その13.
「スコット、応答せよ」
しんとしている。
「スコット、こちらヘンドリックス。応答せよ。私はいま壕の外にいる。照準器で姿が確認できるはずだ」
耳を澄ませる。通信機を握る手に力がこもる。だが、何の音も聞こえない。ノイズだけだ。ヘンドリックスは前進した。一体のクローが灰のなかから現れ、すごい勢いでやってきたが、一メートルほどまで近寄ると急に立ち止まり、やがて逃げていった。つぎに、かぎ爪のある大型のクローが現れた。近くでじっと様子をうかがっていたが、やがて背後にまわりこみ、礼儀正しく一メートルほど距離をおいて、あとをついてきた。その直後に二体目の大型のクローがそれに加わった。クローたちは静かに、掩蔽壕に向かってゆっくりと歩いていく彼のあとに続いた。
ヘンドリックスが立ち止まり、後ろをついてきたクローたちも歩をとめた。すぐ近くまで来ていた。壕の階段は目の前だ。「スコット、応答せよ。私は壕のすぐ上にいる。外だ。地上だ。私の声が聞こえるか?」彼は待った。銃を脇に抱え、通信機をきつく耳に当てて待った。時間が過ぎた。聞き逃すまいと耳をそばだてたが、何も聞こえない。かすかな空電だけだ。
やがて遠くの方から、金属的な声が聞こえてきた。「こちらスコット」
無表情な声だ。冷たい。彼には聞き分けることができなかった。イヤフォンは小さい。
「スコット、よく聞け。私はすぐ上に立っている。地表で、壕の入り口を見下ろす場所に立っている」
「はい」
「聞こえるな」
「はい」
「私が見えるか」
「はい」
「照準器から見えているんだな? 照準を私に合わせているな?」
「はい」
ヘンドリックスは決断がつきかねた。クローの群れは彼を囲んでじっと待っている。「壕は異常はないか。何か変わったことは起こってないか」
「まったく異常はありません」
「地上に出てきてくれないか。ちょっと君の様子が見たい」
「降りてきてください」
「私が君に命令をしているのだ」
沈黙。
「上がって来ているのか」ヘンドリックスは耳を澄ました。返事はない。「命令だ。地上に上がって来い」
「降りてください」
ヘンドリックスはあごをきつく引いた。「レオーネと話がしたい」
長い間が空いた。空電に耳を凝らす。やがて声が聞こえた。硬く、細い、金属的な声だ。さきほどと同じだ。「こちら、レオーネです」
「ヘンドリックスだ。地上にいる。壕の入り口のところだ。どちらかひとり、ここまできてくれ」
「降りてください」
「なぜ降りろと言う。命令しているのは私だぞ!」沈黙。ヘンドリックスは通信機を降ろした。周囲を注意深く見回す。入り口は目の前だ。足下と言ってもいい。アンテナを降ろすと、通信機をベルトに戻した。慎重に銃を両手で掲げる。一歩ずつ前進した。向こうにその姿が見えているなら、彼が入り口に向かっていることがわかるだろう。束の間、彼は目をつぶった。
ついに降りていく階段のてっぺんに足をかけた。デイヴィッドがふたり、こちらに向かって上がってくる。そっくり同じ、表情のない顔。彼が発砲すると、バラバラになった。なおも続々とデイヴィッドの群れが、無言のまま駆け上がってくる。すべてが同じだ。
ヘンドリックスは向きを変え、壕を離れて丘に向かって必死で走り出した。
丘の上ではタッソーとクラウスが、下に向けて発砲していた。小型のクローの群れが、早くもふたりめがけて突進している。きらきらと輝く金属球は全速力で、気でも違ったように灰のなかを駆けていた。だが、彼にはそんなものに気を留めている余裕などなかった。
膝をついて銃を頬に当て、掩蔽壕に向かって構えた。デイヴィッドたちは集団で出てきた。いずれもクマのぬいぐるみを抱え。やせて飛び出した膝小僧をがくがくさせながら、地上に出てくる階段を上ってくる。ヘンドリックスは中心の位置にいるデイヴィッドに向けて発砲した。デイヴィッドたちは飛び散り、歯車やバネが四方八方に飛び散った。細かな残骸がもうもうと立ち上るのをついて、ヘンドリックスはもう一度発砲した。
巨大な人影がよろよろと壕の入り口に姿を見せた。ヘンドリックスはぎょっとして手を止めた。男だ。兵士だ。一本足で松葉杖をついている。
「少佐!」タッソーの声が飛んできた。ふたたび発砲が始まった。大男が前に進み、デイヴィッドたちが周りを固める。ヘンドリックスは凍りついた状態から、気を取り直していた。変種第一号、傷痍兵。ねらいを定めて発砲する。傷痍兵は粉々になり、部品や継電器が飛び散った。さらに多くのデイヴィッドが壕から外に出ている。ヘンドリックスは徐々に後退しながら、腰を落としてねらいをつけながら、発砲を続けた。丘の斜面からは、クローの群れがひしめきあいながら上っている。ヘンドリックスもは走ったり、腰をかがめたりしながら上っていく。タッソーはクラウスから離れて、右手の方へゆっくりと弧を描くように、丘を離れようとしていた。
(この項つづく)
「スコット、応答せよ」
しんとしている。
「スコット、こちらヘンドリックス。応答せよ。私はいま壕の外にいる。照準器で姿が確認できるはずだ」
耳を澄ませる。通信機を握る手に力がこもる。だが、何の音も聞こえない。ノイズだけだ。ヘンドリックスは前進した。一体のクローが灰のなかから現れ、すごい勢いでやってきたが、一メートルほどまで近寄ると急に立ち止まり、やがて逃げていった。つぎに、かぎ爪のある大型のクローが現れた。近くでじっと様子をうかがっていたが、やがて背後にまわりこみ、礼儀正しく一メートルほど距離をおいて、あとをついてきた。その直後に二体目の大型のクローがそれに加わった。クローたちは静かに、掩蔽壕に向かってゆっくりと歩いていく彼のあとに続いた。
ヘンドリックスが立ち止まり、後ろをついてきたクローたちも歩をとめた。すぐ近くまで来ていた。壕の階段は目の前だ。「スコット、応答せよ。私は壕のすぐ上にいる。外だ。地上だ。私の声が聞こえるか?」彼は待った。銃を脇に抱え、通信機をきつく耳に当てて待った。時間が過ぎた。聞き逃すまいと耳をそばだてたが、何も聞こえない。かすかな空電だけだ。
やがて遠くの方から、金属的な声が聞こえてきた。「こちらスコット」
無表情な声だ。冷たい。彼には聞き分けることができなかった。イヤフォンは小さい。
「スコット、よく聞け。私はすぐ上に立っている。地表で、壕の入り口を見下ろす場所に立っている」
「はい」
「聞こえるな」
「はい」
「私が見えるか」
「はい」
「照準器から見えているんだな? 照準を私に合わせているな?」
「はい」
ヘンドリックスは決断がつきかねた。クローの群れは彼を囲んでじっと待っている。「壕は異常はないか。何か変わったことは起こってないか」
「まったく異常はありません」
「地上に出てきてくれないか。ちょっと君の様子が見たい」
「降りてきてください」
「私が君に命令をしているのだ」
沈黙。
「上がって来ているのか」ヘンドリックスは耳を澄ました。返事はない。「命令だ。地上に上がって来い」
「降りてください」
ヘンドリックスはあごをきつく引いた。「レオーネと話がしたい」
長い間が空いた。空電に耳を凝らす。やがて声が聞こえた。硬く、細い、金属的な声だ。さきほどと同じだ。「こちら、レオーネです」
「ヘンドリックスだ。地上にいる。壕の入り口のところだ。どちらかひとり、ここまできてくれ」
「降りてください」
「なぜ降りろと言う。命令しているのは私だぞ!」沈黙。ヘンドリックスは通信機を降ろした。周囲を注意深く見回す。入り口は目の前だ。足下と言ってもいい。アンテナを降ろすと、通信機をベルトに戻した。慎重に銃を両手で掲げる。一歩ずつ前進した。向こうにその姿が見えているなら、彼が入り口に向かっていることがわかるだろう。束の間、彼は目をつぶった。
ついに降りていく階段のてっぺんに足をかけた。デイヴィッドがふたり、こちらに向かって上がってくる。そっくり同じ、表情のない顔。彼が発砲すると、バラバラになった。なおも続々とデイヴィッドの群れが、無言のまま駆け上がってくる。すべてが同じだ。
ヘンドリックスは向きを変え、壕を離れて丘に向かって必死で走り出した。
丘の上ではタッソーとクラウスが、下に向けて発砲していた。小型のクローの群れが、早くもふたりめがけて突進している。きらきらと輝く金属球は全速力で、気でも違ったように灰のなかを駆けていた。だが、彼にはそんなものに気を留めている余裕などなかった。
膝をついて銃を頬に当て、掩蔽壕に向かって構えた。デイヴィッドたちは集団で出てきた。いずれもクマのぬいぐるみを抱え。やせて飛び出した膝小僧をがくがくさせながら、地上に出てくる階段を上ってくる。ヘンドリックスは中心の位置にいるデイヴィッドに向けて発砲した。デイヴィッドたちは飛び散り、歯車やバネが四方八方に飛び散った。細かな残骸がもうもうと立ち上るのをついて、ヘンドリックスはもう一度発砲した。
巨大な人影がよろよろと壕の入り口に姿を見せた。ヘンドリックスはぎょっとして手を止めた。男だ。兵士だ。一本足で松葉杖をついている。
「少佐!」タッソーの声が飛んできた。ふたたび発砲が始まった。大男が前に進み、デイヴィッドたちが周りを固める。ヘンドリックスは凍りついた状態から、気を取り直していた。変種第一号、傷痍兵。ねらいを定めて発砲する。傷痍兵は粉々になり、部品や継電器が飛び散った。さらに多くのデイヴィッドが壕から外に出ている。ヘンドリックスは徐々に後退しながら、腰を落としてねらいをつけながら、発砲を続けた。丘の斜面からは、クローの群れがひしめきあいながら上っている。ヘンドリックスもは走ったり、腰をかがめたりしながら上っていく。タッソーはクラウスから離れて、右手の方へゆっくりと弧を描くように、丘を離れようとしていた。
(この項つづく)