語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【時事】報道の自由を守るのは報道しかない ~ペンタゴン・ペーパーズ~

2018年03月13日 | 社会
 真珠湾攻撃から1年たった1942年、「大本営記者日記」という本が出版された。
 筆者は軍国日本の司令塔を取材していた記者。大本営報道部課長(海軍大佐)の推薦の辞も掲載されている。
 「帝国海軍の作戦に関して正確なる報道と詳細なる解説を以(も)って、(中略)思想戦宣伝戦の第一線に日夜奮闘しているのは(中略)新聞記者諸君である」
 言論や報道の自由が圧殺されていた時代。軍人たちはメディアの役割を「思想戦宣伝戦」と位置付け、「帝国海軍の作戦に関して正確なる報道と詳細なる解説」が新聞の任務だと断じた。
 日本側の決定的な敗北に終わった同年6月のミッドウェー海戦も、大本営は「勝利」と発表した。新聞が翌日の朝刊で「正確なる報道」により「思想戦宣伝戦」に貢献したのは言うまでもない。

◇政府と戦い勝利
 古本屋で知人が見つけたこの本のことを思い出したのは、間もなく全国各地で公開される映画「ペンタゴン・ペーパーズ」の試写を見たからだ。
 71年、ベトナム戦争に関する秘密報告書の掲載をめぐり、ワシントン・ポスト紙は米政府との間で法廷闘争に入り、最終的に最高裁で勝利判決を得る。
 米メディア史に残る有名な事件を題材にした映画。主役の一人は当時ポスト紙編集主幹だったベン・ブラッドレー氏だ。ニクソン大統領を辞任に追いこんだウォーターゲート事件でも取材指揮を執った著名人で、93歳で亡くなるまで積極的な発言を続けた。
 ペンタゴン・ペーパーズの時も、「国防上重大な損害を与える」と主張する政府と真っ正面から戦う氏の姿が、同僚たちを奮い立たせる。映画の中ではこんなせりふも。
 「政府の顔色を見ろというなら、ポスト紙はもう消滅したも同じだ」
 戦前の日本でも、メディアはいきなり「思想戦宣伝戦」の先兵に堕したわけではなく、さまざまな歴史的事実の積み重ねがあった。しかし、多くの新聞人が軍部の顔色を見て行動したため、最終的にジャーナリズムは消滅してしまった。

◇「報道守るは報道」
 現在の米国ではトランプ大統領が都合の悪い報道を「フェイク(偽の)ニュース」とののしり続けている。メディアは打撃を受けているか。
 最近日本で「権力者とメディアが対立する時代」という本を出版した前ニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーチン・ファクラー氏にメールで話を聞いたら、こんな答えが返ってきた。
 「トランプ大統領の出現は良質なジャーナリズムを発表報道から調査報道へと向かわせている。そして読者もそれを歓迎している。調査報道は意見ではなく、ファクト(事実)に基づくからだ。
 たしかに米各紙は、独自の取材でトランプ政権内部に隠されたさまざまな事実をスクープし続けている。
 これだと思う。
 日本でも今年に入って、ある保守系紙の偏見に満ちた報道が地元紙によるファクトに基づく検証でひっくり返されたし、森友学園問題で政府の重大な隠蔽工作の可能性を引きずり出してきたのもある全国紙だった。
 映画の中でブラッドレー氏はこう言う。
 「報道の自由を守るのは、報道しかない」
 首相が国会答弁で特定の新聞社名を挙げて批判する時代だ。ファクト重視の報道で対抗していかねば、向かう先は大本営の言うような「思想戦宣伝戦」のお先棒担ぎだろう。
 映画を見ながら、改めてそう思った。 

□軽部謙介(時事通信解説委員)「ペンタゴン・ペーパーズ ~炉辺解説~」(「日本海新聞」 2018年3月12日)を引用
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