見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

愛の対象/キリストの身体(岡田温司)

2009-09-01 00:29:23 | 読んだもの(書籍)
○岡田温司『キリストの身体:血と肉と愛の傷』(中公新書) 中央公論新社 2009.5

 近年、私はすっかり東洋美術びいきになってしまった。それというのも、西洋美術は、自我に目覚めた芸術家の「作品」であって、それ以外の解釈を遮断されているように感じるのだ。しかし、岡田温司さんの著書を読むと、西洋美術(キリスト教絵画)にも、仏教や道教の美術と同様、さまざまな約束事があったことが分かる。むろん約束事を知らずに鑑賞することもできるが、知っていれば、もっと面白い。

 本書は、『マグダラのマリア』『処女懐胎』に続く三部作の最終巻に位置づけられており、「わたしはこれらにおいて、キリスト教図像学を従来よりもずっと広い意味でとらえようと試み」「より風通しのいい研究の領域へと議論を連れ出したいと考えた」と語られている。

 私は、ほかにもキリスト教図像学の本(翻訳物)を読んでみたことがあるが、この三部作のような無類の面白さは経験したことがなかった。文体の差かな?と思っていたが、本書のあとがきを読んでよく分かった。著者が重視するものは、図像の発生や変遷ではなく、社会(人間)と図像(美術)の関係である。人びとは、どんな思いでその図像を眺めたのか。「人びとの想像力や欲望、喜びや悲しみ、驚きや恐怖、快楽や苦痛を度外視したような美術史や図像学の記述は(略)何かいちばん大切なことを置き去りにしているように思われてならない」という態度表明に、私は深い感銘を受けた。

 キリストの物語は、とにかく荒唐無稽である。磔刑から3日目によみがえるという聖書の物語が荒唐無稽な上に、キリストの血と肉に変わるパンとワイン(聖体拝領)、ヴェロニカのハンカチに示現するキリストの顔、聖痕拝受、心臓の交換など、ほとんど「妄想」と呼びたいような信仰を、画家たちは具象化してきた。豊富な図版は驚きの連続である。そして、著者はそれらのイメージを読み解くするため、修道士や修道女たちが言葉で書き残した多くのテキストを参照している。

 神戸市博物館が所蔵するフランシスコ・ザビエル像は、捧げ持つ十字架の基部に心臓らしきものが描かれている。神に心臓を捧げることは、愛(信仰)のメタファーであったそうだ。著者の言うように、バレンタインデーに恋人に贈るハート形のチョコレートも、この習慣の遠い名残りかもしれない。キリストの聖痕をめぐる、エロチックで、ジェンダー転倒的な想像力の展開も興味深かった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする