○武田雅哉『<鬼子>たちの肖像:中国人が描いた日本人』(中公新書)中央公論社 2005.9
わ~い、武田雅哉さんだ! なじみの著者の新刊を見つけると心が躍る。これまで、黄河の源流を描いた古地図、清末の絵入新聞、文化大革命時代のプロパガンダ・ポスターなど、さまざまな視覚イメージを素材に、ユニークな中国文化論を展開してきた著者が、本書で取り上げるのは鬼子(グイヅ)、すなわち、抗日戦争時代に、中国人が見た日本人の姿である。
そもそも中国人の認識では、中国文明の及ぶ範囲に住んでいる者だけが「人」であり、その外部に住まう異民族は「鬼(き)」または「傀(かい)」(なんだ、この字は!)であった。
歴史をざっとおさらいすると、1世紀、『漢書・地理志』に有名な「楽浪海中に倭人あり」という文言が現れる(それ以前の『山海経』にも「倭」と呼ばれる土地が登場するが、これが現在の日本を指すかどうかはあやしい)。10世紀の『旧唐書』に「日本伝」が出現し、以後、清朝末期まで、日本は「日本」または「東洋」「東瀛(とうえい)」と表現されてきた。
ところが、日清戦争が始まるや、日本人は「倭人」「倭民」と書かれることが多くなる。日本の天皇は「倭王」「倭酋」、皇后は「倭后」である。この時期に描かれた日本人の肖像は、破廉恥、卑賤、淫乱、暗愚、狡猾で、戦争プロパガンダの常道どおりである。
戦争終結後、中国側には、清国が敗れた原因を冷静に分析し、むしろ日本に学ぼうとする知識人があらわれた。日本を悪の権化のように描くプロパガンダ報道は消え、「倭」は再び「日本」に回帰する。
本書がいちばん多く実例を挙げ、ページを割いて説明しているのは、この日清戦争前~戦中~戦後の日本人の肖像である。それから、紆余曲折を経て、日本人は、より強烈な罵倒語の「鬼子」で呼ばれるようになるわけだが、この興味深い過程は、残念ながら、本書ではすっぽり抜けている。ちょっと看板倒れの感は否めない。いずれ稿を新たにする、という著者の言葉を記憶に留めて、他日を待ちたいと思う。
ただ、冒頭の1章だけが、抗日戦争期のチラシ、ポスター、連環画、および、その後の映画やテレビドラマにおける「鬼子」の活躍ぶりを描いていて興味深い。日本鬼子のしゃべる「ヘンな中国語」は、実になるほど~である。最近の中国映画では、鬼子たちも、かなり自然な日本語を喋るようになったが、それもそのはず、日本人留学生が演じていたりする、という裏話もおかしかった。
余談になるが、『点石斎画報』復刻版(2001年)において、挿絵から「台湾民主国」の文字が消されているという、テキスト(いや、イメージ)改竄の挿話も興味深かった。中国政府の意図が、あんまり分かりやすくて爆笑である。こういうのは、著者の言うとおり、寛大な心で楽しむのがよろしい。「敵の顔」をめぐる人間の行動は、おしなべて滑稽である、と肝に銘じて。
わ~い、武田雅哉さんだ! なじみの著者の新刊を見つけると心が躍る。これまで、黄河の源流を描いた古地図、清末の絵入新聞、文化大革命時代のプロパガンダ・ポスターなど、さまざまな視覚イメージを素材に、ユニークな中国文化論を展開してきた著者が、本書で取り上げるのは鬼子(グイヅ)、すなわち、抗日戦争時代に、中国人が見た日本人の姿である。
そもそも中国人の認識では、中国文明の及ぶ範囲に住んでいる者だけが「人」であり、その外部に住まう異民族は「鬼(き)」または「傀(かい)」(なんだ、この字は!)であった。
歴史をざっとおさらいすると、1世紀、『漢書・地理志』に有名な「楽浪海中に倭人あり」という文言が現れる(それ以前の『山海経』にも「倭」と呼ばれる土地が登場するが、これが現在の日本を指すかどうかはあやしい)。10世紀の『旧唐書』に「日本伝」が出現し、以後、清朝末期まで、日本は「日本」または「東洋」「東瀛(とうえい)」と表現されてきた。
ところが、日清戦争が始まるや、日本人は「倭人」「倭民」と書かれることが多くなる。日本の天皇は「倭王」「倭酋」、皇后は「倭后」である。この時期に描かれた日本人の肖像は、破廉恥、卑賤、淫乱、暗愚、狡猾で、戦争プロパガンダの常道どおりである。
戦争終結後、中国側には、清国が敗れた原因を冷静に分析し、むしろ日本に学ぼうとする知識人があらわれた。日本を悪の権化のように描くプロパガンダ報道は消え、「倭」は再び「日本」に回帰する。
本書がいちばん多く実例を挙げ、ページを割いて説明しているのは、この日清戦争前~戦中~戦後の日本人の肖像である。それから、紆余曲折を経て、日本人は、より強烈な罵倒語の「鬼子」で呼ばれるようになるわけだが、この興味深い過程は、残念ながら、本書ではすっぽり抜けている。ちょっと看板倒れの感は否めない。いずれ稿を新たにする、という著者の言葉を記憶に留めて、他日を待ちたいと思う。
ただ、冒頭の1章だけが、抗日戦争期のチラシ、ポスター、連環画、および、その後の映画やテレビドラマにおける「鬼子」の活躍ぶりを描いていて興味深い。日本鬼子のしゃべる「ヘンな中国語」は、実になるほど~である。最近の中国映画では、鬼子たちも、かなり自然な日本語を喋るようになったが、それもそのはず、日本人留学生が演じていたりする、という裏話もおかしかった。
余談になるが、『点石斎画報』復刻版(2001年)において、挿絵から「台湾民主国」の文字が消されているという、テキスト(いや、イメージ)改竄の挿話も興味深かった。中国政府の意図が、あんまり分かりやすくて爆笑である。こういうのは、著者の言うとおり、寛大な心で楽しむのがよろしい。「敵の顔」をめぐる人間の行動は、おしなべて滑稽である、と肝に銘じて。