見もの・読みもの日記

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震災「以後」の鉄路/思索の源泉としての鉄道(原武史)

2014-11-18 22:26:40 | 読んだもの(書籍)
○原武史『思索の源泉としての鉄道』(講談社現代新書) 講談社 2014.10

 講談社のPR誌『本』に連載している「鉄道ひとつばなし」の2011年3月号から2014年7月号掲載分をまとめたもの。刊行済みの『鉄道ひとつばなし』(1~3)を引き継ぐ著作だが、タイトルが一新されている。

 「鉄道ひとつばなし」の連載開始は1996年1月だという。私は2003年に刊行された1冊目の単行書から、ずっと読んできた。私は著者と同世代で同じ東京育ちなので、過ぎし日の鉄道思い出話が自分にも懐かしいこと、著者の専門である近現代政治思想史とクロスオーバーする鉄道雑学の面白さなどが愛読の理由である。

 本書収録分の起点が「2011年3月号」と聞いては、むろん2011年3月11日に発生した東日本大震災を思い浮かべないわけにはいかない。本書の構成は、おそらく雑誌掲載時の順序にこだわらず、「東日本大震災と鉄道」「天皇・皇居と鉄道」「海外の鉄道で考える」など、テーマ別に再編成されているので、どれが震災後、最も早く書かれたエッセイかは、窺い知ることができない。しかし、著者が本書からタイトルを改めた理由のひとつには、やはり東日本大震災「以前」と「以後」という、「転機」の認識があったのではないかな、と憶測する。

 東日本大震災「以後」、明らかになった問題を論じた章段は、かなり重い。東北新幹線という「権力」の存在、JR東日本に見捨てられる赤字ローカル線、孤軍奮闘する三陸鉄道の現場、テレビドラマ「あまちゃん」に貫かれた一つの思想。輸送手段としてなら、代替バスでもよい。しかし、みんなが同じ方向を向いて座るバスや新幹線と違って、ローカル鉄道には、乗客に程よいかかわりを促す公共圏の機能がある。

 少し息抜きになる章段も紹介しよう。東急沿線では『東急電鉄のひみつ』という図書が売れているという。この背景には、東急沿線(とりわけ田園都市線)住民の「愛線心」があるとの指摘には、くすっと笑ってしまった。まあ確かに、京王線や小田急線沿線住民は、もっと淡々としているな。西武や東武だと、逆に沿線住民であることを自虐ネタにしていそうなイメージである。それから、西日本には神功皇后伝説にちなんだ地名が多く、駅名にも多い、ということは初めて知った。武庫川、御影、三木(兵庫県)なんていうのもそうなのか。これに匹敵するのは東日本のヤマトタケル伝説だが、神功皇后ゆかりの地名のほうが多いという。へえ~、関東人としてはびっくり。

 海外編では、ロンドン~パリ間のユーロスターに乗車した経験をもとに、いつの日か、対馬、宗谷、間宮の三海峡がトンネルでつながり、日本海を取り巻く壮大な循環線が開通することを夢見る。ベトナムではフエからダナンまでベトナム鉄道南北線に乗り、車窓風景の息を呑むような美しさに驚嘆するとともに、せっかくの観光資源が十分活かされていないことを惜しむ。ハイヴァン峠、私はツアーバスで越えたっけなあ。懐かしい。

 最後は近未来SFふうに、東海道本線に復活した特急「つばめ」「はと」に乗っての、東京~大阪1泊2日の旅を妄想する。私が内田百間先生の「特別阿房列車」を初めて読んだのは20代の頃で、たちまち軽妙洒脱な文章の大ファンになってしまったが、自分が50の年齢に達してみると「なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来よう」というのは、独創でも意気がったポーズでもなく、ただ心の欲するところに従っただけ、ということがなんとなく分かる。
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