見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

文系も理系も楽し/大蔵経と東アジア、ほか(東大総合博物館)

2009-09-10 21:55:56 | 行ったもの(美術館・見仏)
東京大学総合研究博物館 『大蔵経と東アジア-東京大学総合図書館所蔵嘉興蔵の世界』展(2009年8月25日~9月15日)

 この展示会を取り上げる物好きはあまりいないだろう、と思いながら書く。東京大学総合図書館は、明の万暦版大蔵経を所蔵している。貴重なものらしい…とは聞いていたが、詳しいことは知らないので、今回の展示を楽しみにしていた。

 万暦版大蔵経は「嘉興蔵」とも呼ばれ、万暦年間の末(1573-1620)、嘉興府楞厳寺で開版されたものである(別名「径山蔵」とも呼ばれるそうだが、この「径山」は、調べたけれどよく分からず)。「それまでの巻子本や折本と異なり、はじめて冊子体で刊行されたものであり、そのため比較的広く普及した」と言われている。

 東大のコレクションは、「いわゆる鉄眼版大蔵経の普及に尽力した江戸時代前期の黄檗宗の禅僧了翁道覚(1630-1707)が明から取り寄せ、延宝8年(1680)に江戸白金の瑞聖寺に寄進したもの」であり、「明治以後に重野安繹・田健治などの興味深い所蔵者の手を経ながら、最終的に田氏により大正13年(1924)に東京大学総合図書館へ寄付されたこと」が分かっているそうだ。→展示HP

 展示品は20点余り。まず比較資料として宋版大蔵経が2点。甲州の素封家、渡辺青洲の旧蔵品だ。なるほど、これは折本である。そして、嘉興蔵大蔵経の現状を示すため、正編第1秩12冊がまるごと展示されている。濃紺の布張り秩に関しては「東大で制作か?」と疑問形で書かれていたが、まあ発注はそうだろう。「原装は確認できず」という解説の口ぶりに無念さがにじむ。図書館は、あまり装丁を大事にしないからなあ。どこかに転がって残ってないかなあ。

 嘉興蔵は扉絵は多いが、巻末絵はほとんど見られないのだそうだ。その中で、めずらしく巻末絵のあるものが展示されていた(逆に、嘉興蔵をもとにした黄檗版は、ほとんどに巻末絵=護法童子の絵があるという)。これは韋駄天じゃないのか…と思ったけど、護法童子と同一視されているのだろうか。

 同コレクションに見られる印影(蔵書印)も面白かったので、ここにメモしておく。東大の蔵書印のほか、①「臨済三十四世(※補記あり)」②「鉄牛機印」は、瑞聖寺2代住持の鉄牛道機のこと。③「了翁上座…鉄牛機謹誌」という長文の印は、この大蔵経が了翁道覚の寄進であることを示す。④「大教院蔵」は、同書が大教院(明治初年に設置された、神仏合同の教導職を養成するための政府機関)の所蔵だったことを示すが、経緯は明らかでない。⑤「田氏図書之印」は、台湾総督や農商務大臣をつとめた田健治の蔵書印。大正12年(1923)12月4日付けの「時事新報」に、東大の震災復興を支援するため、蔵書を寄贈することに決めた「古本の中に埋まる田農相」の記事がある。よく見つけたなー。

 このほか、天海蔵一切経(天海和尚が徳川家康の援助を受けて刊行した古活字版)(南葵文庫)、鉄眼版一切経(黄檗版とも。万福寺塔頭の宝蔵院に版木が現存する)、さらに近代以降の活字版は、日本・韓国・中国で出版されたものを展示。出品数は多くないが、大蔵経をとりまく歴史的・空間的広がりが実感できて、面白かった。

 なお、並行開催中の『キュラトリアル・グラフィティ―学術標本の表現』『鉄―137億年の宇宙誌』も、ついでに見てきた(全て無料)。ほかの展示を見るためには、積み上げられた人骨の部屋を通らないとならないのが、けっこうホラーである。ずらりと並んだ頭蓋骨から黒い眼窩の注目を浴びる感じ。

 奥の展示ホールは「鉄」がテーマで、あちこちに設置された小さなスクリーンから、東大の研究者たちが「僕らの研究室にようこそ!」みたいなフレンドリーな解説をしてくれる。ざわざわした展示空間のつくりが面白い。また、周囲の展示とは全く無関係に、大きい冷蔵庫のような箱型の機器が設置(放置?)されていて、何かと思ったら、人工気象器だという。「ご自由に開けてみてください」とあるので、こわごわ扉を開けたら、青々したイネの苗が育てられていた。民話「見るなの座敷」みたいだ…。大学って、面白いなあ。

Wiki経典:大蔵経刊本系列の樹形図が分かりやすい。

※関連書籍『東京大学総合図書館所蔵万暦版大蔵経(嘉興蔵)正編目録稿
この展示会も、科研費プロジェクト「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成-寧波を焦点とする学際的創生」(にんぷろ)の活動成果(仏道交渉班)である。

※早稲田大学図書館:古典籍総合データベース:新【ケツ】纂輯皇明一統紀要. 巻之1-15(全丁画像あり)
鉄牛道機の印あり。印影を画像で確認できる。

※[9/12補記]早稲田大学図書館は、鉄牛道機の印を「臨済三十六世」と読んでいるが、友人に篆刻辞典で確認してもらったところ、「四」が正しいだろうとのこと。臨済正宗では「道」は三十四代目の通字だそうだ(→参考:最下段の注)。
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