〇国立近代美術館 企画展『没後40年 熊谷守一 生きるよろこび』(2017年12月1日~2018年3月21日)
熊谷守一(くまがいもりかず、1880-1977)の名前を覚えたのはいつ頃だろう。明るい色彩と明確なかたちが特徴で、一度覚えたら、決して他の画家と紛れることのない個性的な作風である。花や虫、鳥など身近な生きものを描いた作品が多く、単純化された色とかたちは「童心」という言葉を思い出させる。
しかし守一の人生には、貧困や家族の死などさまざまな辛く哀しい出来事があった。私は、たまたまつけたテレビでNHK日曜美術館の熊谷守一特集を見てしまったことがある。4歳で急逝した娘の死に顔を描いた『陽の死んだ日』という作品や、長女・萬の遺骨を抱いて次女・長男とともに帰る『ヤキバノカエリ』という作品があることをそのときに知った。
だから本展では、悲しい作品に出会うことも覚悟はしていた。しかし初期の作品にはびっくりしたなあ。油絵具の劣化の問題もあるのだろうけど、画面が暗い。「光と影の問題」に関心を抱いていたというけれど、ほとんど影というか闇の中に、ぼんやりしたかたちがうごめいている。線路の傍らに横たわる女性を描いた『轢死』は、たぶん題がなければ何も分からなかったと思う。私は即座に漱石の『三四郎』を思い出していたので、解説パネルに同じことが書いてあったのは、ちょっと嬉しかった。このあとも守一は「横たわる女性像」にこだわりを持ち続ける。
ちなみに展覧会のセクションは「闇の守一 1900-10年代」(→闇の守り人みたいで笑った)「守一を探す守一 1920-50年代」「守一になった守一 1960-70年代」と進む。ちょっと中間が長すぎる気もするが…。
1920年代、守一は明るい色彩を獲得する。ぐいぐい絵具を塗り付けるような荒いタッチの作品を多く描いており、『陽の死んだ日』もその一例。1940年前後の風景画から、赤く太い輪郭線でかたちを大きく区切る様式が出現し、次第に色彩が整理されていく。ただし、いつも輪郭線があるわけではなく、いろいろ試行錯誤を繰り返しているのが面白い。そして、1956年に『ヤキバノカエリ』が描かれる。この作品で印象的なのは遺骨を包む白布と守一の顎髭の白だ。夕焼けのような、夕暮れのような曖昧な色彩の田舎道に二つの白が効いている。この前後にも「白」が印象的な作品がいくつかあった。『伸餅(のしもち)』のやわらかい白、『たまご』の硬質な白、『湖畔山羊』の白など、なんだかどれも美しかった。
晩年の作品は、不思議なかたちと明るい色に満たされている。中年期の作品が、写実的な事物や風景が透けて見えるので、それを「単純化」したと言いたくなるのに比べると、もはやどこかに原形があるとは思えない。猫もウサギも草花も、描かれた色とかたちのままに存在している。
守一のような作品は、複製印刷で見てもあまり変わらないだろうと思っていたのだが、近くで見ると、同一方向に刷毛目を揃えた丁寧な筆遣いがはっきり分かった。特に晩年の作品は気持ちがよかったので、ぜひ現物で味わってもらいたいと思う。
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