見もの・読みもの日記

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娯楽作で学ぶ現代史/映画・ソウルの春

2024-08-27 22:57:53 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇キム・ソンス監督『ソウルの春』(角川シネマ有楽町)

 話題の韓国映画を見てきた。1979年12月12日、全斗煥と同志の秘密組織ハナ会グループが、粛軍クーデター(12.12軍事反乱)によって政権を掌握する顚末を描く(登場人物の名前は微妙に変えてある)。

 チョン・ドゥグァン少将(全斗煥)は、10月に起きた朴正煕暗殺事件の捜査本部長として強大な権力を手中にしたが、陸軍参謀総長はこれを警戒し、信頼のおけるイ・テシン少将を首都警備司令官に任命するともに、ドゥグァンを首都ソウルから遠ざける人事を計画する。危機感を抱いたドゥグァンは、参謀総長の罪をでっちあげて部下に拉致させ、同時に大統領から参謀総長取り調べの承認を得ようとしたが、大統領は疑念を抱いて認可を与えない。進退きわまったドゥグァンは、大統領の判断を無視し、実力行使に突っ走っていく。

 ドゥグァンの周りに集まったハナ会メンバーの将校たち(年齢や階級はドゥグァンより上)は、事態が深刻化するにつれて、権力欲と保身を天秤にかけて右往左往する。ドゥグァン自身は最初から大望を抱いた英雄ではないが、さすがに肝が据わっており、抜群の判断力と瞬発力で危機を切り抜けていく姿は、憎たらしいが魅力的である。ドゥグァンの腹心(親友?)らしいが、傍らでおろおろしてるだけの小物のノ・テゴン少将、実は盧泰愚(ノ・テウ)がモデルと知って、あとで驚いた。

 しかし当人が小物か大物かに関係なく、軍において指導的な地位にあれば、軍事部隊を動かすことができる。上官の命令には絶対に従うのが軍隊というものだ。ドゥグァンはハナ会の将校たちを通じて、ソウル近傍に駐屯中の部隊にソウル進撃を命じる。一方、首都警備司令官のイ・テシンも、ハナ会の影響の及んでいない部隊に応援を要請する。強大な軍事力が首都の近傍に控えている怖さ(北の脅威に対する防備がリスクにもなっている)。あと、漢江が防御線になるソウルの地理をあらためて認識した。

 なんとか内戦を食い止め、ソウル市民の安全を守ろうとするイ・テシンだが、いちはやく米国大使館に逃げ込んだヘタレの国務部長官や、指揮権のヒエラルキーにこだわり、口先では俺がドゥグァンを説得するといきまく、無能な参謀次長の存在が反乱側を利することになり、万事休す。最後まで、単身でドゥグァンに詰め寄ろうとしたイ・テシンは反乱軍に取り押さえられる。高笑いするドゥグァン。数日後、大統領はあらためてドゥグァンに求められた書類にサインをするが、日付を書き添え「事後決裁だ」と言い添える。文人政治家の最後の抵抗は虚しいが、気持ちは分かる。「こうしてソウルの春は終わった」というナレーション。

 史実に基づいているので、結末がくつがえることはないと分かっていても、手に汗握る展開で、おもしろかった。ただ、ドゥグァン=悪、イ・テシン=善の対立が平板に過ぎる感じはした。後々まで振り返って「おもしろさ」を味わうには、もう少し善悪未分化の人物が描かれているほうが私の好みである。それでいうと『KCIA 南山の部長たち』の朴正煕には、そういう魅力があったが、本作の全斗煥は、わりと単純な悪役(しかも大悪人ではない)に振り切っている。これは作品の性格の差なのか、二人の政治家に対する、現在の韓国人の標準的な見方なのか、ちょっと気になる。

 なお、史実では、イ・テシンに当たる人物は張泰玩(チャン・テワン)というらしい。作中の名前は、民族英雄の李舜臣(イ・スンシン)に重ねているのだろう。ソウルの光化門広場に立つ巨大な李舜臣の銅像をイ・テシンが見上げるカットが一瞬だけある。


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2 コメント

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Unknown (Unknown)
2024-08-28 22:25:27
盧武鉉ではなく、盧泰愚です。
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Unknown (jchz)
2024-08-29 10:36:22
ご指摘ありがとうございます。間違えてました。修正しました。
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