○東京国立博物館 没後400年 特別展『長谷川等伯』(2010年2月23日~3月22日)
あまり気乗りがしなかった。『松林図屏風』嫌いじゃないけどさ、ちょっと前まで、東博の常設展で、好きなだけ眺めることができた作品なのに、わざわざ大混雑の中に出かけていくのはちょっと…。
そうは言っても、気力を奮って、出かけてみた。第一会場は、絵仏師として活躍していた能登時代から始まる。そうそう、等伯は日蓮宗の信徒だった。昨秋、京博の『日蓮と法華の名宝』展で、はじめて知った情報である。石川県、富山県などの寺院から、見たことのない作品が多数出品されていて、興味深い。しかし「等伯筆」というサインがなければ、別にどうということもないレベルの仏画が大多数ではないかと思う。それを必死で眺めている観客の列に混じっていると、だんだん腹が立ってきて、適当に飛ばして前に進む。
智積院の金碧障壁画『楓図』と『松に秋草図』、これはいい。でも現地に行ったほうが、ずっとゆっくり見られると思う。香雪美術館の『柳橋水車図屏風』の前で、初めて足が止まる。久しぶりだ。自分のブログ検索をかけたら、2005年、出光美術館の『新発見・長谷川等伯の美展』以来の対面らしい。たくさんある類似品の中で、群を抜いて好きな作品だ。金と黒の対比が醸し出す妖艶な画面からは、ブルースが聞こえてくるような気がする。京都・禅林寺蔵の『波濤図』もいいなあ。大琳派展で見た、光琳・抱一らが描き続けた『波図』のルーツはこの作品なんじゃないだろうか。
第一会場で見るべきもののひとつは、大徳寺三門の天井画の再現。会場の天井には、中央の蟠龍図が掲げられ、周囲の上り龍と下り龍、迦陵頻伽などはパネルで紹介されているのだが、その筆勢の力強さは半端なものではない。これはホンモノを見てみたいと思ったが、文化財保護のため常時非公開とされているそうだ。ネットで調べても「公開された記録を知らない」とあって、秘仏並みの扱いである。なんとかならないかなあ。
第二会場に入ると、だいぶ観客が減っていて、少しほっとする。後半は水墨画に集中。私の好きな等伯は、もっぱら第二会場のほうにいる。京都・高台寺圓徳院所蔵の『山水図襖』は、銀色(?)の桐文を摺り出した唐紙に、水墨で山水図を描いたもの。住職の留守中に無許可で描いちゃったという逸話を、初めて知ったのは、赤瀬川さん・山下裕二先生の『日本美術応援団』だった。近寄ってみると、筆の線が割れていたりして(墨の含ませ不足?)、とりあえず早描きだったんだなあ、ということは実感できる。『瀟湘八景図屏風』は、中国人画家のお手本を引き写したような作品だが、心なしか、葦の茂みの霞み具合などに、松林図っぽい表現がある。京都・隣華院所蔵の『山水図襖』は、筆を寝かせて黒々した墨をなすりつけたような岩肌の表現が個性的で面白いと思った。『枯木猿侯図』も、枯木の部分に乱暴力が爆発していていい。
我ながら意外なことに、最も気に入ったのは、京都・両足院所蔵の『竹林七賢図屏風』だった。一番右端の人物が、あんまりなブタ鼻をしている。ほかの人物も、輪郭がふっくらして、凡庸な顔立ちなのに、目だけイっちゃっている…。七賢人の間におさまった童子も、どこか妖怪みたいだ。人物の輪郭線の、吹っ切れたような力強さもいい。実は正月に京都に行ったとき、両足院の特別公開をやっていたのだが、ポスターにあまり魅力を感じなかったので、見送ってしまった。しかたない。これは実物を見ないと、魅力が分からないタイプの作品である。
最後の『松林図屏風』は、またいつか、ゆっくり見る機会もあるだろうと思い、人混みの後ろから一瞥して通り過ぎる。それにしても、もし等伯本人が、四百年後の今、いちばん人々に愛されている作品が『松林図』だと知ったら、どう思うだろう、なんて考えながら。
※展覧会特設サイト『特別展 長谷川等伯』:4月から始まる京都展は別サイトをつくっているので、見比べると楽しい。個人的には、京都展のほうが好き。
※等伯展ミュージアムショップでは、なんといっても、等伯の(というか、牧谿の)絵から飛び出したような猿猴(テナガザル)のぬいぐるみが秀逸。東京展特設サイト→関連情報→「長谷川等伯展ミュージアムショップより」にさりげなく写真あり。
※京都古文化保存協会のホームページに「平成22年度春期非公開文化財特別公開のお知らせ」が上がっている。それによると、等伯展(京都展)の開催にあわせて、等伯の作品を所蔵する大徳寺真珠庵や天授庵、隣華院などで特別公開が行われる模様。これは嬉しい。やっぱり、京都も行かないと。
あまり気乗りがしなかった。『松林図屏風』嫌いじゃないけどさ、ちょっと前まで、東博の常設展で、好きなだけ眺めることができた作品なのに、わざわざ大混雑の中に出かけていくのはちょっと…。
そうは言っても、気力を奮って、出かけてみた。第一会場は、絵仏師として活躍していた能登時代から始まる。そうそう、等伯は日蓮宗の信徒だった。昨秋、京博の『日蓮と法華の名宝』展で、はじめて知った情報である。石川県、富山県などの寺院から、見たことのない作品が多数出品されていて、興味深い。しかし「等伯筆」というサインがなければ、別にどうということもないレベルの仏画が大多数ではないかと思う。それを必死で眺めている観客の列に混じっていると、だんだん腹が立ってきて、適当に飛ばして前に進む。
智積院の金碧障壁画『楓図』と『松に秋草図』、これはいい。でも現地に行ったほうが、ずっとゆっくり見られると思う。香雪美術館の『柳橋水車図屏風』の前で、初めて足が止まる。久しぶりだ。自分のブログ検索をかけたら、2005年、出光美術館の『新発見・長谷川等伯の美展』以来の対面らしい。たくさんある類似品の中で、群を抜いて好きな作品だ。金と黒の対比が醸し出す妖艶な画面からは、ブルースが聞こえてくるような気がする。京都・禅林寺蔵の『波濤図』もいいなあ。大琳派展で見た、光琳・抱一らが描き続けた『波図』のルーツはこの作品なんじゃないだろうか。
第一会場で見るべきもののひとつは、大徳寺三門の天井画の再現。会場の天井には、中央の蟠龍図が掲げられ、周囲の上り龍と下り龍、迦陵頻伽などはパネルで紹介されているのだが、その筆勢の力強さは半端なものではない。これはホンモノを見てみたいと思ったが、文化財保護のため常時非公開とされているそうだ。ネットで調べても「公開された記録を知らない」とあって、秘仏並みの扱いである。なんとかならないかなあ。
第二会場に入ると、だいぶ観客が減っていて、少しほっとする。後半は水墨画に集中。私の好きな等伯は、もっぱら第二会場のほうにいる。京都・高台寺圓徳院所蔵の『山水図襖』は、銀色(?)の桐文を摺り出した唐紙に、水墨で山水図を描いたもの。住職の留守中に無許可で描いちゃったという逸話を、初めて知ったのは、赤瀬川さん・山下裕二先生の『日本美術応援団』だった。近寄ってみると、筆の線が割れていたりして(墨の含ませ不足?)、とりあえず早描きだったんだなあ、ということは実感できる。『瀟湘八景図屏風』は、中国人画家のお手本を引き写したような作品だが、心なしか、葦の茂みの霞み具合などに、松林図っぽい表現がある。京都・隣華院所蔵の『山水図襖』は、筆を寝かせて黒々した墨をなすりつけたような岩肌の表現が個性的で面白いと思った。『枯木猿侯図』も、枯木の部分に乱暴力が爆発していていい。
我ながら意外なことに、最も気に入ったのは、京都・両足院所蔵の『竹林七賢図屏風』だった。一番右端の人物が、あんまりなブタ鼻をしている。ほかの人物も、輪郭がふっくらして、凡庸な顔立ちなのに、目だけイっちゃっている…。七賢人の間におさまった童子も、どこか妖怪みたいだ。人物の輪郭線の、吹っ切れたような力強さもいい。実は正月に京都に行ったとき、両足院の特別公開をやっていたのだが、ポスターにあまり魅力を感じなかったので、見送ってしまった。しかたない。これは実物を見ないと、魅力が分からないタイプの作品である。
最後の『松林図屏風』は、またいつか、ゆっくり見る機会もあるだろうと思い、人混みの後ろから一瞥して通り過ぎる。それにしても、もし等伯本人が、四百年後の今、いちばん人々に愛されている作品が『松林図』だと知ったら、どう思うだろう、なんて考えながら。
※展覧会特設サイト『特別展 長谷川等伯』:4月から始まる京都展は別サイトをつくっているので、見比べると楽しい。個人的には、京都展のほうが好き。
※等伯展ミュージアムショップでは、なんといっても、等伯の(というか、牧谿の)絵から飛び出したような猿猴(テナガザル)のぬいぐるみが秀逸。東京展特設サイト→関連情報→「長谷川等伯展ミュージアムショップより」にさりげなく写真あり。
※京都古文化保存協会のホームページに「平成22年度春期非公開文化財特別公開のお知らせ」が上がっている。それによると、等伯展(京都展)の開催にあわせて、等伯の作品を所蔵する大徳寺真珠庵や天授庵、隣華院などで特別公開が行われる模様。これは嬉しい。やっぱり、京都も行かないと。