見もの・読みもの日記

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中国の楽しい絵画史料/描かれた倭寇(東京大学史料編纂所)

2015-01-26 21:57:50 | 読んだもの(書籍)
○東京大学史料編纂所編『描かれた倭寇:「倭寇図巻」と「抗倭図巻」』 吉川弘文館 2014.10

 え、昨年のうちにこんな本が出ていたの!? 3ヶ月近くも気づかなかったことが無念でならない(※後注あり)。はじめに、おさらいをしておこう。「倭寇」とは、14世紀~16世紀に東アジア海域で活動した海賊のこと。14世紀半ばから後半にかけて、朝鮮半島ならびに中国沿岸部で活動した集団を「前期倭寇」と呼び(中国は明・朱元璋の建国時代)、16世紀半ば、中国沿海部で広く活動した集団を「後期倭寇」と呼ぶ(明・嘉靖帝の時代)。

 東京大学史料編纂所が所蔵する「倭寇図巻」は、後期倭寇を描いたもので、明代末期(16~17世紀)に中国で制作されたと推定され、20世紀初頭、東京の書店が中国で購入してきたと伝えられる。史料編纂所のコレクションの中でも抜群の知名度を誇り、中国・高校のほとんど全ての教科書に採用されているという。へえ~私は全然記憶がないなあ(あ、高校で日本史を学ばなかったから)。実物は、展覧会で何度か見たことがある。2010年の「史料展覧会」のレポートはこちら

 しかし、展覧会よりも、本書の図版のほうが何倍もいい。繊細な筆致を見事に再現していて、短い解説も的確で、こんなところにこんなものが描かれていたか!と驚いた場面がいくつもある。たとえば冒頭、画面右端に浮かぶ倭寇船。その後方には、さらに小さな倭寇船が二隻描かれており、海の彼方からだんだん近づいてくる緊迫感を表現している。この図巻は、かなり遠景と近景を意識的に描き分けている感じがする。靴や冠を放り出して逃げる人々。倭寇に弓でねらわれる天空の白鳥。緑陰に混じるピンクの桃の花など。

 中国国家博物館が所蔵する「抗倭図巻」も全編が精細図版で掲載されている。こんなふうに日本で紹介されるのは初めてだという。嬉しい! 史料編纂所の「倭寇図巻」に比べて劣化が激しいのはやむを得ない。2010年の「史料展覧会」では、パネルで見たけど、手元に置いて、つぶさに眺めることができるのは、本当に幸せなことだ。こちらの倭寇たち、海上の戦闘場面でほぼ丸裸なのが印象的だったけれど、登場シーンではちゃんと着物(丈が短い)を着ているんだな。揃って水色の着物に赤い帯というユニフォームみたいに描かれている。「倭寇図巻」の倭寇たちは、帯を締めていなくて、妙にだらしない。背景の山並みや人家の描き方は「抗倭図巻」のほうが好きだ。きっちり定規で線を引いたような「倭寇図巻」の人家に比べて、「抗倭図巻」には(日本でいう)南画のような、ほのぼのしたのどかさがある。

 水の表現には、非常に顕著な差異があり、本書には触れられていないけれど、それぞれ日本の絵巻に類例がある気がする。「抗倭図巻」のウロコ模様の波は「弘法大師行状絵巻」に似てないかなあ。「倭寇図巻」の細い線を執拗に重ねていく表現は、ちょっと応挙の「七難図」を思い出した。

 このように「似ているけど、違う」二つの図巻の間には、《原倭寇図巻》とも言うべきオリジナル作品があり、さまざまな模本が作られていく中で、たまたま現在まで伝わったのが、この二作品だったのではないかという推論が示される。それを補足するのは、北宋の名画「清明上河図」に対して、明代に江南の工房で盛んにつくられた「蘇州片」の存在である。

 今のところ、倭寇を描いた図巻は、上記の二作品しか見つかっていないが、「文徴明画平倭図記」という著作(張艦『冬青館甲集』所収)の記述によれば、きわめてよく似た絵画作品が他にも存在したことが分かる。面白い! また中国国家博物館には「大平抗倭図」といって、太平県(浙江省台州市温嶺市)に伝わった絵画史料も所蔵されている。これは図巻ではなく、大きな一枚ものの絵画の中で物語世界が展開する。倭寇(なんだか貧弱な体格)の襲来→民衆の抵抗→明軍の到着、という具合に進行し、クライマックスでは、民衆の祈りに応えて、軍勢を率いた関羽が木の上に「影向」する。ちゃんと赤兎馬(らしき赤い馬)に乗り、色白の関平と色黒の周倉を従える。軍勢は顔しか描かれていないので、カトリック絵画に出てくる天使みたいだ。倭寇が、片手に日本刀、片手に(なぜか、ほぼ必ず)広げた扇を持っているのも笑える。戦闘中なのに!?

 私は日本絵画の「芸術作品」が好きだが、それに劣らず「絵画史料」を読むことも大好きだ。そして、中国絵画の高い芸術性を認めるのはもちろんだが、どうして日本の絵巻や絵解き図のような、物語要素が豊富で「ゆるい」「かわいい」「たのしい」絵画史料がないんだろう、と不思議に思って来た。いや、ないはずはないのよね。これからは、こうした作品がもっと日本人の目に触れるようになってほしい。

※1/29補記:私の手元にある本書の奥付には「2014年10月20日 第一刷発行」と印刷されているのだが、吉川弘文館のホームページには「出版年月日 2015/01/05」とあり、史料編纂所も2015/01/16付けで刊行のニュースを掲載している。何故?


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