語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】本をタダで入手する法、E・S・ガードナー、プライベート・バンク

2010年11月13日 | ミステリー・SF
 毎年11月に、わが市では2日間にわたって「本の市」が開催される。
 場所は、地元の図書館。図書館の廃棄本を放出するのだ。市民も不用な本を持ち寄る。
 会議室にズラリと並べられた本は、どれでも持ち帰ってよい。ご親切なことに、段ボール箱やセカンドハンドの紙袋は、主催者が提供してくれる。
 ふだん静かな図書館の会議室は、このときばかりは押すな、押すなの盛況だ。芋を洗うがごとき、という形容がふさわしい。
 土曜日なのだが、ネクタイの紳士もチラホラと。
 若い主婦らしきは、絵本や児童向けの本を熱心に漁る。
 若い女性がけっこういる。窓際のパイプ椅子にすわって、秋の日差しをあびながら読みつづける佳人もいる。絵になる光景だ。
 おじーさん、おばーさんはもっと多い。持てるの? と心配になるくらい、壁際で紙袋に詰めこんでいる。だいじょうぶ、持てるのだ。両手にいっぱい本を抱えて帰路につく。

 図書館は、あまり大きくない。開架式書架は1階だけだ。閉架式書架をふくめて蔵書できる数は限られている。市議会で問題になっているが、抜本的な対策はまだ講じられていない。
 だから、惜しい本が廃棄される。たとえば、中央公論社の世界の名著。あるいは、筑摩書房の現代日本文學体系。こうした全集こそ、図書館に末永く備えておくべきではあるまいか。

   *

 昨年は、動物行動学を何冊か拾いあげたが、今年は食指の動くものは余りなく、天沢退二郎の一巻くらいだった。
 ミステリーに掘り出し物があった。図書館の蔵書印のないハヤカワ・ポケット・ミステリーが、ごっそり持ちこまれていた。E・S・ガードナーが20冊余り。3分の1は、A・A・フェア名義のバーサ・クール&ドナルド・ラム・シリーズだ。

 ガードナーの著作は、長編140冊、短編450編以上。長編の内訳は、メイスン・シリーズ80冊、クール&ラム・シリーズ29冊、検事ダグラス・セルビー・シリーズ9冊、その他のミステリー8冊、ノンフィクション14冊である。長編は1933年の『ビロードの爪』以降だから、1970年に逝去するまで37年間に年間平均3.8冊を書いたわけだ。
 ペリー・メイスン・シリーズは、初期に佳作が多い。メイスン・シリーズはスピーディなテンポが身上である。スピーディなテンポは、登場人物の社会的機能に焦点をあてることで生じる(メイスンの場合は弁護士という社会的機能)。登場人物の速度ある動き、明快さ、筋・人物像・題名のパターン化・・・・ガードナーの創作テクニックは、ひとたび確立された後、生涯変わらなかった。「推理小説界のヘンリー・フォード」というガードナー評は、量産そのものについて言われたのだろうが、量産の仕方についてもあてはまる。
 謎解きに主力が置かれて人物像が希薄になるメイスン・シリーズにくらべると、クール&ラム・シリーズは個性が強く打ちだされている。だが、両シリーズとも、一匹狼の、時には荒っぽい胆力と狡猾なまでの知恵だけを武器に、公権力や金力と対峙する点で共通する。
 さわれ、さわれ、去年の雪、いま何処。米国のハードボイルドは、いま何処。

   *

 11月13日付け朝日新聞によれば、2008年に死去した冲永荘一・帝京大元総長が15億円分の金融資産をリヒテンシュタインの銀行に残していたことが判明し、次男の冲永佳史学長らが過少申告加算税を含めて4億円を追徴課税された。
 リヒテンシュタインは、タックスヘイブンの一つ。くだんの銀行は、プライベート・バンクだろう。
 野地秩嘉『スイス銀行体験記 -資産運用の達人 プライベート・バンクのすべて-』(ダイヤモンド社、2003)が「本の市」にまざっていた。

 プライベート・バンクは、裕福な個人客を対象に資産の管理をする金融機関である。大きく分けて二つの役割がある。第一、カストディ(custody)と呼ばれる資産の管理。第二、運用に係る相談業務。業務に対する報酬は、手数料である。その特徴は、5つある。
 (1)個人資産家の財産の長期的な管理・運用に特化した金融機関である。
 (2)複数の国に支店を置く。国家が滅びるリスクも想定しているのである。
 (3)系列金融機関の金融商品を押し売りしない。日本のプライベート・バンク・サービス(部)とは、異なるのである。
 (4)簡単に取引できない。客の身元は厳しくチェックされる。
 (5)客の秘密は厳守される。

 (1)について補足すると、プライベート・バンクは戦乱の17世紀にスイスで生まれた。長期的に安全に資産を守ることを目的として。だから、おカネの貯蔵所であって、それ以上のことはしない。商業銀行とは異なるのである。もっとも、付随するサービスが多々あり、ことにスイスの寄宿学校に留学させるとき威力を発揮する。
 世界各国からカネが集まれば、株式や債券の情報も集まる。スイスの金融機関は、世界のビジネスに投資するようになった。国際的な投資だが、シンプルなものだった。ちなみに、運用はプライベート・バンク名義で行う(金利が優遇されるし、匿名性が保たれる)。
 プライベート・バンクの投資、運用のしかたが変わったのは、1980年代後半からだ。当時、米国は大不況だった。銀行や証券会社をリストラされた従業員が多数いて、彼らは自分で仕事を作るしかなかった。新しくできた仕事が投資顧問業(インベスト・アドバイザー)だ。顧客の相談にのりながら、新しい金融商品を開発する仕事である。それまで、スイスのプライベート・バンクと英国のマーチャント・バンクを除けば、個人資産の運用アドバイスを行う産業はなかった。スイスのプライベート・バンクは、米国のファイナンシャル・アドバイザーと組むことで、運用能力を高めた。スイスのプライベート・バンクは変わった。
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