その15.
ヘンドリックスはゆっくりと目を開けた。体中が痛む。なんとかすわろうとしたが、刺すような痛みが腕から肩に貫く。彼はあえいだ。
「起きようとしちゃだめ」タッソーがいった。かがみ込んで、彼の額に冷たい手を当てた。
夜だった。頭上には星が宙をただよう灰をすかして輝いていた。ヘンドリックスは歯を食いしばって横になった。タッソーは表情一つ変えずそれを見ていた。タッソーは木ぎれや雑草で火を起こしていた。弱い炎がちろちろと、上につるした金属のカップをなめる。あたりは静まりかえっていた。焚き火の向こうは一面の闇に塗りつぶされている。
「ということは、彼が変種第二号だったのか」ヘンドリックスはつぶやいた。
「あたしには最初からわかってたわ」
「なら、どうしてもっと早く破壊しなかったんだ?」その理由が知りたかった。
「あんたがやめさせたんでしょ」タッソーは焚き火のそばによって、金属のカップをのぞきこんだ。「コーヒーよ。もうじき飲めるわ」
タッソーは戻ってきて、彼の隣りに腰を下ろした。やがてピストルを開けると、発射装置を分解しながら、夢中になって調べ始めた。
「ほんとにすごい銃だわ」タッソーは半ば独り言のように言った。「構造がずばぬけてる」
「やつらはどうなった? クローたちは」
「手榴弾の衝撃で、ほとんどが壊れたわ。繊細なのね。精巧に作られてるとそうなるみたい」
「デイヴィッドもか?」
「そうよ」
「あんな手榴弾をどうやって手に入れた?」
タッソーは肩をすくめた。「あたしたちが設計したの。あたしたちの技術をみくびってもらっちゃ困るわね、少佐。もしあの手榴弾がなかったら、あんたもあたしもいまごろここにはいやしない」
「確かにあれはすごかった」
タッソーは脚を伸ばして、つま先を火で暖めた。「やつがルディを殺したのに、あんたが何にも気がつかないもんだから、あたし、びっくりしちゃった。なんでやつが……」
「前にも言ったろう。怯えているんだとばかり思ったんだ」
「ほんと? あのね、少佐、あたしはちょっとのあいだ、あんたを疑ったわよ。だって、やつを殺そうとしたのを止めるんですもの。てっきりやつをかばうつもりなんだと思ったわ」そう言うと笑った。
「ここは安全なのか」ややあってヘンドリックスは聞いてみた。
「少しならね。やつらがほかの地域から援軍をかき集めてくるまでってことだけど」タッソーはボロ布の切れ端で、銃の内部を磨き始めた。それを終えると、発射装置を組み立てなおす。銃を閉じると銃身に沿って指を走らせた。
「私たちは運が良かったんだな」ヘンドリックスはつぶやいた。
「そうね。とってもラッキーだった」
「あそこから引っ張り出してくれたことを感謝するよ」
タッソーは返事をしない。彼にすばやく向けた目は、焚き火の火を反射して、きらきらと輝いていた。ヘンドリックスは腕を確かめた。指を動かすことができなくなっている。自分の片側全体が鈍くなったような感じだった。体の奥の方がずっと鈍い痛みに疼いている。
「どんな感じ?」タッソーが聞いた。
「腕をやられた」
「ほかは?」
「内臓がどうにかなったみたいだ」
「爆発したとき、あんた、しゃがまなかったからよ」
ヘンドリックスは何も言わなかった。タッソーがコーヒーをカップから、平たい金属の器に移すのをじっと見ていた。タッソーはそれを彼のところまで持ってきてくれた。
「ありがとう」ヘンドリックスは苦労しながら飲んだ。容易には飲み込めない。内臓がひっくり返りそうな感じがして、皿を脇に押しやった。「いまはもうたくさんだ」
タッソーは残りを飲み干した。時間が過ぎた。頭の上にもうもうとたちこめる灰の背後に暗い夜空が広がっている。ヘンドリックスは頭を空っぽにして休んだ。しばらくのち、ふたたび気がついたときには、タッソーは立ったまま、ヘンドリックスを見下ろしていた。どうした」彼は口の中でつぶやいた。
「少しは気分が良くなった?」
「多少は回復した」
「あのね、少佐。もしあたしがあんたを無理矢理ここまで引っ張って来なかったら、あんた、死んでたわよ。ルディみたいに」
「わかってる」
「あたしがなんであんたを引っ張ってきたか、その理由を知りたくない? あそこに放っておくこともできたのに」。
「どうして私を連れてきてくれたんだ?」
「それはあたしたちがここを脱出しなきゃいけないから」タッソーは穏やかな目で焚き火を見つめながら、棒きれで火をかきまわした。「ここで生きていける人間なんていない。やつらの援軍が来たら、もうあたしたちに生き延びるチャンスはなくなってしまう。あんたが気を失ってるあいだ、あたしはずっと考えた。やつらが来るまで、たぶん三時間ぐらいはあるの」
「で、ここから脱出する方法を私に期待しているんだな」
「そういうこと。あんたにあたしたちをここから出してほしいのよ」
「何で私ならできると思うんだね?」
「だってあたしにはどうしたらいいか全然わかんないんだもの」彼に向けた目は、一方から光を受けて、輝いたまま、ひたと見すえられていた。「もしあんたが抜け出す方法を考えなかったら、あたしたち、三時間もすれば殺されてしまうわ。それ以外の道はない。わかった、少佐? どうするつもり? あたしは一晩中待ってた。あんたが気を失ってる間、ここにすわって、耳を澄ましてじっと待ってたの。夜はもうじき明けるわ」
ヘンドリックスは考えていた。そしてついに「変だな」とだけ言った。
「何が変なのよ」
「君が私ならここを抜け出せると考えたことだよ。私に一体何ができると思ったんだ」
「月基地に連れてってくれる?」
「月基地へ? どうやって?」
「方法はきっとあるわ」
ヘンドリックスは頭を振った。「ないね。私は何も知らない」
タッソーは何も言わなかった。ひたと見据えられていた目が、一瞬揺らいだ。頭をかがめ、ぶっきらぼうに顔を背けた。さっと立ちあがる。「コーヒーは?」
「結構だ」
「勝手にして」タッソーは黙って飲んだ。彼にはタッソーの顔が見えなかった。あれこれ思いつつ仰向けになって何とか頭を集中させようとした。考えをまとめるのはむずかしい。頭はまだ痛かった。おまけに全身をだるさが襲っていた。
「もしかしたら、ひとつだけ方法があるかもしれない」不意に彼は言った。
(この項つづく)
ヘンドリックスはゆっくりと目を開けた。体中が痛む。なんとかすわろうとしたが、刺すような痛みが腕から肩に貫く。彼はあえいだ。
「起きようとしちゃだめ」タッソーがいった。かがみ込んで、彼の額に冷たい手を当てた。
夜だった。頭上には星が宙をただよう灰をすかして輝いていた。ヘンドリックスは歯を食いしばって横になった。タッソーは表情一つ変えずそれを見ていた。タッソーは木ぎれや雑草で火を起こしていた。弱い炎がちろちろと、上につるした金属のカップをなめる。あたりは静まりかえっていた。焚き火の向こうは一面の闇に塗りつぶされている。
「ということは、彼が変種第二号だったのか」ヘンドリックスはつぶやいた。
「あたしには最初からわかってたわ」
「なら、どうしてもっと早く破壊しなかったんだ?」その理由が知りたかった。
「あんたがやめさせたんでしょ」タッソーは焚き火のそばによって、金属のカップをのぞきこんだ。「コーヒーよ。もうじき飲めるわ」
タッソーは戻ってきて、彼の隣りに腰を下ろした。やがてピストルを開けると、発射装置を分解しながら、夢中になって調べ始めた。
「ほんとにすごい銃だわ」タッソーは半ば独り言のように言った。「構造がずばぬけてる」
「やつらはどうなった? クローたちは」
「手榴弾の衝撃で、ほとんどが壊れたわ。繊細なのね。精巧に作られてるとそうなるみたい」
「デイヴィッドもか?」
「そうよ」
「あんな手榴弾をどうやって手に入れた?」
タッソーは肩をすくめた。「あたしたちが設計したの。あたしたちの技術をみくびってもらっちゃ困るわね、少佐。もしあの手榴弾がなかったら、あんたもあたしもいまごろここにはいやしない」
「確かにあれはすごかった」
タッソーは脚を伸ばして、つま先を火で暖めた。「やつがルディを殺したのに、あんたが何にも気がつかないもんだから、あたし、びっくりしちゃった。なんでやつが……」
「前にも言ったろう。怯えているんだとばかり思ったんだ」
「ほんと? あのね、少佐、あたしはちょっとのあいだ、あんたを疑ったわよ。だって、やつを殺そうとしたのを止めるんですもの。てっきりやつをかばうつもりなんだと思ったわ」そう言うと笑った。
「ここは安全なのか」ややあってヘンドリックスは聞いてみた。
「少しならね。やつらがほかの地域から援軍をかき集めてくるまでってことだけど」タッソーはボロ布の切れ端で、銃の内部を磨き始めた。それを終えると、発射装置を組み立てなおす。銃を閉じると銃身に沿って指を走らせた。
「私たちは運が良かったんだな」ヘンドリックスはつぶやいた。
「そうね。とってもラッキーだった」
「あそこから引っ張り出してくれたことを感謝するよ」
タッソーは返事をしない。彼にすばやく向けた目は、焚き火の火を反射して、きらきらと輝いていた。ヘンドリックスは腕を確かめた。指を動かすことができなくなっている。自分の片側全体が鈍くなったような感じだった。体の奥の方がずっと鈍い痛みに疼いている。
「どんな感じ?」タッソーが聞いた。
「腕をやられた」
「ほかは?」
「内臓がどうにかなったみたいだ」
「爆発したとき、あんた、しゃがまなかったからよ」
ヘンドリックスは何も言わなかった。タッソーがコーヒーをカップから、平たい金属の器に移すのをじっと見ていた。タッソーはそれを彼のところまで持ってきてくれた。
「ありがとう」ヘンドリックスは苦労しながら飲んだ。容易には飲み込めない。内臓がひっくり返りそうな感じがして、皿を脇に押しやった。「いまはもうたくさんだ」
タッソーは残りを飲み干した。時間が過ぎた。頭の上にもうもうとたちこめる灰の背後に暗い夜空が広がっている。ヘンドリックスは頭を空っぽにして休んだ。しばらくのち、ふたたび気がついたときには、タッソーは立ったまま、ヘンドリックスを見下ろしていた。どうした」彼は口の中でつぶやいた。
「少しは気分が良くなった?」
「多少は回復した」
「あのね、少佐。もしあたしがあんたを無理矢理ここまで引っ張って来なかったら、あんた、死んでたわよ。ルディみたいに」
「わかってる」
「あたしがなんであんたを引っ張ってきたか、その理由を知りたくない? あそこに放っておくこともできたのに」。
「どうして私を連れてきてくれたんだ?」
「それはあたしたちがここを脱出しなきゃいけないから」タッソーは穏やかな目で焚き火を見つめながら、棒きれで火をかきまわした。「ここで生きていける人間なんていない。やつらの援軍が来たら、もうあたしたちに生き延びるチャンスはなくなってしまう。あんたが気を失ってるあいだ、あたしはずっと考えた。やつらが来るまで、たぶん三時間ぐらいはあるの」
「で、ここから脱出する方法を私に期待しているんだな」
「そういうこと。あんたにあたしたちをここから出してほしいのよ」
「何で私ならできると思うんだね?」
「だってあたしにはどうしたらいいか全然わかんないんだもの」彼に向けた目は、一方から光を受けて、輝いたまま、ひたと見すえられていた。「もしあんたが抜け出す方法を考えなかったら、あたしたち、三時間もすれば殺されてしまうわ。それ以外の道はない。わかった、少佐? どうするつもり? あたしは一晩中待ってた。あんたが気を失ってる間、ここにすわって、耳を澄ましてじっと待ってたの。夜はもうじき明けるわ」
ヘンドリックスは考えていた。そしてついに「変だな」とだけ言った。
「何が変なのよ」
「君が私ならここを抜け出せると考えたことだよ。私に一体何ができると思ったんだ」
「月基地に連れてってくれる?」
「月基地へ? どうやって?」
「方法はきっとあるわ」
ヘンドリックスは頭を振った。「ないね。私は何も知らない」
タッソーは何も言わなかった。ひたと見据えられていた目が、一瞬揺らいだ。頭をかがめ、ぶっきらぼうに顔を背けた。さっと立ちあがる。「コーヒーは?」
「結構だ」
「勝手にして」タッソーは黙って飲んだ。彼にはタッソーの顔が見えなかった。あれこれ思いつつ仰向けになって何とか頭を集中させようとした。考えをまとめるのはむずかしい。頭はまだ痛かった。おまけに全身をだるさが襲っていた。
「もしかしたら、ひとつだけ方法があるかもしれない」不意に彼は言った。
(この項つづく)