見もの・読みもの日記

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具体から入る/中国名言集(井波律子)

2018-02-10 22:55:48 | 読んだもの(書籍)
〇井波律子『中国名言集:一日一言』(岩波現代文庫) 岩波書店 2017.11

 私は電車やバスでの移動中に本を読むのが大好きだ。ところが今は職住が接近しているので、毎日10分程度(片道)しか電車に乗らない。そのため、読書量がすっかり減ってしまっている。さて本書は、もと京都新聞に連載された記事で、中国の名言から三百六十六を選び、1年366日(2月29日もある)に配して解説を加えたものである。1日1言、100~150字くらいの解説がつき、発言者の肖像など豊富な挿絵もあって飽きない。1言1ページの体裁をとっているので、どこを開いて読んでもよく、前後の連接を気にする必要もない。こういう本は、ふだんまとまった読書時間が5分と取れない私のような社会人にとって、たいへんありがたいものだ。

 中国の名言は(俗諺もそうだが)具体的な事物を用いた表現が多い。「巧婦も無米の炊を為し難し」なんて、当たり前すぎて笑ってしまったが、とにかく具体から入るスタイル、嫌いではない。

 具体であれ抽象であれ、名言の宝庫は論語である。私は高校生の頃、儒家の思想に惹かれつつ、年を取ったら嫌になる(老荘に惹かれる)のではないかと思っていたけど、全くそんなことはなかった。むしろ、みずみずしく力強い言葉が胸の奥に沁みわたって、若返るような気持ちさえした。やっぱり論語はいいねえ。たぶん著者の井波先生も孔子が好きなんだろう。「虚飾のない健康な人」という孔子評にとても共感した。

 杜甫、李白の詩も高校生の頃から好きだったもの。でも、今のほうが感動が深い。むかしは「別離」とか「流浪」の悲哀を概念でしか理解できていなかったのだと思う。両詩人の言葉の選び方が天才であることも、語彙の増えた今のほうが(多少)分かる。本書には、日本の教科書には載らない、艶治で耽美的な詩句も取り上げられていた。北宋の欧陽脩(1007-1072)には「牡丹花下に死し鬼と做るも也た風流」という詩句があるそうだ。著者が西行法師(1118-1190)の「願わくは花の下にて春死なんその如月の望月のころ」を並べているのも興味深い。揚州の花柳の巷に浮名を流した杜牧の「十年一たび覚む揚州の夢」もいいなあ。李賀の「二十にして心已に朽ちたり」も好き。

 本書には近代人にかかわる名言もいくつかあって、曽国藩の「収穫を問う莫かれ、但だ耕耘を問え」はいいなあと思った。著者いわく、曽国藩には目からウロコの名言が多い、とのこと。毛沢東の「東風、西風を圧倒す」は文革のスローガン(社会主義が西欧の資本主義を圧倒する)になった言葉だが、『紅楼夢』に見える語句を意識的に転用したものだという。本書を読むと、古来「転用」によって新しい生命を獲得した名言には、いろいろ例があることが分かる。中国語と中国文化の面白さだと思う。

 個人的な関心で印象に残ったのは「司馬昭の心は路ゆく人も知る所也」。司馬昭が魏を簒奪しようとしていることを知らない者はいないの意味で、以後「腹黒い本心は天下周知」の意味の成語となった。『軍師聯盟之虎嘯龍吟』を見たばかりなので、あの可愛かった司馬昭が、最後はここまで言われる存在になるのか…と思うと胃が痛んだ。それから『易経』に見えるという「亢龍悔い有り」。天高く昇りつめた龍は、退くことができないので後悔する羽目になるの意。武侠ドラマ『射鵰英雄伝』において、洪七公が郭靖に伝授する技「降龍十八掌」の第一がこの名前なのである。にやにやしてしまった。

 同じ著者の『三国志名言集』も同時に購入。ただしこちらは1言1ページ式ではないので、通勤の合間には読みにくそうだ。

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