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9回生きて帰って来た/不死身の特攻兵(鴻上尚史)

2018-02-01 23:39:43 | 読んだもの(書籍)
〇鴻上尚史『不死身の特攻兵:軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社現代新書) 講談社 2018.1

 鴻上尚史さんの名前は劇作家・演出家として承知していたので、このようなノンフィクションを書かれたことが不思議だった。最初、同名異人かと疑ったくらいだ。冒頭の記述によれば、著者は『特攻隊振武寮 証言・帰還兵は地獄を見た』という本で「9回特攻に出撃して、9回生きて帰って来た」佐々木友次(ともじ)さんのことを知る。調べれてみると、佐々木さんはまだ存命だった。2015年の秋から冬にかけて、著者は札幌の病院に佐々木さんを訪ね、5回のインタビューを行っている。その結果は、まず小説『青空に飛ぶ』となって世に出た。しかし、佐々木さんそのものの本も出したいと思い、本書を執筆したと著者は述べている。

 前半は、インタビューや記録から再構成された佐々木友次さんの事蹟である。1923年、北海道の当別村の生まれ。飛行機が好きで、逓信省の航空機乗員養成所に入り、鉾田陸軍飛行学校に配属された。1944(昭和19)年、陸軍第一回の特攻隊「万朶隊」に参加を命じられ、台湾を経てフィリピンに向かう。ついに出撃するが、揚陸船に爆弾を投下して、帰還した。翌々日の新聞記事で、佐々木さんは特攻で戦艦を撃沈させたことになり、故郷では盛大な葬儀が行われた。

 一回くらいなら、他でもありそうなエピソードだ。しかし、その後の佐々木さんは、離陸したものの悪コンディションで僚機と空中集合ができなかったり、出撃直前に米軍の爆撃機が飛来したり、直掩隊(特攻を援護し見届ける航空機)の隊長が佐々木さんに同情して引き返したり、さまざまな理由で死なずに戻った。一度は、大型船(戦艦か大型巡洋艦)に爆弾を落として大破させ、やっぱり死なずに戻った。

 著者はこの経過を淡々と書いているが、興味深いのは上官たちの態度である。初めての出撃は酒や紅白の餅で華々しく送り出したにもかかわらず、死なずに戻って来る佐々木さんに困惑し、「今度は必ず死んでもらう」「それほど命が惜しいのか」「貴様はなぜ死なんのだ」にエスカレートしてゆく。酷いとか腹立たしいというより、自分が絶対と信じる命令に従わないもの、自分の理解を超えたものに出会って、悲鳴をあげているように感じられる。

 なぜ佐々木さんは「絶対に帰ってくるな。必ず死んで来い」とまで言われても、命令に抗い続けることができたのか。そのことを著者は後半のインタビューで何度も佐々木さんにぶつけている。92歳の佐々木さんは、終始静かで平明な口調で著者に応えており、その中に「やっぱり寿命ですよ」という言葉がある。これは「運命」とか「天命」とか、人智を超えたものへの信仰をいう素朴な表現ではないかと思った。

 しかしまた、佐々木さんを支えたのは「寿命」意識だけではないと思う。本書を読むと、佐々木さんは完全に孤立していたわけではなく、同じように特攻に疑問を持つ人々がいた。ツノのような起爆管を取り付け、爆弾を落とせない(体当たりしかできない)状態の特攻機を、命令違反を承知で改造させた「万朶隊」の岩本隊長は、隊員たちに「跳飛爆撃」のやりかたを教え、着陸できる飛行場を示したフィリピンの地図を与えて「爆弾を命中させて帰ってこい」と指示した。戦場で本当に勇気あるリーダーと呼べるのは、こういう人のことではないかと思う。

 最後に著者は、特攻の実像を検証しているが、その中に書かれた美濃部正少佐のエピソードも好きだ。赤トンボとよばれた低速の練習機を特攻に投入する話になったとき、その無意味さを立証しようとして、飛行隊長の美濃部が立ち上がり、「私は箱根の上空で(零戦)一機で待っています。ここにおられる方のうち、50人が赤トンボに乗って来てください。私が一人で全部たたき落として見せましょう」と発言した。結局、練習機を含む「全機特攻化」に歯止めはかからなかったが、それもあの時代に、美濃部のように「ちゃんと声を挙げた軍人がいた」ことに著者は希望を感じている。

 著者は、特攻が無駄死だったという表現はしない。死は厳粛なものであり、ムダかムダでないかという「効率性」で考えるものではないという表明には、強く心を打たれた。一方で、著者は「命令した側」と「命令された側」を混同してはならないという。特攻隊員を批判すべきではない、という主張によって、特攻を命令した人々も免罪してよいのか。特攻隊員を「軍神」とほめたたえることで、特攻を生み出した人々も評価されるイメージが生まれてよいのか。著者は慎重なものいいをしているけれど、曖昧にしてはいけない、とても大切な視点だと思う。
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