世界のレアアース(希土類)需要は、年に10%以上の伸びを見せている。過去10年間で年間4万トンから12万トンに増えた。米国、日本、欧州の産業はもはやレアアースなしでは立ちゆかない。
トヨタのハイブリッド車プリウスのバッテリーだけで、年間1万トンのレアアースが必要とされる。
中国のレアアース保有量は、世界の埋蔵量の40~50%にとどまる。米国やオーストラリア、カナダ、カザフスタン、ヴェトナムなど多数の国にレアアース鉱脈がある。
では、どうして、日本など世界各国は、この問題にこうも過敏になるのか。
2010年現在、世界で年間12万5000トン採掘される希土類酸化物のうち、97%が中国産だからだ。
バヤン・オボ(白雲鄂博)に莫大なレアアース鉱脈が発見された1927年から、60年代までの間は、中国はこの競争上の優位性にあまり関心を払わなかった。当時は、米国がレアアースの生産を牛耳っていた。
中国政府は、小平の時代に長期戦略へと舵を切った。「863計画」(1986年)により、レアアース開発分野の恒久的支配をめざすようになった。
1987年、「中国レアアースの父」徐光憲は、中国初のレアアース応用化学の研究機関を発足させた。1963年に設立された包頭希土研究院を強化する体制が整った。1978年から89年の間に、中国の生産量は年40%のペースで伸び、すでに退潮傾向にあった米国を抜いた。
採掘が容易で埋蔵量も豊富な内モンゴルの鉱脈を擁する中国は、数年にわたって安値攻勢をかけ、次第に他国の生産者を追い詰めていった。彼らは比較優位の法則に従って「競争力の観点から」撤退を決め、中国に拠点を移すことで、自国のレアアース産業を放棄した。
レアアース産業を維持する負担は、過去20年間に大きくなりすぎた。これも、(中国から見て)外国の競争相手が消え去った原因の一つだ。
レアアースの分離と加工は、多大な資本を食ううえに、環境に有害だ。分離に必要な化学物質はきわめて汚染性が高く、放射性の廃棄物を残す。
中国は、包頭の鉱山労働者の健康も近隣の自然環境も犠牲にすることで、あえて大量生産の道を選んだ。包頭鋼鉄の鉱山から黄河に流れ込む廃棄物は、今や途轍もない大問題となっている。労働者の発癌率は、まったく異常な水準だ。
小平は、1970年代に、これら17種類の金属が「中国の石油」になると予見していた。消費国に対しては、供給国が優位に立つ。この力関係は、いずれ政治的に利用される可能性をはらむ。それを示したのが尖閣の事件である。
中国は、レアアース輸出を過去7年間で40%も削減した。2010年7月には、下半期の輸出をさらに70%以上も減らし、昨年同期の約2万8千トンに対して8千トンに抑える、と予告している、
こうした動きは、意図的な理由(政治的影響力を強める戦略、産業上の野心)と、想定外の理由(国内消費の増大)が絡み合ったものだ。WTO規則に抵触するおそれがあるし、諸国政府からの抗議を招き、世界各地で中国謀略論を引き起こしている。
日欧米の産業界の懸念には、客観的な根拠もある。
2010年8月以来、中国のレアメタル産業は、国営大手数社を中心に再編されつつある。再編は独占の強化をもたらす。市場に完全に君臨することになる。
高度製品を作る外国メーカーは、材料製品を安定的に入手するためには、中国に生産地を移転するしか打つ手がなくなる。すでに多くの企業がそうしている。
もっと悪い事態も想定される。中国政府は、独占時代を引き延ばすため、レアアース産業に多かれ少なかれ関連する外国企業の経営権を奪取するよう、国内企業に奨励しているらしい。
2009年、中国投資(CIC)はカナダ鉱山大手テック・リソーシズの資本の17%を取得した。中国は、オーストラリアでも攻勢を仕掛け、ライナス・コーポレーションの経営権を握ろうとして、2009年末に同国政府の猛反発を食らった。にもかかわらず、同じ年に別の中国企業が、現地のレアアース生産企業、アラフラ・リソーシズの資本25%の取得している。
米国の「休眠中」のレアアース鉱脈の筆頭、マウンテン・パスですら、あやうく中国の支配下に降りかけたことがある(2005年)。
中国政府は、ここ数年来、全体戦略を精緻に組み立て、それをうまく実現してきた。
半面、西側諸国のエネルギー自立政策は協調性を欠いていた。近視眼的な資本主義の論理と長期的戦略とは水と油の関係にあるのだ。
米国は、1965年から85年まで、レアアース産業の一貫体制を築いていた。「基礎部門」が「高度部門」にレアアースを供給していた。前者はマウンテン・パスのカリフォルニアの鉱山など、後者はインディアナ州のマグネクエンチ社など。GM関連企業の同社では、今日すべての自動車に不可欠な、ネオジム・鉄・ホウ素からなる永久磁石を生産していた。ところが、昇龍の中国により、価格圧力が激しくなった。
1995年、環境問題に直面していたマウンテン・パスは、ダンピングにあって、採算がとれなくなった。中国の2つの企業がマグネクエンチを買収した。それから5年後、従業員は解雇され、同社は文字通り解体されて、中国の天津へと移転した。
ドイツや日本など他の諸国の企業も米国工場をたたみ、やはり中国に移転した。現在、レアアース産業は、米国からほぼ完全に消え去った。
市場の「論理」が戦略ミスを招いたのだ。
目下、米国はレアアースの話で持ちきりだ。というのも、1995年以降、中国が軍事的に台頭してきたからだ。
精密誘導弾、レーザー、通信システム、レーダーシステム、航空電子工学、暗視装置、人工衛星など、使用分野はおびただしい数にのぼり、しかも増える一方だ。防衛産業の研究所で開発中の製法や素材には、必ずと言っていいほどレアアースが使われている。
国防総省によれば、レアアース(特にランタン、セリウム、ユーロピウム、ガドリニウム)を使用する部品の中には、ここ数年不足しているものがあり、米国の軍事計画の一部に遅れが出ている。
通信やステルスなどのブレークスルー技術と関わりの深い空軍は、早くも2003年に、ネオジムを用いた強力磁石への依存状態を懸念している。
米軍にとって重要な24種類の兵器システムを対象に、国防総省主導で行われたレアアース依存度の「大検討」は、2010年9月末か10月初めに完了したらしい。しかし、これは遅きに失した。
米国がレアアース産業全体を再興するには、最短でも15年はかかる。
米国は、2011年にはマウンテン・パスの操業再開にこぎ着けるだろう。
トヨタは、今やヴェトナムその他の国からレアアースを買い付けているし、日本の経済産業省はカザフスタンやカナダの鉱山に投資している。
フランスのローディア社は、オーストラリアとの関係を深めている。
しかし、こうした試みが実を結ぶためには、これらの国や民間企業が、長期投資を継続できることが必要だ。その保証はない。市場論理を離れ、戦略的で強力な積極的介入を行わないかぎり、米欧日の産業は、中国産品が圧倒的多数を占めるレアアースと基本部品に、ますます依存することになるだろう。
【参考】オリヴィエ・ザジェク(日本語版編集部・訳)「日欧米に痛打を見舞った中国のレアアース戦略」(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2010年11月号所収)
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トヨタのハイブリッド車プリウスのバッテリーだけで、年間1万トンのレアアースが必要とされる。
中国のレアアース保有量は、世界の埋蔵量の40~50%にとどまる。米国やオーストラリア、カナダ、カザフスタン、ヴェトナムなど多数の国にレアアース鉱脈がある。
では、どうして、日本など世界各国は、この問題にこうも過敏になるのか。
2010年現在、世界で年間12万5000トン採掘される希土類酸化物のうち、97%が中国産だからだ。
バヤン・オボ(白雲鄂博)に莫大なレアアース鉱脈が発見された1927年から、60年代までの間は、中国はこの競争上の優位性にあまり関心を払わなかった。当時は、米国がレアアースの生産を牛耳っていた。
中国政府は、小平の時代に長期戦略へと舵を切った。「863計画」(1986年)により、レアアース開発分野の恒久的支配をめざすようになった。
1987年、「中国レアアースの父」徐光憲は、中国初のレアアース応用化学の研究機関を発足させた。1963年に設立された包頭希土研究院を強化する体制が整った。1978年から89年の間に、中国の生産量は年40%のペースで伸び、すでに退潮傾向にあった米国を抜いた。
採掘が容易で埋蔵量も豊富な内モンゴルの鉱脈を擁する中国は、数年にわたって安値攻勢をかけ、次第に他国の生産者を追い詰めていった。彼らは比較優位の法則に従って「競争力の観点から」撤退を決め、中国に拠点を移すことで、自国のレアアース産業を放棄した。
レアアース産業を維持する負担は、過去20年間に大きくなりすぎた。これも、(中国から見て)外国の競争相手が消え去った原因の一つだ。
レアアースの分離と加工は、多大な資本を食ううえに、環境に有害だ。分離に必要な化学物質はきわめて汚染性が高く、放射性の廃棄物を残す。
中国は、包頭の鉱山労働者の健康も近隣の自然環境も犠牲にすることで、あえて大量生産の道を選んだ。包頭鋼鉄の鉱山から黄河に流れ込む廃棄物は、今や途轍もない大問題となっている。労働者の発癌率は、まったく異常な水準だ。
小平は、1970年代に、これら17種類の金属が「中国の石油」になると予見していた。消費国に対しては、供給国が優位に立つ。この力関係は、いずれ政治的に利用される可能性をはらむ。それを示したのが尖閣の事件である。
中国は、レアアース輸出を過去7年間で40%も削減した。2010年7月には、下半期の輸出をさらに70%以上も減らし、昨年同期の約2万8千トンに対して8千トンに抑える、と予告している、
こうした動きは、意図的な理由(政治的影響力を強める戦略、産業上の野心)と、想定外の理由(国内消費の増大)が絡み合ったものだ。WTO規則に抵触するおそれがあるし、諸国政府からの抗議を招き、世界各地で中国謀略論を引き起こしている。
日欧米の産業界の懸念には、客観的な根拠もある。
2010年8月以来、中国のレアメタル産業は、国営大手数社を中心に再編されつつある。再編は独占の強化をもたらす。市場に完全に君臨することになる。
高度製品を作る外国メーカーは、材料製品を安定的に入手するためには、中国に生産地を移転するしか打つ手がなくなる。すでに多くの企業がそうしている。
もっと悪い事態も想定される。中国政府は、独占時代を引き延ばすため、レアアース産業に多かれ少なかれ関連する外国企業の経営権を奪取するよう、国内企業に奨励しているらしい。
2009年、中国投資(CIC)はカナダ鉱山大手テック・リソーシズの資本の17%を取得した。中国は、オーストラリアでも攻勢を仕掛け、ライナス・コーポレーションの経営権を握ろうとして、2009年末に同国政府の猛反発を食らった。にもかかわらず、同じ年に別の中国企業が、現地のレアアース生産企業、アラフラ・リソーシズの資本25%の取得している。
米国の「休眠中」のレアアース鉱脈の筆頭、マウンテン・パスですら、あやうく中国の支配下に降りかけたことがある(2005年)。
中国政府は、ここ数年来、全体戦略を精緻に組み立て、それをうまく実現してきた。
半面、西側諸国のエネルギー自立政策は協調性を欠いていた。近視眼的な資本主義の論理と長期的戦略とは水と油の関係にあるのだ。
米国は、1965年から85年まで、レアアース産業の一貫体制を築いていた。「基礎部門」が「高度部門」にレアアースを供給していた。前者はマウンテン・パスのカリフォルニアの鉱山など、後者はインディアナ州のマグネクエンチ社など。GM関連企業の同社では、今日すべての自動車に不可欠な、ネオジム・鉄・ホウ素からなる永久磁石を生産していた。ところが、昇龍の中国により、価格圧力が激しくなった。
1995年、環境問題に直面していたマウンテン・パスは、ダンピングにあって、採算がとれなくなった。中国の2つの企業がマグネクエンチを買収した。それから5年後、従業員は解雇され、同社は文字通り解体されて、中国の天津へと移転した。
ドイツや日本など他の諸国の企業も米国工場をたたみ、やはり中国に移転した。現在、レアアース産業は、米国からほぼ完全に消え去った。
市場の「論理」が戦略ミスを招いたのだ。
目下、米国はレアアースの話で持ちきりだ。というのも、1995年以降、中国が軍事的に台頭してきたからだ。
精密誘導弾、レーザー、通信システム、レーダーシステム、航空電子工学、暗視装置、人工衛星など、使用分野はおびただしい数にのぼり、しかも増える一方だ。防衛産業の研究所で開発中の製法や素材には、必ずと言っていいほどレアアースが使われている。
国防総省によれば、レアアース(特にランタン、セリウム、ユーロピウム、ガドリニウム)を使用する部品の中には、ここ数年不足しているものがあり、米国の軍事計画の一部に遅れが出ている。
通信やステルスなどのブレークスルー技術と関わりの深い空軍は、早くも2003年に、ネオジムを用いた強力磁石への依存状態を懸念している。
米軍にとって重要な24種類の兵器システムを対象に、国防総省主導で行われたレアアース依存度の「大検討」は、2010年9月末か10月初めに完了したらしい。しかし、これは遅きに失した。
米国がレアアース産業全体を再興するには、最短でも15年はかかる。
米国は、2011年にはマウンテン・パスの操業再開にこぎ着けるだろう。
トヨタは、今やヴェトナムその他の国からレアアースを買い付けているし、日本の経済産業省はカザフスタンやカナダの鉱山に投資している。
フランスのローディア社は、オーストラリアとの関係を深めている。
しかし、こうした試みが実を結ぶためには、これらの国や民間企業が、長期投資を継続できることが必要だ。その保証はない。市場論理を離れ、戦略的で強力な積極的介入を行わないかぎり、米欧日の産業は、中国産品が圧倒的多数を占めるレアアースと基本部品に、ますます依存することになるだろう。
【参考】オリヴィエ・ザジェク(日本語版編集部・訳)「日欧米に痛打を見舞った中国のレアアース戦略」(ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2010年11月号所収)
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