goo blog サービス終了のお知らせ 

見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。
【はてなブログサービスへ移行準備中】

ギデンズに学ぶ/社会を変えるには(小熊英二)

2012-11-01 22:48:44 | 読んだもの(書籍)
○小熊英二『社会を変えるには』(講談社現代新書) 講談社 2012.8

 読み終えて書店のカバーを剥いだら、オビに「5万部突破!」の文字が躍っていた。刊行から2ヵ月余りで、そんなに売れているのか。幅広い知見を平明に語った好著で、それくらい読まれる価値は十分あると思うが、そもそも「社会を変える」ことに関心を抱く人が、今の日本にそんなにいることに驚いた。本書を読みながらも感じたのだが、仕事が忙しいからデモにも行っていない、何の社会運動にもかかわっていない私は、やっぱり既得権の側にいるのかもしれない。

 本書の構成は、「はじめに」で著者が手際よく整理している。第1章では、日本の現状をつかむ。安定雇用、一億総中流の「工業化社会」は90年代半ばで終わり、自由で多様な「ポスト工業化社会」がやってきた。政治や産業の古い仕組みは機能不全を起こすようになり、その問題が一気に露呈したのが2011年の原発事故だった。

 第2章では、世界的な(特に欧米圏の)社会運動の変遷を概観。これを踏まえ、第3章では、戦後日本の社会運動の歴史と特徴を知る。戦後日本の社会運動には「強烈な絶対平和志向」「マルクス主義の影響」「倫理主義」という三つの特徴があった。おもしろいなー。まだ大衆消費社会に達していない後進国の社会運動は、指導者が使命感に燃えて、倫理主義になるらしい。で、運動退潮期になると、倫理主義が弊害となった点を、著者が冷ややかに指摘している点を面白いと思った。

 第4章からは「社会を変えるとは、どういうことなのか」に焦点を置き、民主主義についておさらい。まず、古代ギリシャの直接民主制を考えるため、1970年代のスイスの民会の見聞記を紹介する。民会の極意は、投票とか議論とか多数決ではなく「みんなで盛り上がる」ことにある。ワーッと盛り上がることによって、個別の意見を超えた「民意」あるいは「神の意志」が降りてきたと感得される。…なんか、中世日本の大衆(だいしゅ、僧兵)集団の僉議が思い浮かんだ。

 以下(西欧)中世~近世の政治史は、ちょっと省略。第5章では、近代自由民主主義の直接の祖である、ルソー、ホッブズ、ロック、アダム・スミス、ベンサム、ミル等を語り、もともと別個の思想であった自由主義、代議制、民主主義を組み合わて用いることには無理があり、その破綻が迫っている、と指摘する。

 第6章は、代議制の自由民主主義に替わる体制(政治思想)を模索する試みについて。最も詳しく紹介されているのは、アンソニー・ギデンズというイギリスの社会学者である。ギデンズ、名前を聞いたことがあるだけだったが、本書を読んで、すごく惹かれるものがあった。ポスト工業化社会は「再帰的近代化」の時代である。人々の行動様式が慣習や伝統で決まっていた近代初期には、「農民」「主婦」「労働者」などのカテゴリーを客体として把握し、操作することが可能だった。しかし、「自由」が増した現代では、こちらが何かをすれば相手は変化し、相手の変化はこちらにも影響を及ぼす。「作り作られていく関係」(再帰性)が、現代社会に「無限の不安定」をもたらしている。

 対処策はいくつかあるが、カテゴリーのリストを増やしていくのは彌縫策でしかない。伝統回帰の原理主義も非現実的である。ギデンズは、公開と対話、つまり、代議制の自由民主主義に、直接民主主義の要素を取り入れていくことを推奨する。そして著者も、日本が新しい時代に対応した「ふつうの先進国」になるには(これは繁栄と安定を謳歌した70~80年代に戻るという意味ではない)、市民の政治参加や社会運動が重要であると説く。

 最後の第7章は、社会運動の理論や、戦後日本のさまざまな社会運動(生活クラブ、水俣病訴訟、ベ平連など)を簡単に紹介し、「社会を変えるには、あなたが変わること」のメッセージで結ばれる。この考え方は、ギデンズの思想を解説する箇所にも出てきて、強く印象に残った。私たちは、対人関係において、相手を「理解する」と簡単に言ってしまうけれど、自分が、相手によって「変わる」(ことを受け入れる)心構えができていない限り、相手を「客体」として観察したり評価している限りは、理解なんて成立しないのだ。一見、受動的な構えが、実は最も主体的という逆説が面白い。そして、これからの社会を作っていく若者に学んでほしいのは、相手を打ち負かすディベート力なんかではなくて、こういう対話と創造力なのだ、と思った。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 2012秋@関西:弘法大師行状... | トップ | 内なる他者/アメリカの越え... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読んだもの(書籍)」カテゴリの最新記事