見もの・読みもの日記

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新聞世論と大衆の共謀/戦前日本のポピュリズム(筒井清忠)

2018-02-14 23:45:27 | 読んだもの(書籍)
〇筒井清忠『戦前日本のポピュリズム:日米戦争への道』(中公新書) 中央公論新社 2018.1

 現代の政治状況の説明にしばしば用いられる「ポピュリズム」。しかし、要するに「大衆の人気に基づく政治」ということであれば、日本では戦前期にも経験があった。本書は、日本において初めてポピュリズム現象が登場した日比谷焼き打ち事件(1905年)から日米開戦(1941年)までの間にあらわれた「ポピュリズム」現象を順に紹介する。

 日比谷焼き打ちは有名な事件だから、だいたい知っているとおりだったが、日露戦争中にたびたび開かれた戦争祝捷会(多くは日比谷公園で)が群衆形成の重要な要因となったという指摘は興味深い。また漱石の『坊っちゃん』が日比谷焼き打ち事件の直後に書かれており、小説の中で坊っちゃんが生徒を祝捷会に引率し「利口な顔はあまり見当たらないが、数から云うとたしかに馬鹿に出来ない」という感慨を述べている。これは大衆の時代に対する、エリート漱石の感慨と見てよいだろう。

 続く大正期の大衆運動(対中強硬政策運動、普通選挙要求運動、排日移民法排撃運動)は、ナショナリズムと平等主義の二つに方向づけられる。大正末年、普通選挙を目前にして、朴烈(パクヨル)怪写真事件が起きた。大逆罪で起訴された朴烈に妻の金子文子が寄り添う獄中写真が東京市内各所に配布されたというもの。この写真は見たことがあるが、「政府が皇室をないがしろにした」という批判が沸き起こり、ついに若槻礼次郎内閣の総辞職に至ったというのは知らなかった。政策論争よりも1枚の写真。「天皇」の政治シンボルとしての絶大な有効性。昭和前期の政治は「劇場型政治」であり、超国家主義者たちは、ポピュリズムに関する明敏な洞察から、大衆の感情・意識を政治的に動員していく。恐ろしい。

 普通選挙時代に入り、田中義一内閣は、不戦条約「人民の名において」問題(1928年)、張作霖爆殺事件(1928年)を経て崩壊する。背景には、天皇シンボル型ポピュリズムとマスメディアの既成政党政治批判の結合がある。政党内閣は野党によって倒されるのが健全な議会政治であって、それ以外の力によって倒されるのは不健全な事態である、という指摘は忘れずに置こう。次いで浜口雄幸内閣では統帥権干犯問題(1930年)が起きる。ここでも著者は、新聞世論が喚起するポピュリズム/ポピュリズムに乗って「豹変」する新聞世論の危うさを指摘している。

 第二次若槻内閣において満州事変(1931年)が勃発する。事変前に軍縮を主張していた新聞世論は「大旋回」して戦争支持に傾き、政府の弱腰を非難することになる。「対外危機は大衆デモクラシー状況におけるポピュリストの最大の武器である」というのは、現代の政治状況を見ても、胸に刺さるくらい納得がいく。

 1933年には、五・一五事件(1932年)と血盟団事件(1932年)の裁判が開かれた。当時の新聞記報道の引用から、目を疑うような社会の実態を初めて知ることができた。被告たちは「義士」「忠臣」と称えられ、赤穂浪士や吉田松蔭に譬えられる。七万人の減刑歎願書とか、真剣さを示すため小指を切断して送って来る支援者とか、「昭和維新行進曲」というレコードが企画されたとか(発売禁止)、呆れてものが言えない。「『明治維新』という巨大な『革新』が国家の大衆的支持への正統性原理として組み入れられている限り、『革新的』ポピュリズムを否定できないのが近代日本の『正統的体制』であったとも言えよう」という箇所を、何度も繰り返して読んだ。21世紀になっても「明治維新」に浮かれている限り、この宿痾を逃れることは難しいと思う。

 国際連盟脱退事件(1933年)においては、内田康哉外相と松岡洋右全権も国民世論に動かされた。牧野伸顕内大臣のように、日本は近代の歴史が浅く、日本の世論がイギリスのように成熟していないことを認識している閣僚は少数派だった。帝人事件(1934年)、天皇機関説事件(1935年)を経て、近衛内閣と盧溝橋事件、日中戦争開始(1937年)に至る。近衛首相人気の上滑り感も、とんでもなく気持ちの悪いものだ。日米開戦(1941年)を選択したのは、近衛・松岡という二人のポピュリストである。ポピュリズムが外交と結びついたとき、どんな悲惨な結果を生むか、私たちは戦前の経験をもう一度、学びなおしたほうがいい。
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