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語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【心理】ボディーワーク/身体心理学 ~体の動きがつくる心~

2011年10月07日 | 心理
 「ボディーワーク」とは「体(からだ)を動かす」ことだ。とりあえず、そう理解してよい。
 心理学では、ボディワークは心理療法の分野で行われている。心理療法は、セラピストがクライエントに面接し、話を聞くのが普通の方法だ。それに対してボディワークは体を使う。しかも、体の使い方はさまざまだ。伊東博『心身一如のニュー・カウンセリング』(誠信書房、1999)によれば、
 <例1>行住坐臥の訓練・・・・歩く、立つ、座る、寝るという日常の振る舞いを改めてやり直すのだ。この訓練のもとになっているのは、ヨーガだ。
 <例2>二人や集団で行う訓練・・・・物のやりとりをしたり、体を支えあったりして、他者を知る経験をする。さらに演劇的な要素を含んだボディワークになったりもする。
 人間は、心だけではなく、体も取り上げなければ、療法として完全でない。「動く」体だ。ボディワークでは身心を使って、「動く」ことを強調するのだ。
 さらに、「センサリ-・アウェアネス」・・・・感覚を豊かにするのだ。心は高度で抽象的な概念を駆使して考える側面もあるが、心のもとは感覚だ。その感覚を意識することが、ボディワークの重要なテーマだ。

 カウンセリングは言葉のやりとりだから、認知の働きだ。それに対して、体は認知ではない。
 生理学的に見れば、カウンセリング=認知の働き=中枢のことだ。体は末梢のことだ。
 脳科学は最近急発展した。人間のこと、ことに心のことはすべて脳で解明できる、という信念すら植えつけてしまった。
 また、ロボットを人間に近づける技術も発展してきた。大脳を機械化できるなら、人間に等しいロボットは出現間近だ、と思わせる。
 確かに、ロボットは人間の頭脳(中枢)的な面についてはかなり近づいている。他方、ロボットは体(末梢)を動かす点で、人間にまだ近づいていない。アシモ君の設計で難しかったのは、足の運びのメカニズムだった。
 両者の著しい違いは、人間の体は有機物であり、ロボットの体は無機物である点だ。人間の体は常に外部から有機物を取り入れて有機体として成り立っているが、ロボットはそうではない単なる無機物(物体)だ。人間は、生存のため外部から有機物をとり入れる。そのために内蔵や筋肉がある。内蔵からの感覚、筋肉からの感覚がある。ロボットにはこれらはない。これは超えられない両者の違いだ。
 心の活動には高度に抽象駅なもの(認知)だけでなく、感情、気分といった側面もある。胃腸の活動あるいは筋肉の活動が気分をつくる。肩が凝っていると重い気分になる。感情、気分といった心の原初的活動は、体(末梢)の存在なしに存在し得ない。
 高度な心の作用はロボットでも代行できるが、感情や気分はロボットでは難しい。この違いは、内蔵や筋肉の有無による。
 ただし、胃腸を共有している下等動物と人間との違いは、脳の有無によるかもしれない。
 頭(中枢)の訓練ではなくて体(末梢)の訓練をすることは、とかく体力をつけるための訓練と思われがちだが、ボディワークはそうではなく、心の訓練だ。伊東のいわゆるセンサリー・アウェアネスの向上だ。身体感覚の賦活だ。伊東が言葉を通じてのカウンセリングから「身心一如のニュー・カウンセリング」に転進したのは、前述のことに気づいたためではないか。

 春木豊は、心を体の動きから追求していく発想を「身体心理学」と呼ぶ。動きには、(a)心拍のような「反射」、(b)コップをとるといった「意志的反応」の2種類がある。
 体の動きが心にもたらす効果を実験的に検証しようとしたところ、生理的な(a)と心理的な(b)の双方の動きを兼ね備えている反応群が見つかった。
 その主なものは、呼吸、筋反応、表情、姿勢、歩行だ。対人関係ではタッチ(接触)だ。これらは基本的には(a)だが、同時に(b)もできる。これらの反応群のボディワークをすることで、体と心に同時に働きかけることができる。まさに「身心一如のボディワーク」だ。
 <例>呼吸のリズムを整えることによって、自律神経を整え、同時に心を整えられる。これは日常でも経験していることだろう。
 昔から東洋の世界では、座禅瞑想や呼吸法やヨーガなどが流布した。現在では西洋の世界でも流行している。これは、ボディワークが心身の健康(ウェルビーイング)のために最良のものだからだろう。
 <例>ウォーキング。歩行は(a)だが、(b)の反応できるので、心と体に働きかけることができる動きだ。
 ウォーキングは、従来は運動としてのウォーキングの考え方が強かった。スポーツ的な動きが推奨された。競歩的な歩行だ。これに対して、最近スローな動きのよさが指摘されている。春木は、ゆっくりとしたリズムで、呼吸のテンポとあわせ、「今の一歩」に心を集中して、思い浮かぶ雑念を手放しつつ歩いている(「瞑想歩」)。これから得るものがいろいろあるので、続いている。

□春木豊「「ボディーワーク」の意義」(「読書人の雑誌 本」2011年9月号、講談社)
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【震災】原発>年内に冷温停止しない理由

2011年10月06日 | 震災・原発事故
 9月22日、国連本部で演説した際、野田佳彦首相は「原子炉の冷温停止を年内に達成すべく全力を挙げている」と述べた【注】。
 しかし、これは単なる希望的観測にすぎない。
 たしかに、原子炉は冷却しつつある。その要因は、
 (a)これまでの注水方法は「給水系」だったが、9月から燃料棒のある炉心の上に直接シャワーのように散水する「炉心スプレー系」に変えた。
 (b)循環冷却システムも、東芝が中心の「サリー」に変えてからうまく作動するようになり、注水量を増やしても汚染水が溢れ出さなくなった。

 気候がよくなり、さまざまな環境が改善されていくので、今後さらに改善が見込める。
 ただし、年内に冷温停止を実現できる、と言える状況ではない。
 (1)原子炉建屋は放射線量が高くて中に入れず、様子が十分に分からない。
 (2)燃料棒のありかすら判然としない。「炉心スプレー系」の冷却も、さまざまなデータやこれまでの経験をもとにした勘で「このへんがいいだろう」と注水しているだけだ。燃料棒が飛び散っている可能性さえある。
 (3)冷却が進む3号機も、100度以下に下がったかと思うと、また上昇する、という状態が続いている。
 (4)地震の影響で建屋がかなりの亀裂が走り、地下水が流入している。6号機がそうだし、1~4号機も同様だと推定される。1~4号機は6号機より古くて耐震性に劣るから亀裂もひどく、流入する地下水も6号機より多い(推定)。福島第一原発で35,00トン(9月21日の東電発)。流入が大量になると、注水量を減らさねばならない。亀裂は地震によって生じた。本社は、地震のダメージを公表したくないから、地下水について語りたがらず、雨水だと言い訳してきた。
 要するに、年内の汚染水処理も冷温停止も、ハードルが高すぎる。

 【注】記事「「原子炉の冷温停止、年内めど」野田首相が国連で演説」(2011年9月23日1時30分 asahi.com)

 以上、本誌取材班「原発は年内に冷温停止しない」(「週刊朝日」2011年10月7日号)に拠る。
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【経済】日本を見捨てる富裕層

2011年10月06日 | 社会
(1)日本を見捨てる富裕層
 「週刊ダイヤモンド」2011年10月8日号の特集は、「日本を見捨てる富裕層」だ。停滞する経済、混迷する政治、大きな財政赤字に、原発事故による環境汚染、といった日本の諸問題を見て、日本に見切りをつける資産家の動向をレポートしている。富裕層の動向はビジネス的にも影響が大きいので、ぜひ把握しておくといい。
 日本の「億万長者」は、世界全体の16%に相当する174万人だ。富裕層を不動産を除く金融資産を1億円以上持つ世帯と定義すると、金融資産1億~5億円の「富裕層」が84.2万世帯(合計資産額は189兆円)、5億円以上の「超富裕層」が6.1万世帯(同65兆円)にのぼる。
 「ミリオネア」が日本を見捨てるやり方は二つ。(a)日本を離れて海外に移住する「人的流出」。(b)日本国内の資産以外に金融資産の運用先を求める「金融資産の流出」。
 (a)については、治安・衛生の環境が良く子供が英語・中国語を覚える(かも知れない)シンガポールが移住先として人気だ。ただ、①近年移住へのハードルが上がっている。②フィリピンなどの国に移住して資産を失ってホームレス化するような失敗例も少なからずある。③海外生活にあっては詐欺に注意が必要で特に海外の日本人に要注意だ。
 以下、(b)について取り上げる。

(2)「富裕層の運用は進んでいる」か?
 着実に進む海外シフト。一般投資家の投資を先取りする富裕層の資産ポートフォリオの変化は、日本離れが進む現状を浮かび上がらせている・・・・というが、富裕層は、本当に一般投資家の運用を先取りしているか。
 確かに、新しい商品やサービスは、売上・利益の効率からして大口の客から先に提供される傾向がある。
 典型的な例は「仕組み債」だ。オプション的な条件を債券のキャッシュフローに組み込んだ仕組み債は、かつては新しい理論だったオプション価格理論などの金融工学を応用した金融商品だ。理論の応用は、金融機関の自己勘定取引→米国の年金基金など海外の大口機関投資家→日本の生保・信託銀行などの大手金融機関→農林系金融機関や資金運用に熱心な大手事業法人や学校法人など→株式転換権付社債(EB債:詐欺まがいの悪質商品)などに形を変えて個人投資家に売られるようになった。
 だが、事業法人は、1990年代末期の「プリンストン債事件」を契機に、仕組み債を殆ど相手にしなくなった。今や、この種の商売に引っかかるのは、主として現金の流れはあるが専門の運用担当者がいない法人(<例>学校法人)か、セールスマンを頼る個人投資家のような「騙されやすい人々」に限定されている。
 富裕層の運用と非富裕層の運用を比較すると、たとえば「ヘッジファンド」のような新商品は富裕層の方が早くマーケティングのターゲットになる分保有が多いのは自然だ。
 しかし、これを非富裕層が「羨ましがる」必要はさらさらない。彼らは「先にカモにされているだけ」だ。

(3)「カモ鍋」の中身
 <例>「リスクを取ってハイリターンを追求」、「運用に積極的な富裕層の資産ポートフォリオ」なるポートフォリオを見ると、顧客(カモ)が「プライベート・バンク」などと名乗る金融機関にどのように貢献しているのかが分かってくる。
 この例では、先物ヘッジファンドが40%、新興国債券・アジア株・先進国券・資源株がそれぞれ15%の配分となっている。株式が通常のアクティブファンドの投資信託並みの手数料(販売手数料2~3%、信託報酬年率1.5%~2%)ならば随分高いし、ヘッジファンドは成功報酬も含めて手数料の塊だ。顧客は多分年間で長期金利の2、3倍の手数料を落としているだろう。金融の世界では、「丁寧なサービスは、大変高くつく」のだ。
 なお、保有資産額が大きくなるほど、目立って「債券」の運用が増えて、リスク資産の比率が小さくなっている。運用資産額が大きくなるほど、リスク資産での運用割合が顕著に低下しているのだ。「金持ち喧嘩せず」だ。リスクを避けてきっちり貯めたい、という性格でなければ、大資産家にはなれないのだろう。

(4)「リターン5%目指す」ことのリスク
 「国を信じずにリターン5%目指す」・・・・国を信じない、という態度は大変よろしい。ただし、プライベート・バンクや証券会社についても、もっと疑ってかかるべきだ。
 「5%」くらいといった控え目な運用目標を提示して運用計画を説明されると、たいしたリスクを取っていないかのような印象を受けるかもしれないので、警戒を要する。4%、5%(かつては預金の利息並み)のリターンを円建てで目指すためには、低金利の現在では「株式100%」並のリスクが必要だ。株式のリスクプレミアム(リスク負担に対する超過リターン)が年率5%だとしても、個人投資家の場合運用商品の手数料が安くて0.3~0.5%位、高くて1.5~2%超かかるので、「5%のリターン」は甘く見ない方がいい。
 注意ばかりでなく、前向きなアドバイスを一つ、富裕層向けにお送りしよう。
 特に「日本のリスク」を意識した富裕層の場合、将来の円安、国の債務不履行、ハイパーインフレ対策として「外国の資産」に多く投資するのはいいとしても、為替リスクを丸ごと抱えるのは大雑把に過ぎる。「国のリスクに対して外貨がヘッジになる」という思い込みが強すぎて、為替動向に目をつぶっている人が多いのではないか。現に円高のリスクは存在するのだ。
 大金を運用でき、個別にも対応が可能な富裕層なのだから、為替ヘッジのオペレーションを丁寧に行っていいはずだ。為替ヘッジのオペレーションができる、という前提なら、投資家向けにお勧めしたい資産配分が大幅に変わる。
 ただし、為替のオペレーションで「鞘」を抜かれることがあるので(金融機関は知らない相手からは当然儲ける)、ヘッジのオペレーションを行うとき、この点にも注意が必要になる。
 他人にお金を預けて、無事に儲ける、ということは実に大変なことなのだ。

 以上、山崎元「「富裕層」のお金は、“正しく”逃げているか? ~山崎元のマルチスコープ 【第201回】 2011年10月5日~」(DIAMOND online)に拠る。
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【震災】原発>電気料金は値上げされるか ~東電のでたらめな経理~

2011年10月05日 | 震災・原発事故
 「東京電力に関する経営・財務調査委員会」は、10月3日に報告書全文170ページ及び付属資料50ページを提出した【注1】。

(1)でたらめな経理
 (a)東電グループ会社取引はほとんどが随意契約で、十分競争環境が確保されていない。9.6%も単価が割高で、これを改めれば165億円ものコスト削減が可能だ。主要関係会社の大半は、東電向け取引の営業利益率が外部取引の営業取引率よりも高く、中には外部取引の赤字を東電向け取引で補填した形になっているケースも多数見られた。
 (b)発電所などの年間修繕費4,000億円のうち、3割はメーカーの代理店が介在していた。メーカーに直接発注すれば済むはずで、代理店介在は無駄だ。また、東電が発電工事を発注するとき、必ずグループ会社が一次下請に入る慣行も、問題だ。
 (c)電気料金改訂時に東電が届けた料金原価となる固定費は、実はそんなにかからないことが判明した。固定費の届け出時の料金原価と実績の料金原価の乖離は、直近の10年間累計で5,624億円になる。これに燃料費など可変費を加えると、10年間の累計額は6,180億円に拡大する。この乖離は、そもそも届け出時の料金原価が「適性な原価」ではなかったからだ。

(2)コスト削減の粉飾
 (1)で浮かびあがるのは、経費を湯水のように使い、実際に使っただけではなく水増しもして、高くふっかけた料金を電力消費者からむしり取る独占企業の弊害だ。
 経理においてズサンな東電は、コスト削減も誤魔化す。
 原発事故後に5,034億円のコスト削減を公約したが、前年度対比の削減額ではなく、東電があらかじめ今年度に立てていた予算対比の削減額にすぎなかった。福島第一原発と第二原発を止めたことによる出費の減少1,103億円。震災前に策定した予算の取りやめ1,096億円。修繕費の次年度以降への繰り越し968億円・・・・。これが東電の「合理化」の実態だ。東電のコスト削減は「粉飾」なのだ。
 ちなみに、調査委は、東電の10年間に合計1兆1,853億円を削減する計画を2倍にし、さらに1兆2,267億円を追加削減するべく要求した。

(3)電気料金は値上げされるか
 原子力損害賠償支援機構が決めることになるが、報告書には、東電の今後10年間のシミュレーションが載っている。
 (a)電気料金の値上げ幅 なし
 (b)電気料金の値上げ幅 5%
 (c)電気料金の値上げ幅10%
の3パターンに分け、①柏崎刈羽原発を再稼働しない/②柏崎刈羽原発を再稼働する・・・・を組み合わせると6種類の折れ線グラフができる。これによると、(c)-②の場合、東電は黒字続きで20年度に5兆5,867億円の純資産を有するに至る。しかし、(a)-①の場合、20年度の東電の純資産はマイナス1兆6,353億円と、慢性的な赤字状態になる【注2】。

 【注1】「【震災】原発>東京電力に関する経営・財務調査委員会 ~10月3日に報告書発表~
 【注2】(a)-①の場合、「8兆6千億円の資金不足が生じる」。【福田直之「「東電リストラで3兆円捻出」 第三者委、値上げ示唆」(2011年10月3日付け朝日新聞)】

 以上、大鹿靖明(編集部)「東電「改造」計画全文入手 値上げと原発で黒字」(「AERA」2011年10月10日号)に拠る。
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【社会保障】放棄された介護の「社会化」 ~公助から自助・共助へ~

2011年10月05日 | 医療・保健・福祉・介護
 6月に介護保険法が改正された(2012年4月施行)。

(1)「地域包括ケア」とは何か
 団塊世代が高齢化のピークに達する2025年までに「高齢者が地域で自立した生活を営めるよう、医療、介護、予防、住まい、生活支援サービスが切れ目なく提供される」体制づくりだ。
 12年度から、各自治体は基盤整備に向けた介護保険事業計画を策定する。
 柱は、医療と介護の連携強化だ。(a)病院での死亡8割を在宅での死亡4割にする。(b)介護職員に「たん吸引」など医療行為を認めて医療費のコストを削減する。・・・・「入院から在宅へ」「医療から介護へ」への強力なシフトだ。
 新たな在宅サービスとして、(c)「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」を創設。(d)小規模多機能居宅介護と訪問看護を組み合わせた「複合サービス」も導入される。
 地域包括ケアの日常生活圏域は、中学校区が基準となる。
 「住まい」は介護・医療サービスの拠点を併設させた「サービス付き高齢者向け住宅」(高齢者住まい法改定)を整備する。コストの高い施設建設はやめ、集住化を図り、終末期の在宅ケアを可能にする。
 要するに、公費抑制と効率化、脱施設という名の「地域の施設化」だ。

(2)「地域包括ケア」の問題点
 (a)「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」は、人材確保が課題だ。介護報酬は定額制で、利用制限につながるおそれがある。しかも、訪問時間は15分程度で、適切な介護・介助ができるか疑問な点がある。参入事業者は、日常生活圏域に1事業所を自治体による公募で決定するため、大手業者による寡占化が進み、小さな事業所は淘汰されかねない。
 (b)「サービス付き高齢者向け住宅」は、ゼネコンや建設業者がビジネスチャンスと捉えている。だが、入居は主に団塊世代の厚生年金受給者が対象であり、低所得者への住宅供給は明確にされていない。
 介護保険は、「公助」から「共助・自助」へと縮小されてようとしている。

(3)「介護予防・日常生活支援総合事業」の導入とその問題点
 自治体の判断で、要支援認定者の一部を介護予防給付から総合事業に組み入れることが可能になる。 
 サービス内容は、自治体の裁量だ。地域格差の拡大、保険外サービス(<例>配食・見守り)で新たな負担(自助)が生じる可能性がある。
 介護度の低い高齢者を国の公的責任(公助)から切り離し、その責任を自治体に「丸投げ」したものだ。「地域主権改革」という名の「安上がり介護」だ。
 実際のサービスは、民間事業者、NPO、地域の有償ボランティアが担う(共助・互助)ものと想定されている。
 だが、公共性の高い福祉を、玉石混淆の「共助・互助」で支えられるのか。介護度が低くても日常の小さな変化が重症化につながるおそれがあり、専門的訓練を受けた正確な観察力が必要だ。また、プライバシー侵害や虐待の危険も懸念されている。
 介護の「社会化」をめざした介護保険制度は、社会保障費抑制のなかで公的責任を後退させてきた。コムスン事件以降は、給付の適正化が図られ、介護予防の導入で軽度者が切り捨てられた。<例>訪問介護は短時間の細切れ介護が常態化し、収入確保のため訪問件数が過密状態になった。そして、利用者は介護職員と接する時間が減り、孤独感を深めた。
    
(4)保険外サービス
 NPO法人「グレースケア機構」(東京都三鷹市)は、利用者に必要なサービスを提供している。
 身体介護と生活支援で1時間3,150円。全額自己負担だが、外食、旅行の同行、入退院の準備付き添い、整容、各種手続き代行など介護保険では適用されないサービスを自由に選択できる。利用者は月延べ70人。
 保険外のため利用者の自己負担は重くなるが、「生活全体をサポートできるため、ニーズは多い。ケアの質を高めつつ、スタッフの報酬を上げていくシステムを作りたい」(柳本文貴・代表)。
 「新しい公共」の取り組みが、公的介護保険制度の理念の喪失を浮き彫りにする。

 以上、平館英明「公助から自助・共助へ 放棄された介護の「社会化」」(「週刊金曜日」2011年月日号)に拠る。
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【震災】原発>中間貯蔵に関するユニークな提案 ~政策転換を促す建白書~

2011年10月04日 | 震災・原発事故
 福島原発震災は、日本の技術の問題点を暴いた。原発推進派とて、この事実は認めるだろう。
 産+官+学+マスコミの原発推進共同体が、根源的な危険や未解決の問題に目をつぶって(あるいは気づかずに)暴走してきた。この点についても議論の余地はあるまい。
 にもかかわらず、「エネルギー基本計画」(10年6月閣議決定)の見直しは進まない。30年に電力供給の原発依存度50%(従来は30%)と展望する長期計画は、そのまま放置されている。
 
 9月3日、中川正春・文部科学相は高速増殖原型炉「もんじゅ」の研究開発費を来年度も引き続き計上する意向を明らかにした。
 「もんじゅ」は、1967年の計画では80年代には実用化のはずが、今に至るまで稼働していない。蟻地獄のように血税1兆円を呑みこみ、来年度予算でさらに200数十億円を食らう。
 原発震災により他の巨大技術とはまったく異質の破滅的な危険を思い知らされたのに、行政はなぜ、かくも政策転換に後ろ向きなのか。
 原因は明らかだ。
 (a)役人は、国策変更で電力会社の投資を煽った責任を問われたくない。核燃料サイクル路線の誤りを認めたくない。
 (b)電力会社は当然、問題を理解しているが、止めたいと言い出しっぺになって、すべての責任を負いたくない。
 (c)原発の立地自治体は、原発が生む雇用・消費に依存するシステムに浸りきっている。
 (d)脱原発は、重電メーカーなど関連産業の活動に冷や水を浴びせ、巨額の損失を強いる。
 これだけの守旧体制を壊し、立て直すには並々ならぬ政治力が必要だ。が、新政権は出足から心許ない。原発担当閣僚は、早々と子どもじみた舌禍で自滅し、首相はアフターケアに追われた。これが野田ノーサイド政治の現実だ。そして、ノーサイドと無節操は紙一重だ。

 民主党代表選(8月29日)に先立ち、永田町・霞が関界隈に、原発政策転換を促す無署名“建白書”が出回った。A4版23ページ。題していわく、「原子力発電のバックエンド問題について」。
 燃料サイクル構想の技術は未完成で、完成の見通しはない。いさぎよく現実を見つめ、無責任な国策はもう止めよう。・・・・これが建白の趣旨だ。
 文書の本編は、燃料サイクルにお墨付きを与えた「05年原子力政策大綱」の検討プロセスに対する詳細な批判だ。それを踏まえ、次のとおり提案する。
 (1)もんじゅは廃止。
 (2)六ヶ所村再処理工場も廃止。
 (3)使用済み燃料の中間貯蔵実施。
 (4)原子炉の廃炉や、放射性廃棄物の毒性を下げる技術開発のための研究機関創設。
 注目すべきは(3)だ。中間貯蔵の場所を決める一案としてユニークな提案を織り込んだ。「原因者負担、受益者負担の考え方から、各都道府県に使用済み核燃料の引取・保管義務を負わせる」
 しかも、温室効果ガスの排出取引にならい、「都道府県間の取引は容認」するというのだ。
 04年春、永田町・霞が関に怪文書が出回った。「原子力発電のバックエンド問題について」A4版25ページがそれだ。経産省・資源エネルギー庁の非主流派による内部告発だった。その7年ぶりの続編が、このたびの建白書かもしれない。

 以上、山田孝男(毎日新聞政治部専門編集委員)「」(「週刊エコノミスト」2011年9月27日号)に拠る。
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【社会保障】介護職の離職率を減らす試み

2011年10月04日 | 医療・保健・福祉・介護
 ここ数年、景気低迷による雇用情勢の悪化により、介護職から他の業界に転出する者が減り、離職率は減少傾向にあった。
 しかし、介護労働安定センター「各年版労働実態調査結果」によれば、訪問介護及び介護職の離職率が高くなった(21年度17.0%、22年度17.8%)。ちなみに、全産業平均離職率は、21年度16.4%、22年度14.5%だ。
 不況下、介護職の有効求人倍率1.0超、離職率上昇・・・・ということは、依然として介護職の雇用環境が悪いということになる。
 要因は、周知のとおり、業務量に比べて賃金が良くないことだ。「命」を扱い、夜勤のような変則業務でありながら、年収は平均300万円以下だ。労働対価として合わない、と感じている者が多いだろう。しかも、賃金上昇は、国や自治体の財政状況からして見こみ薄だ。

 そこで、賃金面とは別の視点で介護職の魅力を現場で浸透させる試みを行っているのが、「豊島区福祉事業所の会」だ。
 区内の介護保険、障害者福祉など福祉関係の有志がネットワークを広げ、「楽しい」「やりがい」のある環境にしていくことで、少しでも労働環境をよくしていこうとする。賃金水準は低くても、「働きやすい」「仲間がいて楽しい」「やりがいのある仕事ができる」といった条件が整えば、定着率が高まる、と介護事業所の経営者らは考える。
 福祉関係の仕事では、各事業所間のやりとりが頻繁だ。<例>訪問介護事業所、介護施設、福祉用具事業所、訪問看護ステーション、配色弁当屋など。
 他社とのネットワークが強化されれば、スムースに仕事が運ぶ。その一助となるべく「豊島区福祉事業所の会」が活動するのだ。
 具体的には、バーベキュー大会などのイベントだ。毎回50人近くが集まる。

 区役所の主管課が主催する事業所間の会もあるが、事務連絡の提供の場という側面が強く、親しい人間関係を築くに至らない。
 事業所自ら主催し、会を運営し、各イベントや研修テーマを自ら企画したほうが、働く人のニーズに応えられる。時にはサークル気分を味わえる場を提供できる。そして、仕事上の悩みを互いに語りある機会ともなる。同業者でなければ理解してもらえない悩みがあるのだ。
 事業所内人間関係の構築モデルは、産業界全体でも言われる。しかし、福祉業界では、事業所外のネットワークづくりも重要な視点なのだ。こうした問題意識が、福祉関連業界の経営者に求められている。

 以上、結城康博「介護職の離職率を減らす試み ~医療・介護はカネ次第!NO.153~」(「サンデー毎日」2011年10月9日増大号)に拠る。
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【震災】原発>政治家を操る官僚 ~「脱原発」を阻止する官僚の狡知~

2011年10月03日 | 震災・原発事故
●官僚の敷いたレールに乗る野田首相
 野田内閣は、いまのところ、役人、とくに財務省の路線にきっちり乗っている。
 (1)増税路線をはっきりさせながら、経済成長戦略については具体策が何もない。これは財務省そのものだ。財務省の考えが、野田佳彦首相のなかにきちんと消化されていて、自分自身の考えとしてしゃべっている。
 (2)埼玉県朝霞市の国家公務員宿舎の着工が、組閣前日の9月1日に着工された。この事業は、一昨年の事業仕分けで一時凍結されたが、野田首相が財務相時代に再開を決めた。東日本大震災の被災者が、まだ避難所や仮設住宅での生活を強いられているなかで【注1】。
 (3)野田首相が発表した「政権構想」のなかで「高位スタッフ職を整備する」というくだりがある。省庁の幹部のために、高い給料の「窓際ポスト」を作る、というのだ。これを「政権構想」のなかにわざわざ入れたところに、役人が影を落としている。

●経産省の謀略
 梶山恵司・国家戦略室内閣官房審議官は、国家戦略室という政権の中枢で官僚とやり取りした。震災囲碁は菅首相からの指示でエネルギー策の見直しにも関わった。そこで、さまざまな問題点に気付いた。
 例えば、「電力不足になる」とずいぶん取り沙汰された。あれには問題があった。電力の需要と供給について、経産相は「結論の数字」しか出さない。それでは、なぜ電力は足りない、という数字になるのか、普通なら疑問に思う。
 しかし、「根拠を出せ」という指示では、当たりさわりのないものしか出してこない。そこで菅首相は、電力需給について判断するために必要な具体的な項目をリストアップするよう、梶山審議官に指示した。作成されたリストを基に、総理は経産省に情報開示を指示した。約1週間後の回答は、まさにその指示に沿ったものだった。
 そのデータを分析すると、電力使用がピークを迎える真夏に火力発電所の定期点検をすることになっていたり、揚水発電の供給能力が低く見積もられていることなどが分かった。要するに、需給見通しに恣意的な側面があった。実際、今夏の電力需給の実績が、この事実をよく物語っている。
 結果だけでは国民に正しいことが伝わらないから、国民に全部情報を開示するよう、菅首相は経産省に直接指示した。
 また、8月には経産省が、海江田・経産相を通じ、原発輸出に監視、ベトナムの首相向けの親書を出す必要があるので、至急了解してほしい、と菅首相に言ってきたことがある。
 首相の意向はさておき、積極的な原発輸出再開を閣内の統一意見にしようとする意図が見られた。結局親書は首相名ではなく、経産相・外務相連名で出た。
 役所がぎりぎりになってから案件を示す、というのはよくある。中身を議論する余裕を与えないやり方だ。

●「脱原発」を阻止する経産官僚の狡知
 国家戦略室の主導する「エネルギー・環境会議」が中間整理をした。
 ところが、実際にエネルギー基本計画を作るのは、依然として資源エネルギー庁に設置された経産相の諮問機関「総合資源エネルギー調査会」【注2】だ。核燃料サイクル問題を検討するのは、「原子力委員会」だ。原子力委員会事務局には、いまだに電力会社や原発メーカーの職員が出向している。
 つまり、エネルギー・環境会議の中間整理は、基本計画をゼロベースで見直すとか、核燃サイクルなども含めて議論するとか、一見もっともらくし見えるが、実際には役人が主導権をとることができる仕組みを残している。
 神は細部に宿るが、悪魔も細部に宿るのだ。

●国民に顔を向けていない霞が関
 霞が関の最大の問題は、役人が消費者、国民の立場ではなく、供給者の立場に立っていることだ。経産相でいえば、電力会社の立場に立った行政だ。つまり、明治政府や高度成長前の「富国強兵」や「殖産興業」の考え方だ。これが、21世紀のいまも続いている。
 これは、官僚の人事制度と密接に関係している。
 天下りによって公務員の人生設計がなされる、という制度である以上、霞が関が国民の目線に立つことはない。公務員制度改革こそ、実は国民のための政治を行う上で不可欠の前提だ。

 【注1】10月3日、安住財務相は、(1)東京都千代田、中央、港3区内にある国家公務員宿舎のうち、危機管理用職員宿舎をのぞいて廃止・売却、(2)幹部級職員の宿舎は新たに建設しない・・・・方針を説明、首相も了承した。【記事「野田首相、朝霞宿舎の5年間建設凍結指示」(2011年10月3日14時05分 asahi.com)】
 【注2】総合資源エネルギー調査会は、利害関係者の電力会社、原発メーカーが委員に就いている。かつ、非公開だ。

 以上、対談:古賀茂明/梶山恵司(内閣官房国家戦略室内閣審議官)「官僚につけ入れられないために政治家を支えるチームが必要だ」(「週刊エコノミスト」2011年9月27日号)に拠る。
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【読書余滴】佐々淳行の、官僚批判 ~官僚無責任内閣制~

2011年10月03日 | 震災・原発事故


 「いまの政治は、議員責任内閣制ではなくて、官僚無責任内閣制だ。このまま放置すれば太平洋戦争が一体誰の計画で、誰の信念と決断で、何を目的に、なぜ始まったのか、そして国家予算としてのGNPの何年分かけたのか、未だにわけがわからないように、国家戦略も存在意義も明白でないままに、誰も責任のとりようがない成行きで、今日の日本も再び凋落衰退する恐れがある」

 「役人を30年もやっていれば、みんなどこを直せばどうよくなるか、直さないとどんな結果になるか、ようく知っているのに誰も何もできない。各省庁で危機意識に目ざめて、モノ申した優れた官僚は皆追い出されるか、飛び出してしまう」
 例えば、堺屋太一(通産省)、柿沢浩治(大蔵省)、岡崎久彦(外務省)だ。

 「激烈な競争を勝ち抜いて次官候補まで迫り上がってきた各省のエリート官僚の30年間の経験・知識・ノウハウは大変なものだ」

 「60歳定年制といってもその期のトップだけが定年までやれるのであって、他の優秀な人材が50幾つで役所を去り、公団だの民間企業に“天下り”して、縦割りのまま第二の人生を事務所、秘書、運転手付き、現役と同額かそれ以上の年収を保証されて、週刊誌を読み、ゴルフ三昧を数年間やり、後輩に押し出されてまた一格低い第三の人生に移行・・・・。/そんなバカなことはない。本来なら国立の役人OBシンクタンクに一定期間吸いとって国家社会、天下国家のために役立てるべきなのだ」

 ということで、佐々は、各省庁のこれぞと目をつけたOBたちに呼びかけ、私設シンクタンク「醍醐の会」を組織した。
 その活動は、月1回の昼食会がベースだ。ゲスト・スピーカーとして、後藤田正晴を招いたこともある。1989年8月から2005年11月まで150回の会合をもち、当初の11人から逐次新会員を加えて35人に増えた。途中、遠山敦子・文部科学大臣、岡本行夫・総理補佐官ら閣僚級の人材を出した。

□佐々淳行『後藤田正晴と十二人の総理たち -もう鳴らない“ゴット・フォン”-』(文春文庫、2008)
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【震災】原発>国民の信頼を失った日本の原子力行政 ~7つの疑問~

2011年10月02日 | 震災・原発事故
(1)組織上の問題
 原子力分野の「安全」に対する思想は、従来二つの言葉に象徴されていた。
 (a)「Fail Safe」・・・・いかなる「人為的な失敗」(Fail)があっても「安全」(Safe)が確保される。
 (b)「Safety in Depth」(多重防護)・・・・一つの安全措置が破られても、他に幾つもの安全措置を多重に施してあるので大丈夫。
 原子力という技術体系は、基本的にこの「安全思想」に基づいて設計され、構築されていた。
 しかし、過去の世界の原子力施設の事故は、実はその多くが①技術的要因によって起こっているのではなく、②人的要因、③組織的要因、④制度的要因、⑤文化的要因によって起こっているのだ。JCO事故(1999年)もそうだ。
 福島原発事故も、①による事故ではなく、②+③+④+⑤による事故ではないか。経済的合理性への配慮ゆえに安全性に対する要求が甘くなったのではないか(安全基準の設定や安全審査の体制に対する疑念)。
 原発を規制する原子力安全・保安院が推進する経済産業省と同じ組織の中にある、という問題を解決しないかぎり、3月11日以降、国民は政府の安全規制を信じることができない。

(2)信頼性喪失
 原発の問題は、経済と産業の問題である以上に、国民の生命と安全の問題だ。安全性を十分に確認する前に経済的理由からその再稼働を急ぐ、という発想は本末転倒だ。そして、「安全」や「安心」よりも大切なものが「信頼」だ。
 玄海原発について、「従来の保安院」が「従来のルール」によって安全確認を行い、安全宣言をし、再稼働を認めても、国民は信頼も納得もできない。しかも、保安院の安全宣言の後に、九州電力の「やらせメール問題」が起こった。その結果、経産省と保安院、電力会社は、さらに国民の信頼を失った。
 原子力行政と電力事業者は、まず信頼の回復から始めるべきだ。本来、政府は独立した新たな規制組織を作り、より厳しい安全基準を確立したうえで、再稼働を検討するべきだ。
 政府と電力会社は、拙速に再稼働を急ぐのではなく、まず国民の信頼を回復するために最大限の努力をするべきだ。そのためには、この福島原発事故を痛苦な教訓として、過去の原子力行政と電力事業の在り方を徹底的に反省し、見直し、改革することから始めるべきだ。

(3)原発事故の現状と今後
 工程表に従って原子炉を冷温停止にまで持っていくことが当面の最重要課題だが、実はその後に、さらに大きく深刻な問題がいくつも待ち受けている。
 (a)放射性廃棄物の最終処分
  原子炉の冷却に伴って発生している膨大な放射性廃液と、その廃液を処理する過程で出てくる大量の高線量廃棄物がある。これ以外にも、サイト内では放射能で汚染した大量のがれきがあり、サイト外では汚染土壌を除染した際に発生する膨大な廃棄物もある。これらの放射性廃棄物を、最終的にどこに持って行って処分するのか。当面は「中間貯蔵」(Interim Storage)という考え方で福島県内に保管したとしても、早晩どこに「最終処分」(Final Disposal)するのか、という問題に直面する。
 (b)廃炉
  通常の原子炉であれば、廃炉は技術的に可能だし実績もあるが、それでも数十年規模の時間と膨大な手間と費用がかかる。しかし、福島原発の場合は、核燃料がメルトダウンを超えて、メルトスルーを起こしている。核燃料が溶けて崩れ落ち、格納容器の下部と融合している可能性がある。しかも、その放射能は、人間が近づいたら数時間で死亡するほどの高いレベルだ。この状況の原子炉を安全に解体し、廃棄物を撤去することは、現在の技術では極めて難しく、廃炉が実現できるとしても、その計画立案と技術開発を進めるだけで数十年はかかる。その数十年の間は、極めて高い放射能を持ち、形を留めずに溶融した核燃料(高レベル放射性廃棄物)が福島第一原発サイト内に存在し続ける。さらに将来、廃炉が実現できたときには、取り出した膨大な高レベル放射性廃棄物の「中間貯蔵」と「最終処分」の問題が待ち受けている。
 (c)環境中に広がった放射能の人体への長期的影響
  原子力における安全思想は、「常に最悪の事態を想定して対策を打つ」ということが求められる。仮に長期的な影響についての医学的知見が明確でないとしても、政府は最悪の事態を想定し、最も厳しい仮定を置いて、対策を講じなければならない。そして政府は、医学的影響だけではなく、心理的影響も考慮しなければならない。なぜなら、医学的知見が明確でないかぎり多くの人々はその環境で生活することに安心できないからだ。そこから引き起こされる極めて深刻な社会心理的問題の対策は、極めて高い社会的費用を発生させ、国民の負担が増える。

(4)原発に依存しない社会
 福島事故よりも数段軽微なものだったスリーマイル島事故でさえ、その後30年間、全米で原発の新設が止まった。
 日本では、今後、原発の新増設ができなくなる。原発の寿命を40年とすると、遅くとも2050年には、すべての原発がなくなる。
 政府がやるべきことは、早晩到来する「原発に依存できない社会」に向けて、代替エネルギーを育てることだ。地球温暖化問題を考えるならば、政府が取り組むべき施策は明確だ。短期的には化石エネルギーの活用と省エネルギーの促進によって当面の電力危機を回避しつつ、長期的には自然エネルギーの普及に積極的に取り組んでいかなければならない。
 「直ちにすべての原発を止める」ということも非現実的であり、「すぐに自然エネルギーで代替できる」と考えることも非現実的だ。7月13日に菅総理が表明した「脱原発依存」は、「計画的、段階的に原発への依存を減らしていく」という極めて現実的なビジョンだ。それは、単なる「思いつき」ではない。国家戦略室のメンバーを中心に、再稼働が遅れたときの電源需給に関する具体的な検討も踏まえて表明された。

(5)野田政権が答えるべき「7つの疑問」
 (a)「原子力発電所の安全性」への疑問
  単なる「技術的安全性」の問題だけではない。「人的・組織的・制度的・文化的安全性」こそが、これから厳しく問われる。<例>安全審査において、経済性への配慮で安全性が軽視されていないか。・・・・産業界から独立した原子力安全庁の設立など、適切な組織改革や人材育成が求められる。
 (b)「使用済み燃料の長期保管」への疑
  今後、全国の使用済み燃料貯蔵プールの安全性が、改めて問われ始める。各原発サイトの貯蔵プールの容量が満杯に近づいている問題もまた、強い懸念とともに指摘され始める。
 (c)「核燃料サイクルの実現性」への疑問
  核燃料サイクルの要である高速増殖炉や再処理工場は、常にその実現が先送りされてきた。計画を、現実的な視点から見直さなければならない。
 (d)「放射性廃棄物の最終処分」への疑問
  核燃料サイクルのアキレス腱は高レベル放射性廃棄物の最終処分だ。福島原発事故は、この問題を「目の前の現実」の問題とした。炉心溶融を起こした原子炉は、まさにこの高レベル廃棄物そのものだからだ。さらに、汚染水処理や廃炉、土壌除染などに伴って膨大な放射性廃棄物が発生していく。この膨大な放射性廃棄物の中間貯蔵と最終処分をどうするのか。
 (d)「環境中放射能の長期的影響」への疑問
  地域住民の健康と安全を最優先に考えるならば、除染作業目標や土地利用禁止などは、最も厳しい仮定に基づいて実施せざるを得ない。
 (e)「社会心理的な影響」への疑問
  社会不安や風評被害、その対策費などは、すべて社会的費用、すなわち、国民負担になっていく。
 (f)「原子力発電の安価性」への疑問
  安全対策費用、核燃料サイクル費用、廃棄物処分費用、社会的費用などを考慮に入れたとき、原子力とは、本当に安価なエネルギーなのか。

 以上、インタビュー:田坂広志(元内閣官房参与/多摩大学大学院教授)「国民の信頼を失った日本の原子力行政 野田新政権が答えるべき「7つの疑問」 ~特別レポート【第138回】 ~」( 2011年9月16日 DIAMOND online)に拠る。
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【読書余滴】なでしこマイスター列伝 ~女性の職人~

2011年10月02日 | 社会
 政治に自然科学に、立花隆の著作は多いが、どの時代でも青年に愛読されてしかるべきは『青春漂流』だ。若い職人、一国一城の主たち列伝だ。
 「なでしこマイスター列伝」は、「週刊文春」の好企画。取材した裴昭(裴は原文では正字)は、「日本のものづくりを支える女性職人たちの賛歌」と題し、次のように記す。

 いま、後継者不足で職人の技が失われつつある。伝統技術は、ひとたび断絶してしまえば、決して元には戻らない。
 転換期を迎えた職人の世界だが、明るい光が差しこんでいる。若い女性たちが続々と弟子入りしているのだ。
 彼女たちの経歴は様々だ。転職した人、最初からこの道を選んだ人。「職人の仕事に胸がときめいたから」と、みな口を揃えて話す。
 仕事は大変だ。きつく、汚れる。女性には不向きと見なされる職場だ。体力は言うに及ばない。一瞬の判断力が仕上がりを左右するから、一時も気を抜けない。ベテランの職人は、「女には無理だと思っていた」と言う。
 ところが、情熱とやる気は、むしろ若い男性たちより勝っていた。
 むかしは、弟子は師匠から技術を盗み見て一人前になった。今は、ベテランが手取り足取り、分かりやすい言葉で教える。
 女性ならではの効果もあった。どこも高齢化しているから、若い彼女たちが職場にくると、パーッと明るくなるのだ。
 長引く不況もあって、職人として生活していくのは決して楽ではない。だが、その困難を上回る達成感が彼女たちを支えている。

●中井瑛実子(25歳、剥製師)
 20歳でこの道に入り、日本人初の女性プロ剥製師として活躍している。
 得意分野は、剥製の中でも特に表現力が要求される「鳥類」。世界の剥製師たちが2年に1度その技を競う世界大会で、2位に食いこんだ。
 剥製の目的はさまざま。従来の標本以外に、ペットの死後いつまでも一緒にいたい飼い主からの依頼が増えている。喪失感に苦しむ人間の心も癒しているのだ。

●宮原梓(30歳、箱風呂職人)
 23歳で弟子入りした。親方は実父で、100年前から箱風呂を造り続けている老舗風呂店の4代目だ。
 ヒバ、ヒノキ、槙の清々しい香りに包まれる職場で、鑿や鉋を手に、湯船、風呂桶などを作る。
 洋風のバスタブが主流の現代、贅沢な箱風呂はすべて受注生産だ。
 この道に進むつもりはなかった。だが、一心不乱に仕事に打ちこむ父の姿に胸を打たれ、職人の道を選んだ。ひとりで箱風呂を作るのが目標だ。

●水野彩子(29歳、ダイヤモンド加工士)
 服飾の立体裁断の仕事に就いていた。毎年流行に追われ、1年経てば捨てられる自分の作品をみて、転職を決意した。
 気晴らしの旅行で訪れたベルギーのダイヤモンド街で目にしたダイヤモンドのカット技術に魅せられ、自分にはこの仕事しかない、と確信した。
 女性技師の数は少ない。高級品だけに客の目はうるさく、確かなカット技術がなければ決して売れない。が、水野氏の作品は多くの顧客の支持を得ている。

●矢島美穂子(53歳、ルリユール作家)
 44歳で単身渡仏。グーテンベルク時代から続く伝統の製本技術で大切な一冊を新たな装丁で甦らせるルリユールの魅力に取り憑かれたのだ。留学先の専門学校では、最年長だった。
 情熱は確かな技術も培った。製本技術を競い合う世界大会では、見事に1位に輝いた。
 自宅の2畳の納戸を仕事場とする。
 電子書籍が席巻しつつある今でも、本当に大切な本はルリユールとして手元に残されるはずだ、と矢島氏は笑う。

●中島尚子(25歳、江戸切子職人)
 就職難と後継者不足の解決を目的に自治体が始めた「伝統工芸職人弟子入り支援事業」を目にして、江戸切子の世界の門戸を叩いたばかりだ。
 研修先は創業80年を超える老舗。修行は楽ではない。駆け出しの新米職人として、毎朝5時に起きて日々腕を磨く。
 江戸切子はガラスを削る一瞬一瞬が勝負だ。片時も気を抜けない。でも、「じぶんのペースでやれるので、ストレスフリーですよ」。

 以上、裴昭「なでしこマイスター列伝」(「週刊文春」2011年10月6日号)に拠る。
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【読書余滴】佐々淳行の、米国との裏交渉 ~プルトニウム輸入~

2011年10月01日 | 震災・原発事故
 佐々淳行は、1991年3月と6月、国際対テロ会議のため訪米した。
 帰途、全日空便の中で石渡鷹男・動力炉・核燃料開発事業団理事長と一緒になり、次のような依頼を受けた。

 翌92年に予定されているフランスからのプルトニウム輸送について、米国防省が厳しい条件を出してきた。通産も科技庁も交渉がうまくゆかず、困っている。手伝ってくれないか。核の専門知識がいくらあっても、理工系の人にはペンタゴンとの交渉は無理だ。
 プルトニウムの輸送には、IAEAの国際規則がある。「アームド・エスコーツ」(武装護衛、複数形)をつけて輸出国から輸入国まで「無寄港航海」しなくてはならない。これまでは仏海軍と米海軍に依頼したが、今度は湾岸戦争の後始末で忙しいから、日本は自分のことは自分でやれ、と突き放された。前衛だけでなく後衛をつけ、できれば側衛もつけろ、と注文が出た。海上自衛隊は出せない。海上保安庁でやらせてほしい。そのため、巡洋大型巡視船「しきしま」を200億かけてわざわざ造った。それ1隻でやらせてくれ、とペンタゴンに申し入れたが、ウンと言わない。「しきしま」は無寄港航海可能なように造ったが、5,200トンの「みずほ」級は4隻あるものの、航続距離が足りない。
 で、貴君にアーミテイジを説得してほしい。受諾しない場合でも、本件は「極秘」で願う。

 アーミテイジは、彼が国防次官補のとき、そして佐々が防衛庁在籍の頃から親しい。合点承知之助となった。
 帰国後、動燃副理事長が東大同期で法学部「緑会」の委員でもある田口三夫でもあることがわかり、その後はスムースに進んだ。訪米まで前後7回、妥協点、頑張るところと譲ってよいことなど詳細に打ち合わせ、翌1992年3月1日、全日空便でワシントンに向かった。
 コネクションに次々に面会し、協力を要請したうえで、3月2日、フレッド・マクゴールドリック国防省原子力エネルギー及び原子力エネルギー技術担当次官補代理に面会した。
 いわく、「IAEA国際規則で約1トンの核分裂性プルトニウムは、133基のFS47(なんだかわからない)B(U)型輸送容器に収め、さらに15個の輸送コンテナーに収容しなければならない。その容器は1万メートルの海底に沈んでも水圧に耐えて放射能を放出しない強度を有し、100年以上耐えるよう設計しなければならない。そして、湾岸戦争後でもあるので、テロリストや海賊の核ジャックに備え、無寄港航続能力をもつ軍艦複数と補給船、輸送船で最重警備されなければならない・・・・」
 海上自衛隊の護衛艦は、海外派遣禁止の国策上出せない、というと、目を丸くして
 「ホワァーイ?」と無邪気に問い返す。
 こりゃ駄目だ、時間の無駄だ。
 正面突破は諦めて、彼の上役ケネディ国防省原子力エネルギー及び原子力エネルギー技術担当上席次官補代理と、アーミテイジ大使に期待して撤退した。

 勝負は3月4日、アーミテイジ大使の部屋、国防省1115号でついた。彼は日本が海上自衛隊を出せない理由を知りつくしている。
 佐々は要望した。この任務のために、わざわざ「しきしま」を造った。20ミリ機関砲、無寄港航海のための大型燃料タンク、OHレーダー、宙衛星利用のGPS装置を備え、ヘリの搭載も可能だ。なんとかこれが「アームド・エスコート」の要件を満たすと認めくれ。
 大使いわく、「『アームド・エスコーツ』、条約上の義務は複数だよ。20ミリなんて『砲』じゃない。『銃』だ。少なくとも35ミリか40ミリ砲を積め。もし核ジャックされたら日本は核のテロにさらされるかも知れない国際社会に対して、どう責任をとる。前衛だけでなく後衛、側衛をつけろ」。
 佐々は妥協案を出した。兵装は35ミリ。後衛に「みずほ」級を派遣し、事前に要所に配備してリレー式の交代でエスコートさせる。
 大使は受けた。「偵察衛星による監視をプロヴァイドしよう。何かあったら第六艦隊か第七艦隊に通報し、救援させる」
 佐々は3月7日、帰国。石渡・動燃理事長に報告。

 1992年11月7日、専用運搬船「あかつき丸」は、シェルブール港を出港。60日間航海後、1993年1月5日、茨城県日本原子力発電株式会社の東海港に運ばれた。
 動燃は、その5年後に解体され、核燃料サイクル開発機構への改組をへて、現在の独立行政法人日本原子力研究開発機構になる。フランスからのプルトニウム輸送は、動燃時代に3回、核燃料開発機構・原研になってから7回、計14回行われた。いずれも核ジャックには遭っていない。

 ・・・・ニーチェで味つけしたエッケ・ホモ、この人を見よ、だ。が、佐々淳行の人脈を駆使した活躍になんら異議を唱えるものではない。
 異議があるとすれば、プルトニウムの輸入そのものだ。
 第一、国は運搬船を護衛する巡洋大型巡視船のため200億円を投じている。しかも、1隻では足りないのだ。
 第二、護衛が不十分なほか、事故の補償制度はないし、輸送ルート諸国の事前了解を得ていない【注】。  

 【注】「【震災】原発>核廃棄物40トン、9月に日本へ ~広島型原爆2,280個分~

□佐々淳行『後藤田正晴と十二人の総理たち -もう鳴らない“ゴット・フォン”-』(文春文庫、2008)
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