見もの・読みもの日記

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梟雄の死/マンチュリアン・リポート(浅田次郎)

2010-10-20 21:30:01 | 読んだもの(書籍)
○浅田次郎『マンチュリアン・リポート』 講談社 2010.9

 思い起こせば、私が「満洲某重大事件」(張作霖爆殺事件)を初めて知ったのは、小学生時代、愛読していた『学習漫画 日本の歴史』を通してだったと思う。マンガには、坊主頭の張作霖が、明日は奉天だ…とつぶやきながら、すやすや寝入る姿の後、激しい爆発が遠景に描かれていた。報告を聞いて、何だって!と飛び上がっていたのは田中義一首相だったのかもしれない。子どもだった私にも、これが仕組まれた事件だということは分かったが、「彼」が善人(英雄)なのか悪人なのか、分からないので、悲しんでいいのか喜んでいいのか、判断がつかなかった(近代史はめんどくさい)。あれから40年。まさか自分が、”梟雄”張作霖の死に大泣きすることになろうとは思ってもいなかった。

 昭和4年(1929)、「治安維持法改悪二関スル意見書」をばら撒いた罪で、禁固刑に処せられていた陸軍中尉・志津邦陽は、嵐の晩、目隠しをされて刑務所から連れ出され、今上陛下(昭和天皇)にまみえ、前年の張作霖爆殺事件について極秘調査を命じられる。北京から奉天へ、そして再び北京へと往還する志津から発せられる「満洲報告書」。

 その合い間に、昭和3年(1928)、まさに北京から奉天に引き上げようとする張作霖に同行した「あるもの」の独白が挟まれる。それは、鋼鉄の公爵(アイアン・デューク)と呼ばれた英国製の機関車。1902年、西イングランドのスウィンドンの町で生まれ、棟梁(フォアマン)とともに海を渡ってきた。李鴻章が注文した西太后への献上品だった。1903年、たった一度だけ、西太后は光緒帝とともにこの機関車が牽引する御料車に乗って、奉天に赴き、祖宗の墓に詣でた。半世紀ぶりに眠りから覚めた鋼鉄の公爵と、大元帥(グレート・マーシャル)張作霖は、運命のときに向かって歩を進めながら、心を通じ合わせる。その「至福」の瞬間に、切って落とされる悲劇の幕。私は、通勤電車の中で、慌ててページを閉じた。駄目だ、これ以上読んだら、必ず泣いてしまうと思ったので――。

 本書はもちろん小説である。張作霖のつくった国が「世界中の貧しい子どもらの夢」であるというのも、西太后の「中華」が「詩文を作り花を賞で、お茶を淹れおいしい料理をこしらえ、歌い、舞い踊ることが文化だと信じて疑わぬ」大きな華(はな)の国だというのも、著者独特の視点を通したフィクションである。細かいことをいえば、張作霖が西太后の御料列車を使用したことは嘘ではないようだが、西太后の汽車旅について「奉天に至っては行ったこともない」(Wiki)と記述しているサイトもあるので、注意が必要だ。

 それにしてもまあ、なんと美しく壮大で魅力的なフィクションだろう。本書を初めて読む読者が、浅田次郎的「中国観」にどれだけ共感するか分からないが、『蒼穹の昴』『中原の虹』というタフな長編に付き合って来た読者には、極上の食後酒である。”老残”の春児や岡圭之介がチョイ役で登場するだけで、旧友の消息を知ったように懐かしく、嬉しい。食後酒? いや、著者には、さらに書き継いでほしいなあ。「龍玉」のゆくえを。

 しかし、中国人はこういう感傷に満ちた歴史小説をどう読むだろう? 直感では、苦手なんじゃないか、という気がする。感想を聞いてみたい。

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