見もの・読みもの日記

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渡邉肇氏の写真とともに/文楽のすゝめ(竹本織太夫)

2018-02-18 23:39:41 | 読んだもの(書籍)
〇竹本織太夫『文楽のすゝめ:An Encouragement of BUNRAKU』 実業之日本社 2018.1

 1月に大阪、2月に東京で襲名披露を行った、豊竹咲甫太夫あらため六代目竹本織太夫さんの本である。ペパーミントグリーン一色の表紙がオシャレ。紙質も軽くやわらかで、ちょっと古典芸能の本とは思えない。オビに小さく織太夫さんの写真(白黒)が入って「今最も注目される古典芸能の旗手」というコピーが入っている。分かる、分かる。

 いまさらなことを言うようだが、私はけっこう前から咲甫太夫さんのファンである(まだこの名前のほうがしっくりくる)。ブログを見ると2015年の正月公演について「ちょっと腹の立つくらいの(笑)美声」と書いている。文楽の太夫は美声だけでは駄目だとか、悪声のほうが味があっていいという批評を聞いたことがある。まあ一理あるけど、美声で語りに味があったら、さらにいいじゃんと思う。私は咲甫さんが床に上がると、名歌手の出演するオペラを聴くような気持ちで、客席に身を沈めてしまうのだ。眼福、口福ということばはあるけど、美声を全身に浴びる楽しみは、なんと表現したらいいのだろう。

 本書は、文楽の楽しみ方を初心者向けに多面的に紹介したもの。特に、大阪文楽劇場に足を運んで見てもらうことが想定されているので、大阪の観光・グルメ街歩き本にもなっている。まず、文楽(世話物)は江戸時代に起きた事件を基にした再現ドラマ、トレンディドラマであると説明し、近松門左衛門の作品を中心に「まず見てみよう、この10件」を挙げる。「曽根崎心中」「心中天網島」「女殺油地獄」「冥途の飛脚」「双蝶々曲輪日記」「新版歌祭文」「心中宵庚申」「夏祭浪花鑑」「桂川連理柵」「伊勢音頭恋寝刃」で、現代人が見ても面白いという点で、妥当なラインアップと言えるだろう。

 解説には舞台の上の文楽人形の写真が添えられており、生々しい表情が言葉を失うほど素晴らしい。「写真/渡邉肇」というキャプションを見つけて合点がいった。ずっと文楽を撮り続けている写真家さんである。表参道の『人間・人形 映写展』(2013年)やお茶の水の『人間浄瑠璃 写真展』(2014年)がよみがえってきた。織太夫さんの肖像写真も素敵。

 文楽の上演方法についての解説では、床本は、かつては専門家が書いたが、今は覚えるために太夫自身が手書きするのが主流になっているとか、三味線は、伝来当時、盲目の音楽家が弾く楽器だったことが原点にあるため、今も楽譜を見ないなどが新しい知識だった。いとうせいこうさんがコラムで近松の詞章について、字余り字足らずの変則的なリズムを投入してくるのは「一番にイイイ」「天満のオオオ」という感じで、太夫がどう演じるかを想像しながら書いていたからだと説明しているのには唸った。国文学でどう解説しているかは知らないけど、これは文字を声に乗せてみた人ならではの発言だと思う(いとうさんは織大夫さんに浄瑠璃を習っていたとか)。

 大阪の街歩きでは、大阪・ミナミで生まれ育った織太夫さんが愛する名店の紹介あり。黒門市場の伊吹珈琲店は、一度行ってみたいと思いながら機会を逸している。ぜひ次回こそ。日本橋の中華料理「三国亭」も行ってみたい。

 実際に織太夫さんが語ったことばを文章にしているのは4ページほどで、量は少ないが、いろいろ興味深かった。「咲甫太夫」という名前は、8歳のときから名乗っているのだな。「舞台を務めるうえで、物語の世界観を深く理解し、登場人物の複雑な心情や喜怒哀楽を”語り”で表現するためには、人生経験も必要ですよね。芸も人間性も磨くのが修行です」というのは教科書どおりとはいいながら、真剣で胸を打つお言葉。

 ご実家はずっと人形浄瑠璃にかかわってきた家系だが「家を継ぐのはすべて女性で、その旦那が文楽の太夫や三味線弾きでした」という説明が面白かった。「江戸の武家社会では男系で世襲しますが、大阪の商売人はその逆。たくましい女性たちが家を継ぎ、店ののれんを守るために、優秀な奉公人を婿にする実力主義」だという。江戸の武家社会だけで日本の伝統を考えてはいけない。

 それから、織太夫というのは、代々「全身全霊で命懸け」の芸風なのだそうだ。のれんを継いだ以上、織太夫の芸風を守らければならない。「もし自分の個性を出したければ、襲名せずにいればいいのです」というひとことが感銘深かった。のれんを受け継ぎ、先人の芸を学ぶことによって、たぶん「個性」だけでは到達できない高みに行こうとしているのだ。伝統芸能の修行ってそういうものなのだ、と感じた。

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