「ヤバい経済学」(2007年5月10日、東洋経済新報社刊)
著者:スティーブン・J・ダブナー
ニューヨーク市在住の作家・ジャーナリスト。「ニューヨーク・タイムズ」紙などの記事を執筆。著作「さまよえる魂」は全米ベストセラーになった。
さて、標題「アメリカで犯罪が減った理由」だが、序章「あらゆるものの裏側」に、こう書かれてあった。
1990年代の初めごろのこと。アメリカでは犯罪が増える一方で、クルマ強盗、麻薬の密売、窃盗など日常茶飯事だった。「まだまだずっと悪くなる」専門家は皆そう言っていた。
1995年、犯罪学者フォックスは司法長官に報告書を提出し、ティーンエイジャーによる殺人が急増すると重々しく予測した。楽観的観測で10年の間に15%増、悲観的観測では100%の増加。
同様に他の犯罪学者や政治学者たちも恐ろしい未来を予測していた。
それがである。実際には犯罪が増え続けるどころか逆に減り始めてしまった。それも減って、減って、まだまだ減った。どの種類の犯罪も、またアメリカ中どこをみても減っていった。
ティーンエイジヤーによる殺人率は5年間で50%以上の減少となり、犯罪の減少を予測できなかった専門家たちは、今度はものすごい勢いで言い訳を始めた。
狂騒の1990年代経済のおかげ、銃規制のおかげ、ニューヨーク市が導入した画期的な取り締まり戦略のおかげなどだった。つまり、人間の前向きな取り組みのおかげで犯罪が減ったという論調が主流を占めた。
ところがこういう説は皆ウソっぱちだった。犯罪が激減した原因は別にあった。
結論からいえば禁止されていた妊娠中絶が1973年に合法化されたことによるものだった。
さて、そこで、そもそも妊娠中絶と犯罪の減少の因果関係とは何か?
犯罪に関する限り、子供は生まれつき平等ではない。家庭環境の悪い子供はそうでない子供に比べて罪を犯す可能性がずっと高い。
妊娠中絶の合法化によって中絶に走った沢山の女性は貧しい未婚の未成年であり、まるで絵に書いたような家庭環境の悪さを伴っていた。
彼女たちの子供こそ、生まれていれば普通より罪を犯す可能性が高い子供たちだったのだが、中絶の合法化によってそんな子供たちは生まれてこなくなった。
この強力な原因が犯罪減少の劇的な効果をもたらすことになった。何年もののち、生まれてこなかった子供たちが犯罪予備軍になっていたはずの時代になって、犯罪発生率は激減したのだった。
アメリカの犯罪の波をやっと抑えこんだのは、銃規制でも好景気でも新しい取締り戦略でもなかった。他のことにもまして、犯罪予備軍が劇的に縮小したというのが真相だ。
さて、ここで問題。犯罪減少専門家たちがマスコミで自分の説を吹聴しているときに、中絶の合法化を何回原因として挙げたでしょうか。
答えはゼロ。
「アメリカで犯罪が減った理由」の回答は以上に尽きるが、この話は、問題が問題だけに、序章だけに終わらず、本書の第4章「犯罪者はみんなどこへ消えた?」で再度詳細に検証されている。
まず、中絶と犯罪の結びつきの因果関係の証明だが、
☆ 最高裁判決の前から中絶が合法だった5つの州、ニューヨーク、カリフォルニア、ワシントン、アラスカ、ハワイは2年前から中絶が認められていたが、他州よりも確実に早く犯罪が減り始めている。
☆ 中絶率と犯罪発生率との関係にも各州とも相関関係が認められた。
さらに続く。
アメリカで犯罪を減らした史上最大の要因が中絶だなんていうのはもちろん嫌な話だ。そもそも中絶自体が犯罪だと考えている人は沢山いる。
とはいえ、この取り扱いは人種問題や貧富の格差などアメリカのアキレス腱ともいえる根が深い問題を孕んでいるだけに誰もが表立った論調を控えているようで、どうやら「触らぬ神にたたりなし」。
たとえば、ある州知事に立候補した元警察幹部は「わが国が採用した犯罪対策の中で有効だったのは唯一中絶だ」と本に書いただけで支持率が急落し落選の憂き目をみているほど。
さて、そこで中絶が増えれば犯罪が減るとして、私たちは中絶と犯罪のどんな交換になら応じるのだろう? こんな難しい取引に数字を当てはめるなんてできるのだろうか。
そして、ここから、「ヤバい経済学」のユニークな視点で数値による検証が始まる。(168頁~171頁)
以下、長くなりすぎるので省略するがこの問題は「生まれていた場合の社会保障基金の積み立て増加の問題」、「黒人の赤ん坊を全部中絶すれば犯罪発生率は下がる」などの議論がさらに考察されていく。(336頁~350頁)