見もの・読みもの日記

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離洛帖・スピードの美学/畠山記念館

2006-06-27 22:03:44 | 行ったもの(美術館・見仏)
○畠山記念館 春季展II『墨跡と古筆-書の美』

http://www.ebara.co.jp/socialactivity/hatakeyama/index.html

 禅僧の筆跡「墨跡」と仮名の美「古筆」を取り混ぜた書の展覧会である。畠山記念館の展示室には、細長い座敷がしつらえてあって、最も重要な展示品は、座敷に沿った壁の展示ケースに飾られている。

 いちばん右端に、正方形を2つ継いだ紙面に和歌1首を散らし書きした作品が掛けてあった。あっ、『継色紙』(伝小野道風筆)だ~!!と思って、目が吸い寄せられてしまう。先だってMOA美術館で見てきたものとは、またちょっと違う。料紙は薄い紫色をしている。

 書かれている和歌は「きみをおき/てあたしこ/ころをわ/かもたは/すゑの/松山/なみも/こえな/む」。ゆらゆら揺れる水草のように頼りない筆跡だ。地を這うように低く押さえられた下の句の中で、「なみも」の行頭だけが突出している。隣の行の「松山」よりもはるかに高い。絶対、意識的に文字を配置してるんだろうと思う。修辞上は強い決意を述べているようだが、書かれた文字を見ていると、本心がフクザツに揺れ動いている感じが伝わってくる。面白いなあ。この『継色紙』って、いったい何種類くらい残っているのだろう。

 そして、中央には藤原佐理の『離洛帖』が掛かっていた。ゆっくり、その前にいざり寄る。佐理が、太宰大弐に任命されて任地へ向かう途中、摂政の藤原道隆に赴任の挨拶をしてくるのを忘れたことを思い出し、参議・藤原誠信にとりなしを依頼した侘び状であるという。いやー。いいわあ。

 『離洛帖』を見るのは初めてではない。2月に東京美術倶楽部百周年記念展でも見た。そのときは、「流麗なんだか乱筆なんだか、よく分からない」なんて書いてしまったけど、魅力は「スピード」。この一言に尽きる。私は本文の最後の2行「可聞子細、恐惶頓首、(佐理)謹言」の、ひときわ細く、薄くなっていく線が好きだ。地上の重力を離れ、「抽象」に向かって無鉄砲に突き進んでいくようだ。カッコいいっ。もっとも、このとき佐理は47歳。貴族社会では一向にウダツの上がらない、中年というより、初老のおじさんであるが。

 本当を言うと、ごく最近まで「書」の魅力はよく分からなかった。今は、こんなに美しいものが、どうして分からなかったんだろう、と思う。やっぱり、本物を見ることで、眼力って養われていくのだな。しかし、いくら秀麗な筆跡だとは言え、ただの私的な詫び状を一千年も愛で伝えてきて、「国宝」と呼んでしまうのだから可笑しい。可笑しいけれど、私がこの国の文化と伝統を衷心から愛おしいと思うのは、こういう物件に出会うときである。

 このほか、墨の香り立つような伊行筆『戊辰切』(和漢朗詠集らしい)。シンプル・イズ・ベストの行成筆『升色紙』など、見もの多数。変わったところでは、ちょっといいなあと思ったのは、一休和尚の墨跡だった。

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