東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

きつねうどん

2013-02-27 23:34:44 | おいしいもの

P1011075マイブームになっている「大阪」。行ってみたいけれど軍資金、年老いた両親に十五夜さんのことを考えるとなかなか家を空けることはできません。依然として動画を見たり地図を見たりして空想にふけっています。

そんな中「551蓬莱」の出店情報。今回は吉祥寺の東急デパートです。しかも今回は「京都・大阪・神戸のうまいもの祭り」。当然肉まんもたくさん買ってきましたが、それよりも心ときめいたのは道頓堀のうどんの「今井」さんの出店です。道頓堀へも当然行ったことがありません。「今井」さんという店を知ったのも最近のことです。歌舞伎が好きなので大阪にすごくローカルな芝居に憧れます。戦前大阪といえば「初代 中村雁治郎さん」。いろんな本で読んでいますし、レコードの音声も聞いています。その雁治郎の石碑が道頓堀に残っている、ということは前から読んで知っていました。岸本水府という人による「頬被りの中に 日本一の顔」という句の石碑です。 でも道頓堀のどこにあるのか、、?最近地図を見ながら検索していてわかったのですが、ここうどんの「今井」さんの玄関前にあるのだそうです。 それと大阪のうどんの名店なんだそうで、ここは大阪に足を運ばないと食べられないと思っていたので、吉祥寺で食べることができてうれしかったです。

大阪と京都のうどんの違いってあるのでしょうか?京都四条、南座の隣の「松葉」という店できつねうどんを食べたことが一度だけありました。随分前ですが、その「松葉」の東京店が大井町の阪急デパートの中にあって何度かきつねうどんを食べに行きました。本当は「松葉」は「にしんそば」が名物なんですか?最近読みました。あとは全国展開している「なか卯」(これは京都の会社ですか?)で関西っぽいきつねうどんを出していますね。

「今井」のきつねうどんの印象ですが、思ったよりお汁が辛いようにおもいました。その分きつねが分厚く、甘くしてあるので、お汁はそれを引き立たせるためでしょうか。大阪にいつ出かけられるかわからないので、東京で食べることができて本当にラッキーでした。この催事ではいろいろな店の出店があってどれも味見してみたかったのですが、桃谷の「いか焼き」と明石の「あなご寿司」、舞鶴の「ばら寿司」と京都御室の「はも寿司」と「はも蒸し寿司」と神戸南京街の「角煮バーガー」と買いました。 家で一番評判のよかったのは明石の「あなご寿司」でした。改めて気がついたのですが、「はも寿司」も「あなご寿司」も「ばら寿司」も押し寿司になっていて見た目以上にご飯が凝縮しているのでお腹いっぱいになりますね。普段握りを食べる機会のほうが圧倒的に多いので、今回はじめて感じました。

催しとは別に「鶯ボール」というお菓子をアメ横で入手できると聞いて買いに行きました。かりんとうのようで甘辛い不思議な味ですが実際食べることができてうれしいです。

まだまだ食べてみたいものがありますが、「別寅」のかまぼこは東京のどこかで売っているのでしょうか?ご存知の方、お教えください。


型抜きとバリとり

2013-02-27 23:02:42 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

P1011076_2今月の初午の前日にぎりぎりセーフで鉄砲狐のお納めに行ったあと、体の調子がよくないのでしばらく仕事場へ行っていませんでしたが、作業を再開しました。先日の初午で被官稲荷様へ一年にお納めすべき数の数量は済んだので、また新しい一年分の型抜きをできるだけ早くはじめていたほうが、、という判断です。数年前ですと今頃は三月のお節句むけの裃雛や一文雛などを作るパニックだったこともありますが、今年は少しだけ一文雛のお呼びがあって作っただけです。のんびり型抜きや新しい型起しをしようと思います。

今年は大寒波ということで大雪も大変ですが、東京にいても寒いです。そのためか腰や膝の裏、ふくらはぎが痛くて座ったり立ち上がったりが痛みます。温泉のようなたっぷりとしたお湯の中で膝小僧がはみ出さずにのんびり浸かることができたらいいんですが、、、。 画像中央は抜き出した狐から落としたバリ(余分なはみ出し)です。一見モンブランのように見えませんか?


蘇芳(すおう)ときはだ

2013-02-27 22:40:35 | 仕事場(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

P1011077タイトルなしでいきなりご覧になると一見血液のようでちょっと怖くも見える画像ですが、これは昔ながらの染色で用いられる草木染の蘇芳(すおう)ときはだ(漢方の黄柏)の煮出し汁(植物染料とも)を混ぜたものなんです。

血の色のように見えるのもそのはずで、江戸時代には染色の他に芝居で使う「血糊」としてもつかわれていたようです。例えば河竹黙阿弥作の「切られお富」(瀬川如皐作の「切られ与三」の書き換え狂言)。「いやさお富 久しぶりだなあ~」というセリフをご存知の方は少なくないと思いますが、これは「切られ与三」のセリフで、与三郎は体じゅうに34カ所の刀傷をつけられているのですが、「切られお富」ではそのパロディーでお富が43箇所の刀傷をつけられるあらすじになっています。その嬲り切りにされる場面で傷だらけにされたあと葛篭に入れられて始末されようとなります。悪役の親玉である赤間源左衛門が子分に葛篭でどこかに運んで行け、というと子分が葛篭に触れると血糊で手が真っ赤になるのでびっくりしてふすまに手形をつける。それをみて源左衛門「蘇芳の色もよくでたなあ」のセリフでチョンと幕になります。血糊の赤さを「蘇芳の色もよく出たなあ」と種あかししているわけです。

江戸時代の東北地方の三春人形や仙台の堤人形、花巻人形、米沢の相良人形などはこの蘇芳ので着色された赤が時代を経て深みのある色になっていることで有名で愛好家の間では金銭的にも高価なものになっています。一昔前まではこうした植物煮出しの汁(植物染料)による彩色は上記のような東北の古い土人形産地独特の手法として紹介されることが多かったように思いますが、実際に東京の今戸を含め京都の伏見人形にも植物煮出しが使われていたという作例が残っています。 今戸の場合、天保年間の彩色手本に色指定には顔料ばかりで、植物の煮出しらしい色は載っていないので、おそらくそれ以前からの手法として蘇芳やきはだの煮出し汁が使われていたのだと思われます。

今ではチューブから出してすぐ塗ることのできる絵の具も江戸時代にはそう簡単には出せない色もあったわけで、そのひとつが赤でした。顔料としての赤(真っ赤)はなかったらしく、赤のつもりで朱色や鉛丹色などが使われていました。染織では紅花染とか茜染とかありますがとても高価だったらしく、蘇芳はその点安価なので血糊や土人形の彩色にも使われました。但し、蘇芳を煮出せば、簡単に赤くなるというものでもなく案外面倒です。江戸時代の煮出し汁で塗られた今戸人形を再現しようとして実際いじった経験から実感することができました。

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2番目の画像はペットボトルに入れて冷蔵庫で保存している煮出し汁です。右がきはだ左は蘇芳です。一見ジュースのようにも見えますね。これは三年くらい前にに出した汁で一回冷凍していたものを自然解凍したもので、ボトルの内側にこびりついているあくのようなものがありますが、まだまだ使えます。

煮出しは蘇芳、きはだそれぞれを酢を少し加えた水で煮出して媒染液を混ぜて出た色です。この媒染液を混ぜる瞬間というのが感動的です。きはだの場合そんなに変化はないのですが、蘇芳は煮出しただけでは紅茶のような色ですが媒染液を混ぜた瞬間にパーっと赤みが増し赤しそジュースのような色になります。

それから煮出し汁と膠液を混ぜて湯煎にかけながら胡粉を下地に塗った人形の部分に塗っていくのですが、淡い色なのではじめてやってみた時には思うように色がつかなくて困ったものです。それと意外にも蘇芳は蘇芳単独に塗っても赤味がなく藤色っぽくなってしまいます。

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画像3枚目の左上は蘇芳単独の色です。紫ぽいですね。古い伏見人形にはこういう紫を塗ったものがありますね。右上はきはだ単独の色です。きはだは黄色部分に使われている作例が少なくありません。そして下は一枚目の画像と同じものですが、蘇芳ときはだを混ぜた色です。赤味が増しているでしょう。蘇芳ときはだを混ぜる比率によってさまざまな中間色を出すことができますし、混ぜずに塗り重ねることでも色を出すことができます。

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画像4枚目は今戸の一文雛をつい最近塗ったものです。女雛のワイン色に見える部分はきはだ2回の下塗りの上に蘇芳を塗り重ねて出た色です。

同じ今戸の人形でも時代によって使われた色材は遷り変っているのです。天保年間以降は赤には朱色や鉛丹のようなオレンジがかった顔料。明治に入ると赤や紅の合成顔料やスカーレットなどの合成染料が手に入るようになるので蘇芳は使われなくなったと考えられます。

 古い今戸人形の蘇芳やきはだを使った作例を今戸人形のカテゴリーで紹介していますのでご覧ください。

裃雛(江戸時代)→

一文雛(江戸時代)→

太夫(江戸時代)→