見もの・読みもの日記

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通じない「日本式」/現代中国の産業(丸川知雄)

2008-11-23 23:00:31 | 読んだもの(書籍)
○丸川知雄『現代中国の産業:勃興する中国企業の強さと脆(もろ)さ』(中公新書) 中央公論新社 2007.5

 中国における工業製品の製造と流通はどうなっているのか。本書は、テレビ、エアコン、VTR、携帯電話機、パソコン、自動車という具体的な産業に密着しながらこの問題を解き明かす。私は、同じような製品を生み出す過程なら、どこの国でも同じようなものだろう、と思っていた。ところが、日本と中国には、大きな違いがあるというのである。キーワードは「垂直分裂」。経営学でいう「垂直統合(製品の供給までに必要な、部品の製造や組立工程を単一企業のグループ内に統合することで、経営効率化を図ること)」の逆の事態をいう。

 実は、われわれ日本人のまわりにも「垂直分裂」的な工程を踏んだ製品はある。コンピュータはその代表的なものだ。日本企業のパソコンにも、インテル社のICチップ、マイクロソフト社のOSとアプリケーションソフトが使われている。しかし、コンピュータ以外――家電製品や自動車は、日本企業の場合、全て自社(グループ)製品で調達するのが慣習である。ところが、中国では、他社のブラウン管を組み込んだカラーテレビや、他社のエンジンを搭載した自動車が堂々と製造されているというのだ。

 しかも、カラーテレビのブラウン管などは、本来、互換性がないものに擬似的な互換性を産出することで、複数メーカーを競わせ、価格の抑制にも成功している。こうして、最も開発コストのかかる基幹部品には日本や韓国製品を利用しつつ、国内生産による低価格商品を実現した。中国の消費者は、製品機能の微妙な差異よりも価格重視であるため、日本製品は、一部富裕層向けのハイエンド商品を除き、中国市場では苦戦しているという。本書は日中企業の「実態」の比較に重点を置いているけれど、その背後には中国政府の、したたかな(自国の消費者の嗜好、企業の技術力の限界をよく知っている)政策誘導があるように思える。日本の企業経営者および経済官僚は、完全に負けているように思う。

 日本の「垂直統合」モデルは、きめ細やかな効率化や差異化に利点があるとされる。しかし、日本企業の携帯電話機の開発プロセスを読んでいると、わずかな差異のために費やされる膨大な開発コストは、本当に必要なのだろうか、と疑問が湧いてくる。もうちょっと中国式に簡素化してもいいんじゃないのだろうか。

 初めて知ったことのひとつは、最近まで中国でよく使われていたVCD(ビデオCD)という記憶媒体が、実は日本で開発されたものだということ。日本ではほとんど省みられなかったが、中国では、消費者のニーズにぴたり一致し、VCDプレーヤーは爆発的に普及した(中国ではTVドラマが繰り返し再放送されるため、録画機能の需要が薄い→VTR普及せず→安価でコンテンツ豊富なVCDが人気)。著者は、この教訓から、中国や他の後発国に移植すれば大きく育つ技術の種子が、日本企業の研究室にまだ多数埋もれているのではないか、と述べる。そうかもしれない。「グローバル・エコノミー」の時代というけれど、技術とか産業構造って、本当は、どこの土壌でも同じ種子から同じ花が咲くとは限らないのだ。


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2 コメント

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Unknown (zhuangyuan)
2008-11-24 06:26:18
おはようございます。zhuangyuanです。おっしゃるように日本も中国のように簡素化すると効率が上がると思います。中国は利益を主眼においた優勝劣敗淘汰のメカニズムが機能している一方、日本は企業も業界団体も政府も、既得権益保護を主眼においた既存システム保護が第一優先になっているように思えます。だから競争も些細なことに集中する。この激動の時代には合いません。
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日本式企業経営とは何ですか? (A・K(アック)社会制度存在意義研究所)
2009-01-18 18:08:47
日本式企業経営とは我が日本国民の歴史的生存環境が作り出した、企業も相互扶助共存の実現手段、との考え方の企業経営方式を指します
我が日本国民の「企業への伝統的な目的・考え方」は、英米仏独等の欧米諸外国民の考え方とは全く異なっているといわれていますが、その理由についての論証が、東大をはじめの社会学者のいずれからも、全く行われていないために、経営者・被雇者双方から、その場限りの都合の良い恣意的主張が行われて、企業環境の改善に悪影響を及ぼしています
当所は、企業制度の目的の理解は、「企業とは国家(憲法)設立目的実現手段の社会諸制度の一形態」との観点からの、適正運用点と活動限界点の解明(研究)」を社会科学(国家組織・行政・法律・社会諸制度の適正運用解明探求学:体系的解説)研究者で、唯一、論証を提供しております
Ⅰ.企業は「国家(憲法)設立目的実現手段である社会諸制度の一形態」ですから企業の目的役割についての考え方も、「国家設立目的の違い」により、全く異なって来ます
Ⅱ.我が日本国民及び諸外国民の国家設立を促して来た、共通の最大の要因は、「歴史的生存環境が育んだ国民の目的実現思考傾向:国民気質」ですから、我が日本国民と英米仏独等の欧米諸外国民との、歴史的生存環境体験の検証・考察が、企業目的把握の出発点で無ければ成りません

Ⅲ.我が日本国民は、英米仏独等の欧米諸外国民とは全く異なる、世界で唯一の、被奴隷的支配未体験で、尚かつ、相互扶助共存を不可避とする水耕稲作農耕民との、特異な歴史的生存環境体験を有する、「同じ釜の飯を食うとの仲間意識を共有の特異な国民」です
1.全ての人(企業)の活動は、相互扶助共存への貢献買活動であることを必要とするとの、自己の行為は後工程(共存社会)のための前工程との意識を生じさせて、自己行為の完全性遂行意識を生じさせました
2.自己の行為は後工程(共存社会)のための前工程との意識を生じさせて、自己行為の完全性遂行意識は、敗戦後の世界各国から奇跡と言われた経済復興の源泉である「安全神話」の構築を世界で唯一実現したのです
3.他人との相互扶助共存を自己の唯一の生存基盤との国民気質を育み、人(企業)の獲得利益は共存社会貢献結果の一部還元で無ければ成らないとの、社会規範意識を醸成してきたのです
4.企業活動も社会貢献手段でなければ成らないとの考えですから、反社会的企業活動は、明文禁止規定の存否にかかわらず、違法とされてきましたから、法令順守・企業統制法制法等の反社会的企業活動阻止目的の法律の制定も、不要なのです
5.生産管理とは、現有顧客からの紹介顧客獲得を最終工程とする、後工程への円滑な受け渡しと考え、部分行程の総和が生産管理との、欧米諸外国とは、考え方を全く異にします
6.社員とは機械設備の代用品では無く、各工程完の円滑性確保目的の設計者と考え、複数工程管理設計者を職制と考えます
7.技術は、企業関係者全員の共有財産として、個人の技術の囲い込みを排除します
8.後工程への円滑な受け渡しのための、作業担当者の創意工夫を重視しますから、孤立した作業環境を排除しますので、ライン生産方式は、原則として取り入れません
Ⅳ.我が国以外の諸外国民は、連続地形・交通の要所・更には、他人の生活権侵害不可避な遊牧民との生存が不可避とする、被奴隷的支配との歴史的恐怖生存環境体験を有しました
1.自己の現存は神が異端(神と選民以外のすべての者:国民)征服目的で自分を選んでくれたとの選民・支配者意識との、支配者と被支配者との峻別:差別思想を有します
2.国家とは、選民と移動先国家(領主)との、兵役・納税義務と外的からの保護とのバーター取引契約関係」と考えます=国民契約説
3.国家とは、兵役・納税義務を代償とする有償契約ですから、国民は天賦付与の財産権・移動の自由権は、国家社会からのいかなる干渉も受けない、個人の権利と主張します=基本的人権
4.企業とは、天賦付与の個人の財産権の運用の一形態で、いかなる国家社会からの制約も拒否できるとし、反社会的害悪発生の企業活動すら、事前の明文法規がなければ、適法とします→私的自治・契約絶対・自己責任・罪刑法定主義・社会的相当正論・特別権力関係論・企業責任(コンプライアンス・企業統制)の成立背景です
5.企業活動とは所有者である経営者の意志貫徹ですから、作業担当者は、機械設備と同視の生産設備の一部と考えます
6.企業活動とは、経営者が設置の生産設備(作業員)の稼働の連続と考えますから、工程間の無理村無駄の排除が、効率的生産方式の原点と考え、ライン生産方式が重用視されます
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