筆 京博

 以下、全て(1)~時計の逆まわりで記載。愛らしい花鳥図が並んだ。個人的には『山茶小禽図』が特に好き。その中で、雪舟の『四季花鳥図屏風』には、独特のアクの強さ、重苦しさがあり、「入明画家」の個性をアピールしている、という解説をなるほどと思う。

■2F-4室(近世絵画)「桃山画壇の巨匠たち」

(1)飲中八仙図屏風 海北友松筆 京博
(2)枯木猿猴図 長谷川等伯筆 龍泉庵
(3)花鳥図襖(聚光院方丈障壁画)狩野永徳筆 聚光院
(4)山水図襖 雲谷等顔筆 黄梅院

 等伯の『枯木猿猴図』二幅は、大徳寺の牧谿筆『観音猿鶴図』三幅対による、と解説にあった。便利な時代なので、ネットで検索して画像を見比べてみると、確かに猿猴(テナガザル)のもふもふしたぬいぐるみ感は似ているけど、枯木の枝を一筆で書き流すような乱暴力は、等伯の個性だと思う。永徳の『花鳥図襖』は、大徳寺・聚光院の全38面の襖のごく一部。右に低く枝を張り出した梅、その下を渓流が流れ、何種類かの小禽が集まる。左には松と鶴を描く。大きく嘴を開けた鶴の鳴き声、渓流の水音が聞こえてきそうで、動的な襖絵。雲谷等顔の『山水図襖』は、典型的な中国絵画のお手本どおりという感じがした。

■2F-5室(中国絵画)「明清絵画と京都」

(1)九段錦図冊 沈周筆 京博
(2)黄山図冊 石濤筆 京博
(3)観音図帖 陳賢筆 隠元隆題 万福寺
(4)桃李園金谷園図 仇英筆 知恩院
(5)倣元四大家山水図 王原祁筆 京博
(6)花隖夕陽図 寿平筆 京博
(7)梅花図冊 李方膺筆 京博
(8)平沙秋思図巻 張崟筆

 陳賢筆『観音図帖』は18図あり(残存し?)、静嘉堂文庫や白鶴美術館に分有されているそうだ。京博の常設館がリニューアルで閉まっている間に、明清絵画の来歴に関心ができたので、『九段錦図冊』の末尾に長尾雨山と内藤湖南の書入れがある(展示はされてなかった)とか、『倣元四大家山水図』が上野精一コレクションであるなどの解説を踏まえながら、作品を鑑賞する。

■1F-2室(絵巻)「宮廷貴族の信仰と美」

(1)法華経巻第五
(2)融通念仏勧進状 禅林寺
(3)平家物語絵巻(御産段)
(4)粉河寺縁起絵巻 粉河寺
(5)法然上人絵伝 巻九 知恩院

 この「京へのいざない」展、「教科書で見たことがある」とか「リニューアル前の京博でよく見ていた」作品が大半で、あまり驚きがないと思っていたら、不意打ちをくらった。まず『法華経巻第五』は絵入りの冊子という、非常に珍しい形態(扇面ではない)。所蔵者は明らかにされていないが、個人蔵なのだろうか。禅林寺(永観堂)所蔵の『融通念仏勧進状』(室町時代)は、巻末に華やかな来迎図を描くが、往生者の姿が描かれていないのが、時代を写しているようで面白かった。『平家物語絵巻』(16世紀・室町時代)は「小絵」と言われる判型で、モノクロの絵巻。「平家物語」享受史の貴重な資料だと思われるが、全く存在を知らなかったので、見ることができてうれしい。これも個人蔵?

 中宮徳子が皇子を出産し、人々が喜びあう場面。兄の重盛が重盛は桑の弓、蓬の矢で四方を射て、災いを払う。すでに僧形の後白河法皇も登場する。単にお祝いに駆けつけたのかと思ったが、原文を確認したら、「どんな悪霊でもこの老法師がいるうちは近づけない」と凄んで安産を祈っていたらしい(笑)。なお『法然上人絵伝』巻九(展示は11/3まで)にも端坐して往生する後白河法皇の姿、さらに法然が蓮華王院で催した法皇の三十三回忌の様子が描かれている。まあ、後白河法皇は、京博にとって、永遠のご近所さんだから。

 この日は京博だけで観光を切り上げようと思っていたが、つい欲が出て、京阪七条から、坂本の三井寺(園城寺)に向かってみる。しかし、思ったより時間がかかってしまい、結局、西国本尊(如意輪観音)のご開帳と、その近くのお堂で開催されていた井浦新さんの写真展を見るだけでタイムアップしてしまった。くう~。いつかまた、ご縁があることを信じて、長生きすることにしよう。

 それから京都駅に戻り、特急「まいづる」→東舞鶴経由で、小浜線の若狭本郷に18:30過ぎ到着。あまりはもう真っ暗。幸い、駅前に1台だけ停まっていたタクシーで、ホテル「うみんぴあ大飯」に連れていってもらう。「おひとりで観光ですか?何も見るものないでしょう」と地元の運転手さんに不思議がられて、苦笑。しばらく会話して「小浜では秘仏めぐりのバスが人気らしいね」というので、「あの、明日は友人とそのバスに」と答えたら「ああ~」と納得してもらえた。以下、続く。
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2014年11月@関西:正倉院展(奈良国立博物館)

2014-11-12 21:19:47 | 行ったもの(美術館・見仏)
奈良国立博物館 特別展 天皇皇后両陛下傘寿記念『第66回正倉院展』(2014年10月24日~11月12日)

 前夜(11/7)新千歳空港を、ちょっと早めの19:40発の便で出る。関西空港に到着し、堺泊。翌朝、南海と近鉄を乗り継いで、8時半頃、奈良博に到着し、ピロティ下のいちばん外側の列(3折目)に入ることができた。今年の見もの『鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)』(第2・4・5・6扇)は大きいので、最前列で展示ケースにへばりつく必要がない。それと、前の週に東博で展示図録を買って、予習をしてきたので、いつもより心理的に余裕がある。8:50頃、早くも開館。

 すでに最初の展示室は人でいっぱいだったので、どこから見始めるか、しばらく迷い、音に釣られて『桑木阮咸(くわのきのげんかん)』のところに行ってみる。四弦。撥の当たる部分「捍撥(かんばち)」には、囲碁に興じる三人の高士が描かれている。周囲には松の木と竹藪と太湖石? 中国伝統のモチーフだが、シイタケのような松の木など、異世界か異星の風景みたいだ。会場には、1952年に弦を張り直した際の演奏音も流されている(YOMIURI ONLINE記事)が、正直、聴き比べないと、琵琶の音とどう違うのか、よく分からない。

 会場冒頭に戻ってみる。伎楽面が3件。初出陳の『酔胡従』2件。1件は老人の肉色(グレー)。三日月型の目に丸い瞳が穿たれており、上の歯をむき出して、口も半ば開けている。もう1件は赤ら顔に墨で頭髪・眉・髭などを描く。眠たそうな垂れ目のかたちに細い穴を開け、厚い唇は閉じている。どちらも長く垂れた鼻が特徴的。『崑崙』は、尖った耳、くりくりした目。伎楽の役どころは、もう少し困りもののセクハラおやじのはずだが、この面は、子どもっぽくて、かわいい。関連して、伎楽などの楽劇で使われたらしい下着、くつした、太刀などもあり。

 第1室の後半にまわると『衲御礼履(のうのごらいり)』。大仏開眼会の際に、聖武天皇が履いたと伝えられる靴。素材はフェルトかと思ったら、赤く染めた牛革だという。色もデザインもかわいい。意外とサイズが大きいなあと感じたが、聖武天皇って大柄だったのだろうか? 聖武天皇ご遺愛の『漆塗鞘御杖刀(うるしぬりさやのごじょうとう)』すなわち仕込み杖というのも珍しかった。やっぱり、いざというときは自分で自分の身を守らなければならなかったのかなあ、古代の天皇って。

 そして『鳥毛立女屏風』(第2・4・5・6扇)。第6扇はほぼ後補であることが明らか。第4・5扇がいちばん状態がよい。私は、むかし鳥毛(羽毛)を張り付けた状態を復元するドキュメンタリー番組を見て、印象が一変することにびっくりした記憶があるのだが…あれって、学界に賛同されない「仮説」だったのかなあ。

 可愛かったのは『人勝残欠雑張(じんしょうざんけつざっちょう)』。刺繍のハンカチの断片みたいなものだが、童子、仔犬(の背中だけ)など、わずかな残片を愛おしみ、伝えて来た人々の気持ちに和む。

 第2会場へ。はじめに聖武天皇ご遺愛の『御床(ごしょう)』。ただのヒノキの板組みなので、これは寝られないだろうと思ったら、御床の畳(筵を厚く折り畳んで芯とし、そのまわりを1枚の藺筵で包む=マットレス)や褥(じょく)(=シーツ)も出ていて、なんとか寝られそうな気がしてきた。『紫檀木画挾軾(したんもくがのきょうしょく)』は体の前面に置くひじつきだというが、高さ33.5cmは、低すぎて使いにくくないかなあ。

 今年は、弓矢、鉾、太刀など、武器が多く見られた。実は武具の形態的変遷がよく分かっていないので、「反りのない偏刃(かたば)の直刀」(黄金荘太刀)などの説明を読みながら、興味深かった。あとは、正倉院宝物らしい美麗な箱や献物台。文書。正倉院「聖語蔵」に伝わる経巻というのも出ていて、今年2月の正倉院整備工事現場公開で遠望した聖語蔵の建物を思い出した。

 会場のほぼ最後に、ひっそり『白瑠璃瓶(はくるりのへい)』が出ていたことを付け加えておこう。宝庫に6つ伝わるガラス器の1つだそうで、目玉になりそうな品物なのに。あまりにも機能的・実用的な造形で、驚きがないのかしら。

 休館中の「なら仏像館」(2014年9月8日~2016年3月まで)を横目に、興福寺に立ち寄る。国宝館のミュージアムショップで、友人に頼まれた買いものをするだけのつもりだったが、通りかかった東金堂の背面が開いていたので、思わず立ち寄ってしまう。本尊・薬師如来像の背後に安置されている正了知大将立像(室町時代)を拝観。へえー後ろから入るのは初めてのことだ。それから国宝館で、頼まれものの「中金堂再建余材を使用した腕輪念珠」を購入。奈良滞在はこれだけで、京都に向かった。
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2014年11月@東京:存星(五島美術館)、カンタと刺子(日本民藝館)ほか

2014-11-11 21:11:12 | 行ったもの(美術館・見仏)
神奈川県立歴史博物館 特別展『白絵(しろえ)-祈りと寿(ことほ)ぎのかたち-』(2014年10月11日~11月16日)

 11/2(日)は鎌倉のあと、この展覧会に寄った。平安時代、出産の場には白い綾絹を貼った「白綾屏風」を立て回し、妊婦や介添えの女性たちは白い装束に身を包んで、生命の誕生を迎えた。やがて白綾屏風は、白地に白の絵の具で松竹鶴亀を描く白絵屏風へと変化した。この珍しい「白絵屏風」を、私は2007年、サントリー美術館の『BIOMBO/屏風 日本の美』で見た記憶があった(伝・原在中筆、京都府立総合資料館所蔵)。ほかにも類例があるのかと思ったが、日常的な調度品と違って、屏風はこの1例しかないらしい。しかし、撒米を入れる押桶(おしおけ)、守箱、犬筥など、出産にかかわる道具類は素木に白絵で飾られたものが多かった。天児、這子などの白い人形たちもあって、あやしい展覧会だった。

五島美術館 『存星-漆芸の彩り』(2014年10月25日~12月7日)

 11/3(月)は、まず五島美術館へ。「存星(ぞんせい)」という名前は何度か聞いたことがある。最近だと、根津美術館のコレクション展『カラフル-中国・明清工芸の精華-』に、そう呼ばれる漆工芸品が出ていた。しかし、五島美術館の解説によると、実のところ何が「存星」と呼ばれていたのかは明らかではないそうで、逆に「存星」と呼ばれた名品約70点を通じて、「存星」とは何かを考える展覧会。倒錯しているようだが、古美術ではよくあること。細かい、ななこ(魚子)地文がポイントのひとつみたいだった。

日本民藝館 特別展『カンタと刺し子-ベンガル地方と東北地方の針仕事』(2014年9月9日~11月24日)

 『芸術新潮』か何かで、展示会場の写真を見て、行く気になってしまった。インド・ベンガル地方の「カンタ」は、白い布に花や動物や人物を色糸で刺繍したもの。色は少なくとも赤と青の二色、多くの色を惜しげもなく使った作品もある。畳大くらいの大きな布を、びっしりと様々なモチーフで埋め尽くす。一部には幾何学的な繰り返し文様も使われているが、子どもの絵画帳のように、自由で晴れやかなデザインが多い。よく見ると、汽車が走っていたり、時計があったり、19~20世紀の社会を写している。会場には詳しい解説がないので、展示室の外においてある雑誌『民藝』の「カンタ特集」の記事を読むと、いろいろ作品の背景が分かって、理解が深まる。中には、母から娘へ、三代かかって作られた作品もあるそうだ。

出光美術館 『仁清・乾山と京の工芸-風雅のうつわ』(2014年10月25日~12月21日)

 出光美術館の「陶磁器」展というと、スクリーン等を多様して、華やかな会場を立ち上げるイメージがあったが、今回は、非常に簡素。でも内容は悪くなかった。第2章で、仁清の白釉や銹絵など、簡素なモノクロームのうつわを取り上げ、「仁清らしからぬ」と何度も言ってきている気がする(大意)と。自分で自分にツッコミを入れているのが面白かった。『色絵芥子文茶壺』の背景に『麦・芥子図屏風』を取り合わせたところもよかった。

■羽田空港ディスカバリーミュージアム 第15回企画展『永青文庫コレクション 平家物語と太平記の世界』(2014年9月13日~12月14日/後期:10月28日~12月14日)

 引き続き、江戸時代の絵入り本の「平家物語」と「太平記」の展示。少なくとも「平家物語」に関しては、後期(後半)のほうが、よく知られた名場面、合戦場面が続くので面白かった。

この秋の東京の旅、以上。
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2014年11月@東京:日本国宝展(東博)ほか

2014-11-10 22:45:29 | 行ったもの(美術館・見仏)
東京国立博物館 『日本国宝展』(2014年10月15日~12月7日)

 11/1(土)に見た展示から書いておこう。開館と同時に門内に入ったが平成館の前で15分ほど待ち。まあ先週の鳥獣戯画展(120分待ち)に比べれば、なんということはない。正倉院宝物だけは、きちんと見たいと思っていたので、先に見に来た友人に展示構成を確かめると「基本的に時代順なので、正倉院宝物は入ってすぐ。仏像だけ最後」と教えてくれた。ずいぶんオーソドックスで、拍子抜けする感じだった。

 第1室にはいると、どーんと法隆寺の『玉虫厨子』(飛鳥時代)。その先に、特別出陳の正倉院宝物。使いこまれ、角のすり減った『紅牙撥鏤撥(こうげばちるのばち)』は人の頭越しだと少し見にくいが、『鳥毛立女屏風』(第1扇 第3扇)は大きいので、後列からでも見やすいのがありがたい。これを見ると、アスターナ出土の『樹下人物図』を思い出して、西域に行きたくなる…。『楓蘇芳染螺鈿槽琵琶(かえですおうぞめらでんそうのびわ)』は、私が正倉院展で初めて見た琵琶ではないかと思う。大きな白象の背中で楽を奏する胡人たちという、お伽噺のような、不思議な図様が描かれている。

 土偶、銅鐸、藤ノ木古墳出土品、沖ノ島祭祀遺跡出土品などもこれに続くあたり。絵画(平安仏画)では『孔雀明王像』と『普賢菩薩像』が見どころなのだろうが、どちらも東博の所蔵品で、これまで目にした機会がないわけではないので、あまり感慨が起こらない。むしろ後半の『普賢延命菩薩像』(広島・持光寺、11/11~24)や『普賢菩薩像』(鳥取・豊乗寺、11/26~)が見たかった。久しぶりで嬉しかったのは、大和文華館の『寝覚物語絵巻』。小さな人物図がかわいい。

 「多様化する信仰と美」では、慶長遣欧使節関係資料や琉球国王尚家関係資料と、日本国外で作られた国宝=いわゆる「唐物」を紹介し、国宝の多様性を示す。最後は仏像だが、あまり珍しいものはなかった。むしろ神像で、薬師寺の八幡三神像のうち、僧形八幡神坐像と神功皇后坐像が来ていらしたのが嬉しかった。それから、元興寺極楽坊の五重小塔。小塔と言っても、5.5メートルだから堂々としたもので、日本の塔の美しさが分かって、とてもよかった。

■平成館・企画画展示室 『国宝再現-田中親美と模写の世界-』(2014年10月15日~12月7日)

 横山大観や菱田春草による平安仏画の模写等もあるが、見ものは田中親美による平家納経模本(レプリカ)が第一。私が行ったときは「平清盛願文」が全面がばっと開いていて、思わず端から端まで写真を撮ってきてしまった。

■本館・特別2室 『唐物ってなに?』(2014年9月30日~11月24日)

 『日本国宝展』に1セクションが設けられている「日本国外(中国・朝鮮)でつくられた国宝」や、三井記念美術館で開催中の『東山御物の美』を見るための基礎知識解説になっている。『君台観左右帳記』に始まり、「唐物」への憧れが生み出した「和製唐物」まで。面白い。

■東洋館・8室 『中国書画精華-護り伝えられてきた名品たち-』(2014年9月30日~12月7日)

 いきなり、岐阜・永保寺の『千手観音図『(南宋時代・13世紀)があってびっくりした。こういう常設展示で、普段見られない作品が見られると嬉しい。伝陳容筆『五龍図巻』は修復が終わって、ずいぶんきれいになった。

天理ギャラリー 第153回展『古代東アジアの漆芸』(2014年10月3日~11月29日)

 あまりお客がいなかったせいか、受付にいたお兄さんが、ずいぶん熱心に説明をしてくれた。中国の漆工芸に興味を持ったのは、たぶん湖北省博物館を参観したときだと思う。玉や青銅のように本国では珍重されていないけれど、日本人には親しみやすい中国文化の一面だと思う。展示品は、ほとんどが春秋戦国から漢代のものだが、「今できたばかり」のような質感を持つものもある。漆の恒久不変性ってすごいなあと感心した。

松涛美術館 『御法(みのり)に守られし醍醐寺展』(2014年10月7日~11月24日)

 点数は少ないが、国宝『過去現在絵因果経』の全場面展示が見どころ。主人公の太子(ブッダ)が妃をおいて出家し、修行の末、悟りを得るまでを絵と文で描いているが、太子の容貌が少しずつ変化していく(肌の白い美青年→髭を生やした壮年の修行者へ)など、芸が細かくて面白い。仏像は不動明王像(五大明王像の内)1体。奈良博の醍醐寺展でも見たような仏画の名品がかなり多数。俵屋宗達の『扇面貼付屏風』は、同種の中でも出色の作品で、大好きなもの。奈良博では見られなかったので、ラッキーだった(~11/3まで)。
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2014年11月@関西:行ったものメモ

2014-11-10 21:01:45 | 行ったもの(美術館・見仏)
行ったもの@東京編のレポートが書き終わらないうちに、2週続けての遠出。今度は関西に行ってきた。

11/7(金)夜に札幌発→関西空港着、堺泊。
11/8(土)堺→奈良へ移動、奈良博の正倉院展。→興福寺でお買いもの。→京都へ移動、京博の『京へのいざない』後期展→三井寺へ移動、宗祖智証大師生誕1200年慶讃大法会(時間がなかったので、如意輪観音拝観と井浦新さんの写真展のみ。→若狭小浜へ移動、泊(友人と合流)。
11/9(日)「おおい・高浜秘仏めぐり」1日コースに参加。→神戸へ移動、三ノ宮泊。
11/10(月)朝、神戸空港→札幌着。午後から出勤。

もう若くないので疲れる…けど、やっぱり、行ってよかった。記憶が残っているうちに記録に落としておかなくちゃ。
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鎌倉・宝物風入れ2014(円覚寺、建長寺)のうち、建長寺+国宝館

2014-11-05 21:44:03 | 行ったもの(美術館・見仏)
臨済宗・建長寺派大本山 建長寺

 建長寺へ移動。2003年に改築された客殿(紫雲閣)の2階が第1会場、1階は喫茶・食事席。方丈(龍王殿)が第2会場であること、2011年と同じ。第1会場には伽藍神が座っていたり、三門楼上に安置されている五百羅漢の一部がいたり、絵画、工芸、版本など、だいたい記憶のとおりだった。最後の床の間には、伝張思恭筆『釈迦三尊図』を中央に、左右に伝牧谿筆『猿猴図』が掛かる。その前に、獅子形大香炉と、北条時頼坐像がいてびっくりした。いや開基だから、びっくりしなくていいのだが、国宝館でしか見たことがなかったので。

 1階は、以前はお坊さんが接待してくれるお茶席だったが、セルフサービスのお茶サーバーとお菓子が置かれ、それとは別にけんちん汁の販売が行われていた。

 続いて、大2会場(方丈)へ。手前の1室は『地獄十王図』に見覚えがある。建長寺の説明をする声が流れてくるので、観光バスのツアーでも来ているのかと思ったら、2室(室中)で、建長寺の法被を着た有髪の男性がマイクを握って説明をしていて、その声が左右の部屋にも流れてくる仕掛けになっていた。

 「みなさん、円覚寺さんも行かれましたか? 建長寺と比べて、宝物の数、どうでした? 円覚寺のほうが多いって言われるんですよね。建長寺はずいぶん宝物が流出していて『建長寺流れ』と呼ばれるんです」「建長寺の開山は蘭渓道隆さん、円覚寺の開山は無学祖元さんですが、この方は建長寺の5代目住職でもありました」「無学祖元さんが、建長寺にあった宝物を、かなり円覚寺に移してしまったんですね」と言葉の端々に円覚寺への対抗心がのぞき(笑)、熱い建長寺愛を感じたけど、どういうポジションの方だったんだろう。

 2室は、建長寺の寺宝としていちばん重要な国宝『蘭渓道隆像』や蘭溪道隆(大覚禅師)の墨蹟『法語規則』などがある。祥啓の『三十三観音図』も。廊下には古地図がたくさん。柱に『白沢図』も掛けてあった。

 3室は、正面に大きな涅槃図(江戸時代)が掛けてあった。若いお坊さんが「先輩、ちょっと教えてください」と同輩のお坊さんを呼んで「あの摩耶夫人と一緒にいるのは、おつきの人たちと思えばいいんですか」と聞いていた。そのあと、質問をしていた若いお坊さんが、拝観客に「よろしければ、少しご説明いたしましょう」と声をかけて、解説役をつとめていた。いい試みだなあ。頑張れ、若者。

鎌倉国宝館 特別展『鎌倉ゆかりの天神さま-荏柄天神社宝物と常盤山文庫コレクション-』(2014年10月18日~12月14日)

 鶴岡八幡宮境内の国宝館に寄っていく。平常展示「鎌倉の仏像」は、見慣れた仏像に混じって、個人蔵の阿弥陀如来坐像(平安時代)など、私の記憶にないものもあった。岩座に座って片足を踏み下ろした地蔵菩薩(江戸時代)は、神武寺のものだった。長谷寺の三十三応現身からは、童子、老人、天王の3体がお出まし。

 特別展は「天神さま」。初期の天神さんは、怒り全開モードで、怖い怖い。渡唐天神って、ほかならぬ無準師範に会いに行くんだったのか、と初めて認識。さっき、円覚寺と建長寺で見て来た、ちょっと垂れ目のいたずらっぽい和尚の顔が浮かぶ。同時に三井記念美術館の『東山御物の美』で見た、よろよろしたロバの図なども。

鶴岡八幡宮 新宮(いまみや)

 話は戻るが、巨福呂坂トンネルを下って、鶴岡八幡宮が近づいてきたとき、あれ、何か忘れている?と気づいた。10月に大阪の水無瀬神宮に行って、後鳥羽院の御霊にお参りしてきたとき、次に機会があったら、鶴岡八幡宮の北奥にある新宮(今宮)神社にも行ってみようと思っていたのだ。駐車場の横から、細い道を入っていく。片側は崖だが、片側はひっそりした住宅が建て込んでいるのが、いかにも鎌倉らしい。しばらく行くと、鬱蒼とした木立を背景に、朱色の鳥居が見えてきた。社殿の前で白い影が動いているので、ちょっとビビったが、神職らしい方がおふたり、落ち葉を払って、掃除をされていた。



 こういう、よほどの数奇者しか来ない、小さなお宮もきちんと手入れされているんだなあ。鎌倉、奥が深い。
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鎌倉・宝物風入れ2014(円覚寺、建長寺)のうち、円覚寺

2014-11-04 23:19:04 | 行ったもの(美術館・見仏)
 三連休の中日(11/2)からレポート。関東地方は雨になると聞いていたのに、朝起きると青空だったので、久しぶりの鎌倉に行ってみることに決めた。円覚寺、建長寺で行なわれる「宝物風入れ(曝涼)」には、2008年と2011年にも出かけているが、いろいろ変化が感じられた。

臨済宗・円覚寺派本山 円覚寺(鎌倉市山ノ内)

 図は2011年の風入れレポートでも使用したもの。第1展示場(大方丈)、第2展示場(大書院)、第3展示場(小書院)という構成は今年も変わっていない。しかし第1展示場1室に入ってみると、官符とか寄進状とか文書(もんじょ)類の軸がやたらと多い。あれ?以前は文書類は大書院での展示が主で、こっちは絵画が中心じゃなかったかな?と記憶に違和感を感ずる。受付で貰った「風入宝物目録」を確認すると、第1展示場1室は「伝張思恭筆 五百羅漢図 絹本着色33幅」から始まっている。うむむ?と思ったら、以下のような紙が挟まっていた。「お詫び 本年の『宝物風入れ』展は準備の都合で、パンフレット上と実物に若干の変更がございます。○大書院展示の軸物(4~41)が大方丈へ ○書院展大示(ママ)ガラスケースの一部が大方丈廊下へ ○阿弥陀如来及両脇侍立像が小書院床の間へ それぞれ移動しております。何卒御海容を賜りますようお願いとお詫びを申し上げます。平成甲午 霜月 瑞鹿山円覚寺」。なるほど、了解。

 1室。左右には、円覚寺開創にかかわる(と思われる)文書の軸が掛けられ、足元の低い台に高氏(尊氏)開版の『足利版大般若経』が木箱とともに並ぶ。正面中央には鎌倉時代の涅槃図。このポジションは以前と同じだ。象、獅子(身体が青い)、ラクダ、トラ、ヒョウ(雌虎のつもり?)、イノシシ、顔の赤いニホンザル、頭上に長い一角を生やした動物はサイ?など、動物の種類が多くて見飽きない。

 2室。ここも文書が多い。足利義満や後醍醐天皇の名前が見えるのは、1室より少し下った時代の文書を集めているのか。正面の中央には、岸駒筆『虎』『開山(無学祖元)像』『龍』3幅対。開山像には2羽のハトが描き込まれていて、無学祖元が在宋のとき、夢に現れたことがあり、鎌倉に来てハトに縁があることを喜んだそうだ。3幅対の左右に羅漢図が1幅ずつ掛けてあって、説明札がなかったけど、伝張思恭筆『五百羅漢図』の一部らしかった。向かって右の羅漢図には、白い大蛇の口の中に座っている羅漢がいた。

 3室。向かって右の壁から伝張思恭筆『五百羅漢図』の列が始まり、正面中央の『被帽地蔵菩薩像』を挟んで、左側へ続く。11幅。2室にあった2幅を加えても13幅なので、今年は全部出していないみたい。続きに「伝兆殿司筆『五百羅漢図』16幅の内」という1幅(神農みたいなヒトがいる)があって、また文書の軸物がある。室の中央の広い台上には、九条袈裟。

 ほか、2室には開山箪笥とその中身。廊下には古地図、牧谿の水月観音、栄川院典信の釈迦三尊像などがあった。順路に従って廊下を(庭園方向に)回り込むと、兆殿司の『五百羅漢図』が続く。「浴室」に行く図があったり、龍の耳かき、石橋図があったり、楽しい。喫茶の図では、羅漢たちが赤い天目台に載せた黒い天目茶碗でお茶を飲んでいる。侍童が細長い口のついた浄瓶からお湯をそそぎ、その場で茶筅で掻き混ぜている。京都・建仁寺に今も伝わるという茶礼などを思い出しながら、興味深く観察。4室には、伝兆殿司筆『十六羅漢図』16幅(1人1幅、着色)やそれ以外の羅漢図。方丈と小書院の間の廊下にも五山版の書や青磁香炉などの工芸品を入れた展示ケースが置かれている。

 第2展示場(大書院)に入って、あれ?と思う。ここは3室ぶち抜きの文書の山だったはずだが、今年は手前の1室しか使用していない。そのかわり、◎印のところに若い僧侶が座っていて「庭園を見ながらお抹茶とお菓子はいかがですか~」と、ひそやかに呼び込みをしている。どうやら後方の2部屋はお茶席になっているらしい。へえ~新機軸だな。お抹茶はいただかなくてもいいかなあ、と思いかけたが、ちらっと覗くと、華やかな金屏風のようなものが立ててある。お茶席に入ると、特別に見せていただける寺宝があるらしい、と分かって、心が動いた。

 とりあえず第3展示場(小書院)を先に見てしまう。5室は新しめ。6室に応挙の虎図、雲谷等与の烏鷺叭々図、(伝)雪舟の墨画、そして善光寺式の阿弥陀如来及両脇侍立像などがあった。第2会場(大書院)に戻って、足利義満の額草3幅「桂昌」「宿龍」「普現」を眺める。それぞれ、円覚寺の祖師堂、客殿、土地堂の額草だという。何歳頃の字だろう? 巧いとは思わないが、嫌いじゃない。かっちりと生真面目で、少し気弱そうに感じる。

 さて「抹茶券」(1,000円)を購入して、大書院の奥に進み、緋毛氈に落ち着く。正面には庭園。まだ紅葉には少し早い。「まあ素晴らしいわ~」と一緒に入った中年女性が感嘆の声を上げる。私がむしろびっくりしたのは、床の間に飾られた宝物。ええと、夢窓国師像(重文)、開山仏光国師像(=無学祖元像)(重文)、仏鑑禅師像(=無準師範像)だったと思う。このとびきりの3幅、実はこの茶席に入ってこないと見ることができない。

 少し年長のお坊さんが「どうぞ足を崩して楽になさってください。写真もお撮りいただいて結構ですよ」とおっしゃるので、「庭だけですよね?」と確認したら、「いやもう、ここにお入りになったら、そちらの宝物も大丈夫です」と太っ腹なことをおっしゃる。いいんですか? おそるおそる写してきた風景がこんな感じ。全部本物です。



 やがて、若い僧侶(美坊主と言いたいけど自粛)が、墨染の袖を翻しながら、お菓子とお抹茶を同時に左右の手に捧げ持って、運んでくる。天目台に天目茶碗(ちょっと底が丸かった)である。



 この「宝物風入れ」は、若いお坊さんの姿がたくさん見られて、お寺の文化祭っぽいところがとても好き。



 羅漢図で見たとおり、カップ&ソーサー式に天目台を持って、お茶をいただく。宋人か、もしくは鎌倉人か室町人になった気分が味わえて嬉しい。



 長くなってしまったので、建長寺編は、また改めて。

 円覚寺では、国宝舎利殿を拝観したら「参拝記念」のステッカーがいただけた。舎利殿を背景にネコの顔が描かれたイラスト。もしかして、円覚寺のにゃんこ(私は方丈玄関で見た)は有名人なのかな?
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2014年11月@東京:行ったものメモ

2014-11-03 23:15:14 | 行ったもの(美術館・見仏)
10/31(金)仕事の後、札幌→羽田(東京)入りして、蒲田泊。このパターンは、ちょっと久しぶり。

11/1(土)東京国立博物館の『日本国宝展』を見て、常設展もひととおり回る。『国宝再現-田中親美と模写の世界-』『唐物ってなに?』『中国書画精華-護り伝えられてきた名品たち-』など、力の入った特集展示にテンションが上がる。神田の天理ギャラリーで『古代東アジアの漆芸』を見て、渋谷の松涛美術館『御法(みのり)に守られし醍醐寺展』を見る。

11/2(日)雨の予報だったのに、朝起きたら晴れてる!ので、急遽、予定を変更して鎌倉へ。円覚寺と建長寺の「宝物風入れ」を見る。鎌倉国宝館の特別展『鎌倉ゆかりの天神さま-荏柄天神社宝物と常盤山文庫コレクション-』を見て、横浜に出て、神奈川県立歴史博物館の『白絵ー祈りと寿ぎのかたち』を見る。

11/3(月)五島美術館の『存星』を見て、日本民芸館の『カンタと刺し子』を見て、出光美術館の『仁清・乾山と京の工芸』を見る。最後に羽田空港内のディスカバリーミュージアムで『平家物語と太平記の世界』の後期展をざっと見る。

ふう。どれも発見が多くて面白かったが、ずいぶん見落としているなあ。千葉市美術館の『赤瀬川原平の芸術原論展』は、直前に赤瀬川さんの訃報を聞いたら、逆に足が向かなくなってしまった。もう少し気持ちの整理がついたら行くかもしれない。

↓円覚寺のにゃんこ。顔は撮らせてくれなかった。

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2014年11月@東京:休日フレンチディナー

2014-11-03 22:41:31 | 日常生活
三連休は東京に行ってきた。初日(11/1)の夜、友人2人と会食。もと住んでいた住宅街のフレンチ屋さんで、おなじみのお店。

食前酒、アミューズのあと、

前菜は、さつまいものパンケーキ、キングサーモンの自家製スモークに有機野菜。「北海道・余市の大麦も載ってます」とのこと。



栗のフラン、フォアグラ添え。これ、以前も食べた記憶があった。こってりしているように見えて、意外とあっさりしていて、美味。絶対、自分では作れない味。



メインは肉料理で、炭火で焼いたコック・オ・ヴァン(ブルゴーニュ風地鶏の赤ワイン煮込み)。ソースを味わうために、手打ちヌイユ(きしめんみたいなパスタ)添え。



最後にデザートとハーブティ。

ああ、幸せ! お店はこちら
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