○宮本常一『私の日本地図(14)京都』(宮本常一著作集別集) 未来社 2010.2
著者が「何回おとずれたか思い出せぬほどである」という京都の思い出を語った本。原本は昭和50年(1975)の刊行だが、大正末年の「参観者の姿をほとんど見かけなかった」ひっそりした国立博物館の様子とか、柳田国男先生から「詩仙堂はいいよ」と勧められた話とか(私もあそこは好きだ)、戦前は清水寺の音羽の滝で水垢離をとる中年の女性が多かったとか、さまざまな古物語が採録されている。
昭和2年の秋(著者20歳の頃か)、丹波に住む友人の死に遭って、墓参に出かけた帰り、さびしさに堪えかねて嵯峨野で列車を下り、清涼寺(釈迦堂)を訪ねて、友人の供養を願い出ると、すぐに7、8人の僧が支度を整えて本堂で読経してくれた、という話は特に感慨深かった。本来、寺の役割ってこういうことだから、驚くことではないのだろうけど…信仰が生きていた時代のエピソードだなあ、と思った。
日本の一般民衆は、生涯に一度は「伊勢参り」をするものとされ、同時に京都・奈良・高野山にも参詣した。昭和20年代の関東(湯河原)の聞書でも、ムラの老人たちは、京都には行ったことがあるが、江戸には行ったことがない、と答えていたそうだ。面白い証言だが、この当時、既に若者の意識は「東京」に集中していたのではないかしら。少し世代間格差があると思う。
著者は、二条城があまり好きでないらしい。いかめしい堀と石垣は、京都の開放的な街衆文化には合わないと見ていたようだ。秀吉が築いたお土居も漸次壊された。「京都市民にとって大切なのは、土居を築いて防衛体制をかためることではない。戦争のない町をつくることであった」という記述には、本書の書かれた「戦後」の影が落ちているような気がする。
また著者は、京都の町衆が「仮名」を通じて宮廷文化を咀嚼し、全国の民衆にそれを広める役割を果たしたのに対し、「漢文脈」(中国思想)をバックボーンとする江戸文化は武士だけのものだった、というような説明をしている(単純化すれば)。面白いけど、ちょっと整理され過ぎた仮説じゃないかと思う。
広い見聞と学術的な仮説によって、古代から近現代までを自在に行き来する本書の記述であるが、ほぼ毎ページに(200点以上?)掲載されている白黒写真は、1960~70年代の京都の風景である。寺院の境内や史跡・名勝の様子はあまり変わっていないのに、ちらっと写り込んだ町の様子や人々の服装が、既に古写真っぽくて面白い。

昭和2年の秋(著者20歳の頃か)、丹波に住む友人の死に遭って、墓参に出かけた帰り、さびしさに堪えかねて嵯峨野で列車を下り、清涼寺(釈迦堂)を訪ねて、友人の供養を願い出ると、すぐに7、8人の僧が支度を整えて本堂で読経してくれた、という話は特に感慨深かった。本来、寺の役割ってこういうことだから、驚くことではないのだろうけど…信仰が生きていた時代のエピソードだなあ、と思った。
日本の一般民衆は、生涯に一度は「伊勢参り」をするものとされ、同時に京都・奈良・高野山にも参詣した。昭和20年代の関東(湯河原)の聞書でも、ムラの老人たちは、京都には行ったことがあるが、江戸には行ったことがない、と答えていたそうだ。面白い証言だが、この当時、既に若者の意識は「東京」に集中していたのではないかしら。少し世代間格差があると思う。
著者は、二条城があまり好きでないらしい。いかめしい堀と石垣は、京都の開放的な街衆文化には合わないと見ていたようだ。秀吉が築いたお土居も漸次壊された。「京都市民にとって大切なのは、土居を築いて防衛体制をかためることではない。戦争のない町をつくることであった」という記述には、本書の書かれた「戦後」の影が落ちているような気がする。
また著者は、京都の町衆が「仮名」を通じて宮廷文化を咀嚼し、全国の民衆にそれを広める役割を果たしたのに対し、「漢文脈」(中国思想)をバックボーンとする江戸文化は武士だけのものだった、というような説明をしている(単純化すれば)。面白いけど、ちょっと整理され過ぎた仮説じゃないかと思う。
広い見聞と学術的な仮説によって、古代から近現代までを自在に行き来する本書の記述であるが、ほぼ毎ページに(200点以上?)掲載されている白黒写真は、1960~70年代の京都の風景である。寺院の境内や史跡・名勝の様子はあまり変わっていないのに、ちらっと写り込んだ町の様子や人々の服装が、既に古写真っぽくて面白い。
宮本常一、京都で照会してたらまたヒットしました。
この本、今日読了しました。
散漫なとこもあるけどとても面白かった。特に古写真。
白黒、ハレーション気味、ピント甘いのだけれど目に付くかぎりとりまくっておくと財産です。
本圀寺の荒れ風景、取り壊し中の写真など稀少価値あると思います。
師走に京都に泊まるので跡をみてこようかと思うほど。
随所の思い出し話もなかなか興味深かった。
いい本でしたね。
写真は、撮影者の意図を超えてさまざまなことを語りますね。