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見もの・読みもの日記

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中国SFの傑作映像化/中華ドラマ『三体』

2023-02-11 14:46:25 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『三体』全30集(上海騰訊企鵝影視、中央電視台他、2023年)

 世界中で読まれている中国のSF小説、劉慈欣の『三体』(三部作の第1部)をドラマ化したもの。日本語訳は2019年に出版され、私もすぐに読んで堪能した。中国でこの作品が映像化されると聞いたときは、正直不安しかなかったが、いま全編を見終えて、少なくともこの第1部に関しては文句なしだと思っている。

 演員は実力派を揃えた最高の布陣だった。退役軍人で警官の史強を演じたのは于和偉。小説を読みながら、実写化するなら于和偉がいいなあと思っていたので、配役を聞いたときは飛び上がるほど嬉しかった。原作ではもう少しゴツい見た目に描かれているが、粗野で、人たらしで、頭の回転が速く、決断力と行動力に富む魅力が十二分に再現されている。

 ナノマテリアルの研究者で、三体人の標的となる大学教授・汪淼を演じたのは張魯一。男性的な魅力も表現できる俳優さんだが、この作品では、おかっぱみたいな髪型といい、ほぼシャツインの服装といい、真面目で繊細な科学者を演じていた。印象的だったのは、自分の開発したナノワイヤ「飛刃」が大型タンカー(とその乗組員たち)をスライスする様子を遠望したときの、恐怖と緊張とさまざまな困惑に凝り固まった表情。原作にも描かれているのだけれど、映像では想像の余地が何倍にも膨らむ気がする。

 汪淼は、最初は嫌っていた史強に対して少しずつ信頼と尊敬を深めていく。ETO(地球三体組織)の討論会に潜入した汪淼を救出し、ETOを制圧するために乗り込んだ史強は、任務を完遂するが、小型の核爆弾に被爆する。そのあと、救急車の窓ガラス越しに硬い表情で史強にVサインを示す汪淼に萌えた。この二人、ずっと身体的な距離は遠いのだが、最終話、三体人がすでに地球に「智子」(ミクロスケールのコンピュータ)を送り込んでおり、地球人の科学の敗北が決定的であることが判明して、絶望に酔いつぶれた汪淼が、訪ねて来た史強にとうとう抱きつく。二人の距離がゼロに縮まった瞬間で、おじさん二人の抱擁シーンにやられてしまった。

 小説ではあまり印象に残らなかった常偉思(林永健)もよかった。軍服を脱げば、どこにでもいる普通のおじさんっぽい雰囲気。中国人にとって有能な職業軍人とはこういうイメージなのかな、と思った。葉文潔(老年:陳瑾)、申玉菲(李小冉)、魏成(趙健)も難しい役を印象鮮やかに演じていた。

 途中から小説本を引っ張り出して比較してみたら、ドラマはかなり原作に忠実につくられていることが分かった。たとえば、葉文潔が出産後しばらく紅岸基地を出て斉家屯の農民たちと暮らした逸話などは、ドラマオリジナルかな?と思ったら、私が忘れていただけでちゃんと原作にあった。「古筝作戦」を提案した史強にアメリカ人の大佐が葉巻をケースごとプレゼントするシーン、最終話、イナゴの群れ飛ぶ麦畑で汪淼たちが虫に乾杯するため(とドラマでは言葉にしないけれど)酒を大地に注ぐシーンも完全な「原作の映像化」だった。

 一方、原作では具体的な活躍のない女性警官の徐冰冰を史強のアシスタントとして肉付けしたのはよい改変。ネットジャーナリストの慕星は完全なオリジナルキャラだが、巧く機能していたと思う。葉文潔に従う武道の達人・陳雪もオリジナルかな? 全体に女性の登場・活躍シーンを増やしているように思う。汪淼の子供も原作では息子だが、ドラマでは女子になっていた。

 エピソードの順序も基本的には原作(中国語版)に従っているようだ。日本語版『三体』は英語版をもとにしているため、はじめはちょっと戸惑った。英語版および日本語版では、過去パート(葉文潔の少女時代)がある程度示されてから現代パートに入るが、中国語版は、次々に謎の事件が起きる現代パートから始まる。日本語版『三体』の「訳者あとがき」に大森望さんが「ケン・リュウも語るとおり、エンターティンメントとしてはそちらのほうが読みやすいかも」と書いており、納得できた。

 なお、ドラマの葉文潔には「紅衛兵への復讐を全人類への復讐で代えようと思った」というセリフはあるが、英語版の冒頭にある、葉文潔の父親が紅衛兵に暴行され落命するシーンは映像化されていない。そのため、葉文潔の私的な体験に基づく絶望の深さが伝わりにくいのは残念で、ETOの人々が三体人の降臨を待望するのは、エヴァンズや生物学者の潘寒が主張する、科学文明による生態系の破壊という、抽象的な理由だけになってしまっている。

 しかし映像の完成度は素晴らしい。興安嶺の山峰に立つ巨大なレーダー(パラボラアンテナ)。1960-70年代中国の科学者の日常。ゲーム「三体」で繰り広げられるおかしな世界。全てリアリティがある。現代パートでは、中国国家機関の加速器施設やナノサイエンスの研究所がロケに協力しているらしい。要塞のような外観のADC(アジア防御理事会)作戦中心は寧波博物館とのこと。いつか訪ねてみたい!

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中国の地方公務員たち/中華ドラマ『県委大院』

2023-01-21 23:37:52 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『県委大院』全24集(正午陽光、2022年)

 大好きな正午陽光の制作だが、今回はちょっと期待外れだった。ドラマは、2015年(中国では、十九大=中国共産党第十九次全国代表大会の前と表現する)から始まる。主人公の梅暁歌(胡歌)は光明県の県長に着任することになった。日本ふうに県長と書いてみたが、中国の地方行政のトップは、その行政単位に置かれた共産党組織のトップ(書記)であるらしい。劇中で主人公は「梅書記」と呼ばれている。一方、主人公の片腕をつとめる女性の副書記・艾鮮枝は艾県長と呼ばれていた(ややこしい)。

 光明県は、北岳省新州市の一部という設定なので、北岳恒山のある山西省をイメージしながら見ていた。県庁のある中心地はそこそこ都会だが、貧しい山間部や農村部も抱えている。隣りの九原県が積極的に投資家を呼び込み、成功しているのに比べると、財政的には豊かといえない。

 このような状況で、梅書記と県庁(県委員会)の人々は、さまざまな問題に直面しながら、それを乗り越えていく。再開発地区で立ち退きを拒否して居座る家族を説得し、先祖の墳墓の移転をしぶる人々に理解を求め、病院の退職金不払い問題を解決し、過去の統計の粉飾を是正し、省の視察団を無理やり足止めして光明県の乳牛飼育基地を見てもらい、予算獲得につなげたり…。その乳牛飼育基地で乳牛の偽装が発覚し、SNSで炎上したときは、誠実な対応で逆に光明県の評判を高めたりする。

 ライバル九原県の曹書記(梅暁歌の学生時代からの友人という設定)が、違法すれすれの「剛腕」で、省の予算や企業家の投資を攫っていくのに比べると、光明県のやりかたは穏やかだが、彼らも必死である。予算獲得のため、礼儀正しく愛嬌をふりまきながら戦う姿を見ていると、あ~公務員の仕事は、どこの国でも変わらないなあとしみじみ思った。

 本作のもうひとりの主人公は、梅書記の着任と同時に県庁に就職した若者・林志為で、次第に仕事を覚え、上司に認められていく。彼の仕事が、基本的に資料を読み、資料を作成する(幹部が話す原稿を幹部に代わって書く→上司に添削されながら書き方を覚える)ことなのも、日本の事務職と同じだと思った。

 ドラマの後半では、この林志為くんが希望して赴任した、鹿泉郷長岭村という農村が主な舞台になる。経験豊かな村主任のおじさん・三宝と組んで、村の行政に携わることになるが、書類仕事から一転し、村民の日常生活のあらゆるサポートが任務になる。まずは注がれた酒を飲まないと相手にされないとか、都会と田舎の習慣の違いに戸惑う林志為くんが面白い。

 その後、長岭村では村民の体調不良が続発する。林志為は、調査の結果、九原県の鉱産企業の汚染排水が原因であることを突き止め、村民を原告とする訴訟を起こす。第一審は根拠不足で敗訴したが、第二審では賠償を勝ち取ることができた。梅書記は、光明県の農業の健全な発展のため、蔬菜大棚(ビニールハウス?)と大規模化農業を成功させた蒋新民に教えを請い、企業家の鄭三に投資を約束させる。そして、役割を終え、任期を全うした梅書記は、静かに光明県を去り、妻の喬麦の待つ家庭に帰っていく。

 中国の地方行政(基層行政)の仕組みについて知るには、なかなかいい教材だと思うが、ドラマとしては、エピソードを盛り込み過ぎで、全て簡単に解決してしまうので深みに欠ける。魅力ある敵キャラもいない。汚染企業が、新州市の馬市長とつながっていると分かったときは、ドロドロした政治闘争になるのかな?と思ったが、馬市長はあっさり消えてしまった。中国では要人が姿を見せなくなると、人々はその失脚を悟るようだ。

 制作元の正午陽光公司は、共産党のプロパガンダドラマでも、必ず面白い作品に仕上げてきたのだが、今回の失敗は気になる。変に制約が厳しくなっていなければいいのだけれど。なお、本作は、中国ドラマ好きにはおなじみの名優さんがあちこちに出演しているので、それを探すのは楽しかった。

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家族の秘密/中華ドラマ『回来的女児』

2023-01-02 21:08:57 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『回来的女児』全12集(愛奇藝、2022年)

 年末に見たもの。愛奇藝「迷霧劇場」の新作である。このシリーズは、2020年の諸作品が名作すぎて、どうしても点が辛くなってしまうが、本作はまあまあ合格点だと思った。以下【ネタバレあり】であらすじを紹介する。

 舞台は、1997年、坂の多い田舎町である潭岭県(架空の町、広州に近いらしい)。李承天と廖穂芳の夫婦は、脳に障害のある息子・李文卓(20歳くらい)と暮らしていた。彼らには、もうひとり13年前に4歳で失踪したきりの李文文という娘がいた。ある日、夫婦のもとに李文文を名乗る少女が戻ってくる。彼女の正体は、孤児院を脱走してきた陳佑希。同じ孤児院で育った小秀が、李承天一家に文卓の保母兼家政婦として就職したが、少し前に姿を消してしまっていた。陳佑希は、親友の小秀の行方を探すべく、彼女から手紙で知らされた話をもとに、李文文に成りすまして、李承天一家に潜入したのである。ずっと小秀に憧れていた、ちょっと頼りない青年・程威も陳佑希に協力することになる。

 やがて李承天一家の秘密が少しずつ明らかになっていく。妻の廖穂芳には、医薬品の販売等で成功した王重江という恋人がいた。李承天は、文卓が王重江の子供であると分かっていて、廖穂芳と結婚したのである。廖穂芳と王重江の関係が続いていることを、小秀は偶然知ってしまった。そして小秀から、妻の醜聞の口止め料を要求された李承天は、カッとなって小秀を殺してしまい、妻とともに遺体を始末した。もはや陳佑希が娘の李文文でないことに気づいた李承天は、そのように小秀の失踪の「真相」を語った。

 全ての元凶は王重江であると説く李承天、その主張を受け入れた陳佑希と程威は、文卓を誘拐したことに見せかけ、復讐のため、王重江をおびき寄せる。一枚上手だった王重江は彼らの計略を見破り、廖穂芳につきまとい続けてきた李承天を𠮟りつける。陳佑希を守ろうとした程威は、王重江と揉み合いになり、王重江を殺害してしまった。李承天は、遺体を車ごと海に沈めて証拠隠滅を図ったが、数日後に発見されてしまう。

 廖穂芳は王重江の死に不審なものを感じるが、最愛の息子・文卓を守るには、自分も夫も罪に問われるわけにはいかないと考えていた。李承天は、息子の将来を案じる妻の気持ちを利用して偽証を誘い、王重江殺害の罪を程威に着せようとする。しかし、ずっと事件を追ってきた警察官の程旭(程威の兄)はついに真相にたどりつく。

 逮捕された李承天は、何とか死刑を回避し、いつか本当の娘の李文文が戻ってくるのを待ちたいと嘆願する。しかし李文文は、すでに13年前、強盗犯によって自宅で殺害されていた。現場を発見した廖穂芳は、幼い文卓が犯人ではないかと疑い、その遺体を隠していたのだった。絶望する李承天。やっぱり中国人にとっては、自分の血のつながる子供だけが本当の子供という意識が強いのかなと思った。救いようのない結末だが、いちおうドラマは、孤児院を卒業した陳佑希が開いた美容院を文卓が手伝っており、そこに刑期を終えた程威が訪ねてくるという、明るい未来を感じさせるシーンで終わる。

 序盤で怖さ・胡散臭さ全開だった廖穂芳や王重江の印象が、気がつくと好転しているのと逆に、気の弱い優しいパパだった李承天が、じわじわと本性を現わしていくのが本作の見どころである。出演している俳優さんはみんな巧い。事件の根本は男女の不倫関係なのだが、妙に現代風にせず、いかにも90年代中国の片田舎のおじさん・おばさんに造型している(ファッションや髪型など)のが、味わい深かった。警官コンビの老彭(銭漪)と程旭(代旭)はどちらも好きな俳優さん。特に代旭さんが好きなので、程旭がんばれ~と応援しながら見ていた。なお、愛奇藝(iQIYI)では「戻ってきた娘の秘密」というタイトルで、日本語字幕版も同時公開されている。私は中文字幕版で視聴したが、すごい時代になったものだ。嬉しい。

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皇帝と「官場」の人々/中華ドラマ『天下長河』

2022-12-31 23:50:00 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『天下長河』全40集(湖南衛視、芒果TV他、2022)

 配信開始前は全く注目していなかったが、本国でも日本の中国ドラマファンの間でも、やたら評価が高いので見てみたら、かなり私好みの作品だった。清・康熙帝時代の黄河治水を扱った作品である。

 康熙15年、長雨により黄河が氾濫し、多くの死者を出した。黄河の治水に腐心していた安徽巡撫の靳輔は責任を問われ、都に護送される。その途中、独創的な治水の方策を語る陳潢という青年に出会う。陳潢は、徐乾学、高士奇という兄貴分とともに科挙を受験するため、上京するところだった。三人のうち徐乾学だけが、探花(第三位)という好成績で科挙に合格するが、あとの二人は不合格。徐乾学と高士奇は、宮廷を二分する実力者、索額図と明珠にそれぞれ取り入ろうとする。学問だけの徐乾学よりも、万事如才のない高士奇のほうが上手く立ち回り、康熙帝に目をかけられ、一気に索額図・明珠に並ぶ高官に取り立てられる。

 陳潢は官途をあきらめ、乞食のような恰好で黄河沿岸をうろついていたところを、お忍びの康熙帝に見出される(このへんはドラマ)。陳潢の献じた著作を読んで、彼の才能を理解する皇帝。また陳潢は、黄河氾濫の元凶が貪官たちの手抜き工事であることを示して、処刑されかかった靳輔を救う。

 都に戻った康熙帝は寝宮に靳輔を招き入れ、壁に「三藩」「漕運」「河務」と朱書した紙が貼ってあるのを見せ、「朕が必ず成し遂げたい三つの大事である」と説く。そして靳輔を河道総督に任じ、人事権と兵権を与え、予算をつけ、さらに陳潢を幕僚とすることを許す。靳輔と陳潢は、貪官や土豪たちと戦いながら、大工事を一歩一歩進めていく。しかし全工程の三分の一を残した康熙21年、秋の長雨によって黄河は再び決壊の危機に陥る。靳輔と陳潢は桃源県の県民を避難させ、先んじて堤防を切ることで大決壊を避けようとしたが、桃源県の県令・于振甲はこれを肯んじない。結果的に、江蘇・山東・安徽三省に飢餓・疫病を含む大災害を引き起こしてしまった。

 靳輔・陳潢は罪を認めて治水工事を続け、黄河を海に導く最後の行程にたどりつく。しかし、台湾出兵で厳しい財政の折、より安価に治水を実現できるという于振甲の献策に康熙帝の気持ちが揺らぐ。さらに索額図・伊桑阿らは、治水によって生まれた田地の利権を明珠と靳輔が私物化していると訴え出る。裁判の場で、明珠は逆に索額図の不行跡を指摘してやりこめるが、要職からは失脚。高士奇も康熙帝の寵を失う。靳輔は横領の証拠はなかったものの監督不行届で免職となる。陳潢は獄神廟(監獄の中の神廟)に閉じ込められたまま月日が過ぎ、むかしの仲間、徐乾学と高士奇が見守る中で病没する。

 黄河治水の最後の行程を引き継いだ于振甲は、またも大決壊を招く。康熙帝は、陳潢が死の直前に書き上げた『河防述要』を与えて河務を続けるように命じる。于振甲は、自分の不見識を認め、靳輔・陳潢の方策に切り替えて工事を完遂する。康熙28年、皇帝は南巡船の上で靳輔・于振甲とともに昔日を思い、陳潢の著作に「河防述言」の題字を与える。

 基本的には「黄河治水」をテーマに物語は進む(色恋沙汰の彩りとか一切なし)。氾濫を避けるには川幅を広げればいいように思うが、陳潢の方策は、むしろ川幅を狭め、流水の速度を上げることで、上流からの土砂を押し流そうというものだ。黄河の「漕運」は、歴代皇帝にとって軍事・物流上の重要課題だった。さらに康熙帝にとっては、草原の民である満州族が、漢民族の土地を支配する正統性を問われる問題だったのではないかと思う。

 治水の天才・陳潢は、政治にも権力にも全く関心のない技術バカである。親子ほど歳の違う靳輔は、もう少し「官場」の泳ぎ方を分かっており、陳潢を守ろうとするがうまくいかない。康熙帝は海千山千の官僚たちと渡り合いながら、靳輔・陳潢を支援し続けるが、最後に判断を誤って于振甲の献策を採用してしまう。けれども決して過誤を認めることができないのが、皇帝のつらいところ。ドラマは白髪になった康熙帝が「河伯廟」に立ち寄り、靳輔・陳潢らしき銅像を見上げる姿で終わる。これを、民衆の神になった靳輔・陳潢に対する康熙帝の敗北と見る解釈もあるけれど、私は「河伯」陳潢は、康熙帝にとって、もうひとりの自分だったのではないかと思っている。

 康熙帝を演じた羅晋は、頭脳明晰で快活な青年皇帝が、次第に孤独と自尊心に蝕まれていく姿が凄絶で大変よかった。明珠と索額図の口先だけ慇懃な掛け合いも面白かったが、私は徐乾学と高士奇の腹黒さが特に気に入っている。高士奇を演じたのは『軍師聯盟』の汲布の陸思宇さんなのだが、こんなに芸達者で声がいい(!)とは思っていなかった。

※以下、登場人物の歴史上の生没年のメモ。ドラマは、かなり創作を交えていることが分かる。まあ「歴史伝奇劇」とうたっているので、全然かまわないが。

徐乾学(1632-1694)康熙8年の探花
靳輔(1633-1692)
納蘭明珠(1635-1708)
索額図(1636-1703)
陳潢(1637-1688)
于振甲(成龍)(1638-1700)
高士奇(1645-1703)
康熙帝(1654-1722)

※もうひとつ補足。明~清初(1855/咸豊5年まで)の黄河の経路は現在と全く異なり、山東半島の南側、現在の江蘇省を通って黄海に注いでいたことを、ドラマを見終わってから、初めて把握した。日本語の参考図書や論文も出ているようなので、読んでみたい。

参考:古賀邦雄「黄河は流れる」(ミツカン水の文化センター)

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家族のかたち/中華ドラマ『喬家的児女』

2022-11-30 22:19:27 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『喬家的児女』全36集(東陽正午陽光、2021年)

 新作ドラマの見たいものが途切れたので、気になっていた1年前の話題作を見てみた。中国ドラマファンにはおなじみ、東陽正午陽光の制作で、さすが期待は裏切られなかった。

 始まりは1977年、南京市の陋巷に暮らす喬租望夫妻と長男・一成、次男・二強、長女・三麗、次女・四美の四人兄弟たち。ところが母親は五番目(三男)の七七を産んだ直後に亡くなってしまう。七七は叔母の家に引き取られ、自堕落で生活力のない父親に代わって、長男の一成が弟妹たちを守り育てる責任を一身に引き受けることになる。と言っても、貧乏の苦しさがあまり描かれないのは、中国社会がどんどん豊かになっていく時代を背景にしているせいかもしれない。ストーリーの中心となるのは、成人した四人兄弟の愛情・家庭生活である。

 一成(1965年生)は、師範大学でジャーナリズムを学び、電視台(テレビ局)に入社する。新聞記者の葉小朗と結婚するが、海外生活を目指す小朗は、実家を棄てられない一成を置いて一足先に出国してしまう。やがて小朗の希望で離婚を受け入れた一成は、のちに共産党の上級幹部の娘である項南方と再婚する。

 二強(1969年生)は、勤め先の工場で彼の「師父」となった人妻の馬素芹に一目惚れして純愛を捧げる。のちに兄嫁・葉小朗の紹介で書店員の孫小茉と結婚するが、結婚生活はうまくいかない。結局、再会した馬素芹と、周囲の反対を押し切って再婚し、馬素芹の連れ子にも慕われて、幸せな家庭を築く。

 三麗(1971年生)は、幼少の頃、性暴力に遭いかけたことがあり、異性関係に臆病になっていたが、心優しい王一丁に出会って、彼の愛情を受け入れる。王一丁の家族の無理解、子育てをめぐる姑との意見対立、王一丁の怪我などの困難を地道に乗り越えていく。

 四美(1973年生)は、猪突猛進型のロマンチスト。軍人の戚成鋼を赴任先のチベットまで追いかけていき、結婚して女子を儲ける。しかし戚成鋼の浮気が発覚し、離婚してシングルマザーとなる。後悔して復婚を望む戚成鋼とは一定の関係を保ち続ける。

 このほか、七七は学生時代に同級生の女性に迫られて子供ができ、結婚するが、離婚に至る。七七を引き取った魏おばさんは、おじさんの死後、再婚。四兄弟の父親・喬祖望も、財産目当ての阿姨(家政婦)に騙されて再婚を決意しかけるなど、目まぐるしくて飽きない。

 私は、ある家族に焦点を当てつつ現代史を描く中国ドラマが好みである。『大江大河』しかり『人世間』しかり。これまで見てきたドラマは、共産党の政策が、主人公たちの人生の重要なターニングポイントとして描かれていた。しかし本作は、政治経済的な背景はほとんど描かれず、主人公たちは、恋と家庭生活に右往左往しているうちに、なんだか豊かになっていく。この半世紀の中国庶民の実態は(特に政治の中心・北京以外だと)そんなものかもしれない。一成の再婚の披露宴で、新婦・項南方の実家が党の幹部だと知った喬祖望が、急に共産党礼讃・国家礼讃のスピーチを始めるのが、とってつけたようで可笑しかった。

 私は四人兄弟の中では四美(宋租児)が大好きだった。お馬鹿で我儘で口が悪いが、自分の愛するもののためには信じる道を突き進む強さがある。しかも涙もろくて可愛い。まあ日本の朝ドラだったら大炎上のキャラだろう。しかし努力家で控えめな三麗(毛暁彤)も芯の強い性格だし、登場する女性はみんなそれぞれ強いと思う。

 男性陣では二強(張晩意)が幸せになってよかった。一強(白宇)は、兄弟思いで責任感が強い典型的な長男タイプだが、まさにそこが欠点でもある。実家のトラブルを妻に一切告げず、自分だけで解決しようとして、離婚した葉小朗だけでなく、項南方からも責められている。やっぱり中国人にとっては、姓を同じくする(幼少期を一緒に過ごした)兄弟こそ本当の「家族」で、結婚して新たに生まれる「夫婦」よりも強い絆を感じるものなのだろうか。

 我儘三昧を最後まで通した父親・喬祖望(劉鈞)も日本のドラマなら確実に炎上キャラだと思うが、押しかけ家政婦に丸め込まれそうになりつつも、住み慣れた家は息子たちに残すという、最後の一線は守ってくれてほっとした。ドラマの最終話は2005年の正月(春節かな?)、いよいよ取り壊されることになった老屋に四人兄弟とそのパートナー、子供たちが集まり、にぎやかに最後の団欒を楽しむところで終わる。家のかたちも家族のかたちも変わりゆく中国だが、本作の人気から見ると、理想はそんなに変わっていないのかもしれない。

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家族、大切なもの/中華ドラマ『消失的孩子』

2022-11-06 23:07:22 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『消失的孩子』全12集(愛奇藝、2022年)

 舞台は中国南方の都市(撮影地は寧波)の団地。サラリーマンの楊遠は、妻の陶芳と9歳になる息子の莫莫の三人暮らし。5階建ての住棟は、2戸が1つの共用階段を使う造りで、楊遠一家は402号室に住んでいた。

 冬至の朝、楊遠は息子を小学校に送るため、住棟の出口に車を寄せて莫莫を待っていた。ところが、いつまで待っても下りてこない。妻に電話をすると、もう部屋を出たという。4階の部屋を出て1階の出口へ至る階段室のどこかで、莫莫は姿を消してしまったのだ。

 捜査を担当することになったのは女性警官の張葉。幸せな家族と思われた楊遠一家だが、莫莫は多動症(ADHD)の診断を受けており、集中力がなく、成績が伸びないことを母親の陶芳は気に病んでいた。仕事に追われる陶芳は、家族で遊びに行きたいという莫莫の願いや、孫に会いたがる楊遠の両親にも冷淡だった。

 階下の302号室には、住宅設計や内装を請け負う工務店の経営者である許安正が住んでいた。許は離婚しており、中学生の娘・恩懐と二人暮らしだったが、あまり娘を構っていなかった。ある日、楊遠一家は、団地の階段に座って父親の帰りを待っていた恩懐を見かけて、自分たちの家に誘う。莫莫はすっかり恩懐になつき、毎日、放課後を一緒に過ごすようになった。楊遠夫妻も恩懐を可愛がり、夏には郊外の北湖へ泊りがけ旅行にも連れていった。

 楊遠夫妻は張警官とともに302号室の室内を見せてもらうが、莫莫の姿はなかった。しかし恩懐の挙動に不審なものを感じた楊遠は、子供たちが、大人に黙って思い出の北湖へ遊びに行こうと相談していたことを突き止める。恩懐は、あらかじめ莫莫に302号室の鍵を渡していた。学校へ行くフリをして家を出た莫莫は、無人の302号室に入って、恩懐が学校から帰ってくるのを待つ計画だった。ところが、莫莫はどこかに消えてしまったのだ。

 301号室には、足の悪い老人・袁平安と息子の袁午が住んでいた。袁午は子供の頃から過保護に育てられたため、基本的な社会適応力を欠いていた。賭事で大きな借金をつくり、家を売り、妻と娘に逃げられ、母親亡き後、父親の年金で細々と暮らしていた。ところが(莫莫の失踪の1週間ほど前)その父親が急死してしまう。袁午は医者や警察を呼ぶことができず、室内にあった大きな水槽に父の遺体を沈め、防腐処理を施したつもりで茫然としていた。

 301号室の本来の所有者は、林楚萍という若い女性だった。林楚萍は一人暮らしをしていたが、ある晩、侵入者に麻酔を嗅がされ、性的被害を受けたため、怖くなって、その部屋を格安で袁午親子に貸し出していたのだ。林楚萍の兄は、妹の同僚の呉駿を疑う。しかし呉駿はシロで、むしろ林楚萍のために犯人捜しに協力しようと申し出る。

 そして、最終的には3つの事件がひとつに収束していく。以下【ネタバレ】だが、302号室の許安正の寝室には、隣の301号室に通じる抜け道が隠されていた。莫莫はこの抜け道を伝って、301室で袁午の秘密(父親の遺体)を見てしまった。かつて林楚萍に性的暴行を加えた侵入者は許安正だった。

 要約してしまうと面白味がないが、わざと時間経過を錯綜させて、3つの事件のつながりが、じわじわと浮かび上がっていく演出はスリリングで面白かった。登場人物の中で一番キモチわるいのは袁午だが、抜け道の発覚を恐れる許安正から、莫莫を始末するよう迫られても手を下すことができない。麻雀店の女店員から「あなたの名前は、正午の陽光のような人間になることを望んで親御さんがつけたんだね」と言われて、真人間に立ち戻っていく姿がちょっと感動を誘う。

 事件はおおよそ第11話で解決してしまうのだが、最終話は登場人物たちの後日談を丁寧に描いている。恩懐は離婚した母親に引き取られる。楊遠夫妻は、恩懐の母親とも話し合い、引き続き、恩懐を家族の一員同様に面倒を見ることを申し出る。袁午の前妻は、袁午の減刑嘆願書に署名してくれるよう、楊遠夫妻に頭を下げる。そして袁午が相当の刑期を終えて出獄した日にも、出迎える彼女の姿があった。性被害の告発をした林楚萍も家族に暖かく迎えられ、新しい人生に向き合う。事件解決直後、帰宅した張警官を老いた父親が待っていて、二人だけの食卓を囲む光景もよかった。

 このドラマに描かれるのは、どこかに欠点やつまづきを抱えた不完全な家族(親子)ばかりである。しかし、傍目にはどんなに問題があっても、人間にとって自分の家族はつねに大切な存在なのだ。この世界には、完美(パーフェクト)な父母はいない、完美な子供もいない、という楊遠のつぶやきが心に残った。

 あまり知っている俳優のいないドラマだったが、袁午役の魏晨さんは覚えた。あと呉駿役の呉昊宸さんは、琅琊榜弐の蕭元啓じゃないか!ドラマに登場する「桂圓鶏蛋(湯)」(リュウガンとゆで卵の甘いスープ?)は、中国南方では冬至の定番料理らしい。もちろん家族円満を祈る意味がある。

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味のある凸凹コンビ/中華ドラマ『唐朝詭事録』

2022-11-03 22:07:48 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『唐朝詭事録』全36集(愛奇藝、2022年)

 全く注目していなかったドラマだが、本国でも日本のSNSでも評判がいいので見てみた。なるほど、なかなか面白かった。設定は唐の景雲年間(と第1話の字幕にある)、武則天の治世が終わり、中宗の復位を経て、同じく復位した睿宗の治世である。狄仁杰の弟子を以て任ずる文官の蘇無名(検死の知識もある)と、血気盛んな武官の盧凌風のコンビが、さまざまな怪事件に出会い、それを解決していく。

 4~5話で1つの事件が解決する方式で「長安紅茶」「甘棠駅怪談」「石橋図」「黄梅殺」「衆生堂」「鼍神」「人面花」「参天楼」の8つの事件が展開する。最初の「長安紅茶」は長安が舞台で、事件解決の後、蘇無名は公主(モデルは太平公主)に称賛され、南州司馬に昇格して赴任することになる。一方、盧凌風は、行き過ぎた行動が太子の不興を買い、金吾衛中郎将の職を解かれ、長安を放逐されてしまう。蘇無名は盧凌風を「私人参軍」(幕僚)として南州に伴うことにし、「長安紅茶」事件の解決に協力した、酒好きで鶏肉好きの医術の達人・費鶏師も同行することになる。また、名家のお嬢様の裴喜君は、家奴の少年・薛環を連れて、盧凌風を追いかけてくる。喜君は絵画の巧手で、このあと、彼らが旅先で出会う難事件の解決にも役立つことになる。

 この老若男女とりあわせた個性豊かなチームが、本作の魅力のひとつ。子供の頃に見ていた戦隊ヒーローものを思い出した。主人公の盧凌風は、確かに武芸に優れ、頭脳も優秀な青年ではあるものの、はじめは自負心が強すぎて他人と調和できなかったのが、チームの面々に揉まれて、少しずつ大人になっていく描き方もよい。それを見守る喜君は、ただのお嬢様でなく、きちんと自立した女性である。

 「甘棠駅怪談」「石橋図」「黄梅殺」の解決後、盧凌風は橘県の県尉に任ぜられ、蘇無名らの助力を得て「衆生堂」の事件を解決する。次に蘇無名は寧湖の司馬に転任。ここで宗教結社「鼍神社」の事件に関わり、江湖の女侠・桜桃と出会う。桜桃は、不器用だが誠実な蘇無名に惹かれて、以後、蘇無名を影ながら護衛する役割を担う。カッコいいお姉さんなのだ。事件の舞台が長安や洛陽の大都会だけでなく、いろいろ地方色に富むのも楽しい。しかし地方に出てしまうと、どの時代なのか、よく分からなくなるきらいがある。

 「人面花」は洛陽が舞台。若さと美貌を保つ秘薬として女性たちが飛びついた人面花が、実は毒薬だったことが判明する。人面花はパンジーの異名らしいが、ドラマの中では、パンジーに似た花が樹に咲いていて面白かった。そして公主も人面花の毒に当たって解毒薬を待っているという極秘の情報がもたらされ、公主と太子(モデルは李隆基=玄宗か)の対立の表面化が案じられるが、実はまわりの官僚が私欲のために対立しているだけで、両者は互いを思い合っていることが判明。中国ドラマには珍しく、心暖まる皇帝一家だった。

 最後の「参天楼」の舞台は再び長安へ。皇帝は三十三層の高層建築である参天楼(これは全くのフィクションらしい)の落成を記念して幻術大会を開催することにした。異国風の幻術師が次々に登場したけれど、やっぱり幻術といえばペルシャ人なのかな。この機会を狙って、皇帝・太子・公主を全て殺害しようとしたのは沙斯。かつて最晩年の狄仁杰が捕まえようとして取り逃がした人物だった。蘇無名らは、あらかじめ万全の予防策を施し、沙斯の計画を頓挫させた。

 全体として、謎解きの緻密さに欠けるが、怪奇趣味のぞくぞくするエピソードが多く、アクションもCGも派手めで楽しめた。あまり徹底した悪人がいないのも、悪い後味が残らなくてよい。強いていえば、最後に皇帝がその片鱗を見せていたが。沙斯は控鶴府(則天武后が男寵を集めた機関)の一員だったことになっていたり、参天楼の設計者の名前が宇文慕愷だったり(モデルは洛陽城の建設を主導した宇文愷か)、この時代の歴史の知識があると、より楽しめると思う。

 蘇無名役の楊志剛は初めて知ったけれど、好きなタイプ。食えないおじさん役がすごく似合っていた。盧凌風役の楊旭文は、2017年版『射雕英雄伝』の郭靖か。ずいぶん大人っぽくなって、キレのあるアクションを見せてくれた。あと、意外なところにベテランの俳優さんを起用しているので、それを見つけるのも楽しみのひとつだった。

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現代によみがえる武侠劇/中華ドラマ『飛狐外伝』(2022年版)

2022-10-09 23:59:47 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『飛狐外伝』全40集(騰訊視頻、2022年)

 この作品、私は原作もドラマも知らなかったので、見るべきか迷っていた。そうしたら、2000年代前半に数々の名作武侠ドラマを生み出した張紀中プロデューサーが関わっているという情報が流れてきたので、見ることに決めた。いやー面白かった!

 清の乾隆年間、山東省(原作では)の小集落・商家堡の飛馬鏢局に身を寄せる中年男と少年がいた。少年の名は胡斐。父の胡一刀は胡家刀法の使い手で、あるとき、流れ者の侠客・苗人鳳に勝負を挑まれた。激闘は数日間に及び、二人は義兄弟の契りを結んだが、最後の日、互いに武器を交換して戦った際、胡一刀は自分の刀に塗ってあった毒に倒れ、夫を救おうとした胡夫人も絶命して、赤子の胡斐が従僕の平四に残された。平四は、胡家刀法の家伝書の一部をやくざ者の閻基に奪われたものの、商家堡に身を潜め、胡斐の成長を待っていた。

 その閻基が商家堡に現れる。平四は家伝書を取り返そうとして、逆に閻基に殺されてしまう。助けようとした胡斐も追いつめられ、意識を失って川を流されていたところを苗人鳳に助けられる。

 商家堡の商老太は、かつて夫を苗人鳳に殺されたことを深く恨んでいた。都の貴公子・福康安(乾隆帝の落胤)が大勢の侍衛を連れて下ってきたのを幸い、彼らに苗人鳳を殺してほしいと頼む。福康安が、飛馬鏢局の一人娘・馬春花に一目惚れし、逢瀬を楽しむ間、侍衛たちは苗人鳳に挑んだが歯が立たない。業を煮やした商老太は、彼らをまとめて鉄板の檻に閉じ込め、焼き殺そうとした。それを救ったのは胡斐少年だった。

 5、6年後、青年となった胡斐は、袁紫衣という武功高手の少女と出会う。二人は意気投合し、仏山鎮を牛耳る鳳天南から、善良な鍾阿四を救おうとするが、罠にはまって九死に一生を得る。袁紫衣は人事不省となった胡斐を韋陀門に運び、治療を受けさせる。次第に袁紫衣に惹かれていく胡斐だが、なぜか袁紫衣は姿を消す。旅を続ける胡斐は、行きずりの太極門の内紛に巻き込まれるが、紅花会の趙半山の知遇を得、苗人鳳宛ての封書を託された太極門の孫剛峯に同行する。

 苗人鳳は、南蘭という女性と夫婦になり、女児の若蘭が生まれたが、胡一刀夫妻の死の真相を求めて家を空ける日々が続いていた。あるとき、苗人鳳の弟分を名乗る田帰農から「苗人鳳は死んだ」と聞かされた南蘭は衝撃を受け、優しい態度を見せる田帰農に惹かれていく。やがて苗人鳳は帰ってきたが、南蘭は田帰農を選ぶ。以後、苗人鳳は幼い若蘭を男手で養っていた。そこに紅花会の封書を持って訪ねてきたのが胡斐たち。しかし封書はすり替えられており、封を切ると毒粉が噴出し、苗人鳳は失明してしまった。

 胡斐は、毒手薬王と呼ばれる名医を探しに行き、その弟子である程霊素という少女を連れ帰る。程霊素の尽力で、苗人鳳の眼の治療には見通しがついたが、苗人鳳こそ両親の仇と信じる胡斐は苦悩する。程霊素から、両親の仇は別にいるはずと聞き、二人は都に向かう。都では掌門人大会が開催されることになっており、武功高手たちが集まっていた。その実、宮廷の役人たちは、賄賂と賭け(八百長)で一儲けすることしか考えておらず、福康安と乾隆帝は、宮廷の脅威である江湖の実力者たちを一網打尽にする計画だった。

 胡斐は鳳天南を見つけ、ついに鍾阿四一家の仇を討つ。だが、めぐりあった袁紫衣は、胡斐を避け続ける。袁紫衣は鳳天南の私生児だった。袁紫衣は、実父の遺体を埋葬したことを福康安にとがめられ、師父に命じられるまま、剃髪する。

 田帰農は、どうしても掌門人大会で優勝したいと考え、胡一刀夫妻の墓所に埋められていた宝刀を盗掘する。さらに若蘭を人質として苗人鳳を拘束することに成功し、これまでの鬱屈と嫉妬をぶちまけ、毒入りの封書にすり替えたのも、胡一刀の刀に毒を塗ったのも自分の指図であることを明かす。盗み聞きで真実を知った南蘭は、田帰農が都へ旅立った後、危険を冒して苗人鳳を助け出す。

 掌門人大会では、華拳門の掌門を名乗る胡斐が連戦連勝。そこに尼僧姿となった袁紫衣が登場する。袁紫衣は勝負のフリをしつつ、会場を囲んだ官軍の鉄砲隊を胡斐に見せ、福康安のたくらみを伝える。遅れて乗り込んできた田帰農は、毒を塗った刀で胡斐を倒し、勝者の玉龍杯を手に入れたかに見えた。しかしそこに登場するのが苗人鳳。田帰農を討ち果たし、胡斐たちを逃がして「侠」を全うする。もう少しドラマは続くのだが、ここまでにしておこう。

 やはり一番心を掴まれたのは、田帰農を討つ苗人鳳のセリフ「所守者道義、所行者忠義、所惜者名節、這才是江湖」である(三句目までの出典は欧陽修)。最後がカメラ目線なのはサービス(笑)かと思ったが、後ろにいる胡斐に聞かせているんだな。このあと、福康安は馬春花が設けた双子の男児を引き取ろうとするが、子供たちは胡斐のもとに残りたいという。福康安は、せめて今後の守り札として皇帝の書付を贈ろうとするが、胡斐は、苗人鳳の言葉を静かに繰り返し、紙切れなど必要ないと断る。このドラマは「侠」の精神が生きる江湖と、そうでない宮廷・官界が徹底して対比的に描かれているように思った。その境界を越えて、江湖の女性を愛してしまった福康安には同情を感じた。

 本作は、原作をかなり現代風に改変しているのではないかと思う。女性キャラは、それぞれ自我があって魅力的で、自然な感情移入ができた。主人公の胡斐(秦俊傑)は鈍感のお人よしだが、正義感はブレないので、イライラしなかった。見る前は知らない俳優さんが多かったのだが、みんな好きになった。胡斐の少年時代を演じた張子豪くん、またどこかで会いたい。含蓄に富むセリフ、言葉でなくわずかな表情で全てを表現するシーンが多いのもよかったし、アクションも現実味があってスリリングだった。あと音楽もよかったな~。

 苗人鳳を演じた林雨申さん、最終回配信後のSNSで、上述のセリフに触れたあと「苗人鳳、為承諾為情誼不顧一切、為正義為侠義在所不惜、流言紛擾止於耳、是非黒白立於心、這才是真正的強者、是我心中真正的侠」とコメントしていたのに感激した。井波律子先生が『中国侠客列伝』で述べていた「侠」の精神とも重なるように思う。

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情と理想主義/映画・キングメーカー 大統領を作った男

2022-09-17 23:18:19 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇ビョン・ソンヒョン監督『キングメーカー 大統領を作った男』(シネマート新宿)

 韓国の近現代史(政治史)を素材にした映画って、どうしてこんなに面白いんだろう。本作の主人公は、第15代韓国大統領となった金大中(キム・デジュン)の選挙参謀だった厳昌録(オム・チャンノク)をモデルにしている。

 キム・ウンボム(モデルは金大中)は民主政治の実現を目指して、野党・新民党から国政選挙に立候補しては何度も落選していた。1961年、木浦の補欠選挙でも、与党・共和党の圧倒的な物量作戦の前に苦戦していたが、ある日、選挙事務所に一人の男が訪ねてくる。北朝鮮出身のソ・チャンデ(モデルは厳昌録)は、キム・ウンボムの理想に共鳴し、必ず先生を国政の場に送り出したいと申し出る。そして、公式には組織に所属しない「影」の選挙参謀として、奇想天外な戦略で民心を掴み、キム・ウンボムを議員に押し上げる。

 1970年、大統領選を控えて、野党・新民党では大統領候補を指名する選挙が行われることになった。与党・共和党は、戦いやすい相手である新民党総裁カン・インサンをひそかに支援する。しかし新民党内部では、次代を担う若手議員、キム・ウンボム、キム・ヨンホ(モデルは金泳三)、イ・ハンサン(モデルは李哲承)の三人が立候補を表明する。下馬評ではキム・ヨンホ有利と考えられていたが、焦るイ・ハンサンを手玉にとったソ・チャンデの心理作戦で、キム・ウンボムが大統領候補の座を獲得する。

 翌年の大統領選に向けて脅威を感じた与党・共和党は、ソ・チャンデの抱き込みにかかる。一方、「影」の存在であることに不満を感じ始めていたソ・チャンデ、ソ・チャンデの手段を選ばない(民衆を信頼しない)やりかたに違和感を抱くキム・ウンボムの間には、徐々に亀裂が生じていた。そしてソ・チャンデはキム・ウンボムのもとを去り、大統領選では与党のために奮戦することになる。現職のパク大統領とキム・ウンボムの戦いを「慶尚道と全羅道の戦い」と称して、国民の愛郷心を煽った作戦があたり、慶尚道(人口が多い)の出身であるパク大統領が勝利を収める。しかしソ・チャンデは、それ以上、与党のために働くことを拒否して姿を消す。

 そして年月が流れ、初老のソ・チャンデは、場末の安酒場でキム・ウンボムと対面し、まだ理想を追いかける彼の姿を眩しそうに見つめる。そんな終わり方だったと思うのだが、このラストがいつ(金大中が大統領になった後か否か)の設定だったか、把握できなかった。でも全編を通して、とても面白かった。

 1960~70年代の韓国の選挙の実態がひどかったことは初めて知った。しかし、木浦の補欠選挙では、ソ・チャンデの無茶苦茶な票固め戦略が描かれるけれど、それを対立候補に指弾され、形勢が悪くなりかかったところで、民心をつかみ直すのは、キム・ウンボムの演説の力なのだ。そもそもソ・チャンデ自身が、キム・ウンボムの演説に惹かれてやってくるので、「言論」や「主義」の力を根底では信じている映画だと思う。

 あと、政治の世界に身を置く男たちの「情」の深さ。それをイケメン(年代問わず)が演じるのが、韓国政治映画のおもしろさである。日本の戦後政治を描いても、残念だが、こういう魅力的な映画にはならないだろう。ソ・チャンデを演じたイ・ソンギュンさん、いい声だなーと思ってぼんやり見ていたが、『パラサイト』の社長さんか。キム・ウンボムを演じたソル・ギョングさんは、理想主義の政治家らしい雰囲気で、演説にも迫力があった。

 ただ、ちょうど私が映画を見た直後に、政治学者の木村幹さんがつぶやいていたところでは、本作は史実そのままでなく、かなりフィクションが混じっているようだ。

 金大中の選挙参謀・厳昌録について、いちばん参考になったのは以下の記事。ネットでこういう記事が拾えるのはありがたい。

※一松書院のブログ:キングメーカー 厳昌録-東亜日報「南山の部長たち」より(2022/8/1)

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捨て子の成長物語/中華ドラマ『神鵰侠侶』(2006年版)

2022-09-03 23:54:01 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『神鵰侠侶』全41集(張紀中制作、重慶衛視、2006)

 今年のヒットドラマ『夢華録』を見たあとで、そういえば私は、劉亦菲が主演した『神鵰侠侶』見てないんだよなあ…と思ってネットを検索したら、Youtubeに全編搭載されているのを見つけたので、視聴してみた。ところどころ音声が飛ぶ不完全版だったが、まあ概要を把握するには困らなかった。

 物語は『射鵰英雄伝』の後日談である。郭靖・黄蓉夫妻は、楊康・穆念慈の遺児・楊過と出会い、彼を育てることにする。楊康との因縁から武術を教えることはせず、終南山の全真教に預けることにした。楊過は全真教を嫌って飛び出し、古墓の中で人知れず暮らしていた小龍女(劉亦菲)に拾われて弟子となり、古墓派の武功を修練する。青年になった楊過(黄暁明)と小龍女は、次第に惹かれ合うようになっていたが、ある誤解から小龍女は姿を消してしまう。楊過は、幼い頃に欧陽鋒に見込まれて蝦蟇功を修得していたが、洪七公からも奥義を伝授される。

 その頃、蒙古軍と対峙する襄陽では、郭靖・黄蓉夫妻が中原の英雄を集めて「英雄大会」を開催していた。小龍女の消息を求めて訪ねてきた楊過は、蒙古の武功高手、金輪大王や霍都を返り討ちにし、郭靖らを感歎させる。しかし師匠である小龍女と結婚したいという楊過の願いは(師匠=親同然という当時の道徳観念から)人々に受け入れられなかった。

 落胆した小龍女は、彷徨の末に絶情谷にたどりつき、谷主・公孫止からの求婚を承諾してしまう。ところが公孫止は不埒な色好みで、かつての妻・裘千尺を動けない身体にして地底に閉じ込めていた。娘の公孫緑萼と楊過は裘千尺を助け出すが、この老婦人も復讐心に凝り固まっていた。絶情谷で情花の毒に当たってしまった楊過に、解毒薬が欲しければ、郭靖・黄蓉の首級を持ってこいと条件を出す。

 郭靖夫妻こそ亡父の仇と信じていた楊過は、望むところと思って襄陽へ戻る。しかし大宋の国のため民衆のため蒙古軍と戦う郭靖を見た楊過は、いつしか郭靖を助けて奮戦していた。戦乱の中で、黄蓉は男女の双子を出産するが、女子の襄児は、蒙古の金輪大王に掠われ、さらに古墓派の悪女・李莫愁に奪われるなど波乱の運命となる。

 郭靖夫妻の長女・芙児は、行き違いから楊過を怨み、病床にあった楊過の右腕を切り落としてしまう。楊過は巨大な神鵰に救われて命を取り留め、山奥で養生する。一方、小龍女は、かつて自分の純潔を奪った相手が、楊過ではなく全真教の道士・甄志丙だったことを知り、終南山で彼を討ち果たす。しかし小龍女も致命的な痛手を負う。ようやく再会した楊過と小龍女は、互いの運命を悲しみながら全真教の王重陽の像の前で正式な結婚を誓う。そして古墓の中で小龍女の治療につとめるが、あと一歩のところで侵入してきた李莫愁、芙児によって治療の努力は灰燼に帰す。

 舞台は再び絶情谷へ。黄蓉は裘千尺と対面し、楊過のために解毒薬を得ることに成功する。しかし楊過は、小龍女を救う術がないまま、自分だけが生き延びることを肯んじない。困り果てる黄蓉。すると小龍女は断崖絶壁上に「十六年後、在此相会」の文字を残して消えてしまう。黄蓉は、南海神尼が連れていったのだろうと説く。生きて再会を待つ決意をする楊過。

 十六年後、娘らしく成長した郭襄は、江湖で評判の「神鵰侠」と呼ばれる大侠客に憧れていた。ある日、郭襄が出会った神鵰侠こそは楊過で、楊過も郭襄に孤独を慰められる。楊過は、江南七怪の生き残り・柯鎮悪に出会い、実父・楊康の真実の物語を聞く。

 そして約束の日、小龍女は現れなかった。絶望して崖から身を投げた楊過は、深い谷底でひっそり暮らしていた小龍女に出会う。二人は、このまま静かな暮らしを続けることを願う。しかしその頃、襄陽には蒙古の大軍が迫っていた。どこからともなく現れた楊過と小龍女は、郭靖らを助けて蒙古軍を撃退し、救国の英雄と称えられた。

 以上のあらすじは、かなり簡略化している。『射鵰』の登場人物では、ほかに黄薬師、一灯大師、周伯通、瑛姑、それから傻姑も登場する。裘千尺は、裘千丈・裘千仞兄弟の妹という設定である。なので『射鵰』との関係は、思っていた以上に密接だった。本作を読んで(視聴して)初めて『射鵰』の物語を理解したと言えるのではないか。過酷な運命を乗り越え、立派に成長した楊過の姿には、善人としても悪人としても中途半端だった父親・楊康を思い出して感慨深かった。私は『射鵰』ドラマを3バージョン見ているが、やっぱり最初に見た2003年版の楊康の顔が浮かぶ。黄蓉・郭靖は、納得できる中年の姿だった。

 本作独自のキャラで印象深かったのは、まず李莫愁。冷酷な悪女だが、かつて愛する男性に裏切られた傷を負っている。それから金輪大王。終盤では自分の武功を伝授する弟子がいないことを悲しみ、郭襄に「師父と呼んでくれ」と執心するのが可愛かった。最近の中国ドラマに比べれば、撮影技術はいろいろ稚拙だが、展開の面白さで楽しむことができた。

※備忘:古い記事では「射雕英雄伝」の漢字を使っていたのだが、最近は「鵰」が出るのだな。検索の便宜のため、どこかで統一しておこう。

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