東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

蘇芳(すおう)ときはだ

2013-02-27 22:40:35 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

P1011077タイトルなしでいきなりご覧になると一見血液のようでちょっと怖くも見える画像ですが、これは昔ながらの染色で用いられる草木染の蘇芳(すおう)ときはだ(漢方の黄柏)の煮出し汁(植物染料とも)を混ぜたものなんです。

血の色のように見えるのもそのはずで、江戸時代には染色の他に芝居で使う「血糊」としてもつかわれていたようです。例えば河竹黙阿弥作の「切られお富」(瀬川如皐作の「切られ与三」の書き換え狂言)。「いやさお富 久しぶりだなあ~」というセリフをご存知の方は少なくないと思いますが、これは「切られ与三」のセリフで、与三郎は体じゅうに34カ所の刀傷をつけられているのですが、「切られお富」ではそのパロディーでお富が43箇所の刀傷をつけられるあらすじになっています。その嬲り切りにされる場面で傷だらけにされたあと葛篭に入れられて始末されようとなります。悪役の親玉である赤間源左衛門が子分に葛篭でどこかに運んで行け、というと子分が葛篭に触れると血糊で手が真っ赤になるのでびっくりしてふすまに手形をつける。それをみて源左衛門「蘇芳の色もよくでたなあ」のセリフでチョンと幕になります。血糊の赤さを「蘇芳の色もよく出たなあ」と種あかししているわけです。

江戸時代の東北地方の三春人形や仙台の堤人形、花巻人形、米沢の相良人形などはこの蘇芳ので着色された赤が時代を経て深みのある色になっていることで有名で愛好家の間では金銭的にも高価なものになっています。一昔前まではこうした植物煮出しの汁(植物染料)による彩色は上記のような東北の古い土人形産地独特の手法として紹介されることが多かったように思いますが、実際に東京の今戸を含め京都の伏見人形にも植物煮出しが使われていたという作例が残っています。 今戸の場合、天保年間の彩色手本に色指定には顔料ばかりで、植物の煮出しらしい色は載っていないので、おそらくそれ以前からの手法として蘇芳やきはだの煮出し汁が使われていたのだと思われます。

今ではチューブから出してすぐ塗ることのできる絵の具も江戸時代にはそう簡単には出せない色もあったわけで、そのひとつが赤でした。顔料としての赤(真っ赤)はなかったらしく、赤のつもりで朱色や鉛丹色などが使われていました。染織では紅花染とか茜染とかありますがとても高価だったらしく、蘇芳はその点安価なので血糊や土人形の彩色にも使われました。但し、蘇芳を煮出せば、簡単に赤くなるというものでもなく案外面倒です。江戸時代の煮出し汁で塗られた今戸人形を再現しようとして実際いじった経験から実感することができました。

P1011079
2番目の画像はペットボトルに入れて冷蔵庫で保存している煮出し汁です。右がきはだ左は蘇芳です。一見ジュースのようにも見えますね。これは三年くらい前にに出した汁で一回冷凍していたものを自然解凍したもので、ボトルの内側にこびりついているあくのようなものがありますが、まだまだ使えます。

煮出しは蘇芳、きはだそれぞれを酢を少し加えた水で煮出して媒染液を混ぜて出た色です。この媒染液を混ぜる瞬間というのが感動的です。きはだの場合そんなに変化はないのですが、蘇芳は煮出しただけでは紅茶のような色ですが媒染液を混ぜた瞬間にパーっと赤みが増し赤しそジュースのような色になります。

それから煮出し汁と膠液を混ぜて湯煎にかけながら胡粉を下地に塗った人形の部分に塗っていくのですが、淡い色なのではじめてやってみた時には思うように色がつかなくて困ったものです。それと意外にも蘇芳は蘇芳単独に塗っても赤味がなく藤色っぽくなってしまいます。

P1011078
画像3枚目の左上は蘇芳単独の色です。紫ぽいですね。古い伏見人形にはこういう紫を塗ったものがありますね。右上はきはだ単独の色です。きはだは黄色部分に使われている作例が少なくありません。そして下は一枚目の画像と同じものですが、蘇芳ときはだを混ぜた色です。赤味が増しているでしょう。蘇芳ときはだを混ぜる比率によってさまざまな中間色を出すことができますし、混ぜずに塗り重ねることでも色を出すことができます。

P1011080
画像4枚目は今戸の一文雛をつい最近塗ったものです。女雛のワイン色に見える部分はきはだ2回の下塗りの上に蘇芳を塗り重ねて出た色です。

同じ今戸の人形でも時代によって使われた色材は遷り変っているのです。天保年間以降は赤には朱色や鉛丹のようなオレンジがかった顔料。明治に入ると赤や紅の合成顔料やスカーレットなどの合成染料が手に入るようになるので蘇芳は使われなくなったと考えられます。

 古い今戸人形の蘇芳やきはだを使った作例を今戸人形のカテゴリーで紹介していますのでご覧ください。

裃雛(江戸時代)→

一文雛(江戸時代)→

太夫(江戸時代)→


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
本当に、最初、画像を拝見した時は「血液?」と思い... (ウリ坊)
2013-03-03 14:00:29
江戸時代に「血糊」として用いられたのも納得できます。
今は、絵の具が簡単に手に入りますが、昔は一つの色を出すだけでも一仕事だったんですね。
その手法をできるだけ忠実に再現されるいまどきさんもさすがです!
返信する
ウリ坊さま (いまどき)
2013-03-03 21:54:14
ありがとうございます。ここでご紹介したように植物を煮出して草木染めのように色を塗るやり方で塗られた古い江戸時代の人形の伝世品は存在するのですが、今と違って、色を出すことに手間がかかります。それでも頭で考えるよりは実際に実験してみることの繰り返しで案外できないことはないような手応えを感じます、何から何まで全ての人形にこのやり方をすつ必要はないと思いますが、江戸時代風の人形の再現にはこれでやる機会もこれからあると思います。
返信する

コメントを投稿