最終回
レイダーは茂みに横たわって、じっとしたまま考えていた。ああ、そうだ。みんなはおれを助けてくれた。だが、同時に殺し屋にも力を貸してきたんだ。
彼の体を悪寒が走った。おれが選んだことじゃないか。自分にそう言い聞かせる。責任があるのはこのおれだけだ。心理テストが証明しているじゃないか。
だが、彼をテストした心理学者にはいかなる責任もないといえるのだろうか? 貧乏な男に大金をちらつかせたマイク・テリーには? 世間は首つり用の縄をない、彼の首にかけた。そこで彼がぶらさがり、それが自由意思と呼ばれるのだ。
いったい誰の責任なんだ?
「あっ!」誰かが叫んだ。
レイダーが顔を上げると、でっぷり太った男がそばに立っていた。男は派手なツィードのジャケットを着ている。首から双眼鏡をぶらさげ、手にステッキを持っていた。
「なあ」レイダーはささやいた。「頼むから黙っていてくれ」
「おーい!」太った男は大声をあげると、ステッキでレイダーを指し示した。「ここにやつがいるぞ!」
こいつ、いかれてる、とレイダーは思った。この大馬鹿野郎はかくれんぼでもしてると思ってるらしい。
「ここにいるんだ!」男は腹の底から声をふりしぼった。
悪態をつきながら、レイダーは飛び起きて走り出した。渓谷を出ると、遠くに白い建物が見える。そちらに向かって走った。背後では、男の声がまだ聞こえていた。
「あっちだ、あっちへ行った。まったく、あほうどもが、まだ見えないのか」
殺し屋たちが発砲を始めた。レイダーはでこぼこの谷底を転げるように走り続けていくうちに、三人の子供がツリー・ハウスで遊んでいるところにさしかかった。
「あいつだ!」子供たちが金切り声をあげた。「ここにあいつがいるよ!」
レイダーはうめき声をあげて走り続けた。建物の入り口の階段に近づいたところで、そこが教会であることに気がついた。
教会の扉を開けたところで、弾が右膝の裏側に当たった。
倒れ込み、這いながら教会に入っていく。
ポケットのなかのテレビが言った。「みなさん、なんという、なんという幕切れなのでしょう! レイダーが撃たれました! 撃たれたんです、みなさん! 彼はいま這っています。痛みに耐えながら、それでも希望を失わず。ジム・レイダーは不屈です!」
レイダーは通路を進んで、祭壇のところで横たわった。子供たちの嬉々とした声が聞こえる。「やつはここに入ったよ、トンプソンさん。急いで、追いつけるから!」
教会は逃亡者をかくまってくれる聖域ではなかったのか? レイダーはいぶかった。
扉がさっと開いて、レイダーはもはやそのような風習は保たれてはいないことを悟った。全身の力をかき集めて腕で進みながら、教会の裏口から外へ出た。
そこは古い墓地だった。十字架や星をかたどった墓碑、大理石や花崗岩などの石造りの墓碑や粗末な木の墓標の横を這って進む。弾が頭をかすめて墓石に当たり、破片が散った。這いずりながら墓穴の縁にきた。
みんな、おれをだましたんだ、と彼は思った。みんな、善良で、平凡で、まっとうな人たちだった。自分たちの代表だと言ってくれなかったか? 自分たちの一員としてかばってやると誓ってくれなかったか? 冗談じゃない。やつらはおれを憎んでいる。なんでおれはそれに気がつかなかったんだろう。やつらの英雄は、冷酷で虚ろな眼をした殺し屋なんだ。トンプソンやアル・カポネ、ビリー・ザ・キッド、若いロキンヴァー(※ウォルター・スコットの長詩「マーミオン」に出てくる騎士。結婚式のさなか、教会へ馬で乗り込み、花嫁を奪って去る)やエル・シド(※ムーア人と戦ったスペインの国民的英雄)、クーハラン(※アイルランド伝説の英雄)のように、人間らしい望みや恐れを抱くことのない連中なのだ。みんなが崇拝するのは、無表情で情け容赦ないロボットのようなガンマンで、その足下にひれ伏すことを渇望しているのだろう。
レイダーは何とか動こうとしたが、なすすべなく、その口を開けた墓穴にすべり落ちてしまった。
仰向けに横たわり、青空を見ていた。不意に黒い影がぬっとあらわれ、空をさえぎった。金属製の何かがきらめく。人影はゆっくりとねらいを定めた。
レイダーはあらゆる希望を永久に捨ててしまった。
「待て、トンプソン!」マイク・テリーのマイクで増幅された声が叫んだ。リボルバーがぐらついた。
「いま五時一秒だ! 一週間は終わった! ジム・レイダーが勝ったんだ!」
スタジオの観衆が拍手喝采する大騒ぎの音が聞こえてきた。
墓穴を取り囲むトンプソン一味は、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべている。
「彼は勝ったのです、みなさん、彼の勝利です!」マイク・テリーは叫んでいた。「ご覧ください、スクリーンをご覧ください! 警官が到着し、トンプソン一味を引き離しています――彼らが殺し損なった獲物から! 何もかも、みなさん、アメリカ全土の『善きサマリヤびと』であるみなさんのおかげです。みなさん、見てください、優しい手がジム・レイダーを墓穴から引き上げているところです。ここが彼の最後の隠れ家となりました。『善きサマリヤびと』のジャニス・モロウさんもそこにいます。果たしてこれがロマンスの始まりとなるのでしょうか? ジムは気を失っているようです、みなさん。いま刺激剤を投与されているところです。二十万ドルの賞金を獲得したのです! さあ、ここでジム・レイダーに一言聞いてみましょう!」
短い沈黙の間があった。
「変だな」マイク・テリーは言った。「みなさん、いますぐにはジムのコメントは聞けないかもしれません。医師団が診察しているところです。しばらくお待ちくだ……」
沈黙が落ちた。マイク・テリーは額の汗をぬぐうと笑みを浮かべた。
「緊張のせいですね、みなさん、なにしろ恐ろしい緊張を体験したのだから。ドクターの話が入ってきました……えー、みなさん、ジム・レイダーは一時的に落ち着かない状態になってしまったようです。もちろん、ほんの一時的なものですからね! JBCは国内でも一流の神経科医と精神分析医を招いておりますから。この勇気凛々たる青年に対して、わたしたちは人道的見地から、可能な限りあらゆる手を講じることにしております。もちろん一切は局の負担によるものです」
マイク・テリーはスタジオの時計に目をやった。「さて、そろそろお別れの時間となりました。次回のグレート・スリル・ショーのお知らせをご覧ください。それからどうぞご心配なく。ジム・レイダーはまもなくわたしたちと一緒にみなさんにお目にかかることができるはずですから」
マイク・テリーはにっこりし、視聴者に向かってウィンクした。「彼は絶対によくなりますよ、みなさん。なにしろわたしたちみんなが応援しているんですからね!」
(※近日中に全体に手を入れて、まとめてサイトにアップする予定です)
レイダーは茂みに横たわって、じっとしたまま考えていた。ああ、そうだ。みんなはおれを助けてくれた。だが、同時に殺し屋にも力を貸してきたんだ。
彼の体を悪寒が走った。おれが選んだことじゃないか。自分にそう言い聞かせる。責任があるのはこのおれだけだ。心理テストが証明しているじゃないか。
だが、彼をテストした心理学者にはいかなる責任もないといえるのだろうか? 貧乏な男に大金をちらつかせたマイク・テリーには? 世間は首つり用の縄をない、彼の首にかけた。そこで彼がぶらさがり、それが自由意思と呼ばれるのだ。
いったい誰の責任なんだ?
「あっ!」誰かが叫んだ。
レイダーが顔を上げると、でっぷり太った男がそばに立っていた。男は派手なツィードのジャケットを着ている。首から双眼鏡をぶらさげ、手にステッキを持っていた。
「なあ」レイダーはささやいた。「頼むから黙っていてくれ」
「おーい!」太った男は大声をあげると、ステッキでレイダーを指し示した。「ここにやつがいるぞ!」
こいつ、いかれてる、とレイダーは思った。この大馬鹿野郎はかくれんぼでもしてると思ってるらしい。
「ここにいるんだ!」男は腹の底から声をふりしぼった。
悪態をつきながら、レイダーは飛び起きて走り出した。渓谷を出ると、遠くに白い建物が見える。そちらに向かって走った。背後では、男の声がまだ聞こえていた。
「あっちだ、あっちへ行った。まったく、あほうどもが、まだ見えないのか」
殺し屋たちが発砲を始めた。レイダーはでこぼこの谷底を転げるように走り続けていくうちに、三人の子供がツリー・ハウスで遊んでいるところにさしかかった。
「あいつだ!」子供たちが金切り声をあげた。「ここにあいつがいるよ!」
レイダーはうめき声をあげて走り続けた。建物の入り口の階段に近づいたところで、そこが教会であることに気がついた。
教会の扉を開けたところで、弾が右膝の裏側に当たった。
倒れ込み、這いながら教会に入っていく。
ポケットのなかのテレビが言った。「みなさん、なんという、なんという幕切れなのでしょう! レイダーが撃たれました! 撃たれたんです、みなさん! 彼はいま這っています。痛みに耐えながら、それでも希望を失わず。ジム・レイダーは不屈です!」
レイダーは通路を進んで、祭壇のところで横たわった。子供たちの嬉々とした声が聞こえる。「やつはここに入ったよ、トンプソンさん。急いで、追いつけるから!」
教会は逃亡者をかくまってくれる聖域ではなかったのか? レイダーはいぶかった。
扉がさっと開いて、レイダーはもはやそのような風習は保たれてはいないことを悟った。全身の力をかき集めて腕で進みながら、教会の裏口から外へ出た。
そこは古い墓地だった。十字架や星をかたどった墓碑、大理石や花崗岩などの石造りの墓碑や粗末な木の墓標の横を這って進む。弾が頭をかすめて墓石に当たり、破片が散った。這いずりながら墓穴の縁にきた。
みんな、おれをだましたんだ、と彼は思った。みんな、善良で、平凡で、まっとうな人たちだった。自分たちの代表だと言ってくれなかったか? 自分たちの一員としてかばってやると誓ってくれなかったか? 冗談じゃない。やつらはおれを憎んでいる。なんでおれはそれに気がつかなかったんだろう。やつらの英雄は、冷酷で虚ろな眼をした殺し屋なんだ。トンプソンやアル・カポネ、ビリー・ザ・キッド、若いロキンヴァー(※ウォルター・スコットの長詩「マーミオン」に出てくる騎士。結婚式のさなか、教会へ馬で乗り込み、花嫁を奪って去る)やエル・シド(※ムーア人と戦ったスペインの国民的英雄)、クーハラン(※アイルランド伝説の英雄)のように、人間らしい望みや恐れを抱くことのない連中なのだ。みんなが崇拝するのは、無表情で情け容赦ないロボットのようなガンマンで、その足下にひれ伏すことを渇望しているのだろう。
レイダーは何とか動こうとしたが、なすすべなく、その口を開けた墓穴にすべり落ちてしまった。
仰向けに横たわり、青空を見ていた。不意に黒い影がぬっとあらわれ、空をさえぎった。金属製の何かがきらめく。人影はゆっくりとねらいを定めた。
レイダーはあらゆる希望を永久に捨ててしまった。
「待て、トンプソン!」マイク・テリーのマイクで増幅された声が叫んだ。リボルバーがぐらついた。
「いま五時一秒だ! 一週間は終わった! ジム・レイダーが勝ったんだ!」
スタジオの観衆が拍手喝采する大騒ぎの音が聞こえてきた。
墓穴を取り囲むトンプソン一味は、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべている。
「彼は勝ったのです、みなさん、彼の勝利です!」マイク・テリーは叫んでいた。「ご覧ください、スクリーンをご覧ください! 警官が到着し、トンプソン一味を引き離しています――彼らが殺し損なった獲物から! 何もかも、みなさん、アメリカ全土の『善きサマリヤびと』であるみなさんのおかげです。みなさん、見てください、優しい手がジム・レイダーを墓穴から引き上げているところです。ここが彼の最後の隠れ家となりました。『善きサマリヤびと』のジャニス・モロウさんもそこにいます。果たしてこれがロマンスの始まりとなるのでしょうか? ジムは気を失っているようです、みなさん。いま刺激剤を投与されているところです。二十万ドルの賞金を獲得したのです! さあ、ここでジム・レイダーに一言聞いてみましょう!」
短い沈黙の間があった。
「変だな」マイク・テリーは言った。「みなさん、いますぐにはジムのコメントは聞けないかもしれません。医師団が診察しているところです。しばらくお待ちくだ……」
沈黙が落ちた。マイク・テリーは額の汗をぬぐうと笑みを浮かべた。
「緊張のせいですね、みなさん、なにしろ恐ろしい緊張を体験したのだから。ドクターの話が入ってきました……えー、みなさん、ジム・レイダーは一時的に落ち着かない状態になってしまったようです。もちろん、ほんの一時的なものですからね! JBCは国内でも一流の神経科医と精神分析医を招いておりますから。この勇気凛々たる青年に対して、わたしたちは人道的見地から、可能な限りあらゆる手を講じることにしております。もちろん一切は局の負担によるものです」
マイク・テリーはスタジオの時計に目をやった。「さて、そろそろお別れの時間となりました。次回のグレート・スリル・ショーのお知らせをご覧ください。それからどうぞご心配なく。ジム・レイダーはまもなくわたしたちと一緒にみなさんにお目にかかることができるはずですから」
マイク・テリーはにっこりし、視聴者に向かってウィンクした。「彼は絶対によくなりますよ、みなさん。なにしろわたしたちみんなが応援しているんですからね!」
End
(※近日中に全体に手を入れて、まとめてサイトにアップする予定です)
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