先日、花園大学で行われた研究会に行って参りました。昔は、学会や研究会があまり好きではなかったのですが、最近では都合がつけば、好んで出かけるようになりました。
今回の発表も皆とても面白かったです。現役の学生だけでなく、修了生ももっと参加したらいいのになーと、自分の昔のことは完全に棚に上げて、思いました。
で、発表の後の質疑応答の中である先生の一言がとても面白かったので、記しておこうと思います。
「この池の魚は釣られん」
愛媛県に旅行されたときに、このように記された看板をご覧になったそうです。宇和島方言話者ではない者は「この池の魚は、そんなにかしこいのか」と思いますが、実は、これは方言で、「この池の魚は釣ってはいけない」という意味なんですね。
関西出身の私としては、確かに「この池の魚は釣られん」「廊下は走られん」と看板や紙に書いてあったら、あまり馴染みがないので、一瞬、戸惑いますが、相手がいて、それが自分より明らかに下(たとえば子供)の場合、「この池の魚は釣られへんよ」「廊下は走られへんよ」のように、打ち消しに「へん」を使ったら、言うなと思いました。
この話は工藤先生のご発表のメインではありませんが、方言の中には、微妙なニュアンスを完全に伝える表現がまだまだたくさんあることがわかって、とても面白かったです。いい一日でした。
参考
国語語彙史研究会
工藤真由美「愛媛県宇和島方言の可能形式―努力による実現を明示する形式を中心に―」
今回の発表も皆とても面白かったです。現役の学生だけでなく、修了生ももっと参加したらいいのになーと、自分の昔のことは完全に棚に上げて、思いました。
で、発表の後の質疑応答の中である先生の一言がとても面白かったので、記しておこうと思います。
「この池の魚は釣られん」
愛媛県に旅行されたときに、このように記された看板をご覧になったそうです。宇和島方言話者ではない者は「この池の魚は、そんなにかしこいのか」と思いますが、実は、これは方言で、「この池の魚は釣ってはいけない」という意味なんですね。
関西出身の私としては、確かに「この池の魚は釣られん」「廊下は走られん」と看板や紙に書いてあったら、あまり馴染みがないので、一瞬、戸惑いますが、相手がいて、それが自分より明らかに下(たとえば子供)の場合、「この池の魚は釣られへんよ」「廊下は走られへんよ」のように、打ち消しに「へん」を使ったら、言うなと思いました。
この話は工藤先生のご発表のメインではありませんが、方言の中には、微妙なニュアンスを完全に伝える表現がまだまだたくさんあることがわかって、とても面白かったです。いい一日でした。
参考
国語語彙史研究会
工藤真由美「愛媛県宇和島方言の可能形式―努力による実現を明示する形式を中心に―」