東京の土人形 今戸焼? 今戸人形? いまどき人形 つれづれ

昔あった東京の人形を東京の土で、、、、

今戸人形「都鳥のぴいぴい」(明治時代)

2011-06-08 10:44:06 | 今戸人形(今戸焼 土人形 浅草 隅田川)

P1010326 かつては今戸焼でたくさん作られていたと思われる「ぴいぴい」です。「ぴいぴい」というのは文字どおり笛の音の擬音語です。笛には従来の鳩笛とか単体で音を奏でるものが主流ですが、このようなものもありました。

2枚の杉板を染料で染めた反古紙でつなぎ、鞴の役目をさせます。内部には菅竹で作った笛を仕込んであるので、鞴の蛇腹を伸縮させることで風を送り、音をさせます。

鞴の上には今戸焼で焼いた土 人形を固定させてあり、この手の人形は底なしに作ってあるので笛の音を内部で共鳴させる役割をします。人形の形はさまざまありますが、ベーシックなところで、画像のような「都鳥」「鶏」など鳥の姿が古いのではないでしょうか?また江戸時代に出版された「江戸二色」には。鞴の上に座った猿の姿が固定しているのが描かれていて、「屁っぴり猿」とか言われていたようです。

鳥以外にも福助、ダルマ、子供、お神楽、軍人、狐、招き猫、鼠などありとあらゆる人形が乗っているのを観ています。その中で面白いと思うのは、人物にしろダルマにしろ、ラッパを吹いているポーズの人形のシリーズがあることです。ラッパを吹いているから、鞴の笛の音とマッチしているという理屈なのでしょう。

画像の都鳥は配色からするとあまり都鳥らしくありません。しかし同じ形でもっとあっさりと塗られたものも存在するので、都鳥でしょう。背中のところに三蓋松のような模様が描かれていて、おそらく御殿玩具からの影響ではないかと思うのですが、、。

このおもちゃは自分で再現してみて、感じたところでは、鞴部分だけで案外手間がかかります。二枚の杉板をつなぐ反古紙を板のサイズに合わせて蛇腹を予め折りたたみ、そのあと板に貼りつけます。笛も固定しなければなりません。

そんな理由から、昔の今戸焼屋さんが自分の家で全ての工程を完成させていたか?という疑問が湧きます。今戸焼の他の際物と同様、窯元では素焼きの木地のみ行い、あとが際物屋さんがそれを仕入れ、鞴や笛の組みたては他所で下請けさせ、最後にパーツを合体させるよう分業体制で作られていたのではないか?だからこそ、色違い、配色違いの製品が存在するのではないかと考えています。P1010327_2