語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】追悼、森澄雄の生涯と仕事

2010年11月29日 | 詩歌
 「俳句」2010年12月号は、森澄雄を特集する。
 森澄雄、1919年2月28日生、2010年8月18日没。

(1)思い出を語る
 金子兜太、眞鍋呉夫、辻井喬ら錚々たる俳人、作家、詩人、批評家たち7人が回顧している。
 冒頭に措かれた金子兜太「花眼」が、やはり冴えている。
 飯田龍太との比較が興味深い。以下、そのさわり。
 「私は飯田龍太の俳句と澄雄俳句は決定的にと言ってよいほど違っていると見ている。それは、龍太の句は、『集落共同体の内部の鋭敏な目が捉えた句』(川名大の評言)であるのに対し、その生まな直接性を排して、いわば「花眼」による表現操作をほしいままにした俳句。そのことは<生ま>を野暮と見ていた句作姿勢ということでもある」(引用者注:< >内は傍点)
 そして、そのことに二人とも気づいていたようだ、と付言する。

 中村稔は、「静謐なる孤心」で、中原中也や宮澤賢治たちの鑑賞を通じて鍛えた批評の冴えを見せる。
 彼は、このたび森の晩年の句集を丁寧に読みかえした、という。以下、その要旨。
 たとえば「花萬朶をみなごもこゑひそめをり」(第十句集『白小』)を引き、「私は森さんの作から詩心をそそられることが多い。それは森さんの句には、作品の奥にじつに豊穣な心情がひそんでいるためであり、措辞は的確、厳密で揺るぎなく、抒情の核心ともいうべきものがつかみとられて提示されていることに、私はいつも魅力を感じてきたのであった」と書く。
 あるいは「水仙のしづけさをいまおのれとす」(第十一句集『花問』)を引き、「いったい森さんの句は、写生のようにみえる句でも、花鳥風月を越えた人間性があり、つねに『私』が、また『人間』がくっきりと存在している。この性格が森さんを他の俳人と区別する最大の特徴ではないか、と私は考えている」と書く。
 「われもまた露けきものおひとつにて」(第十二句集『天日』)の無常観、哀感。「美しき落葉とならん願ひあり」(第十三句集『虚心』)の絶唱。「水澄むや天地にわれひとり立つ」(『虚心』)の気高く勁い孤心。その孤心は「生きてをり草蜉蝣のごとくあり」(第十四句集『深泉』)において、はかなさにたじろぐことなく向かい合う。そして、「けふ白露しづかに去るやつばくらめ」(第十五句集『蒼茫』)において、去るのははたして燕か、森澄雄自身か、作者はあきらかに重ね合わせている、と指摘する。
 引用される句はいずれも秀逸で、短評は適確だ。
 最後に「凩や胸に手を置く一日かな」(『蒼茫』)を引き、「この一日には森さんの生涯の日々が凝縮している。手を置いて、生涯をふりかえり、死を思っている。その心情に私はほとんど涙ぐまずにはいられない」と共感を示すのだ。

(2)森澄雄の俳句鑑賞 
 7人の俳人が鑑賞する。大峯あきら、友岡子郷、綾部仁喜、廣瀬直人、小島健、橋本榮治、今井聖、榎本好宏である。
 綾部仁喜「澄雄俳句の文体」に注目したい。以下、その要旨。
 
   さくら咲きあふれて海へ雄物川  森澄雄

 著名句だが、同時に森澄雄の文体の特徴を端的に示す代表句でもある。一句を上五で一度切り、中七は別個の内容の述部だけをやや浮いた表現で展開し、最後に下五の主部で全体を一気に統括して完成する手法である。
 この句をものした頃、森は造化ということを強く意識していた。ものの写実ではなく、ものをも包みこんだもっと大きな空間そのものを掴みとり、それを俳句に表現する。その結実がこの文体だった。
 この文体は、森の独創だったが、一面古典の踏跡でもあった。芭蕉の「象潟や雨に西施がねぶの花」の全体の構造は森と同様だが、中七の助詞づかいがいっそうダイナミックで、中七自体の浮き加減がさらに鮮やかだ。この表現は連句の短句的表現に通じるものがある。長句における短句的表現、ないし立句における付句的表現ともいうべき文体上の特徴だ。
 「田を植ゑて空も近江の水ぐもり」「三月や生毛生えたる甲斐の山」「浮寝していかなる白の冬鴎」・・・・森がこの文体にこだわっていた頃、俳壇では前衛俳句、造型俳句などの主張が燃え熾っていた。その中でひとりこの伝統的な文体の再生に努める森の姿は、まことに雄々しいものであった。

(3)森澄雄の200句
 精選された200句の中から、さらに敢えて選ぶなら次の10句だ。

   冬の日の海に没る音をきかんとす  第一句集『雪礫』
   年過ぎてしばらく水尾のごときもの  第二句集『花眼』
   雁の数渡りて空に水尾もなし     第三句集『浮鴎』
   白をもて一つ年とる浮鴎        同上
   炎天より僧ひとり乗り岐阜羽島    第四句集『鯉素』
   すぐ覚めし昼寝の夢に鯉の髭     同上
   よきこゑにささやきゐたる古女かな 第五句集『游方』
   われ亡くて山べのさくら咲きにけり  第八句集『所古』
   なれゆゑにこの世よかりし盆の花  第九句集『餘日』
   黒子にも雪のふるなり初芝居     第十一句集『花問』

(4)俳人38人による追悼句
 もっとも胸に響いたのは、次の一句だ。

   白芙蓉いまのいままで咲きをりしに  小田切輝雄

【参考】「追悼特集 森澄雄の生涯と仕事」(「俳句」2010年12月号所収)
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