多くの書評家のなかで、もっとも影響力があるのは北上次郎らしい。この場合の影響力とは、文壇のなかでドンになっている(ほら、丸谷才一とか)という意味ではなくて、純粋に「この本を読みたい、買いたい」欲求を喚起する、出版社や書店にとってはまことにありがたい存在ということ。
この北上次郎とはすなわち「本の雑誌」(※)を椎名誠らと創刊した目黒孝二のペンネーム。もう二十数年この雑誌につきあっているわけだが、加齢とともに彼の嗜好がギトギトの冒険小説から哀愁漂う家族小説にうつっているあたりは少しさびしい。
※創刊当時は山形県では山形大学の生協でしか買うことができなかった。
さて、そんな北上が「こんな小説があったのか!知らなくてごめん!」と激賞したのがこの「バッテリー」。作者のあさのあつこ(ほんとにこんな名前です)は児童文学畑の人なので、さすがの北上も見逃していたらしい。
それにしてもちょっとびっくりするぐらいまっとうな少年成長小説。白球しか信じない主人公のピッチャー、病弱な弟、金持ちであるがゆえに野球を続けられるかに悩むキャッチャー……わたしも意表を突かれた。グッとくる。もはや児童文学にしか存在しないであろう「普通の家族」「普通の友人」がここにはいて、そのことが胸にしみ入る。こいつを文庫化するギャンブルに出た角川書店もえらいが、爆発的に売れているようなので、これでまた北上の業界での評価は上がったろう。いい本を紹介してもらってありがたいことだ、とわたしも思いました。
その後ブームが巻き起こり、映画化も成功したこともあって、あさのは一躍メジャーになった。さすが北上、ってことかな。