語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~

2010年12月12日 | ●野口悠紀雄
(1)TPPは輸出産業にとって本当に望ましいか
 TPP(環太平洋経済連携協定)問題は農業保護と貿易自由化のかねあいである、と一般には考えられている。
 農業問題は重要だが、ここではさて措き、TPPによる関税引き下げは輸出産業にとってほんとうに望ましいのか。
 貿易自由化の観点に立つと、関税同盟は必ずしも正当化できるものではない(ヴァイナーなどの経済学者による1950年代の議論の結論)。

(2)FTAの問題点
 TPPは、FTA(自由貿易協定)の拡大版だ。そこで、ここではFTAの問題点をみる。
 FTAが締結されると、協定国との貿易はFTAがない場合に比べて増大する。しかし、二国間協定であるために、協定国以外の国との貿易が阻害される可能性がある。
 例・・・・日本がタイとFTAを結ぶが、中国とは結ばない、と仮定する。すると、タイに進出した日本の現地工場は、日本から部品を関税なしで輸入できる。生産コストの引き下げができる。よって、日本とタイとの貿易は増えるだろう。しかし、中国の現地工場は、こうした利益を享受できない。したがって、本来は中国への部品の輸出を増やすべきなのだが、これは実現しない。
 つまり、タイとのFTAがない場合に比べて、中国との貿易が減少する。これが問題なのだ。中国との貿易を増やすのが望ましい、と言っているのではない。中国の現地生産のほうがタイの現地生産より効率的に行える可能性があるにもかかわらず、中国とタイの関税の相対的関係が歪んでしまうために、最適な生産配分が達成できなくなる可能性があるのだ。この攪乱効果は、「貿易転換効果」と呼ばれる。

(3)今提案されているTPPの問題点
 TPPは多国間協定なのだが、やはりFTAと同様な問題が生じる。
 今提案されているTPPでは中国が入っていないため、(2)の例と同じ問題が生じる。つまり、中国との貿易は阻害されるだろう。
 中国は、今や日本にとって最大の貿易国であり、中国抜きの経済活動は考えられない。中国を排除した協定が日本にとっていかなる意味をもつか、慎重に考えるべき問題だ。
 この問題を避けるには、中国も協定に入れる必要がある。しかし、仮にそれが実現しても、協定に入っていない国は残っているので、やはり問題が生じる。

(4)セカンド・ベストは状況を悪化させることも
 結局のところ、全世界がWTO(世界貿易機関)を通じて関税引き下げを行わなければ問題は、解決されない。
 WTOを通じた関税引き下げはファースト・ベストで、FTAはセカンド・ベストだが、セカンド・ベストでも状況は現状より改善される・・・・とFTA推進論者は主張する。
 しかし、関税同盟の議論は、セカンド・ベストは必ずしも改善にならず、かえって事態を悪化させることもある、と指摘しているのだ。

(5)協定非参加国の立場からすると迷惑
 (1)~(4)は、協定参加国の立場からする経済的な側面の議論である。
 協定非参加国の立場からすれば、関税同盟が迷惑なことは明らかだ。例えば、韓国が米国とFTAを結ぶと、米国との貿易において日本は韓国に比べて不利な立場に置かれる。
 今回のTPPについても、中国の排除は中国からすると大きな問題だ。世界第二の経済大国を排除する同盟関係作りは、政治的にみても得策ではない。
 交渉の経緯も、いささか奇妙だ。もともとシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド間の協定として2006年に発足したものだ。そこに米国が突然入ってきた。結果として、中国を排除する経済圏が太平洋圏につくられることになる。今回のTPPに参加する可能性のある国の経済規模からして、事実上は日米間のFTAだ。

(6)農産物の関税撤廃
 TPPに対して懐疑的な(1)~(5)の議論は、国内農業保護の立場からするものではない。
 農産物の関税撤廃に、野口は大賛成だ。農産物輸入に係る高い関税は、国際的にみて高い食糧価格をもたらした。日本のエンゲル係数は、先進国のなかでは異常に高い。家計の犠牲において、日本の農業が成立しているのである。
 しかも、こうした手厚い保護によっても日本の農業の生産性は上昇していない。むしろ生産性向上のインセンティブが失われ、農業生産性は低下した。
 TPPが農業の自由化を進めるためのショックになるのであれば、この点に限ってはTPPに積極的な意義を認めうる。

【参考】野口悠紀雄「中国抜きのTPPは輸出産業にも問題 ~「超」整理日記No.541~」(「週刊ダイヤモンド」2010年12月18日号所収)

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