見もの・読みもの日記

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五月五日の凶行/文楽・女殺油地獄

2018-02-12 23:16:41 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 人形浄瑠璃文楽 平成30年2月公演

・第3部『女殺油地獄(おんなころしあぶらのじごく)・徳庵堤の段/河内屋内の段/豊島屋油店の段/豊島屋逮夜の段』(2月11日、18:00~)

 第2部に八代目竹本綱太夫五十回忌追善と豊竹咲甫太夫改め六代目竹本織太夫襲名披露狂言の『摂州合邦辻』が組まれているが、これは正月に大阪で聞いたので、今月は第3部だけ聴きに行った。帰ってから自分のブログの検索をかけたら、私は『女殺』を2014年2月と2009年7月にも見ていることが分かってびっくりした。実はそれ以前にも一度、見たことがある。「公演記録」という便利なツールで調べると、1997年の公演らしい。女房お吉を初代吉田玉男、河内屋与兵衛を吉田蓑助という配役で、私はこの狂言、特に河内屋与兵衛という悪魔的なキャラクターに魅了されてしまった。

 その印象があまりに強くて、2009年の桐竹紋寿(お吉)×桐竹勘十郎(与兵衛)とか、2014年の吉田和生(お吉)×桐竹勘十郎(与兵衛)の記憶がぜんぜん飛んでいた。そうか、いろいろな配役で見ていたんだな。ちなみに2009年は「逮夜の段」がない上演方式。

 今回はお吉を吉田和生、与兵衛を吉田玉男が遣った。刃をひらめかせてお吉の背後に迫る、玉男さんの与兵衛はかなり怖い。蓑助さんや勘十郎さんだと、気の弱い放蕩息子の出来心という感じで、やけっぱちで悪事に転げ落ちていくのだが、玉男さんの与兵衛はガラが大きく、もはや覚悟を決めた大悪党の風格がある。玉男さんには悪役もどんどんやってほしい。なお、床にぶちまけた油につるつる滑りながらの修羅場は、勘十郎さんのほうが思い切りがよくて巧かったと思い出してきた。

 河内屋内の段で、兄・与兵衛に言いくるめられて、死霊が憑いたふりをする優しい妹・おかちが登場する。これまで特に印象のない役だったのだが、障子が開くと、蓑助さんが遣っていてびっくりした。眼福。話の進行上、与兵衛に注目しなければならないのに、端役のおかちから目が離せなくなってしまった。

 床は、河内屋内の段の口を咲寿太夫と団吾、奥を津駒太夫と清友、豊島屋油店の段を呂太夫と清介、逮夜の段を呂勢太夫と宗助。今回は珍しく最前列の席を取ったので、床の様子も字幕も全く見えず、耳で聴くだけだったが問題なかった。みんな安定感があって聴きやすかった。2014年の自分のブログを読んだら、咲大夫さんが「主人公、与兵衛にはみずみずしい若さが必要」という自説から『女殺油地獄』は今回を「語り納め」にすると語っていらした(たぶんプログラムの記事)。確かに、年齢によって深みが増す狂言もあれば、若さが必要な狂言もある。

 今回、詞章を聴きながら思ったのは、「金銭」に絡めとられた人間の無力さ。与兵衛がつくった借金は二百匁。五月五日の節季を越すには、明け方の六時までにこの金額を揃えなければ、借金は手形の表書どおり一貫目に跳ね上がる。いったん節季を越せば、また貸してやってもいい、と口入屋は言う。経済活動としては合理的なのかもしれないが、一晩で五倍に跳ね上がる理不尽な借金に追いつめられ、ついに凶行に及ぶ与兵衛が哀れでもある。
コメント
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