語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会保障】TPP参加で確実に生じる医療格差

2011年11月13日 | 医療・保健・福祉・介護
(1)二重の規制が日本国民の健康を守る
 日本の医療には、他国と比べて決定的に違う規制が2つある。
 (1)国民皆保険という「統制経済」が存在する。すべての国民は医療を公的保険によって給付される。
 (2)国民皆保険は、市場をほぼ100%独占する。診療報酬を決める全国一律の保険点数(「全国統一の規制価格」)により、医療費の水準自体を国家が抑え込んでいる(過去10年で言うとマイナス改訂)。
 他国には存在しないこの二重の規制によって、(a)医療機関はたいして利益を上げない一方、(b)世界一安くて質の高い医療がすべての人に平等に給付されてきた。その結果、(c)医療費が払えなくて破産したり、医療費が払えないために十分な医療が受けられないまま命を落としたりする事態は、日本においてはほぼ皆無だ。
 50年以上にわたって日常的に運営されてきたため、日本人には「空気」と同じような存在になり、その恩恵の大きさを認識できていない人がほとんどだ。

(2)TPPの原理
 TPPは、「2015年度までに農作物、工業製品、サービスなどすべての商品について、例外なしに関税その他の貿易障壁を撤廃する」ことが目標とされている。「サービス」には、金融や医療が含まれる。「その他の貿易障壁」には法律や食料安全基準などの制度が含まれる。
 だから、TPPの問題の本質は関税ではない。現在日本に存在するありとあらゆる規制(金融・医療・食糧・法律など)を他国(主として米国)に準じて「現在のグローバルスタンダードである市場原理に任せる」ことだ。

(3)TPPは国民皆保険を崩壊させる
 「すべての規制をなくす」自由市場主義にとって、国民皆保険、全国一律の点数制度は、営利企業が医療サービスで利益を上げる際の「障害」だ。よって、TPP参加は国民皆保険制度を崩壊させる。市場原理が支配するグローバルスタンダードに合わせると、そうなる。
 ちなみに、「自由な市場に委ねれば競争原理が働いて価格が下がる」ことは、医療では起こり得ない。医療は高度な専門性に立脚しており、情報面において患者は圧倒的に不利なため、価格メカニズムが十分に働かないからだ。世界一高い米国の医療費が証明しているように、医療費は国家の価格統制がなければ、とめどなく高騰していく。
 その結果、医療格差が生じる。大金持ちしか満足な医療を受けることができなくなる。中間層以下の人たちは十分な治療を受けられず、命を落とす事態が生じるかもしれない。良質の最新医療を受けるには、多くの家庭では借金しないと支払えないくらいの大金が必要になる。

(4)政府の詭弁
 政府の「現時点では交渉対象ではない」は詭弁だ。「直ちに健康に害はない」と同様に。
 日本がまだ参加していない時点では、「交渉対象にすらなっていない」のは当たり前だ。
 政府は、医療について「現時点では営利企業の参入や混合診療解禁は議論の対象外である」と説明している。しかし、TPP参加国の中で、国民皆保険で株式会社の医療への参入を阻害し、混合診療を禁止して、医療価格を全国一律の保険点数で統制し抑え込んでいる国は、日本以外にはない。
 TPPを巡る交渉の場では、参加国すべてが合意しなければならない。他の国とは全く異なる医療制度を持つ日本がTPP参加表明をするということは、「医療についても現在参加している国々に合わせて変化させることを表明した」のとほぼ同義だ。
 今後の交渉次第とはいえ、政府から日本の「国民皆保険」を守るビジョンが示されることなく、必要な予算措置もなされないのであれば、行く末は見えている。

 以上、多田智裕「明日の医療 日本の医療をグローバルスタンダードに引きずり落とすな TPP参加で確実に生じる医療格差」(JB PRESS)に拠る。

    *

 TPP参加で医療はどうなるか。
 高額で利益率の高い保険外診療が拡大し、公的医療保険の範囲が狭まる。健康保険料を納めながら、医療を受けられないという詐欺まがいのことが起きる。<例>歯科診療については、公的保険適用外のインプラント治療が盛んに進められ、インプラント専門の歯科医が増えて、低所得者層は虫歯の治療を受けにくくなる。
 ただでさえ医療過疎で医師は薄氷の思いの山間部から都会へ医師が流出する。コストに見合わない救急医療、産科、小児科は閉鎖に追い込まれる。

 よい実例は、米韓FTAによって、医療・医薬品分野の自由化が急速に進められている韓国だ。保険適用外特区にある仁川では、600床規模の米系企業の病院が建設中だ。すべて個室、治療費は健康保険で定められた医療費の6~7倍。自由診療の値段は病院経営者が決め、医薬品の価格や医療機器による検査料は言い値になる。

 以上、山田文夫/藤後里子「TPPで日本人の生活は超ピーピー」(「サンデー毎日」2011年11月13日号)に拠る。

    *

 「混合診療」は、今の日本では一部しか認められていない。<例>癌患者が抗癌剤と並行して保険適用外の免疫療法を行うと、両方とも「自由診療」になり保険が適用されなくなる。
 TPPに参加すると、米国の圧力により混合診療が解禁される。その結果、保険適用外の治療を行う医療機関が増える。患者の選択肢が広がる一方、病院や医薬品会社は保険適用にこだわらなくなり、多くの新薬が適用外のままとなる。効果不明な治療や薬が広まってしまう恐れがある。都会には高額な自由診療が増え、田舎からは「街のお医者さん」が姿を消す。国民皆保険制度は崩壊する・・・・。

 以上、記事「シミュレーションしてみました TPP推進派が描く“バラ色の未来”ってホント!?」(「週刊朝日」2011年11月18日号)に拠る。

 【参考】「【社会保障】「貧困大国アメリカ」の医療 ~自己破産原因の5割強が医療費~
     「【経済】TPPとウォール街デモとの関係 ~『貧困大国アメリカ』の著者は語る~
     「【経済】TPP賛成論vs.反対論 ~恐るべきISD条項~
     「【経済】米国は一方的に要求 ~TPP/FTA~
     「【経済】伊東光晴の、日本の選択 ~TPP批判~
     「【経済】伊東光晴の、TPP参加論批判
     「【経済】TPPはいまや時代遅れの輸出促進策 ~中国の動き方~
     「【震災】復興利権を狙う米国
     「【読書余滴】谷口誠の、米国のTPP戦略 ~その対抗策としての「東アジア共同体」構築~
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ
     「【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題
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