見もの・読みもの日記

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禁忌とまじない/魔除けの民俗学(常光徹)

2020-10-06 22:31:58 | 読んだもの(書籍)

〇常光徹『魔除けの民俗学:家・道具・災害の俗信』(角川選書) 角川書店 2019.7

 最近あまりこのジャンルを読んでいなかったけれど、民俗学という学問は大好きだ。本書は、家屋敷・生活道具・自然災害にまつわる伝承を俗信の視点から読み解いたもの。俗信とは、予兆・占い・禁忌・呪い(まじない)に関する知識や生活技術である。

 はじめに家屋敷に関する俗信として、屋根、棟(屋根の一番高いところ)、破風、軒(のき)、床下などに関するものが取り上げられている。これらは境界性を帯びた空間であることから、人の死や出産にかかわる俗信が多い。難産のときのまじないに、石臼や甑(こしき)を屋根から落とすというのは聞いたことがあったが、正確には屋根の棟を越えさせる動作が重要なのだ。ところが、平徳子が安徳天皇を出産する際、甑を北から南へ棟を越して落とすべきところ、北側に落として騒動になったことが「山槐記」に記録されているという。ひなびた民俗世界の俗信が、かつては宮中でも用いられていたことが分かって面白い。

 あと、人が死ぬと四十九日(あるいは三年間)は魂が屋根の棟に残っていると言うそうだ。集合住宅の多くなった都会では、魂はどこにいるのかなあ。屋上で寄り合っているのだろうか。

 庭木について、南天や槐(エンジュ)が縁起の良い木であることは知っていたが、枇杷は庭に植えてはいけないのか(むかし近所の家に枇杷の木があったことを思い出しつつ)。銀杏を庭に植えないという禁忌も「ほぼ全国的」で、その理由は「寺社に植える木だから、位負けする」のだそうだ。しかし、子どもの頃、大きな銀杏の木がある家があったこと(秋には黄金色に染まっていたこと)を何十年ぶりかで思い出した。東京の下町の、昭和の風景である。

 井戸について、七夕が井戸替え(井戸浚い)の吉日だというのも興味深く読んだ。文楽の「妹背山婦庭訓」でしか知らない行事である。井戸替えは男の仕事で、女性が関わるのは嫌われていたという。

 生活道具では、箒、箕、鍋、柄杓などが取り上げられている。〇〇してはいけないという禁忌が非常に多くて、むかしの生活はつくづく大変だなあと思った。鍋に蓋をせずに煮炊きしてはいけないとか、鍋釜の蓋をとったまま外出してはいけないとか、現代生活ではとても守っていられない。スミマセン。柄杓と船幽霊について、本来、柄杓は魂の入れもので、投げ入れて幽霊を封じ込めるものだったが、のちに底を抜いて与えることに改変されたというのは柳田国男の見解で、さすが面白い。

 災害と俗信には、さまざまな唱え言が伝わっているが、高知の伝承で「カアカア」と叫ぶというのが一番簡単でよいと思った。最終章は、ちょっと毛色が変わっていて、高知県土佐市の真覚寺の住職・井上静照の日記が紹介されている。嘉永7(安政元)年の安政南海地震を発端として、被害や余震の状況に加え、さまざまな記録を含む。猫やネズミ、蛇など、身近な小動物の記事が面白かった。


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