〇京都国立博物館 大阪・関西万博開催記念・特別展『日本、美のるつぼ-異文化交流の軌跡-』(2025年4月19日~6月15日)
5月最後の金曜に年休を取って、2泊3日で関西で遊んできた。最大の目的はこの展覧会、「大阪・関西万博開催記念」の3企画のうち、最後に残していた展示である。10:30頃に京博に到着して、入場待ちの列がないことにほっとする。会場内は、まあまあ我慢できる程度の混み具合だった。最初の展示室に入ったとたん、名前を呼ばれて振り向いたら、三重県在住の友人だった。お互い仕事持ちなので「金曜に、なんでいるの」と笑い合ってしまった。
展示は、開催中の大阪万博に敬意を表して(?)明治政府が当時、欧米各地で開催された万博に出品した美術品から始まる。この場合、やっぱり薩摩焼だよね。そして江之島を描いた蒔絵額。「世界に見られた日本美術」と題して北斎の『神奈川沖浪裏』『凱風快晴』『山下白雨』も紹介(久保惣記念美術館のコレクションから)。次いで「世界に見せたかった日本美術」と題して西洋的な方法論を基礎に生み出された日本美樹史を概観する。狩野元信『四季花鳥図』(大仙院)が眼福。宗達の『風神雷神図屏風』は、線がどこまでも生きている感じで、気持ちが上がる。
これでプロローグが一段落して本来の内容に入るのだが、冒頭のパネルにいわく「明治政府は、国外に向けた日本らしさの強調に尽力しましたが、実際に日本に遺された品々の多くは異文化の要素を豊かに示し、海外との活発な交流を物語ります」。まさにこの一文が、本展のテーマを端的に表している。以下、考古文物あり、磁器や漆器あり、書画あり、仏像ありだが、「模倣と改造は、この列島に住む人々の十八番(おはこ)」に何度もうなずいてしまった。
「模倣と改造」の指摘は非常に細やかで、たとえば『宝相華迦陵頻伽蒔絵𡑮冊子箱』(平安時代、仁和寺)に描かれた28人の迦陵頻伽の姿がすべて異なり、顔立ちが和風である(確かに丸顔で鼻が低い)とか、『山水図屏風』(後期展示は江戸期模本)は中国の故事を描いてるが、中国画の厳しさはあまりなく、柔らかく穏やかな表現は国風文化の真面目であるなど。
滋賀・常念寺の『釈迦八相図』(初見かも)には「初歩的ながら同時代の中国画を学んだ痕跡がうかがえる」とあり、大阪・天野山金剛寺の『野辺雀蒔絵手箱』のスズメがあまりにも写実的なのは「日宋貿易がもたらした中国絵画のモチーフを借りたものと考えられている」そうだ。京都・隣華院所蔵の『渡唐天神像』は日本からの注文により中国・寧波で制作されたもの。天神がかなり中国文人寄りの風貌をしていておもしろい。
交流は東アジアに留まらない。輸出用の蒔絵(南蛮漆器)を、久しぶりにたくさん見ることができたのは嬉しかった。三位一体の教義を表す油絵を収めた『花鳥蒔絵螺鈿聖龕』は、メキシコによく似た図像が伝わることからメキシコ製と推定されているとのこと。蒔絵のIHSマークが輝く『IHS紋花入籠目文蒔絵螺鈿書見台』は、何度か見たことがあると思うが、一枚板から蝶番を彫り出す技法は、イスラム圏でコーランの見台を目にした人々ならではの注文だという。タイの鮫皮を用いた洋櫃、ポルトガル人に学んだねじを切る技術を応用した徳利など、説明を読みながら、何度も「へえ~」が口から洩れてしまった。あと、美術品の中に混じって、京都市内に残る日本人キリシタンの墓碑(小さい)が2点展示されていたのに、私は衝撃を受けてしまった。
インドネシアの刀剣『クリス』が石清水八幡宮に伝わっていることや、滋賀県甲・藤栄神社の『レイピア写し剣』(スペインの刀剣を写した日本製?)にも驚いた。実に珍しいものの多い展覧会だった!
唯一撮影可だったのは、萬福寺の羅怙羅尊者像。以前、九博の范道生展でも写真を撮ったことがあるが、今回も記念に。韋駄天像も出ていたし、本展、萬福寺の扱いがわりと大きかったように思う。
最後の展示室には、ボストン美術館所蔵の『吉備大臣入唐絵巻』巻四(囲碁対決)。解説には、1932年、ボストンでこの作品の公開に立ち会った矢代幸雄が「美術のもつ普遍的な魅力に感嘆しつつも、それだけになお一層、その力が政治的なプロパガンダに利用されることに警鐘を鳴らし」たことが記されている。矢代の反応の後半を省略しないとことが大変よろしい。
また中国・深圳望野博物館所蔵『李訓墓誌』の写真があわせて展示されていた。「日本國朝臣備書」つまり、この墓誌の文字を書いたのは吉備真備だという(作文は別人)。私はむかしから、虚実とりまぜて吉備真備が好きなので、ありがたくて拝むような気持で眺めた。
※考古学における画期的発見、吉備真備直筆の書が北京で公開(CRIオンライン2029/12/25)氣賀澤保規先生によると、真備の書は「褚遂良の書法を色濃く受け継いでいる」そうだ。
図録はもちろん購入した。2泊3日旅行の最初の訪問先だったので、重いと嫌だな…と思ったのだが、軽量でありがたかった。充実した解説に加えて「みんなエキゾチック・インドのとりこ」「おくさまはヒョウ」「南蛮船は宝船」など、くすっと笑えるキャプションが採録されているのもうれしい。